グレモリーとバアルの試合は終盤に差し掛かっていた。
リアスたちは順当にサイラオーグの眷属を減らしたが無傷とは言えず、ギャスパー倒され。今しがたの試合で朱乃が脱落している。
敵側が残っているのは王と女王と兵士がひとりずつ。
次に振るわれたダイスの目は12だった。
「次は、サイラオーグが出るわ」
数が逆転されたこの状況ならひとりでも多くこちらの戦力を削ろうとするだろう。サイラオーグはひとりでそれが可能なのだ。
こちらは誰を出すかリアスは思案する。
いや、思案するというが違う。
自分たちが勝つにはどうするのが最善なのか。リアスは既に答えが出ていた。
だが、どうしても喉の奥からその言葉が出て来てはくれなかった。
それに気づいた祐斗が微笑みながら首を横に振る。
「部長、それは余計な気遣いです。ただ貴女はこの試合に勝つために命令してくれればいい」
そう、分かっている。自分たちは勝つためにこの試合に臨んでいるのだ。
だからそれを口にしなければいけない責任がリアスにはある。
「祐斗、ゼノヴィア。私たちが勝つために、サイラオーグを少しでも消耗させてちょうだい」
「仰せのままに」
「だが、敗けるつもりで闘うつもりはない。剣を振るう以上、勝つつもりで行く。だがもし私たちが敗れたなら」
「あぁ!任せとけ!仇は絶対に取ってやる!」
一誠は祐斗と拳を軽く打ち付け、アーシアとゼノヴィアは主に祈りを捧げ、頭痛を起こして試合の場に移動した。
ゲームに勝つために全力を尽くすと決めた。しかし圧倒的強者と戦うことを指示する際に結局は迷ってしまう。
その迷いがリアスには甘く、醜く感じた。
そんなリアスの手をアーシアが握る。
「部長さんは、それでいいんだと思います。私たちが戦って傷つくことを怖がってくれる人だから。私たちも部長さんのために戦えるんです」
これは確かにゲームだ。しかし、血を流し、運悪ければ死ぬかもしれない場に平然と送り出せる者では、きっと本心からこの人の力になりたいとは思えない。
傷つくことを怯えながら、それでも背中を押してくれる主だからこそリアスの眷属――――いや、オカルト研究部はひとつにまとまっているのだ。
自分の在り方を肯定してくれるアーシアにリアスは微笑み、礼を言う。
「でもだからこそ目を逸らさずに観るわ。あの子たちがサイラオーグの力を引き出すのを」
リアスは一瞬とて見逃さないようにと険しい表情でモニターに視線を送った。
「お前たち2人を送り込んだのなら、リアスは一皮むけたということか。お前たちだけでは俺には勝てん。いいんだな?」
リアスの成長を嬉しく思いながらも眼前に立つ2人の剣士にサイラオーグは問いかける。
「この試合、僕たちの役目は最上の状態でイッセーくんに送り届けること。そして僕たちはリアス・グレモリーの眷属です」
主に勝利を捧げるために捨て石になることも厭わないと言い切った。
その迷いのない意志にサイラオーグは口元を吊り上げる。
「そうか。ならば俺も全力でその覚悟に答えねばな!」
サイラオーグは自身に科してあった枷を外す。目の前の敵がそうするにふさわしい相手と認めて。
たったそれだけでサイラオーグから闘気が弾けてクレーターが出来た。
「……僕が時間を稼ぐ。ゼノヴィアは打ち合わせ通りに」
「あぁ。任せておけ!」
聖魔剣を手にした祐斗とサイラオーグが同時に動いた。
眼で追うのが難しい速度で動き。互いの攻撃が届く範囲に接近する。
「フッ!!」
全力の振り下ろしに合わせてサイラオーグも拳を突き出す。
結果、祐斗の聖魔剣はガラス細工のように砕かれ、届いていない拳の拳圧で祐斗の体が吹き飛ばされた。
「良い太刀筋だ。だが肝心の剣が脆い。それでは俺の拳は斬れんさ」
「クッ!?」
再び聖魔剣を創造し、構えを取る。
そこから動かずにいるとサイラオーグはふむ、と顎に手を当てた。
「臆したか?まだ戦いは始まったばかりだぞ!」
常人なら瞬間移動でもしたのかと思うほどの一速で祐斗の傍まで接近する。
放たれた拳に祐斗を捉える。
「ッ!!」
しかしそれを祐斗は聖魔剣を使って受け流した。
僅かな驚き。しかし容赦なく反対の腕で追撃を行う。
