自動販売機を破壊して中身を取り出し、水分補給を済ませる。
隣に居たゼノヴィアも適当に自販機の中身を取り出して同じように喉を潤した。
(いくらレーティング・ゲーム用に創られた空間つっても。こうして自販機をぶっ壊して物を取るって嫌な気分になるな)
気にする必要はない筈なのに自分が犯罪者になったような気がしながらもそれを飲み干すように容器の中のモノを一気に喉の奥へと流す。
意識に余裕が出てきたおかげか自分の身体の異常に気付く。
(さっきからふらつきが治まらない。禁手化の影響か?でも修行してた時はこんな感じは……)
身体の違和感に引っかかりを覚えながらも結局は解答には至らない。
そこでリアスから通信が入る。
『オフェンスの皆、聞こえる?私たちは敵本陣に進軍するわ』
リアスたちが動く。これはもう序盤と中盤を終えて終盤戦へと突入する合図だった。
祐斗とシトリー眷属2人の闘いは熾烈を極めていた。
シトリー側はひとり欠けたというのに、より一層の結束を以て祐斗を追いつめていく。
しかも2対1の状況で体力の消耗が大きいのは祐斗の方だ。
(そろそろ決めにかからないとマズイ!このままジリジリと消耗戦に持ち込まれたらこちらがやられる!)
リアスたちが移動しているという事実もある。騎士として主の身を守らなければという使命感が早くリアスたちと合流しなければという焦りが生まれる。
そして焦りはミスを生み、近接戦での僅かな失敗は致命的となる。
まだミスこそ犯してないものの、危ない場面が少しずつ増えてきた。
今はスピードで誤魔化しているが相手は女王と騎士の眷属。こちらの都合良く翻弄されてはくれない。
(ここらが勝負時かな?)
出来れば聖魔剣は3人をリタイアさせてから使いたかったが、リアスが動いた以上、そういうわけにもいかない。
一刻も早く主の下へ駆けつけなければならない。
「でやぁああああっ!?」
巴柄が日本刀を上段から最速の振り下ろし。
祐斗は振り下ろされた刃を床と壁を蹴って上へと逃げると全体重を乗せた一刀で巴柄の刀を叩き折った。それから剣を斬り上げ、敵の騎士を斬る。
(2人目。後は女王の真羅副会長だけだ!)
それが僅かでありながらも致命的な油断だった。
巴柄は転送される僅かな間に折られた刀の刃を手で握りしめて自分から意識の外した祐斗の左太腿に突き刺した。
「つあっ!?」
流石にこの行動は祐斗にも予想外であり、痛みで驚きと同時に表情を歪ませる。
巴柄はすぐに転送されたが祐斗はふらつきながら壁を背にする。
「凄まじい執念ですね。敵ながら、その覚悟には感服しますよ」
息を荒くし、太腿から流れる血と共に汗も一気に流れる。
腕ではなく脚というのも痛い。これでは祐斗の最大の武器ともいえるスピードは封じられた。
なにがなんでも倒すという気迫。このゲームに懸ける想いは自分たち以上だと認めなければならない。
(だからって、負けるつもりはサラサラないけどね)
祐斗は聖魔剣を創り、構えを取る。
「戦意は衰えませんか。なるほど……リアス・グレモリーの眷属は揃いも揃って諦めが悪いようですね。ですが私も容赦はしません。この勝負に勝つために、貴方だけは確実に仕留めさせてもらいます!」
薙刀を構え直し、真羅椿姫は鬼神と思わせる気迫を以て祐斗へ向かって行った。
