東方影響録 番外編集   作:ナツゴレソ

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今回は永遠亭の人達と北斗のお話です。
時系列は7章手前ぐらいになります。なので、6章まで読んでいただかないとわからない、またはネタバレの可能性があります。
割とシリアスですが、おそらく本編にはまったく関係ありません。
こんなやりとりがあったんだという補完の要素が強いので気軽に読んでいただけると幸いです。


番外その五 金網越しの距離

「ねえ、北斗君……いつになったら永遠亭に住んでくれるの?」

 

 輝夜さんが炬燵に顎を乗せながら尋ねてくる。初対面の輝夜さんはまさに日本の姫といった立ち振る舞いだったのに、今やそんな印象は抱けない。

 勝手気ままで我儘な普通の女の子。それが今俺が思う彼女の表面的な性格だった。俺はおろし大根を添えた和風ハンバーグを机に並べながら、項垂れる輝夜さんに笑いかける。

 

「また言ってくれれば料理くらい作りに行きますよ」

「そうじゃなくて……はあ、北斗君はどうしてそういうところだけ鈍感なのかしら?」

 

 唐突に失礼なことを言われたんだが……まあ、気にせず食卓の準備を続ける。

 永遠亭での事件をきっかけに、輝夜さんはちょくちょく博麗神社に来るようになった。療養しているうちに随分気に入られたのもあるかもしれないが……彼女も彼女なりに思うところがあるのかもしれない。

 そう、表面的には普通の女の子に見えるが彼女は不老不死だ。無限の生を持つ輝夜さんの深層心理なんて、さとりさんの能力でも使わないと窺い知れないだろう。

 

「……いや、これは輝夜さんだけの話じゃない、か」

「ん?何か言ったかしら?」

「いえ……独り言です」

 

 俺は首を振って、お櫃のご飯を茶碗に盛っていく。

 幻想郷で知り合った人達の人生は計り知れない。俺のことをひよっこだと言われても言い返せない。だからこそ、俺は基本的に誰にも敬語を使うようにしているのだ。

 まあ、幻想郷の住民は堅苦しいのが嫌いなようで、霊夢や魔理沙などは会ったその日に敬語を止めるように言われたけどさ。

 

「ふふ……」

 

 幻想郷に来たその日の事を思い出して内心で笑っていると、障子が勢いよく開かれる。噂をすれば何とやら、霊夢が帰ってきた。どこに行っていたかまったく聞かされていないけれど、きっと妖怪退治だろう。

 霊夢は炬燵に居座る輝夜さんを見つけた瞬間、露骨に嫌な表情を浮かべる。

 

「ただいま……って、なんかうずくまってると思ったら何処ぞの姫様じゃない。またうちの穀を潰しに来たの?」

「お邪魔してるわよ。いやぁねぇ、北斗君がガサツな女の子に辟易してないか心配で見に来てるだけよ。たまには潤いを与えないと北斗君、干からびちゃうわ」

「何百年も引き篭もってたくせに潤いなんてあるのかしら?」

「………………」

「………………」

 

 霊夢と輝夜さんとの間に火花が散る。この二人、やけに仲が悪い。霊夢は誰に対してもつっけんどんだからいいとして、輝夜さんとの時は妙に突っ掛っていってる節がある。

 二人に直接聞くのは憚られるものだから、こっそり永琳さんに聞いてみたことがあるんだが……結局ニヤケ顔で誤魔化されてしまったし、分からず仕舞いだ。

 もしかしたら女同士色々とあるのかもしれない。外の世界でも幻想郷でも女性は女性、ということなのだろう。男の俺が首を突っ込んでも無事に帰って来れないだろうさ。

 

「まあまあ、ご飯出来たから食べようよ」

 

 触らぬ神に何とやら。俺は知らないふりをして、二人を食卓に着かせることにした。

 

 

 

 俺と霊夢と火依、そして輝夜の四人。いつもより一人多い食卓はいつもの倍賑やかだ。

 

「輝夜、聞いていい?」

「あら、どうしたのかしら唐突に」

 

 前置きも何もない火依の問いに、輝夜さんは箸を止めて尋ねる。先ほどまで霊夢と輝夜さんの軽口の応酬が飛び交う食卓だったが、黙々と食事をしていたはずの火依が口を開いたことで空気が一変する。

 火依はマイペースにハンバーグを一口食べ飲み込んでから、喋り始めた。

 

