正直大学甘く見てました!!
昼前。
アリシアは午前中ずっと行っていた訓練に確かな手応えを感じながら体を拭く。
先程、ギオンとセルビアから王都に入り今から宿に向かうと連絡があった。
幸い、部隊の連中は午前のシゴキでバテたため午後は休憩にしてある。
一ヶ月ぶりの待望の再開をしようと思う。
と言うわけで、逸る気持ちを押さえながら新王国の竜王戦出場者の泊まる宿に向かっている。
辺りは竜王戦に加え、近付く建国祭のために人でごった返していた。
嫌な話、こういう日は決まってどこかでいざこざが―――
「離して下さい!」
...ほらな。
いつもと違いながらも、いつも通りの情景に安心しながら、軍人として見逃せないので、声の方に向かうアリシアであった。
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私たち王立士官学園の生徒たちは学園長が問題を起こし、竜王戦の出場が危ぶまれましたが、何故か学園長は釈放され、私たちはアリシアさんの部隊の人に連れられ、王都に入りました。
そこまで思い入れもない王都でしたが、最愛の―――もう一人の兄がいるというだけで物凄く楽しみです。
と、浮かれていたからでしょうか?
酔った男の人に手を捕まれてしまいました。
こんな日中から飲んで...。
「離して下さい!」
私が声を上げて手を振りほどこうとしますが、中々離してくれません。
今声を上げたことで、一緒に来ていた騎士団やアリシアさんの部隊の二人は気付いてくれました。
今、もう一人の兄はあまり頼りにならないので、他の人にすがるしかないのですが。
と流石は軍人、部隊のお二人は注意しながらこちらに来て―――
「嫌がってるじゃねぇか、離しやがれ」
私の後ろから伸びて来た手が、私を掴んでいた腕を持って捻り上げました。
それとともに聞こえてきた声は、私の待ち望んでいたものでした。
「アリシアさんっ!」
アイリの嬉しそうな声を聞き、アリシアも一安心する。
まさか絡まれてるのがアイリだったとは...。
それなりに人数連れているからしょうがないとは言え、ギオンとセルビアには少々お言を言わないといけないようだ。
と、いう思考が伝わったのか、こちらに来ようとしていた二人の体が少し震えていた。
「あぁ?なんだお前ぇ...?」
酔っぱらいは自らの腕を掴むアリシアへと視線を向け、若干回らない舌で文句を言う。
「私は軍人です。お昼から飲み過ぎですよ?」
アリシアは笑顔で、だが手を離さずに言う。
しかし酔っぱらいは言うことを理解してくれない。
「別にいいじゃねぇかぁ?いつ、どんだけ飲んだって俺ぇの勝手だろぉ?...ってぉお?あんた案外可愛いじゃ―――」
プチンッ
近くにいたアイリや部隊の二人には、実際に聞こえるはずのない音がアリシアの頭から聞こえた気がした。
同時に、アリシアは自分の尻へもう一方の手を伸ばした酔っぱらいの腕を引っ張ると、
「公務執行妨害ッ!」
男の体を投げ、地面に叩きつけた。
酔っぱらいは地面で一度バウンドをしてそのまま沈黙した。
「ってアリシアさん!やりすぎです!」
「ハッ...」
ついぞムカついたから思いっきり投げてしまった...。
けど実際に悪酔いし過ぎていたため、頭は冷やさせるつもりだったし、実際に公務執行妨害ではあるからこれでいい、と自分に言い聞かせる。
実際はグレーなのだが、そこはご愛嬌ということで。
「あー...ギオン、セルビア、現時刻を持って護送作戦を終了する。継いで...うん、違反者の連行を命じる」
ちょっと目線を反らしつつそう命令する。
「「り、了解」」
流石にそれは横暴な気がしなくもないが、二人はアリシアを哀れに思い素直に引き受けた。
そうして二人が意識のない男を連れていくと、アイリを含めた騎士団の王竜戦のメンバーが寄ってきた。
その中にはもちろん―――
「久しぶり、アリシア君」
いつの間にか気に入っていたクルルシファーの姿もある。
するりと入ってきたクルルシファーにアイリは少し膨れていた。
「ダメね、たった一ヶ月会わないだけで恋しくなってしまったわ」
そんなことは露知ら―――いや、知ってるかもしれないが、知らないふりをしながら、クルルシファーは続けた。
「この後予定空いてるかしら?空いてるなら―――」