一樹、白音、イリナの3人は禍の団の英雄派を名乗る3人と戦闘を行っていた。
白音はヘラクレスと呼ばれた巨漢の男。イリナはジャンヌと呼ばれた剣士の女性。
そして一樹は再びアルジュナと呼ばれていた少女と向かい合っている。
「話、聞かせてもらおうか」
槍を握り、一足で跳びこめる距離で質問をする。
「なんで冥界にいるのか。なんで俺にいきなり攻撃を仕掛けたのか。そもそもなんで禍の団に所属することになったのか。言わねぇってんなら力づくでも聞き出すぞ」
一樹のその言葉にアムリタは眼を細める。
「力づく?アナタが?」
その眼はそんなことは不可能だと語っていた。
「私は、物心付いタときカラ弓に限ラズあらゆる武芸、戦士としての修練を積まされマシタ。5歳のときに下級とはいえ、妖魔を屠り始め、10の齢で100を超える魑魅魍魎を死体に変えてキマシタ。その私にこちらに関わっテ半年も経たないアナタが力づくで聞きダス?」
アムリタが弓を構えると同時に一樹も迎撃態勢に入った。
「思い上がらないでクダサイ」
冷淡な声。
そして指から放たれた矢はその姿を消した。
矢は、一樹の離れた位置にある後ろの壁を貫通していた。
「なっ……!?」
「今のはワザと外しマシタ。もし僅かでも気を抜くナラ……次はその首が落ちることになりマス」
理由がわからないまま、戦うことを余儀なくされた。
祐斗は残りひとりの敵というところで劣勢を強いられていた。
負傷した脚を庇いながらもどうにかして椿姫の薙刀を捌くが、ところどころに傷が増えてきている。
「貴方がリアス・グレモリーの下へ駆けつけたいように私も主の下へ赴かなければなりません。負傷した相手を嬲る趣味もありません。ここで幕を引かせてもらいます!」
向かってくる椿姫。
祐斗はこの危機的状況の中で自分にできることを考えていた。
『いいですか、祐斗。確かに騎士の速力は私たちにとって貴重な戦力ですが、それが使えない状況を想定しない訳にはいきません。負傷かもしれないし、なにかを守るために壁にならざる得ない状況かもしれない。それらを想定しながら備えないのは愚か者の行為です。そういうわけで、今から教える技は私の昔の同僚が使っていた奥の手なのですが―――――』
(本当に、師匠には頭が上がらないよ)
今の状況を予見していたわけではないのだろう。ただ、いつかあるかもしれない状況が思ったより早く来てしまっただけ。
(まだ未完成なんだけどね)
迫ってくる椿姫に祐斗は上半身を弓のように引き、力を溜める。
何かを感じ取ったのか、椿姫は攻撃を止めて何かを出した。
「
出て来たのは装飾がされた巨大な鏡。
(盾のつもりか?でも関係ない、そのまま打ち抜く!!)
弓から矢が射られるように勢いを乗せた聖魔剣の突きが繰り出される。
放たれた突きは鏡を破壊し、その後ろにいた椿姫の肩を打ち抜いた。
同時に祐斗にも衝撃が襲いかかり、遥か後ろへと飛ばされる。
「ごふっ!今のは……」
「私の神器、【
意外でしたと椿姫は自分に刺さった聖魔剣を引き抜いて投げ捨てる。
(僕はここまでかな。不甲斐ないなぁ。でもあの傷なら向こうのリタイヤの筈。相手の女王も倒すことができた。後は皆を信じて―――――!?)
