真夜中の川辺。
耳を澄ませば川の流ゆく水の音。
眼に写るは光を放つ蛍の煌めき。
川の辺には一本の刀と、長柄の薙刀が無造作に突き刺さり周囲を蛍らが照らし出す。
人の気配のない自然に包まれ、
景色、この場所を見てすぐさま理解した。
これは夢だ。
父の獲物は鼎がその命を奪った際に折れているし、そもそも前後の記憶で鼎はこの様な場所に来た記憶はない。
つまり自分の未熟さが、迷いや悔いがこの夢を見せているのだと。
少なくとも鼎はそう考えた。
鼎は過去を想い。
未来を憂いて、今を悲しんでいる。
憂う、といっても鼎は悲観主義者ではない。
もっと云えば、遠くない未来に起きる大災厄にしても知った事ではなかった。
ましてや、共通の敵が生まれねば立場や感情が邪魔をするという下らぬ理由ならば、尚の事。
それでも考えてしまうのは、後見人として付き纏う一人の翁と青さの抜けない弟弟子、それにまだまだ若い少年の未来だった。
思考に耽りながらふと、鼎が視線を一対の得物に向けると弱々しくも明滅を繰り返しながら懸命に舞う蛍が目についた。
その姿は亡き父や、一ノ瀬に自然に重なって見えた。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、あの二人は生きる事を諦めた。
勝手に絶望し、身勝手に他者に想いを押し付け満足して自殺したのだ。
だが。
こうして未だに夢見に迷うのは。
「下らねぇ…見下げるよな。私は未だに迷ってるみてぇだ、なぁ…爺さん」
小さな口からぽつぽつと自嘲が漏れてゆく。
誰に言うでもない。
聞く者も存在しない夢の中で。
ただ、表情は微笑んでいた。
今も昔も、鼎の根本に在るのは”どう生きて、どの様に死ぬのか”だ。
その一点に於いて鼎は魅せられた。
もともと実戦的な流派の跡取りだった事が。
レネゲイドという超常の力、明確な命の奪い合いが珍しくもない現代が。
その歪な価値観を形成していた。
二人は実に満足そうではなかったか?
羨ましいと感じたのは間違いない。
誰かの為、それが正でも負でも
返り帰って自分の為なのだ。
英雄も悪鬼も結果的に誰かを救い、
誰かを殺す。
最期はその咎を支払い、次へと託しながら。
鼎は思った。
人は自分勝手だからこそ、
死に際にあれほど美しいのだと。
鼎は一歩踏み出し、刀を握る。
すると薙刀は砂となり崩れ去った。
「幾ら迷おうが、既に引き返す道はない…今一度、アンタに託されたアルカナに誓う」
その刀は呼応する様に光を放ち、
気が付くと蛍は煌めきを一層強くした。
「この命、”世界”を必ず成功に導こう」
刀は軽く力を入れると簡単に地から抜け、舞う様に軽く振い詞を紡ぐ。
「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ…」
夢の世界は泡沫の様に消えて、閉じた。