同時刻頃に、この作品の外伝にあたる『ヒフウノナナフシギ』を投稿しました。
これはそのお話に北斗達が関わる理由を書いたものです。
時間軸は北斗が幻想入りして二年ほどしてからのお話です。
また、同作を見ていないと今後の展開が分からない、という状況は無いようにしておりますのでご安心ください。
あくまで外伝的な話であり、北斗は主人公ではありません。
それでもよければ『ヒフウノナナフシギ』共々、読んでみていただけたら幸いです。
「これは異変よ」
霊夢が桜の木を見上げながら呟く。季節は春。雪もすっかり解け、気温もめっきり高くなった。
幻想郷は桜の名所だ。この時期になると何処もかしこも桜が咲き乱れ、誰もが花見の場で馬鹿騒ぎをする。博麗神社の周辺などそれの最たるのもで、連日花見が行われ大忙しになるのだが……今年はそうはならなかった。
何たって……今年になって桜が一本も咲いていないのだから。
俺は桜の枝を折れないようにそっと手に取る。枝は瑞々しく、蕾も今にも開きそうになっている。なのに咲いていない。
遅咲き……と決めつけるのは流石に暢気すぎる考えだろう。もしかしたら桜の病が蔓延しているのかもしれないが、それでも一本、いや一枝くらい咲いてもいいはずだ。
これは、明らかに異常事態だ。俺は霊夢と共に険しい表情で彩りの足りない桜を見つめていると、空から青い翼が下りてくる。妖怪であり幽霊でもある奇妙な同居人、波山火依だ。
「ただいま」
「おかえり火依。で、どうだった?」
「魔法の森に妖怪の山、冥界も無縁塚も見てきたけどやっぱりどこも咲いてないよ。里もザワザワしてた」
……やっぱり博麗神社周辺だけの話じゃないようだ。幻想郷全土の桜の花が蕾のまま咲くことを拒んでいるような、そんな状況だった。
ふと俺は横目で霊夢の様子を伺った。霊夢の勘は神憑り的に当たる。気の向くまま飛んで行けば原因に辿り着く。そんな霊夢が、今回まったく動かない。どうしたのだろうか?
不思議がっていると、背後に気配を感じる。振り返ると、スキマから紫さんが出てきたところだった。いつも通りの胡散臭い笑顔を張り付けて笑っている。薄手のドレスにキャミソールと、春にしては少し寒げな装いだが……どうしたのだろうか?紫さんは俺達を見つけると嬉しそうに話しかけてくる。
「珍しいわね、霊夢から私を頼るなんて」
「仕方ないでしょ。この異変、私じゃどうしようもないわ」
霊夢は紫さんの方を見ずに辟易とした口調で言う。そしてしばらく桜の木をジッと眺めてから……溜め息を一つ吐いた。
「この異変、幻想郷で起こっていないもの」
「幻想郷で起こっていない……? ってことは、外の世界で何か起こっているってことか?」
「さあね。そこら辺が分からないから紫を呼んだのよ」
霊夢はクルリと舞う様に半回転し、紫さんと向かい合う。
いつの間にか紫さんは嫌に真面目な表情に変わっていた。それはこの異変の問題性の強さを表しているようで、俺は思わず息を飲んだ。
俺と火依も視線を送るが、紫さんは何も言わずに桜の木の下に歩き出し……おもむろに幹に触れる。その瞬間、桜の幹から緑の光が迸った。
「なっ……!?」
「何これ!?」
俺と火依は驚いて声を上げてしまう。それは妖しいというより優しく暖かい光だった。まるで春の生命力を象徴したような新緑の光の中、紫さんがゆっくりと振り向く。
「……霊夢の言う通り異変の元凶は幻想郷にいないわ。そして外の世界でもない。こことは違う、平行世界で起こっている異変よ」
「平行、世界……」
いわゆるパラレルワールドっていうやつだろうか。あの時こうしていれば、もしくはもし世界がこうだったらと仮定した世界、『あり得たかもしれない未来』。
SF小説や漫画でよく目にする単語だが、まさか現実世界で聞くとは思いもしなかった。だが、信じられないわけではない。そもそも俺にとっては幻想郷も平行世界の一つのようなものだ。幻想が息づく架空の世界、それが幻想郷だ。
「けど、そんな平行世界の異変が、幻想郷まで影響するものなの?」
火依が眩しそうに目を細めながら、首を傾げる。逆光でシルエットになった紫さんが髪を掻き分けながら答える。
