――――――っくん
「?」
「どうしたんだよ、いきなり止まって振り返って」
アザゼルの指示でホテルを抜け出し、京都に来ているというセラフォルーと合流するために移動していた際に突如立ち止まった一樹に一誠が問うた。
しかしそれに答えるのではなく逆に質問する。
「なんでお前がここに居んだ兵藤?お前、先生たちの監視下で反省文書かされてたんじゃねぇの?」
「誰のせいだ誰のっ!!」
「お前の頭の中の辞書に自業自得って言葉をインプットしろ。そうすりゃ誰のせいか一発で判んだろ」
「――――っのヤロッ!」
一樹の言葉に拳をボキボキと鳴らす一誠。
しかしその手はすぐに引っ込める
「アザゼル先生の手伝いってことで一時的に抜け出させてもらったんだ!ホテルに戻ったら反省文の続きだよ、クソ!それで、そっちはなんでいきなり止まったんだよ」
「別に……ただ、白音の声が聞こえたような気が―――――」
そこで周りが一斉に振り向く。
その顔は微笑ましいモノを見るような眼だったり、からかおうとする表情だったり。
「なにお前。旅行1日目でもう白音ちゃんが恋しくなったのかっ!?意外とかわいいとこあん―――――」
一誠が一樹の肩に手をそう言うとそれを振り落として頭を鷲掴みにする。
「このまま頭焼いて二度と髪が生えねぇようにしてやろうか?」
「ちょっ!お前ふざけんな!?放せ!」
そこで一樹の頭にアザゼルの拳骨が落とされる。
「往来の道で騒いでんじゃねぇよ。モタモタしてねぇで、とっとと行くぞ!」
頭を撫でている一樹を撫でている一樹を見ながらアーシア、ゼノヴィア、イリナはヒソヒソと話す。
「やっぱり、一樹さんも白音ちゃんのこと」
「まだ自覚がないみたいだけど案外もう一押しすれば」
「うん。というより、まだ付き合ってないというのが意外なのだが」
「聞こえてんだぞ、お前ら!」
精神世界に落ちるとそこは薄暗な世界だった。
薄暗い視界に地面は浅瀬程の水がある。
そこで白音はあることを考える。
「制御するって……どうすればいいんだろ……」
今更ながらそれに思い至る。
力を欲するあまり過程をまるで考えていなかったことが恥ずかしく僅かに顔が赤くなる。
とにかく自分の中に入っている筈の又旅を探そうと仙術による感知の範囲を広げようとする。
「今回、私を取り入れようとする方は随分と愛らしい姿をしてますね」
「!?」
後ろから聞こえた声に振り向くとそこに居たのは見知らぬ女だった。
見た目は姉である黒歌と同い年くらい。長い青の髪を後ろに結わえ、金と緑!の左右別の瞳。そして猫の妖怪の証しである耳と尻尾。
黒い着流しを身に付けたその女性からとっさに距離を取り、身構える。
「あぁ、なるほど。貴女も私と同じ種ですか。どのような理由で私を欲するかは存じませんが、止めておきなさい。私を扱うには貴女の器は小さすぎる」
まるで母が子に注意するような暖かな眼差しと声でこちらを気遣う女性に白音は困惑していた。
「貴女が、又旅……?」
確認するような問いかけに女性―――――又旅は穏やかな笑みを浮かべた。
「はい。私がかつて人間たちに封じられた妖怪、又旅です。そちらのお名前を伺っても?」
「猫上、白音です」
「良い名ですね。こうして他者。それも同族と話すのは久しぶりですので嬉しいです」
穏やかな笑みでそう言われて白音はさらに困惑する。
てっきり、襲いかかられるものだと思っていたらまるで世間話でもするような態度なのだから仕方がないのかもしれない。
「あ、あの!私は――――!」
「私の力が欲しい、ですか?」
眼を細めて指摘され、白音は肩をビクッとさせる。
それに又旅は小さく息を吐いて諭すように言葉を紡ぐ。
「先ほども言いましたが、貴女では私を取り込むには器が小さすぎるのです。止めておきなさい、私の力は必ず貴女という存在を喰い破る」
バケツで湖の水全ては掬えない。
いつか必ず器そのものを破壊してしまう。
「それでも、私には!」
力が要るのだ。
今よりもっとずっと。
そうでなければまた失ってしまう。
「もうあんな思いはっ!!」
そこまで言って又旅が白音の頭に手を置いた。
「言葉でわからないなら、少々試させていただきましょうか。私を取り込みたいなら。その
そうして、白音は精神世界の中で夢の中に落とされた。
寝かされている白音が魘されているのを見てリアスが心配そうに声をかける。
「大丈夫なの?」
「えぇ。と言っても、精神世界と現実世界じゃ時間の流れが異なることも常だから、確証はないわね」
術式を維持しながら黒歌は短く答える。
又旅ほどの大妖怪を受け入れるのにどれほどの力が要るのか未知数なのだ。
「気張りなさい、白音。アンタがそれを選んだのなら……」
(なんで、こんなところに……)
気が付くと白音は猫の姿で見覚えのある場所に居た。
覚えているといっても大分うろ覚えなのだが。
どこかの駐車場だった。
「姉さま!姉さま!姉さま!」
自分の口が勝手に動き、怪我をしている自分と同じ猫の姿を取っている姉に寄り添っている。
