消す黄金の太陽、奪う白銀の月   作:DOS

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第22話『VS弟子、師範』

「九太刀じゃ。………ふむ、そちらに向かおうかと思っての………分かった。9時には着くじゃろう………うむ、ではまた」

 

 ガチャン………ツー、ツー。

 古き時代の現れというべきが、今はほとんど見ないような年代物の黒電話の受話器を置き、緑陽じいちゃんはくるりと私の方を向いた。

 

「日乃、準備はできたか?」

「うん。オッケーだよ」

 

 お弁当も持ったし、水筒もバッグに入れた。空も快晴、気温も適温。素晴らしく爽やかな空気だね。

 

「言っておくが、今からピクニックに行くわけじゃないぞ?」

「もちろん!で、どうやって行くの?電車とかバス?」

「普通に歩いてじゃ」

「あ、やっぱりそういう感じなんだ」

 

 誰もいなくなった家に鍵をかけて、準備ができたら出発だね。

 ジャポンには様々な武術の流派の道場が存在するが、その中でも心源流はかなり有名な道場のようだ。もちろんだけど、私は特に知らなかったよ。じいちゃんに色々技とか教えてもらったり稽古つけてもらってるけど、そこから別の流派に興味があるといえばそうでも無い。

 でも関わる機会が出てきたのなら、せっかくだしどんなのか見てみるのもまた一興。

 

 で、肝心の心源流という流派の道場は、割と近い所にあるらしい。

 分かりやすく家の立地を説明するなら、向かって家の正面側には街並みが広がり、反対側には山と森が広がっている。で、この山を越えてさらにもう一つ山を越えた向こう側に、心源流の道場があるらしい。地図を見れば直線距離は近いのに、高低差が思わぬ落とし穴だね。

 

 そして現在、家を出ておよそ15分程。

 

 私とじいちゃんの二人は森の中を駆け抜けていた。性格には森の中………の木から木へと跳び、前へ前へと進んでいた。

 

「じいちゃーん、まだー?」

「もうすぐじゃ」

「さっきもそう言ってなかった?」

「さっきも何も、お前が聞いてからまだ5分もたっておらん。が、安心せい、ほれ、見えてきたぞい」

 

 そう言ったじいちゃんの言葉に前を向けば、おお!かなり立派な道場が見えてきた。

 広い敷地内に、ぐるりと塀で回りが囲われてる。家の母屋に隣接する道場とは大違いだね!いや、あれはあれで結構立派な方だけど、こっちは本格的に道場って感じ。

 

 塀の近くまで来たら木から飛び降りて、てくてくと歩くと、またも立派な正門が見えてきた。

 開きっぱなしになっている正門からじいちゃんの後に続いてはいると………おお、広い!そして下一面が石畳になってるから、まるで天下一を決める大会とか開けそうだ。

 

「緑陽さん!いらっしゃいませ」

 

 すると、奥の建物から男性が一人、少し驚いたようにこちらに駆け寄ってきた。

 背中に『心』の文字が刻まれた白い道着を身に着けた、壮年の男性。慌ただしく優し気な表情は少し危なっかしい印象を与えるけど、この人強い。立ち振る舞い、所作、それに【纏】に微塵もブレが無い。心源流って、思ったよりもレベルが高いかもしれない。

 

 そもそもが、念を使える者自体が少なく、ジャポンに多くある武術流派の中でも、さらに達人と呼ばれる人種の中で念を使えるのは極わずか。じいちゃんの知り合いで昔色んな流派の師範代とか師範の人とか見た事あるけど、皆が皆念を使えるわけじゃない。それでも、念能力者と渡り合えるだけの〝力〟と〝技〟を備えた人もいたけど。

 

「久しいのうカゲムネ」

「お久しぶりです。でも電話してからまだ15分くらいしかたってませんよ?」

「普通に山道を移動しただけじゃよ」

「いやいや、あの移動方法は絶対普通じゃないよね。木の上とか、めっちゃとばしてたし」

 

 15分で山を二つ超えるって、よくよく考えたら私結構すごい事してるんじゃない?標高はそこそこの山だったけど。

 カゲムネさんは、少し乾いた笑みを浮かべていたが、私の方に気が付いた。 

 