「まずは!宿に行かないと!ですね!」
強引に割って入ってきたアイリによって中断された。
そのため周りの他の人たちもやっと会話に参加できるようになった。
「アリシア、怪我はもう大丈夫?」
そう言ってきたのはアイリの兄にして、我が親友ルクスだ。
怪我と言ったら...、
「あれ?お前だって結構な重症じゃなかったか?」
俺があの場に到着した時点でさえ、ルクスは結構ボロボロだったはずだ。
俺のことをどうこう言えるような立場ではなかった覚えがある。
「僕はつい先日まで療養してたから、もう大丈夫」
あれから一ヶ月、骨折でもしていなければ完治には十分だろう。
それはもちろんアリシアにも言えることで、
「俺も筋肉こそ痛めてはいたが、幸い骨折もしていなかったし、靭帯も無事だったからな。すぐに仕事も再開できたよ」
まぁ実際は結構ギリギリだったんだがな。
そんなことをわざわざ言ってやる必要もないだろう。
「そ、その...申し訳ありません、アリシア」
おずおずと謝罪したのはセリスティア・ラルグリス。
学園最強の肩書きを有する一際正義感の強い女の子。
先の事件の事を言っているのだろう。
「迷惑を掛けた上、口添えまで...」
って、ん?口添え?
まさかとは思うが俺が判決に関与したとでも思っているのか?
「俺は手を回してはいませんよ。恐らく狙いは―――」
ルクスに視線を向ける。
「...うん、僕だろうね」
流石にルクスもその事はわかっている。
「え...それはどういうことでしょうか...?」
よくわかっていないセリスティア。
ここで相談すべきなんだろうけど...
「いえ、何でもないですよ」
そう言ってしまうのがルクスだ。
はあっと見えないように小さく息を吐くアリシア。
ルクスは自分だけで抱え込み過ぎる癖がある。
それを察して動いてやらないと、そのうち壊れかねない。
もう少し人を頼る、と言うことを覚えてもいいと俺は思っている。
とまぁそんな事を話ながら歩いていたら目的地の宿に着いた。
「待ってたわよ」
中にはレリィさんがいた。
特段変わった様子もなく、寛いでいた。
「それとアリシア君...手紙の件、ごめんなさい」
そう、俺は女王の偽物の書簡によって露払いされたのだ。
実際には、女王はそんな手紙出していなかったのに。
「気にしてませんよ。ギリギリではありましたが、皆をちゃんと助けられたので」
これは本音だ。
俺は軍人である前に一人の男であり、人間である。
一ヶ月一緒に過ごして、絶対に守るべきものとして皆は位置している。
それが守れたのだ。今はもう気にしていない。
「ありがとう...」
丁寧に頭を下げてきたレリィさん。
これにはアリシアも少し驚いた。
そい長くない付き合いだが、今までにそんな仕草を見たことがなかったし、するとは思ってもいなかったのだ。
「さて!神妙な話はここまで!お腹減らない?どこか遊びに行って来なさい?」
先程とは打って変わって明るく言ったレリィさん。
現在昼過ぎ。昼前に王都に入ってきてここまでの移動なのでご飯も食べていない。
「あとそうそう、お小遣いも渡しとくわ。自由に使って?」
そう言って懐から取り出したのは明らかに学生の手に余る量の硬貨の入った袋。
それをレリィさんは一番近くにいたルクスに押し付ける。
皇族としての地位もそう高くなく、没落してからも持つ機会のなかった量のお金を手にし、ルクスは一瞬思考停止していた。
が、すぐに正気を取り戻す。
「って多過ぎますよ!?そして何で僕なんですか!?」
ルクスがレリィに詰め寄るがそこに色気など微塵も存在しない。
そしてレリィはレリィで全く動じ―――
「きゃっ、ルクス君、もう少しムードってものを...」
いや、遊んでるな。確実に。
「な!?ルクス!お前何をやっているのだ!?」
それを真に受けるお姫様。
もう少し落ち着いて女王としての自覚を―――
「ル、ルクス!そのような事はダメです!不許可です!」
訂正。貴族令嬢としてのおしとやかさを身につけてくれ。
にしても、こんなやりとりができるって平和だな。
「そう言えばアイリさん?先程言葉を遮られた件、忘れてないわよ?」
「いえ、そんな事ありましたか?私は少々疲れていまして、急ごうと思っただけですよ?」
へ、平和だな...
