幻想郷でまったり過ごす話。   作:夢見 双月

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どうもゆめみんです。
家ではロクに書けず、通学中にチマチマ書いている毎日です。
時々、面白い小説に寄り道しますが(・∀・)

……すいません、もうちょっと頑張りますね。
月一!月一投稿を目標にしますんで!


幸運少女と虫捕りの話

「機は熟した」

 

 

「今こそ進軍の時である」

 

 

「我らは夢の為、浪漫を求め、万里を行く。この歩みを止めるものなど無きに等しい」

 

 

「行くぞぉ!出陣だぁぁああッ!!!」

 

 

 

 

 

 

「えっ、嫌だけど」

 

 

 

 

 

 

「えっ」

 

 

 博麗神社でのひと時。セミが鳴き始め、夏である事を否応なく伝えてくる。

 そんな中、青年は縁側に立って両手を腰に当てて少しつまらなそうに喋りはじめた。

「そこはあれっすよぉ。『うおおお』みたいな感じで雄叫びをあげて貰わないと」

 

「なんで男でもないのに雄叫びをあげなきゃいけないのよ。……で?なんでそんな愉快な事になったのよ」

 

 卓袱台に膝をついて頬杖をしている少女、霊夢は呆れながら口にした。

 それに対し直立不動のまま腕を組む青年、霊魔は自信満々に答える。

 

「率直に言って虫捕りがしたい!いやぁ言ってみるもんだね!霖之助に金を稼ぎたいと言ったら、『この季節は虫が実はよく売れる』と聞いてね。聞けばカブトムシを学校の自由研究に使う子供が多いが、ほとんどの子供達は上手く捕まえる事が出来ないそうだ。だから俺が代わりに捕まえれば、霖之助が買ってくれると言ってな。まさに一石二鳥!……マッタク!虫がお金になるなんていい時代になったものだな!」

 

「びっくりするほど安く買い叩かれる、っていうオチが見えるわね」

 

 この青年、かなりウキウキである。霊夢の言葉にもどこ吹く風であった。

 

「図鑑というのはいいぞぉ〜、霊夢。昆虫にはカブトムシやクワガタぐらいしかない思ってた俺の視野をこんなにも広がるなんて!図鑑というものは人間の知識の最果てにあるものだったんだなッ!」

 

「結局読んだのね。魔理沙からもらった本」

 

 魔理沙から本を受け取った事は霊魔本人から聞いていた。そして、その夜に魔法の本ではなくてうなだれていた事も知っている。その後に興味なさげに読み始めたのも。その後に霊夢は先に寝てしまったのだが、興奮度合いからみて、徹夜で虫の図鑑を読んでいたのだと十分理解できる。子供か。

 

 しかし、このテンションである。ぐったりしていた霊夢は流石についていけない。

 

「……あー、私はいいわ。神社の掃除してるから勝手に行って来なさい。今日はゆっくりしたいのよ」

 

「む、そうか……残念だ。……じゃあちょっくら行ってくる」

 

「……う」

 

 あからさまに落ち込んで霊魔は自室に向かった。子供か。

 

 断った事に結構な罪悪感があるが、ゆっくりしたいのは本当だ。最近出掛ける用事が多く、霊魔とも(朝起きる時と夜寝る時を除いて)まともに会えてない。だから霊魔と何かをしたいという思いはあるのだが、どうにも疲れすぎていた。

 

「でも仕方ないじゃない、最近忙しかったし!……にしても、このだるさは割とまずいわね。今日はやることやって昼寝しよう……」

 

 自分の気持ちを言い訳で誤魔化しながら、切り替える。霊夢は体の状態を正確に把握し、今日のスケジュールを頭の中で構築し始めた。

 

 外を見ると、ひたすらに長い棒を背負って駆ける霊魔の姿があった。

 

 あ、つまづいて転んだ。子供か。

 

 

 

 

「俺とした事がはしゃぎ過ぎた。反省だな」

 

 霊魔はそう言って息を深めに吐いた。ここは博麗神社の裏を少し歩いていったところだ。高い木々が生い茂り、中には立派な幹が生っているところもある。思わず手で撫でる。生命の雄々しさ、逞しさ、そして力強さ。幻想郷で生きる神秘のようなものが確かに感じられた。

 

「この世界は生きている」なんて、な。

 

