「は?」
その知らせを受けた時の白音の顔は今まで誰も――――それこそ姉である黒歌ですら見たことがない程に現実を受け止められず、思考を停止し、空白となった表情。
そんな白音にアザゼルはただ事実だけを突き付ける。
「もう一度言うぞ。修学旅行中に俺たちは禍の団の一派閥である英雄派による九尾の長拉致事件に関わり、その奪還を拒否して単独で行動した結果、オーフィスに拉致られた。細かな説明は一誠の家で――――」
そこで白音が握力を全開にしてアザゼルに問い詰めた。
「先生は、貴方は何をしてたんですか!?」
その声もまた今まで聞いたことがない程に焦燥と憤怒が込められていた。
「どうして
「すまん」
実際にはアザゼルがどう動こうが一樹の拉致が阻止出来ていたということはない。アレは強いて言えば災害のようなモノだ。
気紛れで現れ、動けば力で蹂躙してくる。
そういう類に存在だ。
まぁ滅多に動くことのない
しかしアザゼルは教師であり、また一樹とは親交のある大人だった。
彼には日ノ宮一樹という生徒を無事家に帰す義務があった。それを怠った行動を取ったことは事実だった。
だからアザゼルは言い訳をせずに短い謝罪を添えて白音の憤りを受け止める。
そんな妹を姉である黒歌が制した。
「姉さま……」
「ここで、アザゼルを責めてもしょうがないわ。とにかく事情は説明してくれるんでしょ?」
「あぁ。車を用意してあるから乗ってくれ。一誠の家でリアスたちも含めて情報を共有する」
「オッケー。すぐに準備するわ」
外着へと着替えようと奥へ行く黒歌。白音もそれに続く。
不安そうな顔をする妹の頭を黒歌は撫でた。
「大丈夫よ。連れ去られたのなら、すぐに殺される心配はないはず。だから私たちに出来ることは一早くあの子を見つけて奪い返すこと、でしょ?だから今はまず何よりも情報を集めなきゃ」
「……はい、姉さま」
納得などしていないだろうが、それでも平静を保とうとする程度には余裕が持てた。
それがどれだけ上っ面な平静だったとしても。
桐生藍華を含めた修学旅行でオーフィスとの戦闘に巻き込まれた3人の一般人は兵藤宅の門前に集められていた。
一樹が連れ去られたあの後に、一誠やアーシアなどの知人が迎えに来た。
最初は状況が飲み込めずに何を話していいのかすら分からなかった。
ただ、自分たちに何かをしようとしたアザゼルを必死で止める友人たちの姿は3人を落ち着かせるには充分な効果があった。
それからホテルに戻って男子と女子に分かれて事情の説明がなされた。
悪魔のことを含めたこの世界の裏側。
今回の事件のこと。
それらをまだ新人悪魔である一誠やアーシアが説明できる範囲で説明した。
別々の部屋でそれを聞いていた3人はまだ情報を飲み込めていないが頭から否定して笑うことは出来なかった。
それはあのオーフィスが放った漫画やアニメで出そうな砲撃とそれを受け止めた一樹の姿を見たことで、受け入れざるえなかったのかもしれない。
全てを聞き終えた藍華はやや視線をずらしながら問う。
「それで、一樹、は……?」
「今、アザゼル先生たちが捜査中です。大丈夫です!一樹さんはきっとすぐに見つかります!」
それはアーシア自身どこか信じ切れていないことだったが他にどんな言葉がかけられただろう?何かを思い出したのか、藍華は体を震わせて口元を手で押さえる。
「あいつ、首が、半分取られて……!」
その光景を思い出して込み上げてきた吐き気に抑え込む。
藍華は本能的にそこから先を思い出すことを止めた。
アーシアたちも普段、日本に慣れていない自分たちに様々なことを教えてくれたり引っ張ってくれる彼女がここまで気落ちしている姿にどう接すればいいのか判断できないでいた。
そんな中でイリナが動く。
「桐生さん。もし眠れないようなら、コレを使って」
渡されたのは小瓶に入った数粒の錠剤だった。
「睡眠薬よ。一度眠って頭の中を整理して落ち着かせて、それから色々なことを考えた方が良いわ。話は駒王に戻ってからにしましょう」
今のままなら何を考えてもきっとマイナスにしかならない。一度眠りの中に入って間を置いた方がいい。無理矢理にでも。