「シッ!!」
「むっ!?」
その拳を再び受け流すと今度は反撃に転じた。
切っ先が届く前にサイラオーグは後方へと下がる。
「1度目は砕かれ、2度目は受け流し、3度目は反撃にまで転ずるか。リアスは本当に良い騎士を見付けた」
「貴方の拳は確かに速く、重い。でも正直すぎる。動きが予測できればこれくらい……」
「耳に痛いな。なにぶん師などいない、独学で鍛え上げた拳技だ。小難しい技など持ち合わせはいなくてな!」
拳を握るサイラオーグは祐斗の背後から伝わる膨大な聖の波動に気付いた。
それは、ゼノヴィアのデュランダルから発せられる波動だ。
「聖剣の力を溜めていたか!」
悪魔にとって天敵である聖なる力。それを極限まで高めた一撃を前に恐怖するどころかさらに歓喜する。
「さぁ、来い!聖剣の波動と鍛え上げた俺の闘気どちらが上か勝負っ!!」
「ハァアアアアアッ!!」
溜めに溜めた一撃は振り下ろされた斬撃とともに放たれた。
並の相手ならば跡形も残らないであろう聖滅の一撃。
その一撃がサイラオーグを通過する。
しかし―――――。
「あぁ。良い一撃だった。だが、俺を倒すにはまだ足りん!」
次の瞬間、サイラオーグはゼノヴィアへと突進する。
「アレを受けても無傷か!」
カウンターでゼノヴィアがデュランダルを振るう。しかし、その剣は素手で受け止められた。
「なっ!?」
「驚いている暇は無いぞ!」
そのままデュランダルごとゼノヴィアの体を引っ張り、拳を撃ち放つ。
身を捩り、その拳を躱すと同時に横切った腕を蹴って着地する。
「良い動きだ!」
繰り出された蹴りをデュランダルで防ぐがそのまま剣ごと体を蹴り飛ばした。
戦車であるゼノヴィアを易々と蹴り飛ばす脚力に観戦していた誰もが驚愕しながらも状況は動く。
背後から迫った祐斗が聖魔剣を振るう。サイラオーグは自身の腕でそれを防いだ。
しかし、絶対の防御を誇っていたサイラオーグの腕に僅かな傷を負った。
「ぬっ!」
素早く気付いたサイラオーグは斬り込ませる前に剣を弾き、逆に拳を打ち込もうとするがギリギリのところで祐斗は躱した。
「成程。雷を纏っているのか」
「えぇ。雷を纏った聖魔剣です。これで切れ味を強化しています。貴方には小細工に見えるかもしれませんが」
「だがその小細工が俺に一筋の傷を付けた。俺がレーティングゲームに立ってから誰も成し遂げられなかったことだ」
久方ぶりに与えられた痛みに喜びを覚える。
「さぁ、次はどう出る?まさかこれだけで満足したわけではあるまい」
「もちろんです!後に続くイッセーくんたちのために、まだ付き合ってもらいます!」
「いいだろう!来いっ!」
雷の聖魔剣で応戦する。
しかし、薄皮一枚から先に刃を通すことができないでいる。
掠っただけでも肉が削ぎ落とされそう攻撃をギリギリのところで避けつつ剣を振るうもその剛腕に止められてしまう。
祐斗はただ一度のチャンスを待っていた。
その為に死地と言うべき間合いでひたすらに回避に集中する。
そして、そのチャンスはすぐに訪れた。
「オォオオオオっ!!」
咆哮とともにデュランダルを大きく振りかぶったゼノヴィアが迫る。
デュランダルには先程と同じように聖なるオーラが集められている。
違いはその力は放つ為のモノではなく、直接斬りつける為の纏っているという点だ。
「喰らえっ!!」
振り下ろされた剣がサイラオーグの体に届こうとした。
しかし――――。
「なっ!?」
「惜しかったな。もう少し反応が遅れていれば受け止められなかったぞ」
サイラオーグはデュランダルを白羽取りで受け止めていた。
僅かにサイラオーグの表情が歪む。
ここまで力を凝縮された聖剣の力に触れて刃を挟んでいる掌は火傷のような傷痕を残していた。
「終わりだ……!」
そのまま刃を自分から剃らし、渾身の蹴りでゼノヴィアの体を蹴り飛ばした。
並の相手ならば体が突き破ってもおかしくない威力の蹴り。戦車としての防御力が功を成し、意識を奪うだけで済む。内臓までどうなっているかは誰にもわからないが。
ゼノヴィアが作った一瞬の隙を逃さずに構えを取った。
その構えは祐斗がシトリー戦で女王に対して使った技。