「おや、緑陽さん、そちらのお嬢さんは?」

「わしの友人の娘での、わしの孫とか弟子のようなものじゃ。翡翠は学校に行っておるから代わりに暇してたから連れてきたんじゃよ」

 

 翡翠姉さんも来たことあるんだ。あれで翡翠姉さんもじいちゃんに色々と教わってるからねぇ。

 あっと、挨拶しなくちゃ。

 

「はじめまして、ヒノといいます。今日はよろしくお願いします」

「はじめまして。師範代を務めさせてもらってますカゲムネといいます」

「師範の人はいないの?」

「師範はお忙しくあまり道場にはいないので、基本我々師範代の内何人かここで弟子を育成しているのですよ」

「まあ話は置いといて稽古でも始めるとしようかのう」

「そうですね。ではヒノさんは弟子たちと一緒に突きや蹴りの練習をしますか?」

「いいや。組手をする。今日は技と体力だけを鍛える。念は無しじゃ」

「いいのですか?念がないとヒノさんとうちの弟子ではきついのでは?」

「ふふふ。日乃は強いぞ」

 

 そこまで言われてすぐにやられたらりしたらどうしよう………。ま、やってみるしかないね!念が無いって事なら、単純な素の身体能力、技術力の勝負。

 

 私達はカゲムネさんに連れられて、敷地内にいくつかある道場の一つへとやってきた。およそ30坪くらいはありそうな、この敷地内の他の道場に比べたら少し小さめの道場だった。そして中には、あらかじめ待機していたであろう、多分道着を着ているから弟子の人達が、20人程いた。

 おお、こうやってみるとようやく道場に来たって感じだね。で、道場破りでもすればいいのかな?

 

 

「ルールは簡単!日乃に一撃与える事ができたら勝利!時間は10分!範囲はこの道場の中のみ。なお、ヒノの方から相手に攻撃する事は禁止する」

「ちょ、それって私がなんか損してない!?」

「しょうがないの。当身程度なら許可しよう」

「そ、それなら………う~ん」

「ちなみに一撃当てた奴は昼飯好きな物食わせてやるぞ!」

『おおおおおぉお!!』

「物で釣った!?カゲムネさんいいの!?弟子が全員物で釣られてるよ!」

「皆さん修行でいつも腹ペコですからね。私もご相伴に預かりましょう」

「裏切られた!?」

 

 まさかこの人は良心的な感じだと思ったのに、じいちゃんめ、既に戦いは始まっているという事なのか!?ていうか弟子の男衆、いたいけな少女を攻撃する事に抵抗は無いの!?

 

「武の世界において、男も女も関係ない!戦場で出会えば、皆敵だ!」

「あなた絶対モテないでしょ!その持論振りかざす輩は女が来ないと思うよ!そしてその言葉を言う弟子があなた一人だけだと信じたい!」

「よしそれでは始めるか。挑戦者は前へ!」

「オス!」

 

 話を聞いてくれない!ていうか師範代のカゲムネさんじゃなくてじいちゃんが仕切ってるけどいいのかな?いやね、見た目だけならじいちゃんの方がカゲムネさんより遥かに年上っぽいからなんか似合ってるのは分かるけどね。ていうか弟子の人達も当然の如く従ってるし。

 あ、でもじいちゃんってこの道場割と来たことあるらしいしこういうのもいいのかな?ちなみにカゲムネさんは壁際で手を組みながら見守っている。

 

「お願いします!りゃあぁ!!」

 

 裂帛した掛け声と共に、一番手の弟子の人が、強く踏み込み突進の要領で拳を振るってくる。先ほどの男女平等主義を叫んだだけあって全く遠慮が無い。きっと頭の中は昼飯何を食べようかでいっぱいだね、きっと。

 

 なので私は、弟子の人の攻撃をしゃがみこんで躱すと同時に、片足を伸ばして回転。そのまま軸足を払い、弟子の人はゴロゴロと転がって壁に激突した。

 けど、その瞬間目を見開き、腕の力だけで起き上がって再び迫ってくる。

 

(思ったよりも頑丈。ここの人達は念は使えないみたいだけど、流石って所かな)

 

 伊達や酔狂で、心源流の道着を着ていない、という事か。流石に昼飯に釣られただけじゃ無いみたいだね。

 けど、それくらいじゃ私に触れる事は、できない!