 柄ではないが心の中でそう呟くほどには。こういうものをあまり意識して見なかった霊魔にとっては一種の感動があった。

 葉の間から照りつける太陽が眩しくも綺麗で、上を見上げるが思わず手で遮る。大きく息をつく。

 

「うん、駄目だ。……迷った」

 

 現実逃避はやめよう。

 神社の裏から歩いて来たはずだ。しかしはしゃぎながら森の中を駆け回った結果、まさかの迷子である。方角すら分からない。

 

「いい歳して迷子になるなんざ、笑い話にもならないな。元々トラブルに見舞われやすい体質とは言え、自分からドジを踏む事になるとは」

 

 とりあえずもう少しあたりを歩いてみよう。本来の目的でもある虫を探すのも忘れずに。

 知らず知らずの内に、足取りは真っ直ぐ。森のさらに奥へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 夜、少女は家出をした。

 親と思っていた人はもう親ではない。事あるごとに暴力を繰り返すあいつらを親とは絶対に認められない。認めたくない。

 自分はもう助けられることはない。助けてくれる人なんていない。

 だから逃げた。両親がどちらもいないタイミングを見計らって逃げ出した。駆けて、駆けて、駆けて……。

 息が切れた頃、少女は夜の森の中にいた。後ろにはまだ微かに道路の照明が見える。

 

 戻りたくない。もう限界。考えていたのはそれだけ。

 

 構わず少女は歩く。逃げる一心で。枝を踏み抜き、草を押し退け、歩く。

 

 闇へ。ひたすら闇へ。

 

 離れられる。あと少し。

 離れられる?あと少し?

 それでもいい。いいから早く。

 

 瞬間、足を踏み外し、奈落へ落ちていった。

 

「きゃあああ–––––!!」

 

 転がるように、吐き出されるように、現世から遠ざかり。

 

 少女は、幻想へ訪れた。

 

 

 

「これは……」

 

 霊魔は虫を見つけては逃し、見つけては逃しをしている最中のことだった。

 木の幹にあったのは大きく抉れた跡。引っ掻いた、というには明らかにおかしい怪力でくり抜かれていた。そして、伐採されたかのように倒れている木々。人間ではなく、おそらく妖怪の仕業。

 

 ……たぶん、狩りの途中だろう。

 

 幻想郷には人喰い妖怪もいる。たくさんいるわけではないが、中には人を喰べないと死んでしまう種類の妖怪もいる。そこで幻想郷では、幻想郷の住民でなく外から「幻想入りした住民ではない人間ならば喰べていい」というルールになっていたはずだ。細かいルールはあるがともかく、この跡は妖怪が外の人間を追い詰めている跡だろうと霊魔は予測した。

 そして–––––。

 

 間に合わないかもな。

 

 妖怪だって必死に生きているのだ。邪魔はいけないとは分かっている。

 霊魔は気配が強く感じる方に向かって勢いよく駆けていった。

 

 

 

 なんでなんでなんでなんでなんで–––––––––!?!?

 

 ちょうど同じ時、少女は息が切れるのさえ無視して走っていた。

 

 ほんの少し遡り、気がついた時には土の感触がした。

 黒で塗りつぶされたような穴を通ってどこかに落ちたのまでは覚えている。不思議とそんなに怪我はない。かすり傷程度だったのは意外だった。かなりの間落ちていたはずなのに。

 

 不幸だったのはこの後に、あの幼い子供に遭ったからだろう。金髪で黒い服を着る、血のように紅い眼をした女の子。

 

『あなたは、食べてもいい人間?』

 

 なんて訳の分からない事を言った後に、急に遅いかかってきたのだ。

 

 つまずく度に頭の上から空を切る音、それに当たった木か何かが砕ける音が聞こえる。偶然だが、今のところ掠るのみではある。

 

 アイツがどこにいるかなんてもう分からない。でも確実に追いかけてきている。追い詰められている!

 

「あ……!?」

 

 何かにつまづいて転ぶ。

 痛い。いや、そんなのはどうでもいい。

 生きたい。絶対に嫌だ。死にたくない。

 走らなきゃ。もう、足が動かない。

 

 かなりの時間を走っていたからか、足は疲労で棒になったかのように動かない。急激な運動に肺が酸素を、呼吸を求め、途端に息が詰まり出す。荒い呼吸に喉が悲鳴をあげる。腕さえもまともに動かない。

 

「もう、追いかけっこはおしまい?」

 

「……!!」

 

 黒い殺気が後ろから感じる。振り向くことは出来なかった。思わず悲鳴をあげようとして、それすら出来なかった。頭の中が恐怖で塗りつぶされる。

 

 死ぬ……!