現在の木場祐斗が使える放たれれば最速にして最大の一撃の突き。
突き技は腕は伸び切る。
刀身から赤い血が滴り落ちた。
「見事だ……」
サイラオーグが誰に聞かせる訳でもなく自然とそう溢した。
祐斗が放った突きはサイラオーグの左手に突き刺さり、手の平から裏まで真っ直ぐに突き刺さっていた。
「武器の不足を技量で補ったか……お前たち2人は尊敬に値する剣士だった」
だがそこまでサイラオーグの右拳は祐斗の体を捉えて突き刺さっている。
「……もう少し、喰らいつけると思ったのですけどね」
「卑下することはない。これで俺もフェニックスの涙を使わざるを得なくなった。お前たちは前言通り最高の状態で俺を赤龍帝に送り出したのだ」
「……」
その沈黙はサイラオーグの言葉に対する喜びか。それとも主に勝利を捧げられなかったことへの無念か。
こうしてリアス・グレモリーの2人の剣士は敗北した。
リアスは目の前の最強に対してその力をすべて出し切り敗北した仲間への感謝と称賛が感情の大半を占めていた。
理性的な部分ではこれでサイラオーグの切り札を1つ使わせたことへの安堵もある。
この次はサイラオーグの女王であるクイーシャが出るだろう。
こちらは兵藤一誠を出し、相手を倒す。
クイーシャは一誠の手札を1つでも明かすための捨て石として立つだろう。
そう考えていたリアスの袖を引っ張る手があった。
ダイスの出目は9。
互いに駒価値の少ないメンバーはほぼ脱落した。
だからこそ誰もが兵藤一誠を出してくると思っていた。
しかし戦場に立ったのは別の悪魔だ。
アーシア・アルジェント。
リアス・グレモリーのメンバーでもっとも戦闘とは程遠い、治癒にのみ特化した僧侶。
成程、とクイーシャは小さく息を吐く。
ここでアーシア・アルジェントを降参させて手札を曝さないままサイラオーグとの戦いに挑もうという事か。
次の試合はルール上、クイーシャは出られない。
そしてサイラオーグは兵藤一誠との戦いを望んでいる。
サイラオーグの兵士はとある理由からあまり人前に出すことを良しとしていないという理由もある。
多少の無茶はしてもその一戦を望むだろう。
しかし、それを良しとしていない者がいた。
「部長!なんでアーシアを!」
ここは一誠を出して速攻で決着を着けるのが最良の筈だ。
確かにその通りである。
一誠がクイーシャを討ち、次の戦いでアーシアを降参させるか運よくサイラオーグを引き当てるか。
ここでアーシアを出すのはハッキリ言って一誠の負担を増やすだけだった。
リアスはモニターを観戦しながらポツリと呟く。
「イッセー。アーシアはね。ディオドラに捕まったことをずっと後悔していたのよ」
あの時はリアスと黒歌のおかげで大事にはならなかったが、もしそうでなかったらと思うと、きっと酷いことになっていただろう。
アーシアはずっとそれを気に病んでいた。
「だから治療だけじゃいけないってずっと戦う方法を探していたわ」
「だからって!?」
相手はサイラオーグの女王だ。弱い訳はない。例えあれから戦う術を身に付けていたとしてもそんな付け焼刃が通用するとは思えなかった。
なのに何故戦う許可など出したのか
そう熱くなる一誠をリアスは特に反応しないまま淡々と呟く。
「イッセー。貴方は忘れているようだけど……アーシアを師事しているのはあの猫上黒歌なのよ?」
「降参しないのですか?」
「はい……貴方は、私が倒します」
かつての彼女なら先ず口にしなかったことを言葉にする。
その眼には強い決意が宿っていた。
既に試合は開始している。アーシアはゆっくりと準備に入っていた。
(怖い……)
アーシア・アルジェントは戦いという行為に愉しみを見出したことは一度もない。
堕天使陣営に身を置いていた時にフリード・セルゼンの暴挙にもレーティングゲームを含めて過ぎ去った戦いを一度として歓迎したことはないのだ。
敵を含めて誰かが傷つくのはイヤだ。
大事な人たちが傷つく姿を見るのは辛い。
だが、現実として戦いの連続だった。
目的の善悪や想いの強さはともかく、誰もが譲れないモノがあり、戦って傷ついて来た。