「大丈夫よ、白音。お姉ちゃんは強いから、このくらい、ね?」
姉の身体にはいくつかの傷があった。
(確か、モデルガンで撃たれたんだっけ)
小学生の子供に突然モデルガンの的にされて、黒歌が白音を庇って傷を負ったのだ
(この時から、私は姉さまに縋ってばかりで)
姉を支えるどころか足を引っ張って。自分が居なければ姉はもっと上手く立ち回れたはずなのに。
無力なかつての自分を見せられて内心歯を喰いしばる。
そしてかつての自分に強い苛立ちを覚えていた。
(そして、ここで……)
「なに?野良ネコ?うわ!ケガしてるよ!」
現れたのは濃い茶髪の子供。
その子供が怪我をしている黒歌を抱き上げようとする。
「イッテ!?引っ掻くなよ。こっちは手当てしようとしてるのに」
黒歌が引っ掻いても懲りずにまた手を伸ばす。抱きかかえると姉さまが今度は噛んだり引っ掻いたりして暴れる。
「暴れるなって!頼むから大人しくしてろな!」
そう言ってその子供は微笑んで見せて白音の方に振り向く。
「ほら。白いのも来いよ。連れてってやっから」
そうして差し出された手にどれだけ救われたか。
生まれて初めてかもしれない穏やかな日々。
暖かな寝床。
暖かな食事。
陽だまりのような安心感。
そして唐突に訪れた安息の終わり。
(やめて……見せないで……)
白音が過去の自分の中でそう呟く。
(見たくない、の……!)
忘れてはいけない。だけど、思い出したくない記憶。
白音はその記憶を掘り返された。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
全てを見終えた白音は涙を流して蹲っていた。
「なんて、悪趣味な……!」
吐き気を堪え、見せられたものに憤りの感情を覚えながら近くに感じる気配。それを又旅だと思い、視線を鋭くさせて顔を上げる。
しかしそこに居たのは別の人物だった。
「姉、さま……?」
そこに居たのは姉の黒歌だった。
しかしその姿は現在より若く見える。
おそらく白音と同じか少し上くらいかもしれない。
それでも身長差があるのだが。
姉を呼ぼうとすると、突如黒歌が襲いかかり、その首を絞めてきた。
警戒する必要が無い相手だったこともあり、無防備に押し倒される。
「ね……!?」
「どうして?」
「?」
「どうしてアンタみたいな役立たずが私の妹だったの?」
黒歌の口から発せられた言葉に白音は目を見開いた。
「私がどんなに痛い目に遭っても泣くことしかできないのに」
首を絞められてる手に力が入る。
「白音なんて、最初からいなければよかったのよ」
「……っ!?」
黒歌の言葉に白音はどこか納得している自分がいた。
最初から自分が居なければ姉はもっと楽に生きられたのではないか。
そう何度も思った。
なら、自分がここで居なくなっても――――――。
そこで、茶髪の少年の顔が過ぎった。
「っ!?」
その顔を思い浮かべた瞬間、本能的に黒歌を蹴り飛ばす。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
白音は何を日和ってると自分を叱咤する。
アレはただの偽物だ。
おそらく白音の中にある不安を具現化した存在。
「ずっと、今も支えてもらってる。|現実世界(むこう)に戻ったらお礼を言わないと。そして、昔の
白音は一瞬で黒歌に近づく。
「ありがとう、姉さま。ずっと守ってくれて」
――――いつか、絶対に貴女が誇れる妹になるから。
そう誓い、白音は黒歌に螺旋丸を叩きつけた。
掻き消えた黒歌を見終わると、その先に又旅がいた。
白音は無言で又旅に拳を突き出す。
その拳は易々と防がれた。
「それが、貴女が力を欲する理由」
「人の記憶を無断で見ないでくれますか?」
「ごめんなさいね。でも理由は知っておきたかったので」
白音は又旅から拳を離す。
「それは、逃げではありませんか?」
「……」
「力を手にして、昔の弱かった自分をなかったことにしたいだけなのでは?」
「そうかもしれません。でもそれよりも……」
白音は僅かばかり目を閉じる。
「これ以上、なにも失わない。手放さないために、力が必要で。家族にこれ以上、怖いものを見せなくて済むなら、私はなんにだってなります」
又旅と視線を合わせる。
その真っ直ぐな視線に又旅は息を吐いた。
「言いたいことはたくさんありますが、とりあえず精神面は合格としておきましょうか。次は力を、見せてもらいます」
又旅の姿が青い炎に包まれる。
女性の姿は消え、現れたのは1匹の巨大な獣だった。
炎が猫の姿を模っているように見え、黒い線が幾重にもある。巨大な猫。
「力を求めても想いだけではそれは叶わない。貴女にその価値があるか、見極めさせてもらいます」
青い巨猫から白い小猫への試練が始まった。
白音は3体の影分身を使って又旅を翻弄しようと動いた。
しかしそれは徒労に終わる。
吹きかけられる息は暴風となって影分身を吹き飛ばし、その姿を消す。
吐き出された炎に白音は跳躍して避ける。
(あんなの喰らったら骨も残らない……!?)