 

 諦めの言葉が頭を駆け巡る。切り抜ける術は、ない。

 

 明確に、はっきりとわかる。

 

 

 殺される。

 

 

「また動かれるのもヤダし、疲れちゃった。だから、首……切るね」

 

 小さな幼女は手を凶刃の如く振りかぶり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないが、間に合ったようだな」

 

 

 狂人の腕は棍のようなもので弾かれた。

 

 

「え?」

 

 

 それは誰の口から出たものだったか。

 体の向きをずらして、攻撃を弾いたであろう青年をかろうじて見つめる。

 

 白衣と呼ばれる白い和服を纏い、赤い袴は裾が別れていてスカートではなくズボンのようになっている。肩には上から下に大きな切れ目があり、肌色の腕が露出されて見えている。

 

 右手に持っている青年の身長よりも長い棒には、端に紙のようなものがヒラヒラと漂っていた。

 

 

「……巫女?」

 

 

 その人は、人生で初めて助けてくれた人で。

 

 私にとって生涯––––––

 

 

「邪魔をしにきたの?」

 

 怒りを隠すことなく睨みつける幼女。

 それに青年は受け止めるように応える。

 

「本来なら、邪魔する気は無かったんだが……。幻想郷(ここ)のルールをあることだし、理解はしているつもりなんだがな?」

 

「なら、どうして!?」

 

「《《そんなことよりも緊急事態だからだ》》。すぐ移動しろ。ついて来いルーミア。こっちのヤツは俺が担ぐ」

 

「え……!?あっ……!?」

 

 手際よく体を回され担がれる。

 ……ってこの体勢って、お姫様だっ……!?!?

 

「舌噛むぞ、気を付けろ」

 

「ちょっと待ってよ!」

 

 青年とルーミアと呼ばれた少女はそのまま場所を離れた。

 

 

「霊魔、どういうこと!?」

 

 困惑しながらルーミアが告げる。

 

「知らんがさっきから嫌な気配しかしなくてな!俺が追いついたのがお前たちが襲われる直前でよかった!後ろにさっきから追いかけて来る無粋なヤツがいるぞ!」

 

「……!?この感じ!気配があからさまに!」

 

「奴さん、殺意を隠す気すらないと来た!スピード上げろよ––––!」

 

 ルーミアが顔をしかめる。担がれている少女は何が何だか分からずにただただ目を閉じてしがみついていた。恐怖を取り除くように霊魔は少女に話しかける。

 

「えーっとなぁ、子供みてぇに縮こまってるのは及第点だがな。その空いている両手を俺の首に巻きつけておけ。間違えても落とす気はないけどな?」

 

「あなたは誰?恩人?もしかして神様か何か!?」

 

「面白い事は言えるみたいだが自己紹介は後でな。しっかし、この速さなら追いつかれはしないが、撒くこともできんな。一旦迎撃してみるか」

 

「そうだね、食事を邪魔した恨みは晴らさないと」

 

 二人揃って足を止める。少女を降ろし、「変に動かないでいろ」と釘を刺しておく。動いた方が危ない時が多いし、うろちょろされたら守れないかもしれない。霊魔は思考を防衛に回す。

 

 それぞれ臨戦体勢をとる。ルーミアは浮き、霊魔は棍のようなものを構えた。

 

「ところで、その棒は何なの?」

 

「ん?大幣だよ。霊夢も持ってるお祓い棒だ。ただ、とてつもなく長いだけで」

 

「–––––––––––––ッ!!」

 

「うるせぇなこいつ。お祓い的な事は出来ないが、物理的に祓うことは出来るぜ。例えば目の前のこいつとか。性能はすぐに分かるだろうよ」

 

「そうだね。……そうだ!こいつ、食べれるかな!?」

 

「いや食うなよ。なんで『閃いた!』って感じにキラキラさせてんだ」

 

 二人の前に巨大なムカデような化け物が突撃を繰り出す。

 

「よっと!」

 

 すかさず大幣を突き出すが、化け物は方向転換で素早く回避した。

 

「がああっ!!」

 

 ルーミアが俊敏な動きの化け物を捉え、腹に突きを放つ。が、幾度となく外殻に弾かれる。それならばと噛み付くが、化け物は身体をくねらせてルーミアを木に叩きつける。

 