 

「ぬうぅん!」

 

 出路の人は、剛腕を振りかぶり、再び拳を振るう。この人は、どちらかと言えばパワーより。技も鍛えてはいるけど、どちらかと言えば力任せにするタイプっぽい。だからこそ、避けやすい、躱しやすい、少し攻撃が単調になり気味。

 

 と、そろそろ10分くらいかな?

 やっと一人目、と思った瞬間、背後に気配を感じ、その場にしゃがみ込んだ。

 

「せあぁ!!」

 

 瞬間、さっきまで私の頭のあった場所に、回し蹴りが通過した。ちらりと背後を見てみれば、別の弟子の人。で、正面を見れば、さっきからいる男女平等主義の弟子の人。

 ………増えてる!?

 

「じいちゃーん!増えてるんだけど!」

「当然じゃ。10分毎に1人増えていく修行じゃからな。あ、ルールはさっきと同じじゃ」

「10分で交代じゃないの!?」

「時間は10分と言ったが、別に交代するとは言っておらん」

 

 そうだっけ!?よし、さっきの会話を思い出してみよう!

 

『ルールは簡単!日乃に一撃与える事ができたら勝利!時間は10分!範囲はこの道場の中のみ。なお、ヒノの方から相手に攻撃する事は禁止する』

 

 ………うん、確かに10分で交代とは一言も言ってないね。あちゃ~。

 ていう事は、10分経つごとに1人ずつ増えて、最終的に、単純計算で200分後に20人全員の攻撃を凌げと。

 

 ………ふっ。

 

「やって、やろうじゃない!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「これは………見事としか言いようが無いですね」

「ほぉ、そう思うか?」

「ええ。内の弟子達は決してレベルが低いわけではありません。しかしこの状況は、少し予想してなかったですね。まさか………誰も気絶させる事もなく、念も使わずに、ここまで捌けるとは」

 

 カゲムネの言葉は、隣に立つ緑陽以外には届かなかった。

 今もなお、20名の弟子の攻撃を同時に捌くヒノを含めて。

 

「りゃあ!」「ら!」「ふっ!」「てい!」「ちょこまかと!」「当たらんだと!」「せぃや!」「ああぁ!!」「どぅおあ!」「せいっ!」「うおおぉ!」「とぅ!」「うらぁ!」「しゃぁ!」「ゼアアァア!」「うるぉお!」「どりゃあぁ!」「だらっしゃぁい!」

「―――――」

 

 迫りくる拳を、蹴りを、掌底を、投げを、当て身を、肘を、体当たりを、手刀を、ヒノはすっと目を細め、両手を巧みに動かす。スローモーションのようにも見えるが、実際には当然ながらもっと早い。けど、速さだけで言ったら弟子達の攻撃が早いだろう。にもかかわらず、その手はゆるく動かしながらにも、迫りくる攻撃をいなし、さらにはいなした先にある別の攻撃にぶつけ相殺し、ステップを踏むように人と人の間を縫い、さながら踊るように、前後左右からの攻撃を躱し続けていた。

 

「弟子達一人一人の攻撃パターン、手数、癖、それを見抜き、的確に返している。まだ13歳とは思えない観察力と技術力には感服しますね」

「ま、日乃は自身の能力の関係上、〝接近して相手に攻撃を必ず当てる〟ようにする為に、技術力を身に着けた。相手の動きを読み、攻撃を読み、躱し、己の攻撃を当てる。だからこそ、相手を観る力が高く備わっておる」

「ええ。正直驚いてますよ。見誤ったとしか言いようが無いですね」

「ま、その場その場の状況で楽しむ為に戦い方を変える事があるのがタマに傷じゃな。それに若干猪突猛進気味の所もあるしの。真面目に戦えば、日乃に勝てる者など、そうそうおらんのじゃが」