「うん。ありがとう」
今のままでは眠れないことは自分で分かっており、有難く貰うことにした。
それから翌日に京都から駒王に戻り、アザゼルから今日一誠の家で今回の件で話をすると3人に伝える。
「お前たちも出来れば来てほしい。だが、無理はするな」
そう一言を添えて。
そういうわけで3人は今、兵藤宅の前に顔を合わせているわけだ。
インターホンを松田が押そうとすると1台の車が停まった。
「桐生先輩」
「白音」
中から出て来たのはアザゼル、白音、黒歌だった。
「久しぶりね、藍華」
「あ、お久しぶりです、黒歌さん」
「そうね。そっちが中学生の時以来かしら?」
中学時代一樹と仲が良かった藍華は何度か黒歌にも会ったことがあった。
藍華たちが修学旅行でこちらの世界についてバレたことは車の中でアザゼルから聞いていた。
アザゼルがここに足を運んでくれたことに感謝の言葉を述べて、インターホンを押す。
すると、中から朱乃が出て来た。
「お待ちしておりましたわ、皆さん」
「あぁ。悪いな、疲れているところ」
「いいえ。かまいませんわ」
穏やかな笑みを浮かべて朱乃は来客を通す。すれ違った藍華たちに大変でしたわね、と口にして。
通された部屋は大人数が話し合いをするにも充分な広さがあった。
「よく来てくれたわね、貴方たち」
中に入るとリアスが紅茶を飲みながら藍華たちを迎え入れられる。
しかし中に通された全員の視線は別の者に向けられていた。
「ぐぎぎぎぎぎっ!?」
何故か一誠が手を後ろに回されて正座をさせられており、膝の上には胸の位置ほどに積み上げられた四角い石が乗せられている。
全員が困惑しているとリアスが笑顔で答えた。
「イッセーのことは気にしないで。オイタが過ぎた罰なの」
そう笑顔で言われて周りを見るが、彼らは一様に苦笑している。
一誠の罰は修学旅行でリアスの召喚して、乳首を突くという行為に対してた。
一応理由を聞き、判断した結果がこの罰だ。
京都の騒動で曹操たちに一泡吹かせる結果になったのは喜ばしいことだが、あんな風に召喚されて憤らない訳もない。
それぞれ、適当な場所に座り、話し合いが開始された。
「それじゃあ、話を始めるぞ。リアス、今回の件の説明は?」
「祐斗から教えてもらったわ」
真面目な表情をして頷くリアス。
「なら、英雄派の件は後回しだな。今日集まってもらったのは一樹がオーフィスに拉致された件だ」
アザゼルの言葉に白音の心臓は大きく跳ねた。
最初に口を開いたのはリアスだった。
「先ず、何故一樹は今回単独で行動していたのかしら。本人は知人に会うためと言っていたのよね?」
「えぇ。そうしてホテルを離れたのは事実です」
「あの子、一体誰と……」
リアスが考える素振りをしていると藍華がポツリと口を開いた。あるいは、彼女自身、意識していなかったのかもしれない。
「アムリタ……」
藍華の呟きに全員の視線が集まる。
「あの時、あの場所にアムリタがいた。だから一樹が会う人ってあの子なのかも」
藍華の言葉にその場にいるほとんどが誰?と首を傾げる。
それに、黒歌が補足した。
「アムリタ・ズィンタ。一樹の中学時代の友人よ。とっても仲が良かったの。今は英雄派に所属してるらしいわ」
「それ、どういうこと?」
リアスが厳しい眼で黒歌を見据える。
「どうもこうもないわ。多分一樹が会うって言ってたのが彼女なら、そっちを優先したのも頷けるわね。あの子、アムリタのことになると見境が無くなることがあったし」
ヤレヤレと首を振って深く息を吐く。
「なら、一樹くんはそのアムリタって人に誘き出されてオーフィスに捕まったってことですか?」
祐斗の推測にアザゼルは腕を組む。
「どうだろうな。セラフォルーの話じゃ、そのアムリタって奴もオーフィスを攻撃していたらしい。英雄派たちにとってもオーフィスの出現は予定外だったのかもしれん」
決めつけられんがな、とアザゼルは言葉を切る。
そこで一誠が悔しそうに舌打ちする。
「日ノ宮の奴、ひとりで勝手な行動して捕まりやがって!俺たちと行動してれば―――――」
「いや、むしろ助かったさ」
