「冗談ではないわ!」
一誠が悪魔の仕事を終えて帰還した後に彼の話をリアスは声を上げてテーブルを叩いた。
事の起こりは一誠が最近のお得意になったとある依頼人のことだ。
その依頼人はほぼ毎日大した願いも請わずに一誠を召喚していた。
だが言われた願いと言えばパンを買ってこいだの釣りに付きあえだの別に悪魔を呼び出すほどのことではない願いばかり。
今日も買ったレースゲームを一緒に遊ぶという程度のものだったらしい。
しかし報酬は良く。高価な宝石や時に今では失われた筈の魔導書なども譲ってもらっていた。
そんなわけで無下にする事も出来ずに今日も願いを叶えるためにゲームに興じる。
そこまではいつも通りだったが、ゲームが終了したと同時に契約者が正体を明かした。
十二枚の黒い翼を広げて彼は自分をアザゼル。堕天使の頭だと名乗った。
「確かに近々この町で悪魔、天使、堕天使の三竦みで会談が執り行われるわ。でもまさかこの町に居て私の下僕に接触していたなんて……」
爪を噛んでリアスは憎々し気にまだ見ぬ堕天使に不信感を募らせる。
コカビエルの一件から三大勢力の首脳陣で会談を行うことが決定した。
しかし組織のトップともなれば簡単には都合がつかず、スケジュールを調整して一月ほど時間が空いてしまった。
リアスやソーナも事件に関わった者として場に呼ばれ、説明の義務を負っている。
そんな中、堕天使のトップが赤龍帝の宿主である一誠に接触してきた。
「堕天使総督であるアザゼルは神器に強い興味を持っていると聞いているわ。きっとイッセーが赤龍帝の籠手の所有者だから接触してきたのね。まったくなんてことよ!」
もし一誠が自分の知らないところで捕まっていたら。そう考えるとリアスの中で寒気が走る。
大抵の相手なら今の一誠でも逃げることくらいは可能だろう。
だが相手は堕天使総督。その実力は間違いなくコカビエルを凌駕する。
こちらが真正面から挑もうが知恵を凝らして挑もうと一蹴してしまうだろう。
闘えば勝ち目無し。それでもライザーの時に死に物狂いで勝利を掴み取り、弟のように可愛がっている一誠を見殺しにする選択肢はリアスにはなかった。
「一応、近々会談がある以上は向こうも不用意な行動は取らないと思うけど……」
以前コカビエルが言っていた。アザゼルは二度と戦争はしないと。
だがここでグレモリーの眷属である一誠に手を出せば戦争とはいかないまでも険悪な関係は逃れられない。
この微妙な情勢で一誠に何かするメリットは少ないのだ。
しかし事実として向こうは接触してきた。何が目的で?
考え込むリアスに突如声がかかる。
「アザゼルは昔からああいう男だよ、リアス」
声の方角に立っていたのは紅髪をした男性とグレイフィアが立っていた。
その男性を見ると祐斗と朱乃は跪く。
リアスはわなわなと震えだし、他の面々は誰?と首を傾げている。誰かがその疑問を口にする前にリアスから答えがあった。
「お、お兄さま!どうしてこちらに!」
「お兄さまぁ!?」
リアスの答えに一誠が声を上げた。
初めて会う魔王に一誠は一気に緊張が増す。
一樹と言えば魔王という肩書がピンと来ず、リアスの兄以上の認識がない。
問題はアーシアの隣で菓子を食べていた白音だった。
「白音ちゃん。どうしたんですか?怖い顔して?」
「なんでもありません……」
「ならいきなりガン飛ばすなよ。失礼だろ」
「……っ!」
一樹が言うように白音はまるで親の仇でも見るようにサーゼクスを見ていた。
指摘されて白音は大きく息を吐いていつもの無表情に戻る。
「寛いでくれたまえ、今日はプライベートで来ている」
手で指示を出すと祐斗と朱乃が体勢を崩した。
「お兄さまはどうしてこちらに?」
「なにを言うんだリアス。もうじき授業参観があるだろう?私も参加しようと思ってね。可愛い妹が勉学に励む姿を間近で見たいものだ」
サーゼクスは授業参観の内容が書かれたプリントをひらひらと泳がせて説明する。
そんな兄から視線を逸らし、グレイフィアに問いかける。
「グ、グレイフィアね?お兄さまに伝えたのは」
「はい。学園からの報告はグレモリー眷属のスケジュールを任されている私の耳に届きます。むろん私はサーゼクスさまの女王でありますので主への報告は怠りません」