「アアッ!?」

 

 骨が軋む。口から体液が血と混ざって吐き出される。

 化け物はルーミアを木もろとも締め上げ始めた。

 

「祓えぃッ!」

 

 霊力を大幣に込めて振りかぶる。大幣に流れた霊力は実体化、小さくも鋭い刃となる。その光の刃は化け物の外殻を貫いた。

 

「うおッ!」

 

 化け物は奇声を上げながらルーミアを後回しにして、辺りを高速で走り回る。霊魔は化け物に刺さった大幣を掴んで吹き飛ばされないようにするが、振り回されるせいで体勢が安定せずに振り回されるままであった。

 瞬間、振り回されていた霊魔が大きい幹に衝突した。衝撃で抜けたであろう大幣と共に地面を転がる。

 

「急に襲って来たな。前口上すら碌に言えてないってのに。イテテ」

 

「えっ、あんな化け物にも言うの?バカなのかー?」

 

「うるせぇ煽るなダマレェ!そんなんだからちんちくりんってバカにされるんだ!」

 

「ちんちくりん今関係ないよね!?」

 

 二人に堪えている様子はない。少女は二次元のバトルマンガの世界にでも入ったかのような気持ちになった。ついていける気がしない。

 何故、幼女は口から胃液やら出してたのに元気なのか。

 何故、巫女の青年は振り回された挙句ぶつけられたのにケロッとしているのか。

 

 しかし、そんな疑問は次の瞬間、空気によって消し飛ばされた。

 

 

 

 深呼吸。吸って、吐く。その動作は小さく。けれど、少女にはとてつもなく重くはっきりと感じた。

 

 深呼吸。吸って、吐く。少女は青年が行なっている事だとやっと知覚した。呼吸の息が見える気がした。

 

 深呼吸。吸って、吐く。青年の赤い眼が光って見えた。青年は数瞬、少女を見てから静かに口を開く。

 

 

 

 

「名前、聞いてなかったな」

 

 

 

 

「……え?あっ、その、えぇと……」

 

 先ほどの雰囲気の違いと唐突な問いに困惑が隠せなかった。咄嗟に名前を名乗ろうとして、止まる。

 

 名前。両親–––とは思いたくない人達–––から名付けられた名前。そんなものになんの意味があるのか。名字すら名乗りたくない。

 

 故に。

 

「……名無し。今の私の名前はナナシです」

 

 今だけの、私の、私だけの名前。今までの◼︎◼︎◼︎◼︎(あんな名前)とはおさらばだ。だから、名無し。

 

 青年はそうか、とだけ呟いた。微笑む親のように優しい声だった。私の、ナナシの全てを見透かしているかのようにその声は溶け込んだ。

 

 そして青年は正面を向いた。目の前の化け物は先程から殆ど動かずに威嚇している。

 

「お前の名を決めさせてもらう。……バケムカデ、とでも呼ばせてもらおうか。では……

 

『コレハ警告デアル』」

 

 より一層静かになる。ここには「必ず聞かなくてはならない」空気があった。冷や汗が流れる。

 

「『我、ルーミア、及びナナシを害する、又はその意思がある場合、我らは我らの制約に従い防衛を行使し、バケムカデ、貴様の存在を抹消する。速やかに撤退するならば、今までの襲撃は水に流そう』。襲撃に関しては、先の迎撃をもって清算されている。貴様のこれからの行動で未来が変わるぞ」

 

『答えを示してもらおう。如何に』

 

 化け物……バケムカデの出した答えは、口の中から大型の牙を出す。つまり、それは交戦の意思。殺意の噴出を意味した。大気が震える程の声にならない叫びを上げながら、霊魔に向かっていく。

 

「仕方ない。『真名封鎖・擬似奥義展開』」

 

 霊魔はスペルカードが苦手である。

 

 しかし、それは決して弱いという意味と同義ではない。彼自身の戦い方と合わない故の苦手意識である。

 

「この一撃をもって」

 

 ならば、彼はどういう立ち位置か。それは明白。

 

 博麗の巫女である霊夢がスペルカードルールで解決することのプロフェッショナルならば。

 博麗霊魔はスペルカードルールなしによる殺しのプロフェッショナルである。

 

 構えは投擲。

 貫く軌道は直線。

 謳うは必中。

 

 放ちし時既に、回避は不可能の一射である。

 