精神世界でどうなるのかは不明だが試したいとは思わなかった。
「逃げてばかりいてもどうにもなりませんよ!」
先程より小さな火球が襲いかかってくる。
白音は印を結び、妖術で風を発生させて無理矢理方向転換し、躱した。
着地した瞬間に妖術を使った瞬間に投げた苦無に付けられた転移符を目印に転移する。
又旅の頭上に出現した白音がそのまま螺旋丸を叩き込んだ。
しかし。
「こそばゆいですね」
そのまま軽く頭突きを喰らって弾き飛ばされる。
着地し、膝を着くのを確認すると又旅がやはりと思う。
「あまりに非力ですね。その程度の力で私を取り込もうなど、身の程知らずにも程があります」
大きく開けられた口から青い玉が形作られる。
それを見て白音は身震いした。
玉に込められた力。受ければ跡形もなく消えて死ぬだろう。
「この一撃を避けずに防いで見てください。それを可能とするならば、貴女の力を認めましょう」
おそらく、これは又旅からの最大限の譲歩。
これを受け止められなければ資格無しという。
もうそれに対して、白音が打てる手は――――――。
「あぁ、もう。まだ未完成なのに……」
影分身を2体出現させる。
ロキ戦の赤い螺旋丸を見てから白音なりに新しい螺旋丸を生み出そうとしていた。
アザゼルの推測を黒歌経由で聞き、あることは確信に変わる。
螺旋丸は性質を変化させた力を乗せることが出来る。
なら、どの力を乗せるか。
真っ先に思いついたのは風だった。
一樹の火の力を助けられる力。
それを、白音は選んだ。
気で螺旋丸を作りながら風の力に変化させた妖力を込める。
影分身を含めて3人でそれを作る。
実戦だったら隙だらけで先ず使えないが、どうやら向こうは待ってくれるらしい。
成功率は未完成型でたった3割。
丁重に術を編み上げ、完成させる。
球体を中心に刃が回転したような螺旋丸が生み出された。
「螺旋、手裏剣……」
手裏剣といっても現状で投げる事も出来ない未完成だが、白音が出来る最大の攻撃力を誇る技だった。
「…………」
又旅は何も言わずにエネルギー球体を発射する。
白音はそれに螺旋手裏剣をぶつけた。
衝突する2つの力。
又旅の放った球体に僅かに拮抗する。しかし元々大きさの違いにそれは白音の螺旋手裏剣を飲み込み始める。
「!?―――――あ、あああああああああっ!!」
白音の叫びと共に螺旋手裏剣は爆発する。
鼓膜を破壊するような轟音と台風のような暴風に白音の小柄な体躯は何度もバウンドして転がり回る。
そこで、白音は意識を失った。
又旅を再び人の姿を取り、意識を失った白音を前に屈む。
髪を撫でるその姿は子を褒める母のようだった。
目を覚ますとそこは兵藤家の一室だった。
「目が覚めたのね」
「姉さま……」
横にいる姉の姿を確認して精神世界から戻って来たことを確信する。
裸だったはずの自分に服が着せられているのは姉が着せてくれたからか。
「リアス・グレモリーたちは実家の方でなんかあったらしくてそっちに行ったわ。後で連絡を入れましょう」
「はい」
「それとおめでとう。まさか本当に成功するとは思わなかったわ」
黒歌が白音の服を捲し上げ、腹を見せるとそこには印が書かれている。
「白音が又旅の霊体を身に宿した証よ」
「でも、まだあの人の力は使いこなせないと思います」
「そうなの?」
又旅が言ったようにまだその力を十全に扱うには白音の器は小さすぎるのだ。
下手に使おうとすれば体がズタズタになるだろう。
あくまで彼女は仮宿として自分に憑いたに過ぎない。
これから彼女の力に熟れていかなければ。
「じゃあやっぱり、すぐに使えるってもんでもないのね」
「はい。それと、姉さま……」
「ん~。どしたのっ!?」
白音が黒歌に抱きついた。
「今まで、ずっと守ってくれてありがとう、姉さま」
白音の言葉に黒歌は瞬きをして驚いたがすぐに苦笑した。
「もう。当たり前でしょ。私は、白音のお姉ちゃんなんだから」
そう言って頭を撫でる黒歌。
(いっくん。貴方を守るために。助けるために私ももっと強くなるから。貴方は貴方が望む道を……)
それから数日後。最悪の知らせが届くことを、この姉妹は知らなかった。