グレイフィアの言葉聞くとリアスが嘆息する。
「そしてその報告を受けた私は都合をつけ、こうして妹の授業参観に参加するわけだ。あぁ、安心しなさい。父上も都合をつけてこちらに来ると言っていたから」
「そういうことではありません!お兄さまは魔王なのですよ?仕事をほっぽり出して一悪魔を特別視するものではありませんわ」
「そのことなら問題ない。むしろこれは仕事の一環でね。予てより噂されている三大勢力の会談。それをこの学園で執り行うことが決定した。これはその下見でもある」
サーゼクスの発言にこの場にいる全員が大きく目を見開いて驚きの表情をする。
「そ、それは本当ですかお兄さま!」
「あぁ。コカビエルの一件はこの学園が大きく関わっていたし。会談を行うにも十分な広さがある。今回の件を話をするのはこの場所が最適だと判断された。それに私個人としてもリアスの新しい眷属や協力者に会いたかったしね」
サーゼクスはリアスから視線を外すと後ろにいる部員たちに向ける。
「初めまして。私が現ルシファーの名を賜っているサーゼクスだよ」
にこやかに挨拶をするサーゼクスに対して初めの一歩を踏み出したのはゼノヴィアだった。
「まさかこんなにも早く魔王へのお目通しが叶うとは思わなかったな。私はゼノヴィアという。リアス・グレモリーに戦車の駒を授かっている」
「報告は聞いている。まさか教会の聖剣使いが妹の眷属になったと聞いた時は耳を疑ったよ。先のレーティングゲームを観戦していなければ今でも信じられなかったかもしれない」
「我ながら思い切ったことをしたという自覚はある。今まで教え、育てられてきたモノに背を向けたことを後悔していないとは言えない。それでも悪魔に転生したことで得られたものがあったのも事実だ。行き場をなくした私に居場所をくれた部長には感謝している」
転生した当初は色々と頭を抱えていたゼノヴィアも今ではある程度折り合いが付けてあるらしい。
次に前に出たのは一誠とアーシアの2人だった。
「えっと初めまして魔王さま。部長の兵士で兵頭一誠といいます」
「アーシア・アルジェント、です」
2人はやや緊張しながらも挨拶をする。
サーゼクスはそんな初々しい2人の姿を苦笑しながらも好ましく思った。
「よろしく頼むよ。特に一誠くんはレーティングゲームでよくリアスの力になってくれたしね。魔王という立場上、表立って感謝することはできないが、リアスの兄として礼を言わせてほしい」
「い、いえそんな!?俺は部長の兵士ですから!部長のために全力を尽くすのは当たり前っていうか……」
いきなり魔王に礼を言われて一誠はあたふたと言葉を並べる。
そして最後にリアスの協力者である2人に視線を向けた。
「あ~どうも。日ノ宮一樹です」
「猫上白音、です」
「いや、だからなんで普段ゼロの愛想がマイナスになってるんだよ!」
サーゼクスを睨めつけるように見上げる白音に一樹は軽く小突いた。
一樹自身魔王という肩書はどれほどのものなのか想像もつかないが少なくとも先輩の身内にする態度ではない。
子供の様に顔を背ける白音に一樹は嘆息してサーゼクスに頭を下げた。
「なんかすみません……」
「いや、いいんだ。彼女が私たちに敵意を向けるのは当然だ」
「は?」
サーゼクスはそのまま白音の前に立つ。
「私は君たち姉妹が悪魔を快く思わない理由を知っている」
「……っ!?」
「悪魔を許してくれとは言わない。だが、私たちはこれから色々なことを善くしていくつもりだ。信じてくれとは簡単に口には出来ないがね」
そう言った後にサーゼクスは僅かに頭を下げる。
「君たちに辛い思いをさせて、済まなかった」
その行動に誰もが言葉を失った。
魔王であるサーゼクスが妹の協力者とはいえ、ひとりの少女に頭を下げたのだ。本来なら有り得ないことだろう。
「いまさら―――っ!?」
顔を赤くし、泣きそうな顔で声を上げようしたが白音はそれを自制した。
「…………っ!!」
「お、おい白音っ!?」
白音はサーゼクスから逃げるように部室を出て行く。
どうするかなと考えるなら一樹にサーゼクスが肩に手を乗せる。
「行ってあげなさい。彼女には君が必要だ。しっかりと支えてあげなさい」