「手向けと受け取るがいい」

 

 霊力が大幣に流れ、白い光が呼応し、全体に巡る。先端に眩いほどの刃が発現する。

 

「『流星の如く全力投射(ただ投げるだけだが)』」

 

 曰く、大地から放たれる一筋の咆哮。

 

 

 一瞬のことだった。少なくともナナシにとっては。

 巫女の青年が警告を促し、ムカデが凄い速度で襲いかかり、それを越える速度でお祓い棒を投げた。

 

 たったそれだけで決着は着いたのだから。

 

「は、はは……」

 

 乾いた笑いしか出ない。ムカデの口内へ入っていったお祓い棒が真っ直ぐ貫いたことは分かった。お祓い棒が見えたわけではなく。お祓い棒の光が見せたその軌道を見ただけなのだが。

 ムカデは力無く崩れていき、青年は棒を担いで息を吐いた。

 

「ふぅ、随分呆気ないな」

 

「『ふぅ、呆気ないな』じゃなーい!!私の出番は!?何もすることなく終わっちゃったじゃない!」

 

「んぅ?……ああなんだ、戦いたかったのか?言ってくれりゃ譲ったのに」

 

「そうだけどそうじゃない!久しぶりに一緒に遊べると思ったのに!」

 

「すまんすまん。バケムカデの肉やるから許してくれ」

 

「わぁい」

 

「冗談だバカッ!ちゃんと美味い飯食わせてやるからよだれ垂らすな!」

 

「えー」

 

「ふふっ」

 

 あ、思わず笑ってしまった。

 二人がこっちを見る。

 

 違うの!バカにした訳ではなく、ただ微笑ましいなー、とね?

 

 ナナシはわたわた焦りながら言い訳を紡ごうとするが「えっと、これはー、そのー」と、なかなか口から出ない。霊魔が近づき、ナナシの前に立って手を出した。

 

「大丈夫だったか?」

 

 優しく聞かれる。

 

「えっ……は、はい!」

 

 少しどもってしまったが、はっきり伝える。

 ナナシは両手で手を掴み、引っ張りあげられる。

 

 ナナシはもう一度「ふふっ」と笑い、顔を綻ばせた。

 

 

 

「ねぇ、あなたは食べてもいい人間?」

 

「え!?そ、それって……」

 

「おい、トラウマを抉るな。……いいか、こいつには正直に『食べてはいけない人間です』って言うか、こいつ自体を手懐ければいい。それでなんとかなる」

 

「そ、そうだったんですね」

 

「この世界の住民の関係者なら食べられないがな。ちゃんとルールはあるんだ」

 

「この……世界?日本じゃないんですか?」

 

「ああ、違うぜ。外来人のナナシさんよ。ここは幻想郷。……そうだな、『忘れられた者達の楽園』という認識でいい」

 

「『忘れられた者達の楽園』……」

 

「だから辺りは化け物やら妖怪だらけだぜ?それが怖くなけりゃ楽しくやれるがな」

 

「そうなんですか……」

 

「そーなのかー」

 

「ルーミア、テメェは知ってるだろ。てかお前がそうだろ」

 

「え!?そうなの!?」

 

「そーなのだー」

 

「こいつは人喰い妖怪のルーミア。定期的に人を喰う妖怪だ。ちゃんと人は選んでるぞ?……たぶん」

 

「よく見たらこんなに可愛いのに妖怪……」

 

「いひゃいいひゃい、ほおをちゅみゃむにゃー」

 

「……なんというか。お前、結構したたかな人って言われないか?」

 

「何回かありますよ。そこらの雑草を食べてた所を友達に見られた時とか。その後お菓子貰えました!」

 

「妖怪でもしないことやってるよー」

 

「霊夢でも流石に……やってないよな?」

 

 雑談に花を咲かせてしばらく。

 

「ところで、お前みたいなやつはここに住むか、外の……元の世界に帰るかを選べる。お前はどうする?」

 

 そう問われて、ナナシはしばらく考える。親の顔はもう見たくない。学校にも思い入れはない。この世界には元の世界にないものがある。こっちにい続けた方が楽しいだろう。

 

 だからこそ。

 

「決めました!元の世界に戻ります!」

 

「うん。……なんでか聞いてもいいか?」

 