「んー、別に大したことじゃないけれど、北斗って永遠亭に一週間くらいいたけど、どんな感じだったのかなって」

「……それはもう怪我人とは思えないほどの働きっぷりだったわよ!」

「何でアンタが自慢げにしてるのよ」

 

 輝夜さんがドヤ顔を浮かべながら言うけれど、霊夢に横槍を入れられ口をへの字に歪める。けれどすぐに立ち直って、黒髪を耳に掛け直しながら笑う。

 

「客観的な評価をしているだけじゃない。永琳もてゐも北斗君の家事の手際を評価していたわよ。特に鈴仙は……」

 

 とまで言いかけたところで輝夜さんは俺と霊夢を交互に見合ってから、ニヤリと笑う。さながらいたずらしている子供のようだ。それにしては色っぽ過ぎるけど。

 ふと霊夢の顔を見ると露骨に仏頂面を貼り付けていた。そして錆び付いた機械のようにぎこちない動きで俺の方に向く。

 

「……北斗、話しなさい」

「え、どうした霊夢。別に大した話はないんだけど……」

「いいから話しなさい、洗いざらい……!」

 

 妙に凄みのある声で、霊夢に命令される。よ、よくわからないけど、本当に話題になるような話はないからなぁ……

 いや、本当はあるけど……これを誰かに話そうとは思わなかった。俺は口をつぐむ代わりにハンバーグを頬張った。

 

 

 

 

 

 療養というのは退屈だ。ただ休むということに専念しなければならないため、剣や体術の練習できない。本も持ってきていないため、完全に手持ち無沙汰だった。

 この頃気付いたんだが、俺は何もしないでいるのは性に合わないようだ。三日目の晩、ついにただ横になってる状態が耐えきれなくなった。

 そんな訳で俺は無断で永遠亭の台所に立ち、晩飯の準備をしていた。白米と煮物が出来上がるまで片付けと掃除していると、エプロン姿の鈴仙さんがやってくる。仕事終わりのようで、疲れたようにため息を吐いていた。けれど俺の姿を見た途端、目を白黒させながら姿勢を正した。

 

「えっとあの、北斗さんどうして台所に……?」

「あぁ、すみません。勝手に借りてます。どうもじっとしているのは苦手で……迷惑でしたか?」

「いえ、そんなこと……食器、用意しますね」

 

 鈴仙さんは逆に申し訳なさそうに俯くと、棚からお椀と箸を用意してくれる。この三日間、鈴仙さんと話する機会はそれなりにあったが……どうも仲良くなれたという印象はない。

 いつもどこか距離を感じてしまう。輝夜さんや永琳さんとはすぐに打ち解けられたのに……

 いや、幻想郷の住民自体が、他人との壁が薄い傾向があるからか。そうでないと外の世界で友人が少なかった自分が、こんなに知り合いを作れるわけがない。

 そんな訳で鈴仙さんとの距離感が懐かしいものに感じられたお陰か、俺は彼女に対してさほど悪い印象を持っていなかった。

 まあ、鈴仙さんからしたらただただ居心地が悪いだけかもしれないが……薬が出来るまで辛抱してもらおう。

 

 

 

「あの……北斗さん、聞きたいことがあるんです」

 

 格子窓の外側暗くなりはじめた頃、お椀を並べ終えた鈴仙さんがおずおずと話しかけてくる。随分唐突だ。あえて俺は作業の手を止めず鈴仙さんに聞き返す。

 

「何ですか?答えられることなら答えますけど」

「……ちょっと、難しいかもしれません」

 

 鈴仙さんが遠慮がちな声で言う。首を僅かに捻って横目で様子を伺ってみると、なんだか口籠っているような、困ったような顔をしていた。兎の耳も弱々しく垂れ下がってしまっている。

 

「私、姫様から貴方のこと調べるように言われていて、その時に知ったんですけど……北斗は外の世界から幻想郷に逃げてきたって、本当ですか?」

 

 世界の音がなくなったかのような一瞬が訪れる。それをどう思ったかはうかがい知れないが、慌てて鈴仙さんが両手を振った。

 

「ご、ごめんなさい! 今のは聞かなかったことにしてください!」

「いや、まったく予想だにしない質問だったからびっくりしただけです。初めて聞きましたよ、そんなこと」

 

 これは気を使ったわけでなく、本心だ。俺はそんなこと言った覚えはないが……宗教異変の時以来、里では俺に対する様々な憶測、噂話が流れた。きっとその中の一つだろう。あくまで噂話、事実ではない。けれど……