その中で自分が出来たことは傷ついた仲間を癒すことだけ。
それも間違ってはいないだろう。何故ならそれはアーシアにしか出来ない役割だから。
けれど、その考えにもヒビが入る。
それは、ディオドラ・アスタロトに拉致られそうになった時だ。
自分が人質になったら仲間がどうなっていたか。
その未来を想像するだけで震えて眠れない時もあった。
だから戦う術を。身を守る術を学んだ。
もっとも師である女性は苦笑しながら治癒に全力で伸ばすのも手、と言ってくれたが。
「朱乃さんとの戦いを見て、貴女を倒せると確信しました。だから、私はここに立っています」
安い挑発だった。
勝てる手はあるが、おそらく10回戦って1回勝てれば御の字。
僅かな失敗であっけなく自分は敗北するだろう。
心から怖いと感じる。
いつも自分を守ってくれる仲間のいない戦場。それがこんなにも心細くて肩が震えている。
「身体を震わせてよくそのような戯言が口に出来ますね。ですがその妄言が安くないことを教えましょう」
悪魔の翼を展開し、上空から竜巻のような風の魔法を複数展開する。
「ただ一撃。苦しまずに終わらせてあげます」
アーシアに放たれる無数の渦。
その暴力は容赦なく襲いかかった。
直撃によって耳を聞こえる衝突音と巻き上がる土煙。
控室からイッセーが悲鳴のようにアーシアの名を呼ぶがもちろん当人には聞こえていない。
風の魔法によって奪われた視界が晴れていく。
その場にはアーシアが防御魔法張ってクイーシャの攻撃を防いでいた。
「ハァッ……ハッ……ハァ……!?」
傷1つ負わずに防いでいた。
改めてアーシアはひとりで戦うことの恐怖を感じていた。
(なんとか、防げました……!)
夏休みの合宿でまず習ったのはこの防御魔法だった。
とりあえず身を守ること、と習った。
数発だけなら白音の螺旋丸も防げる盾だ。
「私の魔法を防ぎますか。加減をしたつもりは無かったのですが。でも、ただ防いでいるだけでは戦いには勝てません」
上から今度は氷柱が落とされる。
アーシアも悪魔の翼を広げて空へと飛び上がる。
魔法の盾を展開しながらクイーシャに近づこうと動く。
距離を半分まで詰めたところで盾が破壊され、アーシアの体を貫いた。しかし―――――。
「幻影!?」
氷柱が当たるとアーシアの存在が掻き消える。
「こっち、ですっ!」
「っ!?」
横から迫ってきたアーシアを水の剣で切り裂こうとする。
だがそれも幻影。
「敵の僧侶はどこに!?」
「ここです」
いつの間にか現れたアーシアが背中からクイーシャに抱きつく。
「こうなれば、ご自慢の穴によるカウンターは出来ませんよね?そしてこれで終わりです……!」
手にしている刃物で自ら左腕を切り裂き、クイーシャに自分の血を浴びせた。
「なに、を……」
突然敵が行った自傷行為に驚いている間にアーシアが振り払うまでもなく離れる。
そしてすぐに自分の異常に気付いた。
突然眩暈に襲われ、身体が痺れ始めたのだ。
「毒か!?」
「はい。今の私は術で自分の血や汗などの体液は全て毒に変えています」
僅かな痺れは徐々に深刻さを増していく。
それに伴って魔力の制御も覚束なくなっていった。
「この毒で痺れを感じ始めると少しずつ魔力の制御も難しくなります。そして次第に体の自由を奪うのです」
麻痺毒か!とクイーシャは悟る。
もう口を動かすのも辛い。
弱点としては術を使うとアーシアの体から常に毒気が発せられ、狭い場所では有効だが広さがあると当然効果が現れるのに時間がかかる。魔力で生成している関係上、アーシア自身の魔力を相手の魔力や闘気が大幅に上回る者には効果が見込めない。
最後に敵味方の区別がつかないという点だ。
だからこの術を使う際は味方がいない状況で尚且つ近接戦が主体ではないなど数々の条件が重なる必要があった。
ついでにあくまでも麻痺毒なのは彼女の性格上の問題だ。
「…………っ」
魔力の制御が出来なくなったクイーシャはそのまま地面へと落下していく。それだけで充分だった。
彼女は落下の衝撃でそのままリタイアした。
アーシア・アルジェントはこうして初めて勝利を手にした。
作者はアーシアをどうしたいんだろうか?