駒王学園1年の教室に転入生がやってきた.
「きょ、今日から皆さんと一緒にこの学園で学ぶレイヴェル・フェニックスと申しますわ。その、よろしくお願いします!」
礼儀正しく頭を下げるレイヴェルにクラスから歓声が湧く。
特に男子の喜び具合は凄まじく、レイヴェルが委縮するほどだった。
外国(ということになっている)からの転入生。それも可愛らしい金髪美少女だ。
女子からも初々しいレイヴェルに興味があり、友好的な雰囲気で教室内が包まれている。
この駒王学園自体外国人の生徒が受け入れられやすい土台なのもあるだろうが。
休み時間になり、レイヴェルの様子を一誠とリアスが見に来た。
2人が見た時はクラスの男子女子問わず、質問攻めにあってアタフタしているレイヴェルの姿だった。
その姿を一誠は意外に思う。
なんというか、レイヴェルなら余裕で受け流しそうな印象があったのだが。
レイヴェルは一誠とリアスの姿を発見すると失礼しますわと断ってこちらに近づいて来た。
「久方ぶりですわ、リアスさま。イッセーさま」
「えぇ。久しぶりね、レイヴェル。この学校はどうかしら?」
「まだ来たばかりなので何とも。ですが皆さん、とても親切にしてくださいますわ」
どうやら、先程の質問攻めが疎ましいわけではないらしい。ただ純粋にこういうのに慣れていないのだろう。
レイヴェルは、一誠たちがライザーの立ち直らせることに協力した件をきっかけに人間界の学校であり、悪魔が経営している駒王学園への転入する準備を進めていたのだ。
「その、私、悪魔ですし、人間の方とお話ししたのも一樹さまが初めてで。ああいう風に囲まれるとどう話していいのか……」
手をもじもじさせながら悩みを打ち明けるレイヴェル。そんな姿にリアスは微笑ましく思う。まだ、駒王学園に入学したての自分も似たような思いを抱いたから。
「まぁ、少しのきっかけがあればすぐに慣れるわ。なんなら、ギャスパーや白音に頼っても良いだろうし」
「そうですね、部長。あ、何なら今から白音ちゃんを呼んで―――――うわぁ……」
教室内に視線を泳がせて白音の姿を発見すると一誠の口から思わずそんな声が漏れた。
まるで白音の周りだけ蛍光灯の光が避けているようなどんよりとした場が映る。
こちらに顔を向けているわけでもないのに関わらないでくださいと言わんばかりの雰囲気を醸し出し、窓際の席から空を眺めていた。
そんな白音に怯えてか、ギャスパーが半泣き状態で近づいて来た。
「さ、最近の白音ちゃん、ずっとあんな調子なんですぅ!」
ここ数日、あの空気に触れてクラス内が少しばかりピリピリしていたのでレイヴェルの転入は空気を換える話題としては打って付けだったのかもしれない。
「え、と……もしかして私の転入の所為でしょうか?」
事情を知らないレイヴェルがそう訊くとリアスが首を横に振った。
「いいえ。そうではないから気にしないで。理由は、今日の放課後部室で話すわ。ギャスパーに案内してもらって」
「は、はぁ……」
リアスの答えにレイヴェルは小さく首を傾げた。
今日の授業を終えて部室に向かおうとした際にその会話が耳に入った。
それは教室の片隅で行われていた会話だった。
「日ノ宮くん。事故の後から全然話聞かないね。先生もどこの病院に入院してるのか教えてくれないし」
「どうでもいいよ、あんな奴。せっかくアタシが告白してあげたのに、断ったりするから罰が当たったのよきっと!ざまあないわねぇ」
そう言って笑う、修学旅行で一樹に告白していた平川という女子だった。
周りにいる女子たちは曖昧な笑みを浮かべている。
その話を聞いていた祐斗は教科書やプリントをまとめていた鞄を閉じてその会話をしている女子に近づいた。
「ちょっといいかな?」
笑顔のまま話しかけられて話していた数人の女子が会話を止める。
「事故に遭った人のことをそんな風に言うのは少し不謹慎じゃないかな?」
笑顔で話かけられている筈なのに威圧感を伴うその姿に女子たちは委縮する。
「僕の友達の悪口ならもっと聞こえないところでしてくれないかい?不愉快だよ」
それだけ告げて委縮する女子たちに溜息を吐いて離れた。
そんな祐斗に匙が近づいて来た。
「お前、なんか苛立ってね?」
「少しね。それに友達をああいう風に言われるのは好きじゃないんだ」
「まあな」
祐斗の物言いに匙は頷く。
教室を出て壁を背にする。
「日ノ宮の奴、禍の団に連れ去られて、大丈夫なのかよ」