一誠の言葉を遮ってアザゼルが答える。
「一樹が単独で動いてなけりゃ、八坂の姫の奪還どころじゃなかった。ホテルに残ってたら、建物の中に居た奴らも無事じゃ済まなかっただろうぜ。魔王のひとりであるセラフォルーですら手も足も出なかったんだ。あの場でオーフィスを止められる戦力なんざなかった」
淡々と、事実を突き付けるアザゼルに一誠は顔を背ける。
僅かな沈黙を破ってリアスが発言する。
「もしもの話は止めましょう。オーフィスが一樹を攫った理由。その目的が見えないわ」
顎に手を当てて考えるリアス。確かに一樹の能力や戦闘の才覚は凄まじいモノがあるが、それで無限の龍神が直に動く理由としては弱いように思う。
わざわざ人間ひとりのために、だ。
「わからん。セラフォルーの話では奴は一樹のことを太陽と呼んでいたらしい。そして現状、オーフィスの目的はグレートレッドの筈だ」
「英雄派が九尾の長を使ってグレートレッドを呼び寄せようとしたように、一樹くんで同じことをしようとしているってことですか」
「それも、違和感があるな。曹操たちがグレートレッドを呼び寄せようとしたタイミングで一樹に接触を図った。なら、呼び寄せたグレートレッドに対して何らかのアクションを起こそうとした考えるほうが筋が通る気がするぜ。それが、なんなのかはわからんが」
この場に居る者たちがオーフィスの目的に推測を重ねる中、白音が口を開いた。
「それで、いっくんの捜索は?」
白音からすれば、オーフィスの目的より、一樹の安否の方が遥かに重要だった。
それについてアザゼルの口から説明される。
「今、京都を中心に転移の痕跡を漁って、一樹が連れて行かれた場所を特定している最中だ。オーフィスが去る時に旧魔王派のレヴィアタン当主がいた事から、冥界にも捜索の手を伸ばしている。
今回の件はセラフォルーも思うところがあったらしく、積極的に動いてくれている。
「京都を中心に捜査なら、京都の妖怪さんたちも手伝ってくれてるんですよね!ならすぐに」
アーシアが期待を込めて発言するとアザゼルが苦い表情をする。
「京妖怪は今回の件はほぼノータッチだそうだ」
「え?」
「八坂の姫の奪還に力を貸さなかった人間の捜査には協力できない。それが向こう側の言い分だ」
「な、なんですかそれ!?」
罰として膝に置かれていた石をゴトンと落として一誠が立ち上がる。
まさか、京都の妖怪がそんな返答をするとは思わなかったのだ。
アザゼルも若干の苛立ちを混じらせて続ける。
「京都の妖怪たちからすれば、三大勢力との協力関係を解除したくないが、オーフィスとは敵対したくない。そんなとこだろ。なんせ、奴らはオーフィスが一樹を連れて行く時も、黙って知らん顔してたみたいだしな。一応今回の俺たちの働きに恩義を感じた八坂の姫が個人で動かせる妖怪は手を貸してもらっているが、それ以上は自分たちで勝手にやれってな」
自身の苛立ちの抑え込むようにアザゼルは大きく息を吐く。
自分たちの陣地で派手な戦闘行為。いくら結界の中とはいえ、京都の妖怪たちが気付かない筈はない。
かといってそれを理由に向こうを糾弾して関係を悪化させるわけにもいかず、その条件で飲まざる得なかった。
これは口にしないが、たかだか人間の協力者ひとりのために、ということもある。もっとも、リアスなど、何人かはそのことにある程度察しているが。
その結論に一誠が噛みつくように声を上げる。
「なんですかそれ!?俺たちは必死になって九重の母ちゃんを助けたのに、向こうは日ノ宮が拐われるのを黙って見てた上にほとんど協力してくれないってことですか!?」
「認めたかないが、そういうことだな」
「そういうことだって……!」
尚も自分の感情をぶつけようと一誠。しかしその前に白音が立ち上がり、部屋を出ようとする。
「おい。どこ行くんだよ、白音」
「京都に……いっくんの捜索を」
それだけ言って立ち去ろうとする白音にアザゼルが腕を掴む。
「待て待て!?京都にはセラフォルーの部下やうちの奴らが捜索してる!お前は情報が入り次第動けるようにこっちに残ってろって!捜索の結果はその内―――――」