「ではアリシアさん。お二人は置いて私とお食事にでもどうでしょう?」
「なっ!?ノクト!抜け駆けは禁止ですよ!」
平和...俺の平和はどこだろう。
結局なし崩し的に皆で少し遅い昼食に行くことにした。
レリィさんはもう食べたらしいので、いつもの面子だけだ。
と、言っても三和音も酔ったなど疲れたなどで休憩するらしく、今回は神装機竜組のみとなった。
しかしそう何回も問題が起きるはずもなく、何事もなくご飯は食べ終え寛いでいると、唐突にクルルシファーが話しかけてきた。
「そう言えばアリシア君、この前あなたに指摘されていた事、ちょっと考えたことがあるから後で見てもらえない?」
「指摘されていた事?」
首を傾げるアイリ。
そう言えば、俺が王都に帰る前に相談を受けてたんだっけ?
曰く、合宿に行くに当たって自分の直すべき所を教えて欲しい、と。
それで俺が言ったことを解決できた、と言うことだろう。
だがしかし、
「もう片方はまだの様だけどな」
実は二つ指摘していた。
その片方とは、仲間を知ること。
機竜が飛行型で遠距離タイプのクルルシファーは遊撃に回ることが多い。
その時に、カバーする味方の事がわかっていれば効率的な援護ができる。
それと、仲間内での確執があったりするといざって時に動きにくい事がある。
そうならないためにも仲間のことをちゃんと知っておいて欲しかったのだ。
かつてそれをせずに単身で身を危険に晒したため。
しかし、さっきの様子では全然であった。
「うっ...仕方ないじゃない...恋は理屈じゃないのよ」
わかってはいるけど実行できない、そんな状態なのだろう。
何となく言わんとすることはわかるが、教官としての指導なので妥協するつもりもない。
「もう一つが解決できたのなら、あとはそれだけだ。頑張れ」
「はい...」
と、本題を忘れるところだった。
「確認だったな?この後なら軍の演習場が空いてるはずだから、王都の案内ついでに行こうか」
ここ数日は警備やらやらで皆訓練はしていない。
うちの隊員も竜王戦と建国記念祭の間は出払うことになっているが、逆にそれまでは暇している。
だから午前中はシゴいた訳だ。
そしてそのため午後なら演習場は空いてる...はず。
「おいおい、兄ちゃんまだ飲むのかい?」
ちょっと不安に思っていると店主のそんな声が聞こえてきた。
飲み過ぎると言う言葉な気になったので様子を見てみる。
「いいんだよぉ...俺の主義は無謀な挑戦、なんだよ...」
いや、無謀な挑戦はしちゃダメだろ。
そもそも酒を飲むには少々若すぎし、これ以上は少し危なそうなので、流石に見逃せない。
「行くんですか?」
俺が腰を上げたことを目敏く見つけてくるアイリ。こーゆーとこはアイリもクルルシファーも似ていると言うのに。
「ま、ねー。仕事だから」
と、向かおうとした時、店主との会話の流れだろうか、硬貨の入っているであろう袋を取り出す少年。
そして、すれ違い様にそれを掠めていく一人の男。
「ちっ...」
アリシアは何度か報告を受けていたからその手口を知っていた。
最近王都でよく出るスリだ。
そこからの逃げ足が早く、一般の警備兵では間に合わないそうだ。
だがそれも納得できる程の手際の良さだった。
スリを追いかけて出た外は人でごった返していたが、この暑い中外套を頭まで被ってるとなると嫌でも目立ち、追跡には然程苦労しなかった。
なるべくバレないよう追いかけること数分。
スリが路地裏に入った所でその手を取った。
「ちょっといいかい?お兄さん」
するとその男はこちらを見ることなく、手を振りほどき走っていった。
何となく察していたアリシアはすぐに追いかけるが、そいつの起こした行動に戸惑った。