そこで、祐斗は目には小瓶の中にある液体を振りかける女王の姿が映った。
「……フェニックスの、涙……貴女が……」
「えぇ。本来私たちの予想ではここで貴方とゼノヴィアさんの2人と闘う予定でした。しかしまさか貴方ひとりに翼紗と巴柄の2人を失い、私もコレを使わざる得ない程の状況に追い込まれるとは思いませんでした」
想定外の犠牲ですと呟く椿姫。
「ですが貴方を仕留められたこちらの利は大きい。私たちの勝利を確実にするためには、貴方だけは絶対に倒しておきたかった」
それは、どういう意味か問おうとしたが祐斗は既に口を開く余力もなかった。
「ではさようなら。リアス・グレモリーの騎士。私にはまだ仕事が残っています」
踵を返しこの場を去って行く椿姫。それをなにも出来ずに見送りながら裕斗は唇を噛んだ。
純粋な剣技での闘いに拘った結果がこれだ。最初から聖魔剣を用いていれば勝てたかもしれないのに。
今回も、最後まで残ることができなかった。
(本当に不甲斐ないなぁ……)
こうして、木場祐斗はレーティングゲームから敗退した。
ショッピングモールの中心にある広場。そこに一誠とゼノヴィアが辿り着いた時、そこには既にリアスと朱乃とアーシア。そしてソーナと彼女の僧侶のひとりであるおさげの少女、草下憐耶が控えていた。
まだ健在のプレイヤーでこの場にいないのはシトリー勢の女王である真羅椿姫ともうひとりの僧侶、花戒桃のみ。
祐斗が倒されたことにグレモリー眷属の間で動揺が走ったがここに来るまでに全員が気持ちを切り替えている。
一誠は自分に繋がれていたラインの先がシトリー勢の僧侶に繋がれているのが見えた。
匙との戦闘を終えた後、ゼノヴィアのアスカロンにラインは既に切断されている。しかしまるで見せるように切断されたラインを残していることに不気味さを感じた。
「大胆ね、ソーナ。わざわざ中央に足を運ぶなんて」
「それは貴女も同じでしょう、リアス」
「えぇ。どちらにせよ、もう終盤戦でしょうから。もっともこちらの思惑とはだいぶ違う流れになったみたいだけど」
王同士の会話の中、眷属たちも緊張を緩めない。
しかし、そこで一誠に変化が起きた。
「あ、あれ?」
「イッセーさん!?」
突如禁手の鎧を纏っていた一誠が四つん這いの姿勢になったのだ。
意識が遠のく中でアーシアが回復に努めてくれているが、痛みは消えても意識の遠のきは治まらない。
リアスがフェニックスの涙を使おうとするが、アーシアの神器で治療できないのなら効果はないと予測し、引っ込める。
「アーシアさんの神器もフェニックスの涙も効果はありませんよ、リアス。彼はここでリタイアです」
「イッセーに何をしたの、ソーナ!?」
焦りから叫ぶリアスにソーナは合図して憐耶のバックからある物を取り出した。
それは献血の場などで見る血液パックだった。
「アザゼル先生のアドバイスは的確でした。あの人は匙の神器が相手の力だけでなく、血液を奪い取れることを教えてくれたのです」
「アザゼル先生が!?」
アザゼルはオカルト研究部の顧問だが、同時にシトリー勢の神器使いの育成にも口を出していた。そこでアザゼルは匙の神器の持つ可能性を教授したのだ。
「習得には精密な神器操作が必要とされます。ですが匙はそれを見事やり遂げました。人間がベースになっている転生悪魔である以上、血液の半分を失えば致死量です。戦闘力で貴方を倒せなくてもゲームのルールが貴方をリタイアへと追い込みます」
レーティングゲームのルール上、致命傷と判断された選手はすぐに医務室に転送される。匙はずっとこれを狙ってどれだけ殴られてもこのラインだけは外させなかったのだ。
「ライザー・フェニックスとのゲームを研究し、白龍皇との闘いもある程度聞き及んでいます。貴方はとことん諦めが悪く、何度でも立ち上がる。その根性と呼ぶべき精神論が赤龍帝の力を引き出し、白龍皇との戦いのときのように何が理由でパワーを増大させるか予測できない意外性の塊でもある。ですから私たちはゲームのルールで貴方を倒すしかなかった」
宣言するようにソーナは一誠を指さす。
「確かに匙は貴方に敗れました。ですが貴方を敗北へ誘ったのは間違いなく匙元士郎です!」