 

 それはヒノの持つ、一撃必殺のような能力が大きく起因する。最も、それでも必ずとは言わない。念能力は千差万別。正々堂々己の肉体で戦う者もいれば、まともに()()()()者達だって多い。そこから隙を狙われて、小さな傷からでもやられる可能性は高い。

 その可能性を減らす為、様々な状況に対応する稽古を緑葉は行っていた。

 そしてその結果は、着実とヒノに成長を促している。

 

「あ、そういえば日乃が勝った場合はお主に昼飯を奢ってもらうからな」

「ええ!?ちょ、緑陽さん、聞いて無いですよ!」

「楽しみじゃな。わしはウナギとか食いたい。青ウナギとか」

「それって幻とか言われてる高級ウナギじゃないですか!」

「まあそっちの弟子が勝てばいい話じゃ、といってもそろそろ――――」

 

 ピーーーーー!

 

 その瞬間、セットしていたタイマーが、合計210分の終了を知らせた。

 

「ふむ、どうやらヒノの勝ちのようじゃの」

「ああ、今月の私の小遣いが………」

 

 がっくりと項垂れるカゲムネに、緑陽は特に同情はせずにからからと笑いながらポンと肩を叩くのだった。

 そして、眼前の光景を、半ば予想通りとにやりと笑う。

 

 道場には死屍累々と、20人の弟子が荒く息を吐いて横たわる姿、そしてその中央で、小さく息を吐いて立ちながら呼吸を整える、ヒノの姿があった。

 

「ほっほっほ。これは面白いものが見られたのう。うちの弟子たちもかたなしじゃのう」

 

 とその時、緑陽とカゲムネの後ろの入口から、人の声がした。

 緑陽もカゲムネも、同時に振り向くと、二人にとってはよく見知った顔立ちが、中へと入ってきていた。

 

「なんじゃ、ネテロのじじいか」

「師範、お早いお着きですね」

「ふふふ、ちょいとここの様子を見に来たのじゃが、面白いものをみせてもらったぞい。ていうか緑陽、おめぇもじじいじゃろうが」

 

 そこにいたのは、ハンター協会会長、ネテロだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から200と5分!私は勝ったよ!

 

「御苦労じゃったな。見事な動きじゃったぞ」

「と思ったらネテロ会長?こんな所で何してるの?会長の仕事とかは?さぼり?」

「お主案外ひどい事言うのぅ………」

 

 よよよ、と袖元で顔を隠しているが、嘘泣きがバレバレなので私はしらっとしている。そしてネテロ会長もそれを当然理解しているから、ペロリと子供ように舌を出しながら表情を戻した。

 

「何をしているも何も、わしはこの心源流の師範じゃぞ?ここに来て何もおかしな事は無い」

「あ、そうなんだ。じいちゃん知ってたの?」

「もちろん。このじじいの事はは昔から知っとるよ」

「じゃからお前もじじいじゃろ………それにしても、うちの弟子をよく倒したのう」

 

 まあ倒したんじゃなくてほぼ避けたんだけどね。流石に20人の格闘家の攻撃を同時に避け続けるのは少し疲れたよね。これなら一度に気絶させた方が楽だったかもしれないね。でも相手念能力者じゃないからそれは多分無いだろうけど。

 

「ふむ………ヒノ、わしと少し手合わせせんか?」

「し、師範!?」

「手合わせって………」

「ふむ、ここはちと狭いの。ちっと来てくれ」

 

 そう言ってくるりと背を向けたネテロ会長は玄関を出て、正門前へ私達を連れてきた。

 正門前、つまり石畳の広々とした、門と道場の間に位置する場所。

 

「なぁに、手合わせと言っても本気で闘り合うわけじゃない。たった一撃、わしの攻撃をお主が凌げば、お主の勝ちじゃ。どうじゃ?」

 

 ネテロ会長の攻撃を躱す………ねぇ。

 