なんとその男は走りながら剣を抜いたのだ。
まさか、戦う気か―――と身構えたところでそいつはワイバーンを召喚した。
そして少し腰を下ろしタメを作った。
これは初心者によくあるモノで実際はためなど必要なしに飛び立てる。
しかし、つまり、この男の選択した行動とは―――即ち逃走だ。
「逃がすかっ!」
アリシアは機竜を喚ばず、白の機攻殻剣を抜いて思いっきり膝を曲げる。
そして男が飛び立った瞬間
「ディ―――」
「逃がすわけがないんだぜ」
突如として宙に現れた巨大な影。
逆光で見にくいが紺のその機竜はかなりの大きさだ。
さらにはその威圧がその機竜と搭乗者が只者でないことを示している。
と、アリシアが急に現れた機竜に警戒の目を向けた一瞬の内にそいつはスリの男をワイバーンごと叩き落とした。
轟音を上げて着弾する男。
見ればワイバーンは既に解除され、クレーターの真ん中でノビていた。
それを確認したアリシアはすぐにそれを行った機竜を睨む。
「どういうつもりだ?」
影になっている中でもアリシアの眼はその機竜の搭乗者を捉えていた。
「俺はただ金を盗られたから取り返しただけだぜ」
それは酒場で金をスられた少年だった。
▽△▽△▽△▽△▽△
「残念ながら王都で不許可で機竜を召喚、装着することは禁止されている」
アリシアは声を上げながら右足を引くと剣を握り直す。
「そいつが最初に使ったんだぜ」
高度を降ろすことなくふてぶてしく言う少年。
その目は獲物を見定める獣によく似ていた。
「それならそいつが捕まるだけでよかったんだ。君が使う必要性はない」
そいつが戦闘体勢ということもありどちらかというと説得口調になるアリシア。
「ふん、あんたがもう少し頼れそうならそうしたぜ。だがどうだ?あんたは機竜纏った相手に生身の剣一本で対処しようとしたんだぜ?そんななら自分で相手するんだぜ」
話していて何となく分かってきたが、機竜こそ装着しているがこいつにもう戦闘の意思はなさそうだ。
「俺がそれで十分だと判断したからだ。それに君のように規定外の人が機竜を使ったせいでこのスリは必要以上の怪我を負ったんだ。その責任はどうする?」
そう言うアリシアの足元ではスリの男が脚を逆に曲げて痙攣していた。
「ほう?飛び立とうとした機竜に生身で十分?この国の兵士は随分と強かなんだぜ」
そう言った少年は手に持つ特殊武装と思われる大剣を握り直した。
訂正。結構やる気みた―――
「何してるんだ!グライファー!」
そう大きくないのに不思議と通る声が後ろから飛んできた。
少年を警戒しながらそちらを見るとそこには
「ぐっ...!?」
突如頭を殴られたかのような頭痛に教われ、視界が砂嵐に飲まれる。
しかしそれは一瞬で終わり、視界には首を傾げる少年がいただけだった。
「ちっ...めんどくせーのが来たんだぜ」
すると不思議と素直にグライファーと呼ばれた少年は機竜を解除した。
「申し訳ありません。うちの者が迷惑をおかけしました」
「ちょっ...おまっ...何勝手に...」
緑の眼を持った中性的な顔の少年はこちらを向くとグライファーの頭を無理矢理下ろし、自らも頭を下げてきた。
幸いこちらには話が通じるようだ。
「今回はこちらにも少々落ち度が在ったことを認めて見逃しますが、本来許可の無い者が他国で勝手に機竜を装着することは禁じられています。次は無いです」
「はい、重ね重ね、申し訳ありませんでした」
そう言うと少年はグライファーの腕を掴んで、そのまま引きずるように連れて行ってしまった。
「何だったんだ...」
そう呟きながらアリシアはスリを連行するため、倒れた男の腕を取った。