「……今まで生きていたんですけど、私、実は何かから逃げるのって初めてなんです。親に殴られた時も何度も反撃したし、いじめられたらまっすぐ戦いました。今日初めて逃げて、なんていうか、恥ずかしくって。もう逃げたくない、って弱いながら思ったんです。助けられちゃいましたけど。それで、この世界に留まるって思うと、それは元の世界から逃げてることになるんじゃないかなって。そう思ったんです」

 

「……意外と強いんだね」

 

「うん、うん」

 

 ルーミアは感想を呟き、巫女さんはただうなづいてくれている。それがナナシにとってはありがたかった。

 

「どうせなら逃げずに立ち向かって、満足したらここに戻って来ます!それじゃあダメでしょうか!あなたにも会いたいし、ルーミアちゃんにもまた会いたい!食べられたくはないですけど、改めて友達になりたいんです!どうでしょうか!」

 

 これがナナシである私の感情であり、意思であり、結論。

 

 巫女さんが口を開く。

 

「ナナシの今までのことはよく分からんから、これからについて俺に言えることを少し。まず、少なくともここから戻った人間は二度とここに来ることはない」

 

「え!?」

 

「これは事実だ。全ての人々は一時の夢の中だと信じて疑わない。お前も例外はないだろうとも思う。ここは夢物語に過ぎない。現実だと証明するものもない。必ず、夢かも、とは思うだろう。そんな人間は絶対と言っていいほどここには来れない」

 

「……」

 

 目に見えて沈むナナシ。巫女は言葉を続ける。

 

「次に、動機はともかくだ。その決断をしたのは、おまえが二人目だ」

 

「……え?」

 

「そいつは今も幻想郷にいるよ。……『幻想郷はすべてを受け入れる』という言葉がある。この言葉はきっと、お前のその決断さえも包み込んでくれる筈だ。まぁなんだ、たとえ夢であろうと信じろ。そうすりゃきっと届く」

 

「……っ!はいっ!」

 

「私は初耳だなー。そんなやついたかー?」

 

「いたさ。だが残念。名前までは覚えちゃいねぇがな」

 

「そうかー、残念だー」

 

 

「さて、そろそろ虫捕りを再開するかね」

 

「虫捕り?」

 

「だからこんなとこにいたのかー。でも網とか籠は?」

 

「え?手掴みじゃないのか?」

 

「「え?」」

 

「えっ」

 

「……よく虫捕りをしようと思ったね」

 

「呆れればいいんですかね?尊敬すればいいんですかね?」

 

「呆れよう、今すぐにね!」

 

「通りで、全然捕まえられないと思ったが……」

 

「思った時点でおかしいことに気づけバーカ!」

 

「なんだと!」

 

「まあまあ!取り敢えず私は……どうすればいいですかね!?」

 

「あ?あー、一番は博麗神社に行くのがいいかな。基本的に霊夢に元の場所に帰すの任せてるから、今回もそうしよう」

 

「レイムさん?誰ですか?」

 

「こいつの彼女」

 

「ん?」

 

「へ?えー!?!?彼女持ち!?」

 

「そうだが?それよりルーミア、案内してやれ」

 

「えー?そっちはどうすんの?」

 

「言ったろ、虫捕りってな」

 

「網を籠もないのに?」

 

「あー……まぁな」

 

「ふーん……。じゃあ行こ、ナナシ」

 

「は、はい。……あの!!」

 

「ん?どうかしたか?」

 

「名前!教えてください!」

 

「ああ、まだ言ってなかったっけか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  博麗霊魔。『博麗のミコ』をやってる居候だよ」

 

 

「いい名前ですね!霊魔さん、また!」

 

「ああ。またな」

 

 

 

 

 

 

 

 ––––あんたは私の子だ!

 

 ––––私が決める。あなたの名前は……

 

 ––––……いい名前だな。お前らしい、いい名だ。

 

 

 ふと思い出す。かつての彼らの面影を。

 

 捨てた訳ではない。置いておく必要があっただけだ。

 

 かつて置いていった名前の軌跡を遡る。

 

 

 一人。その名を叫び、家族となった。

 

 そしていなくなった。

 

 一人。その名を決め、道を定めてくれた。

 

 そしていなくなった。

 

 一人。その名を呼び、在り方を認めてくれた。

 

 そして……いなくなった。

 

 

 

 いや、よそう。

 

 ナナシは俺とは名無しだった理由が異なる。たかが少し似ているだけで思いふけることもない。境遇が違うのだ。

 