「無事だよ、きっと。彼なら……」
それは確信ではなく、そうだったらいいという願望だった。
今になって思う。
どうしてあの時一緒に行動させなかったのかと。
相手がオーフィスではアザゼルが言うように自分たちが加わったとこで大したことは出来なかっただろう。
それでも、何か出来たのではないかという思いは消えない。
ギュッと不安を握り潰すように拳を作る。
「どのみち今は捜索の結果を待つしかないね。悔しいけど」
そう自分を納得させるしかなかった。
オカルト研究部の学園祭での催し物は一樹が前に提案した化粧水と焼き菓子販売。しかしそれだけだと人数が余り過ぎるので占い部屋とオカルト研究の発表などと旧校舎全体が使えることで幾つかの出し物を行うこととなった。
ただ、旧校舎全体を使うには人数が足りないということで、お化け屋敷は無しになった。去年のように本物を用意するわけにもいかないという理由もある。
こうして、オカルト研究部を含めて駒王学園の学園祭への準備は着々と進んでいた。
「それじゃあ、ミーティングを始めるぜ」
その日、学園祭の準備を終えるとアザゼル主導の下に会議が開始された。
「ゲームの話の前に各勢力について話しておきたいことがある。ここ最近、英雄派に属してない神器保有者が次々と神器の力に目覚めていることが各地で確認されている。どうやら英雄派は以前から神器を保有する者たちにその使い方を吹聴していたらしい。おかげで、神器関連の事件も増えて三大勢力は後始末に奔走中だ」
忌々し気に息を吐くアザゼル。
それに一誠が首を傾げた。
「事件、ですか……」
「あぁ。虐待を受けていた子供が、神器に目覚めて親を殺害したり。洗脳系の神器に目覚めたいじめられっ子が自分を学校のクラスメイトを殺し合わせたり。人間と他種族のハーフが神器に目覚めて迫害を受けて故郷から追われたり。とある悪魔の眷属が禁手に目覚めて主に反逆したりな」
話を聞いて全員の表情が暗い表情になる。
アザゼルたちもそうした神器使いを保護して力の使い方を教えたり、力を封印したりしているが現状では全て事態の鎮静化とはいかない。
「今まで不遇な扱いを受けていた奴ほど、そうした目覚めた力に酔いやすい。何人かは英雄派と合流した奴もいるらしい」
「冥界でも今まで不遇な待遇だった神器使いの転生悪魔が徒党を組み始めているという話もあるわ。これが抗議の類で済めばいいけど、そうはいかないでしょうね」
憂いを帯びた表情をするリアス。これから起こることを予想して。
そんな中で祐斗が質問した。
「それで、先生。一樹くんの方は?」
「旧魔王派が関わっていることから冥界にある奴らの施設を調査中だ。現状、幾つか絞れてきたが、まだ情報が足りねぇ。もう少し……もう少し待ってくれ」
アザゼルの返答を聞いて僅かに気落ちする面々。ミーティング前に事情を聞いたレイヴェルも、だ。
特に白音はそこから先は興味を失ったかのようにミーティングには我関せずといった様子だ。
その後、近々行われるレーティングゲームの対戦相手であるサイラオーグの戦力分析やその後のレーティングゲームでリアスたちのような若手悪魔がどのような立ち位置に立つかなど。
リアスやサイラオーグなどの実力ある若手がレーティングゲームの上位に喰い入り、活躍することを望んでいることをアザゼルが言って話を終えた。
「白音ちゃん。ちょっと良いですか?」
ミーティングが終わり、帰る頃に白音はアーシアから呼び止められる。正確にはその近くにイリナとゼノヴィアも居た。
「今日、白音ちゃんの家へお泊りに行っても良いですか?私たちと藍華さんも」
「それは、構いませんけど……」
突然の提案に驚きながらもとりあえず頷く。
黒歌は一樹の捜索に家を出ているので了承を取る必要もない。
「よかったぁ。じゃあ、藍華さんに連絡を取りますね」
携帯を弄って連絡を入れる。
「さ、行きましょう、白音ちゃん」
そう言ってアーシアは白音の手を引いた。
校門前で藍華と合流して帰りにスーパーに寄る。
そういえば、家の冷蔵庫の中がもうほとんどないことを思い出して。
「すいません。荷物持って貰っちゃって」
「ううん。それに夕飯も一緒に食べるんだからこれくらいはね」
「うん。それに自慢じゃないが私は料理はさっぱりだからな!荷物持ちくらいしないと申し訳ない」
胸を張って言うゼノヴィアに周りは苦笑しながら藍華が問う。