「その内っていつですか?」
アザゼルを光のない眼で見据える白音。
「その内、なんて日はいつですか?」
瞳孔が開いた眼で小首を傾げる白音の質問に息を呑んでアザゼルは答えることができなかった。
しかし黒歌が白音の肩を掴む。
「今白音が動いても事態は好転しないわよ。焦るのは分かるけど、少し頭を冷やしなさい」
「でも姉さま……!」
「それに、まだ
黒歌の弁に姉妹は少しの間、睨み合うように視線を重ねるがそれを外したのは白音からだった。
白音はフラフラと部屋の隅に移動し、体育座りで顔を伏せる。
黒歌は困ったように肩を竦めた。
「とにかく、一樹の捜索に関しては任せろ。必ず見つけ出すさ。だから、アイツを発見したら」
「私たちの出番というわけね。あの子は眷属ではないけど大事な後輩で、仲間よ。必ず連れ戻すわ。いいわね、みんな!」
リアスの確認にオカルト研究部の面々は気合の乗った返事を返した。
そして藍華、松田、元浜に視線を向ける。
「貴方たちも、今日ここに集まってくれてありがとう。おかげで貴重な情報が入ったわ。そして怖い思いをさせてごめんなさい」
そう言って頭を下げるリアスに藍華たちは戸惑いながらもその謝罪を受け取った。というより他にどう反応すれば良いのか分からなかったのかもしれない。
こうして、兵藤家での会議はお開きとなった。
会議が終わり、松田と元浜は一誠の部屋で駄弁っていた。
「しっかし、なに言っていいのか全然わかんなかったぜ」
「俺らほとんど口開いて無かったもんな」
出されたジュースを飲んで松田と元浜は息を吐く。
そして2人は一誠を見た。
「しっかし、悪魔かー。実感湧かねぇな」
「俺は人間から悪魔になった転生悪魔って奴だけどな!2年の初めに悪い奴に殺されて、部長に悪魔として生き返らせてもらったんだ!」
「そういや、2年になってやたらお前運動神経良かったもんな!」
「別に悪魔になったからってだけじゃないけどな。自分の倍以上ある荷物を背負って体力作りさせられたり。夏休みに山で本物のドラゴンに追いかけられたりしたからな!」
「なんだよそれ……」
一誠の言葉を冗談か過大な自慢と受け取ったのか2人は苦笑する。
命懸けの実戦もさることながら悪魔になりたての頃は訓練だけで死にそうになっていたモノだ。今ではもう慣れてしまったが。
「なぁなぁ!悪魔になってなんかおいしいことってあるのか?」
「あぁ!悪魔社会じゃ一夫多妻が認められてるからな!俺はそれで自分のハーレムを築くのが夢なんだ!」
「は?ふっざけんな、なんだそれ!?」
「テメェ、イッセー!オカ研のカワイ子ちゃんたちと仲良くなるだけじゃ飽き足らず、合法的にハーレムを作ろうってのか!許せん!」
松田に羽交い絞めされ、元浜に腹を殴られる一誠。
今の一誠ならそれを振りほどくことも防ぐのも容易いが敢えてそれをしない。悪魔と知っても変わらず気の合う友人とこういう馬鹿の話で盛り上がれる。そのことが無性に嬉しかった。
「あーあー!俺もグレモリー先輩に頼んで悪魔に転生させてもらおっかな!」
「ナイスアイデアだ松田!それで俺はロリっ子ハーレムを作る!例えばあのオーフィスちゃんとか……」
そこまで言って場の空気が急に凍り付く。
2人は思い出してしまった。自分たちを殺そうとした、無機質な殺意を。
少しの沈黙の後に松田は一誠から体を放した。
「あのオーフィスって子に殺されそうになった時にさ。日ノ宮……あいつ、真っ先に俺たちを庇って盾になってくれたんだ。あいつがあぁしてくれなかったら、俺たち、きっと死んでた。助けたのは桐生だけだったのかもしれないけどさ……」
「なのに、俺たち……あいつが連れて行かれそうになった時も声1つ上げらんなくて。腰抜かして黙って見てたんだ」
2人の懺悔するような言葉を一誠は黙って聞いていた。
「あいつ、俺たちの覗きとかいつも邪魔するし、あんま仲が良いって訳じゃないけどさ。せめて、礼ぐらいは言いたいんだ。だから、日ノ宮を、助けてやってくれよ、イッセー!!」
「……分かってる。別にアイツと特別仲が良いってわけじゃないけど。あんなんでも仲間だからな。絶対に助けるぜ!」