「何もおかしな話ではないわ。平行世界とは『人の見る夢』よ。夢が現実を蝕むことだってある……正夢や予知夢のようにね。そもそも平行世界こそ本当の世界で、私達のいる世界こそ夢の可能性だって否定できないでしょう?」
「……そういうのあんまり考えたくない」
火依は不安そうに顔を伏せる。確かにゾッとする話だ。俺が誰かの夢の産物だなんて思いたくない。すっかり気が滅入ってしまった俺と火依を見て、霊夢が紫さんを睨みつける。
「紫、変なこと言って不安を煽るのは止めなさいよ」
「ふふ、ごめんなさい。つまりは平行世界であろうと夢であろうとお互いに干渉し影響し合っている、ってことよ。そうでしょう、北斗?」
紫さんが俺の方を向いて、薄っすら微笑みかけてくる。いや、俺に聞かれてもわからないんだけど……
ただこの幻想郷に来てから、影響という概念について誰よりも長く考えた。未だわからないことだらけだが、その力を誰よりも信じているのは俺だといっても過言ではないかもしれない。
「話が逸れたわね。この異変は今のところ花見が出来なくなる程度の問題しかない。けれど、もしかしたらより大きな異変に変わってしまうかもしれないわ。けれど、異変が起こっているのは幻想郷の外、博麗大結界を守護する霊夢が長時間幻想郷を留守にするわけにはいかないわ。そこで私が異変解決に向かおうと思うのだけれど……」
紫さんは桜の木から数歩横にずれる。すると、そのシルエットに隠れて見えなかった光の源流、人がくぐって通れるほどの空間の亀裂……スキマが目に入る。
紫さんが作るものとは同じようで少し違うスキマ……前置きから察して平行世界への入口だろう。思わず息を呑んでしまう。
「北斗、貴方に異変解決の手伝いをしてもらいたいの。頼めるかしら?」
紫さんは俺をまじまじと見つめながら問いかけてくる。いつもの余裕に溢れた紫さんが真剣に頼もうとしていることに、俺は内心驚いていた。
平行世界がどんな場所かは分からないが、幻想郷の住人が行くよりかは元外来人の俺が行く方がいい。そう判断したのかもしれない。
まあ、紫さんには色々恩がある。頼ってくれるなら手を貸さないわけにはいかないだろう。そしてなにより……俺は幻想郷が好きだ。だから、異変を解決できるなら平行世界にだって……
「行きます」
「……ありがとう」
紫さんはお礼の言葉を述べると、目の前のスキマを指差す。俺はそのスキマに向かって行く……前に足を止めて霊夢と火依の方へ向き直る。
霊夢は普段通りの顔をしていたが、火依は今にも泣きそうだ。俺は火依の頭を撫でながら、霊夢に釘を刺しておく。
「霊夢、カップ麺は控えろよ。ちゃんと三食自炊すること」
「はぁ、どうせそういうこと言うと思ったわよ……」
霊夢がため息交じりに言う。仕草の割にその顔はとても優しい笑顔をしていて……ドキリとしてしまう。茫然としてしまっていると、霊夢が俺の顔の前に拳を突きつけてくる。
「心配ならさっさと異変を解決してきなさい。そしたら花見と洒落込もうじゃない!」
「帰ってもやることが多そうだなぁ……」
俺は苦笑いを浮かべながら霊夢の拳に拳を合わせ、俺は光の向こうへと歩いて行く。その途中、背中越しに火依の声が響く。
「行ってらっしゃい!」
「……ああ、行ってきます!」
俺は出来るだけ大きな声で返す。ふと紫さんと目が合う。そしてどちらがともなく頷き合った。眩い光の中、俺は息を大きく吐いてから、スキマの中へ飛び込んだ。
スキマの中も緑の光で溢れていた。その中を水底に沈んでいくような感覚で降りていく。飛行能力は使っていない。この空間自体に潮流のような流れがあり、それに流されているようだ。
しばらく降りていくと、突然どこからともなく声が聞こえてくる。
『お願いします……どうか……怒りを収めてください、お姉様……』
『どうして……どうしてアイツだけ……』
『ごめんね、メリー』
『誰か……助けて!』
様々な声音で聞こえてくるが、どれも悲痛な感情が込められており、胸が締め付けられるような感覚に陥る。異変に何か関係があるのか、それとも誰かが俺を惑わそうとしているのか、はたまたただの幻聴か……分からないが、進むことをやめる要因にはなり得ない。
幻想郷で待ってくれてる人たちがいるんだ。だから……必ず異変を解決して、帰って来てみせる。俺は輝きを増す光の向こう側へ潜っていく。深く、深く……もう一つの世界を目指して。