「なんかいっぱい買っちゃったけど、結局何作るの?」
「人数が多いですから鍋物。すき焼きにしようかなって。皆さんが修学旅行行っている間に大きなすき焼き鍋を新調したんですよ」
「あ、良いですね。美味しいですよね、すき焼き!」
メニューを聞いて少し嬉しそうにするアーシア。
こうして帰路に着き、家に帰ると手を洗ってから使わない食材を冷蔵庫に詰めておく。
牛肉・しらたき・焼き豆腐・ネギ・白菜・牛蒡・椎茸を置いてすき焼きの準備に入った。
「手伝いますよ、白音ちゃん!」
「私も手伝うー」
「あのキッチンだとこれ以上の人数は邪魔になりそうだから私はお皿とか準備してるわ。ゼノヴィアっちはコンロを準備して」
「わかった。白音、コンロはどこだ」
「コンロは向こうの部屋の段ボールの中にあります。テーブルの上に置いてください。あ、ついでに椅子が足りませんから同じ部屋から持ってきてくれますか?」
「わかった」
言いながら女の子たちは夕食の準備を進めていった。
食材を刻んで、白米を炊き、人数が多いこともあってすぐに準備は整った。
テーブルの上で鍋を囲み、食材を投下して熱が通るのを待つ。
頃合い時になると醤油と砂糖の甘辛な匂いが充満した。
「わぁ、良い匂い!」
「うん!食欲がそそるな」
炊いた白米をよそいながら順々にテーブルに置いていけば準備は整った。
『いただきまーすっ!』
5人分に丁度いい大きさのすき焼き鍋の具材をアーシアが順々によそってくれた。
「しかし、鍋とは良いモノだな。以前、イッセーたちが言ってた闇鍋パーティーというものもその内にやってみたい」
「闇鍋、ですか。それはどのような鍋なのですか?」
アーシアは闇鍋を知らないらしく、ゼノヴィアは聞いたことをそのまま伝える。
ちなみに外国暮らしの長かったイリナも闇鍋を知らないようだ。
「あぁ。なんでも、照明を消して真っ暗になった部屋で皆が持ち合った食材を入れて食べる鍋らしい」
「それ、絶対に高確率で失敗するでしょ……」
ゼノヴィアの説明を聞いてイリナが的を得た答えを返す。
それに藍華が懐かしそうに言った。
「闇鍋かぁ。そういえば昔、黒歌さんやアムリタ。白音と一樹で集まってやったわねぇ」
「……アレは地獄でした」
対して白音は何か嫌なことを思い出したかのように顔を顰める。
以前冗談で行った闇鍋パーティー。その具材は最悪の一言だった。
白音とアムリタは鍋として定番の食材をチョイスしたのだが、当時、辛いモノにハマっていた一樹は激辛キムチを。藍華が冗談でリンゴやミカンなどの果物。黒歌が何を血迷ったのかチョコレートやホイップクリームを投下したことで匂いだけでもなにかヤバ目な鍋が出来上がったのだ。
「結局、半分くらい減ったところでみんなギブしたんだけど、一樹だけ意地になって完食したんだったわね」
「翌日、いっくんの具合が悪くなって学校を休みましたけどね。食べてる時も顔が真っ青でしたし」
「しかし、そのアムリタというのは女だろう。イッセー辺りが羨ましそうな感じだな」
「イッセーさんはそうですよね」
「でも一樹くんはどんな感じだったの?」
「どんな感じって普通って言うか。今こうしてるのと似たようなもんよ、アイツは」
そんな感じで談笑する。そこで白音がふと気づく。
こうして、人と話しながら食事するのは何日ぶりだろうかと。
思えば、黒歌が出てから独りだったため、あり合わせのもので済ませていたことを思い出した。
もしかしたら、アーシアたちは気を使ってくれたのかもしれない。
鍋を食べ終えて、アーシアと白音が食器を洗い終えて一息入れるとイリナが白音に質問した。
「前々から聞きたかったんだけど、白音ちゃんって一樹くんのことどう思ってるの?」
目を輝かせて訊かれた質問に白音は僅かに腰を引かせて答えた。
「……家族ですよ」
「それはつまり、もう夫婦同然ということか」
ゼノヴィアの解釈に白音は目を丸くした。
わざとらしく咳を入れて反論する。
「どうしてそうなるんですか?私にとっていっくんはきょうだ……」
何故か、そこから先が言葉に出来なかった。自分の中でその先を口にしてしまうことが決定的な過ちであるかのように。
結局その先を口にすることができずに顔を逸らす。
その姿に藍華は笑みを浮かべて。しかし真面目な口調で訊く。
「白音はさ。前から思ってたけど一樹に対してどこか遠慮っていうか、一歩引いたとこあるけど。どうして?」