それは自分の眷属の誇る熱のある声だった。
倒れて意識が沈みそうになる一誠にアーシアが賢明に効果の無いとわかっている治癒を続ける。泣きそうな顔で。
そこで血液パックを持っていた憐耶がアーシアへと近づき、叫ぶ。
「
その声を合図にアーシアの治癒の光は攻撃的な赤色へと変貌し、無傷だったはずのアーシアと膝をついていた一誠の口から血が吐き出された。
「アーシア!?」
「イッセーくんッ!?」
ゼノヴィアが倒れたアーシアを抱きかかえ、イッセーの体を朱乃が支える。
「アーシアさんの回復の力を反転させてもらいました。彼女の強力な治癒能力。それをそのまま攻撃の力へと変化すれば」
倒れたのはアーシアと一誠だけではない。回復の範囲に入っていた憐耶もまた同じように血を流していたが、彼女は仲間に後を託して満足げにその場から消えていった。
そんな薄れゆく意識の中で一誠は匙のことを考えていた。
自分を倒すためにここまで気力と知恵を絞った尊敬すべき好敵手。
匙を倒したときにあった後味の悪さとともに芽生えていた僅かな優越感など根こそぎ吹き飛ばすほどの敗北感。
悔しさと嬉しさ。他にもたくさんの感情が渦巻きながら一誠は医療室へと転送された。
一誠が転送されたことでリアス側は3人にまで減ってしまった。しかしソーナ側も残っているのは3人。だが、この場に居るのは王であるソーナひとりだった。
未だ姿を見せないもうひとりの僧侶が気がかりだが、これがチャンスであることには違いない。
リアスが滅びの魔力。ゼノヴィアがアスカロンを構えている中、立ち上がった朱乃の肩が僅かに震えていた。
「……許せない」
見ると、朱乃の目から一筋の涙が零れていた。
「あの子の前でこの忌まわしい力を彼の前で使うことで私の中に流れる血を克服しようとしたのに――――!」
バチバチと音を鳴らし、朱乃の手の平から強大な力を持つ雷光を発生させる。
「消しますわ!」
放たれた極大の雷光。この土壇場に来て堕天使の力を使った朱乃の攻撃は容赦なくソーナを飲み込もうとしていた。
しかしソーナの眼には焦りはない。
「嘗めないでください」
ソーナが生み出した水の盾が朱乃の雷光を防ぎ、逸らすと近くにある店へと軌道を変える。
その防ぎように一瞬呆ける朱乃。
「ここに来て自らの力を使う覚悟を決めましたか。私たち悪魔の天敵である光の力を雷に乗せて放たれた一撃は確かに脅威に値します。もしその覚悟をもう少し早く決めていれば、ですが」
ソーナがなにを言っているのかわからないといった感じに朱乃は呆然としている。
そんな朱乃にまるで自分の不手際を自覚していない教え子を諭すような口調で続ける。
「今まで使わなかった力を訓練もなしに使用して本当に通じると思っていたのですか?今の一撃も少し私の立ち位置が違うだけで貴女の仲間に返される可能性を考慮しましたか?貴女にとって兵藤くんがどのような存在かは問いませんが、自分の立場を弁えずに感情に任せて自軍を危険に曝す愚行。とても王を補佐する役割である女王の行動とは思えません」
ソーナの指摘に朱乃は顔を真っ赤にした。
それは、ライザーとのレーティング・ゲームでライザーの女王であるユーベルーナにも似たことを言われた。
主の勝利の為に自身の拘りを捨てられない朱乃は女王として失格だと。
同じ過ちを今の今まで繰り返していたのだとようやく自覚する。
「う、五月蠅いっ!?貴女にそんなこと……!」
だが、それを自覚してなおすぐに認められるほど朱乃は大人ではなかった。
再び雷光を放とうとする朱乃の胸に、刃が生える。
「朱乃っ!?」
朱乃の胸を貫いていたのはソーナの女王である真羅椿姫が投擲した薙刀だった。
リアスが倒れようとする朱乃の体を支える前に彼女はこの場から転送される。
「すみません、遅れました」
「いいえ。丁度良いタイミングでした。ありがとう、椿姫」
淡々とした声で倒した落ちた薙刀を拾い、ソーナの傍へと駆け寄る。
その短いやり取りが彼女たちの結束を見せつけられる。
そうしてソーナは最後の宣戦をする。
「こちらはまだひとり揃っていませんが、丁度2対2です。ここで決着を着けましょう、リアス・グレモリー」
その冷たい表情には確固たる勝利への執念が宿っていた。