 まずは目の前のお節介を終わらそう。

 

「ふむ、全部で4匹。悪い予感は未だ継続していたということか」

 

 目の前には先程のバケムカデの群れ。先程とは違って殺意はつゆほどもない。気配こそあったが会話が終わるまでずっと動く気はないと霊魔は感づいていた。

 

「疑問には思っていた。お前らみたいな妖怪は今まで見たことがない。ならば誰かが創り出したか、送ってきたか、だ。今思えば納得だ。お前らは主人を守る為にルーミアを殺そうと追尾していたはずが、俺が現れたために逆にお前ら自身が脅威になってしまったようだが……皮肉な話だな、創った主人から恐れられるとは」

 

「自覚こそなかったがこれは能力の発現、それもかなり強力な部類に入る。助かるためだけに因果をも改変させる。どんなに虐げられようと決して折れることのない精神と肉体。言うならば、『何が何でも死なない程度の能力』。その能力でナナシに創られたお前達は、防衛を目的とした出来の悪い道化だったと言うことか」

 

 ムカデ達は何も応えず、ただ佇む。それは機械のような空虚さを感じさせた。

 

「下位互換とはいえ、不死よりもタチが悪いな。死にたい時に死ねる分幸運とも言えるが。さて、せめてもの慈悲だ。人形の貴様らに役目を与えよう。僅かな誇りと名誉を以って殉ずるがいい」

 

 明確なナナシへの殺意を見せる。それに反応するかのようにバケムカデ達は霊魔に目を向けた。威嚇をする者も現れる。

 

 この距離ならばナナシもルーミアも気付くことはないだろう。彼らという存在は彼女らに見せるには目に余る。

 

 ––––さぁ来い。俺は敵だ。

 

「臆さずかかってくるがいい。生半可な望みを果たさせるほど、この身は温くはないぞ?」

 

 霊魔は不遜に笑いながら大幣を構えた。

 

 

 

「夕方か。しまった、今日のおやつの仕込みしたまま忘れていたな。霊夢が怒ってなければいいが」

 

 森の中を歩きながら思案に耽る。思ったより熱中してしまったようだ。霊夢が心配になる。

 

 というより、この後に霊夢によって引き起こされるであろう、自分の身の安全を案じているのだが。

 

「昼飯も食べてなかったな。道理で腹が減っているわけだ。人里に寄って買い物して帰るか」

 

 食欲もある、今日は豪勢な食事にしようか。喜んでくれるといいが。

 そう思いながら道を変えようとして、立ち止まる。

 

「あ。迷子だったの忘れてた」

 

 霊魔は今になってやっと自分の置かれてる立場をおもいだし、思わずうなだれた。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わり、博麗神社では––––

 

 

「霊夢!?!?」

 

 

 ––––居間にて霊夢が倒れていた。

 

 

 




ル「飛んでった大幣どうすんの?」
霊「ちゃんと戻ってきてくれるぞ、ホラ」
ル&名無し「「すげぇ!」」

ルーミア
宵闇の人喰い妖怪。なのにもかかわらず、今回宵闇要素なしという少し残念なポジションに。霊魔とは実は気が置けない程の仲なのだが、その分、喧嘩した時にお互い躊躇いがない(平気で目潰しとか急所を狙う)。最終的に二人ともボロボロになりながら夕焼けをバックに握手して仲直りする。どこの不良マンガだよ。

ナナシ(名無し)
本名募集中。でも本名は出ないと思う。多分、きっと、メイビー。『何が何でも死なない程度の能力』を持ち、繁殖能力さえあればほとんどゴキブリと変わらないぐらいのしぶとさを備えている。自覚はない。実は一週間雑草で過ごしていたにもかかわらず、栄養失調にならないどころか、全ての栄養がバランスよく取れていると診断されたウラ話がある。いんがのかいへんってすげー。

大幣(お祓い棒)
霊魔の愛用しているお祓い(?)道具。悪い奴らを(物理的に)滅する事が出来る。大幣に流す霊力の量によって、先端に出来る刃の大きさを変える事が出来、小さい穂先で突き刺し、大きくして叩き潰す事も出来る万能兵器(!?)。投げた後は自分で戻ってくる機能付き。必殺技はまだナイショ。実直な性格の持ち主。

博麗霊魔
博麗のミコ(笑)の居候。

博麗霊夢
博麗の巫女。雑草だけで一週間生き残るしぶとさを持つ。

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