言われて一樹は頷くと自分と白音の鞄を持ってすみませんと頭を下げて後を追った。
そんな一樹を皆が無言で見送った後にリアスがサーゼクスに問いかける。
「お兄さま、今のは……」
「騒がせてすまないね、リアス。そして悪いがこの件は私の口から話すことはできない」
口調は決して厳しいものではなかったが、有無を言わさない圧があった。
そのサーゼクスの態度にリアスは固唾を飲んだ。それでもこれだけは確認しておきたかった。
「わかりました。ですがこれだけはお聞きします。お兄さまは、彼女の過去と何か関係があるのですか?」
リアスの質問にサーゼクスは首を横に振る。
「私個人は彼女の過去に何ら関与していないよ。彼女たちを知ったのも私は知る立場にあっただけだ」
ある意味これは予想通りの答えだった。先ほどの会話からサーゼクスは自分ではなく悪魔を、と言っていた。
どこかの悪魔が起こした事件。それに猫上姉妹が関わっていると推測する。
しかし、リアスは気づいていなかった。
サーゼクスの言う彼女たちという言葉には猫上姉妹だけではなく、日ノ宮一樹も含まれていることに。
「よぉ……鞄、持ってきたぞ」
一樹が白音を発見したとき、彼女は人気のない廊下の隅で膝を折って震えている体を抱きしめていた。
無言で一樹から鞄を受け取った白音は決して目を合わせようとはしなかった。
「……聞かないの?」
「白音が話したくないっていうなら聞かない。知りたいって気持ちはあるけどな。前にも言ったけど、白音たちが話したいって思ったときにでも話してくれればいいんだよ」
隠し事なんてきっと大なり小なり誰だって持っている。それを無理矢理聞くのは相手の心に土足で踏み入り、傷をつける行為だ。
他人にとっては馬鹿馬鹿しく見えても本人にとってはその秘密が大事なことだってある。
それを無遠慮に暴こうとするほど日ノ宮一樹は無神経な人間ではなかった。
「俺にとっては白音と姉さんが一番大事だから。何があっても2人の味方だ。それだけは変わらない。変わらないから」
一樹の言葉に白音はただ顔を俯かせていた。その肩を微かに奮わせて。
白音はそのまま一樹の背後に回るとその背に自分の顔を埋める。
「いっくん……わたし、本当はね……ほんとうは……」
そこから先の言葉は続かなかった。
いったい何を言いたかったのか一樹にはわからない。
それでも、ただ一樹は白音の震えが収まるまで、そのまま何も言わずに立ち尽くした。
「お遊びが過ぎるんじゃない?」
「何がだよ?」
「赤龍帝を毎日家に連れ込んで剰え正体を明かしたことに決まってるでしょ」
呆れるように答える黒歌にアザゼルは楽し気に笑った。
「今代の赤龍帝の器がどの程度のモンか興味があったからな。正体を明かしたのはま、どうせ三大勢力の会議で顔を合わせるんだ。いま知っても大した問題じゃない」
「それはそうだけど……」
「コカビエルを逃がしたときは今回の会議に持ち込むのは駄目かとも思ったが、案外すんなり了承したな。どこももう戦争は懲り懲りだって身に染みてるわけだ」
なぁ?と視線を送るアザゼルに黒歌はそっぽ向く。
「別にコカビエルを逃がしたのは私のせいじゃないわよ。遊び過ぎたあの子に言うのね」
コカビエルを逃がしたのはアレが逃げを選択する確率は低いと思い込んでいたのも事実だがそれ以上に勝負を決めずに長引かせた白龍皇の落ち度でもある。
それにアザゼルはまぁいいと話題を変える。
「それで、頼んでおいた件の調査はどうなっている?」
「例の一団とコカビエルはやっぱり無関係だったわ。誘いはあったみたいだけどね」
「だろうな。あいつが今更誰かの下に就くとは思えねぇ。でも錚々たる面子が揃ってんだろ」
「ええ。魔王争いに敗れた旧魔王派に神器使いで構成された人間の集まり。それに教会を脱したはぐれエクソシストもね。思惑はそれぞれみたいだけど、一匹の龍の下に集いつつあるわ」
黒歌は手にしていた資料をアザゼルに投げ渡す。
「戦争に懲りた奴もいるならまだまだ足りないって奴もいるわけだ。めんどくせぇ」
資料をパラパラと読みながら忌々し気に舌打ちする。
「
一樹は一誠が言っているアザゼルがお隣のアザゼルだと思ってません。
同名の別人だと思ってます。
白音は気づいているけど黙ってるだけです。