 

「まあ、あながち間違ってはないですね」

「……えっ?」

「こっちに……幻想郷に来ることになったのは『影響を与える程度の能力』が原因であって、望んできたわけではない。けれど、突き詰めて言えば……結局俺は外の世界から逃げたのかもしれません」

 

 俺は煮物の落としぶたを取りながら語る。

 そうだ、俺は……誰かに嫌われたくなかった。嫌われるくらいなら誰も接してくれなくていい。本気でそう思っていた。

 その結果として幻想郷へ来たというのに……今の俺には腕には抱えきれないほどの絆があった。

 ……俺はどうすればよかったのだろうか?今の何を望んでいるのか。その答えは俺の中にはない。誰かに求めることもできなかった。

 

「………………」

 

 話を聞いた鈴仙さんは何も言わずに、兎耳をピクピクと跳ねさせながら俺を見つめていた。もし逃げた理由を聞かれたらどう誤魔化そうか考えていたのだが、そんな不安は杞憂に終わってしまう。

 しばらくお互いに黙り込んでいたが、沈黙に耐えきれなくなったのか鈴仙さんがポツリと言葉を洩らす。

 

「そう……ですか。そう、だったんですね」

 

 反芻するように何度もウンウンと頷いてから、鈴仙さんは自分の胸に手を当てながら俺に向き直る。

 

「実は……私も逃げてきたんです。あの月から」

 

 鈴仙さんは格子窓を指差しながら湖面に石を投げ込むような呟きを落とす。つられて窓の外を見ると、タイミングよく竹林の合間から月が覗いた。

 綺麗な三日月が雲の合間で輝いている月は、外の世界のものと大差はない。けど、あそこには都市があって、月の民なる人達が住んでいることを、俺は知っていた。

 鈴仙さんは自分と同じ境遇の人間を見つけたかったから、あんなことを聞いたのか。同情されたいのか、共有したいのか、いずれにしろ……

 

「そうなんですか」

 

 俺が口走ったのは興味も何も感じられない、乾いた相槌だった。

 自分でも素っ気ない反応だと思わざる終えない。きっと鈴仙さんは俺のことを冷たい人間だと思ったかもしれない。

 それでも彼女が俺に逃げた理由を聞かなかったように、俺から何かを聞き出そうとすることはしないと心に決めていた。

 横目で鈴仙さんの様子を見ると、特に気にした様子もなく月を見上げていた。赤い赤い瞳を微かに震わせながら。

 金網越しのような距離感だ。触れられるが握手もできない。話すことはできるが、肩を叩くことも出来ない。近くて遠い関係。けれど……それが逆に心地よく思えた。

 

 

 

 鍋の落し蓋を取ると、形も色も良い煮物が出来上がっていた。筍を一切れ箸で摘み口に入れると、煮汁が口の中に溢れていく。我ながら会心の出来だ。

 

「……出来ましたよ」

「師匠達を呼んできます!」

 

 鈴仙さんは飛び跳ねるように台所を出ていく。なんだかその後ろ姿が面白くて、つい口元が緩んでしまう。気付けば俺は柄にもなく鼻歌を奏でながら、配膳をしていた。

 

 

 

 

 

「……はぁ、もういいわ。どうせ何か起こしてるに決まってるものね。せいぜい私を巻き込まないでよ」

 

 どうやら当時のことを思い起こしてるに、霊夢は内に諦めてくれたようだ。何だか勝手に決め付けられてしまったが。対して火依は不満そうだ。頬を膨らませながら輝夜の方を向いた。

 

「お姫様、何かないの?」

「うーん、そうねぇ……」

 

 輝夜さんは演技掛かった動きで考え込んでから……俺に向けてウインクを飛ばした。

「北斗は鼻歌が下手よ」

 

 それを聞いて、俺はつい箸を落としてしまう。いつから聞いていたかわからないが……俺は顔が熱くなっていくのを抑えられなかった。

 

「北斗って口笛吹くんだ……そういえば、よくいつも持ってる機械で音楽聴いてる」

「あら、北斗の暴露話? それならとっておきなのがあるわよ!」

 

 気付けば食卓は俺の日常の癖や仕草の暴露大会と化していた。今度から鼻歌を口ずさむ時は周りに気をつけるよう……

 そう心に決めながら、俺は赤く火照った顔をみんなに見せまいと障子に映る月へと身体を向けた。

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