「どうして……て……それは……」
胸を締めつけるように手で押さえ、表情を歪める。
忘れるな。忘れるな。
自分が、自分たちが、彼に何をしたのかを。
「たとえ、そうだったとしても。そんなことが許されるわけがないんです」
「白音……?」
ゆるさないで。許さないで。どうか私を赦さないで。
「だって私の所為なのに。いっくんがあぁなったのは、1番力にならなきゃいけなかった時に何にもしなかった癖に、そんなこと言えるわけ―――――」
苦しそうに表情を歪めてそう吐き出す白音。そんな白音をアーシアは後ろから抱きしめる。
「でも、白音ちゃんには一樹さんが必要なんでしょう?」
「え?」
「白音ちゃんと一樹さんの間に何があったか私は知りません。でも、白音ちゃんには一樹さんが必要だってことは分かります。その心が
「それ、は……」
ずっと解ってた。その感情の名を。
私を赦さないでほしい。でも、赦してほしい。
真実を伝えずに家族のフリをする私たちを。
その瞳から大粒の涙が頬を伝って落ちる。心の中がカチリと噛み合う。
「すきです……好きなんです……いっくんが、こんなにも……」
貴方が触れてくれたその指と手が好きだった。
私が作った料理を美味しいと食べてくれることが嬉しかった。
貴方が私を抱き上げてくれたあの日、目に映った晴天が初めて心から綺麗だと思えた。
貴方はまるで太陽のよう。
「でも、いないんです。感じられないんです……!ずっと仙術であの人の存在は感じられたのに……っ!どうしてっ!!」
堪えていた感情が堰を切って幼子のように泣きじゃくる。
会いたい。触れたい。話したいと。
「助けましょう。一樹さんを。みんなで、絶対に」
アーシアの言葉に白音は何度も頷いた。
時間は過ぎる。ある方面では有意義に。別方面では無意味に。
それでも無慈悲に時間は平等に流れていく。
移動教室により教室から出た時、白音はそれを感じた。
「どうしましたの、猫上さん?」
突然立ち止まった白音にレイヴェルが訝しむと白音は移動場所とは反対方向に歩く。
「ちょっと!?」
「具合が悪いから早退する」
「えぇっ!?」
ギャスパーの驚く声を無視して白音は屋上へと駆け出した。
この感じは間違いなく。
屋上に出ると、そこには見知った少女がいた。
褐色の肌に長い黒髪を後ろに無造作に纏められた少女。
白い司祭服のように見える服は以前見た時とは見違えるほどにボロボロに破けていて。それを着た人物は―――――。
「アムリタ、先輩……」
白音がその人物の名前を呼ぶと、相手は何を考えているのか読めない表情で白音を見据えた。
「どうしました、オーフィスさま?」
現れたギニア・ノウマンに顔を向けないまま、オーフィスは目の前に拘束されている一樹を見る。
一樹に抉られた筈の眼球は無限という特性故か、既に新しい眼球に再生されていた。
全身を拘束されているその一樹は呼吸を荒くし、瞳の焦点も定まっていない。意識が朦朧としているのだろう。
吐いたのか、室内には吐瀉物のツン、とした不快な臭いがする。
「我、太陽に蛇を飲ませた。なのに我の蛇、太陽の中で消えて無くなった。何故?」
それは質問だったのか、自問だったのか。
しかしギニア・ノウマンはそれを問い直すことをせずにふむ、と顎を指で触れて自分の推論を述べる。
「おそらくは、彼の中に鎧がオーフィスさまの蛇を異物と判断して滅してしまうのではないかと」
「?我、太陽を強くしようとしただけ。なのに何故滅する?」
「あくまでも推論ですが、彼が我々を敵視しているのが原因かもしれません。敵から与えられたものを拒絶するのは道理でしょう。それに鎧が反応して、あなた様の蛇を滅してしまうと考えられます」
「……」
どこか納得いかないのか僅かに表情を動かすオーフィス。そこで初めてギニア・ノウマンに視線を合わせた。
その個人という存在に執着するオーフィスを珍しく思いながら。
「なら、どうすればいい?」
「そうですね。彼が我々を敵視しているのは彼が我らの敵である三大勢力に身を置いているからです。ならば、その理を覆せばいい!」
「どうやって?」
「そうですねぇ。彼にとって親しい存在。心の拠り所。帰るべき場所。それら全ての記憶が我らにとって都合が悪いのなら―――――」
ギニア・ノウマンは意識が定まっていない一樹を見て口元を吊り上げた。
「彼には、その者たちのことを全て忘れてもらいましょう」