一誠はそう言って自分の手の平に拳を打ち付けた。
一誠たちが部屋に集まっている時間、藍華もアーシアの部屋でゼノヴィア、イリナを交えて話をしていた。
「悪魔に天使かぁ。やっぱりちょっと実感わかないなぁ。この羽も本物、なんだよね」
「ううう……藍華さん、あんまり触らないでください。くすぐったいです……」
アーシアが広げている羽を摘まむように指を走らせているとアーシアの口からくすぐったそうな声が漏れる。
その声になにかいけないことをしている気分になりながら指を離した。
「それじゃ、オカルト研究部の面々ってみんな悪魔ってことなのね」
「私は天使だけどね。アザゼル先生が堕天使で、ロスヴァイセ先生がヴァルキリー。白音ちゃんが猫又。部員で人間なのって一樹くんだけよね」
「ん、そういえばそうだな。思えば1つの部室に多種多様な面子が集まったモノだ」
「そっか。白音も……というか、人間が一樹だけってのもすごいわね……」
性格的にはアーシアより一樹の方が悪魔っぽいのになぁと思いながら藍華は天井に視線を移す。そこでアーシアが話題を振る。
「そういえば、お2人のお友達の、アムリタ、さん?ってどのような方だったんですか?」
「アムリタ?そうねぇ」
思い出すように少し目を閉じる。
藍華は懐かしそうに言葉を紡いだ。
「んー。大人しい子だったわね。ちょっとぼぉっとした感じの。マイペースって言うか。一樹とは仲が良くて。でも彼氏彼女って言うよりなんか兄妹みたいな感じで」
藍華の話を3人は黙って聞いていた。
「だからかしらね。アムリタがちょっとイジメに遭った時にキレてその相手を大怪我負わせちゃって」
「イジメ、ですか……?」
「うん。理由は、ホントに些細なことでさ。肌の色とか。ちょっと日本語の発音がおかしいとか。本人は対して気にしてなかったけど。でもその現場を一樹が見て、問題になるくらい相手を叩きのめしちゃって」
話を聞きながら、以前リアスから中学時代に日ノ宮一樹が起こした問題について聞いたことがあった。
結局理由は分からずじまいで、本人と過ごしているうちにどうでも良くなってしまった過去。
ただ、そういう理由ならどこか納得できた。
「夏休みに皆でお祭りに行ったとき、一樹から旅行先でアムリタと会ってケンカしたって聞いた時は驚いたわ。だ中学の頃は2人がケンカするとか想像できなかったし……」
過去に思いを馳せていた藍華の身体が震えだした。
「あいつ、無事だよね……?あんなに、血がいっぱい出てたけど……ちゃんと、帰ってくるよね」
首を抉られた一樹を見て、まだ生きている可能性に縋りつこうとする声だった。
アーシアは強く頷く。
「はい。あの人は絶対に無事です。必ず連れ戻します」
それはアーシアなりの根拠があっての頷きだった。
一樹の自己治癒能力は驚くべきことにアーシアの神器を上回っている。
だからきっと無事な筈なのだ。
「安心しろ、桐生。一樹は絶対に連れ戻す。アイツには言ってやりたいこともあるしな」
「彼は大事な仲間だもん。見捨てたりなんかしないわ」
ゼノヴィアとイリナの言葉に藍華はうん、うん、と頷く。
その伏せた顔の目から、涙が落ちた。
アザゼルは猫上姉妹を家に送り届けた後に黒歌と話していた。
白音は既に自室に戻っている。
「一樹は必ず連れ戻す。奪還の時にはオーフィスも絡んでくるだろうが、俺たちだってあいつが禍の団のトップに立っていると情報を掴んで対策を立ててなかったわけじゃねぇ。切り札の製作にはまだ時間がかかるが、他に手がないわけじゃない」
アザゼルは手の平で硝子の小瓶を転がしながら捲し立てる。
その中には一樹が抉ったオーフィスの眼球が入っていた。
酒を煽りながら話すその姿はどこか自分を責めているように黒歌は感じた。
「奴らのことだ。どうせ碌な目的じゃねぇだろ。一樹を拉致ってどうするつもりかなんて知るか。あいつを禍の団に利用なんて――――」
「アザゼル」
そこで黒歌がアザゼルの名を呼んだ。
顔を上げて黒歌に視線を合わせる。
「貴方のせいじゃない」
黒歌の言葉にアザゼルは顔を覆ってクソッ!と呻いた。