「て言ってるけど、じいちゃんどうしよっか」

「別にやる必要も無いな。ほっといても構わんぞ」

「ひどい!緑陽!一回くらいいいじゃろうが!」

「誰が可愛い孫娘(同然)を妖怪爺の餌食にしてなるものか」

「だったらお主がやるか!」

「上等じゃ!」

「いや、二人ともやめなよ………」

 

 このままではじいちゃんVSネテロ会長の試合が勃発してしまう。それはそれで見てみたいけど………なんかこの道場が大変な事になりそうだからやめてもらう。

 

「いいよ、始めようか、ネテロ会長」

「お、マジで?」

「うん!せっかくネテロ会長が、私が勝ったら何でも好きな事お願いしてもいいって言ってくれてるんだし!頑張るよ!」

「ええ!?いや………わしそこまで言っておらんのじゃが………せいぜい昼飯奢るくらいで」

「あ、それ間に合ってるからいい。ウナギ食べるって緑陽じいちゃん言ってたし」

「やっぱりですか緑陽さーん!」

「………まあええじゃろう。では、始めようか」

 

 石畳の上に自然体で構える私に、ネテロ会長は15メートル程の距離をとり対峙した。小さく風は吹くだけで、妨げにはならない。日差しも真上を向いて、互いに光に目もくらむ心配は無い。

 

 勝利条件は単純明快。

 ネテロ会長の一撃を、凌ぎきる!

 

 その為に必要な事は、ネテロ会長の一挙手一投足に細心の注意を払い、先の攻撃動作を予測する。正面から攻撃してくるのであれば、右、左、上、後ろのどれかで躱す。単なる拳、蹴り、体当たり。ネテロ会長はスピードも速いけど、最初から身構えていれば問題無い。

 最も、それはハンター試験の時に見た動きに限るけど。

 

「では、いくぞ!」

 

 その瞬間、世界がスローモーションの様に見えた気がした。後で思い返せば、それは一瞬の出来事だったのかもしれない。けど私は、私の正面に立つネテロ会長が、両手を合わせて、まるで神に祈るような仕草をしているように見えた。

 

「日乃!」

 

 じいちゃんの声が聞こえたような気がした。けど、それすら私の耳は拾わなかった。極限まで集中すると、人は何も気にする事ができなくなると言うが、まさにそれだった。極限の集中、その中でネテロ会長の攻撃手段を読み、回避する。

 

 しかし、今迫るあの攻撃に対して、それでも()()

 

 だからこそ私は、最初から見ていたのは、ネテロ会長の………肩。

 

 心源流の師範である以上、ネテロ会長の攻撃手段は、必ず腕をや足を必要としている。おそらくではあるが、私は半ば確信して、ノーモーションの攻撃手段は無いと()()()をつけた。だからこそ、必ず攻撃所作に映る前には、人間は肩を動かす。そして、注視する点はもう一つ!

 

(そして――――【円】!!)

 

 瞬間、私を中心に、ネテロ会長に届く一歩手前、半径14メートル程の【円】を作り出す。瞬間、私の頭の上の空間が歪む様な、不思議な感覚を味わった。相手が相手だけに、最初から見えない動きと()()()()()()()私の予感は………当たった。

 

 

ドゴオオォ!!

 

 その瞬間、ネテロ会長から手前15メートル、私がいる位置の石畳は砕け、上空に土埃が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「日乃!」

 

 ヒノのいた地点に、粉塵が舞う。ネテロの攻撃は、念の素養の無い者にとっては、何が起こったのか全く理解できない不可視の一撃となって、ヒノに襲い掛かった。唯一、その攻撃を、客観的な立ち位置だったからこそ確認できた緑陽は驚き、カゲムネはさっと顔を青く染め上げた。

 

「か、会長!本気でやってどうするんですか!?相手はまだ子共なんですよ!」

 

 尋常でない焦りぶり。だがそれも当然と言えるだろう。

 

 今の一撃は、念能力者として半世紀前に頂点を極めた随一のハンター、ネテロの渾身の一手。今は老化の衰えと鈍りで実力は全盛期の半分以下だが、それでも全ハンター中最高峰の実力者である事には変わらない。そのネテロの能力を駆使した一手。

 

 念を修めているとはいえ、少女がまともに受けて無事であるはずがない。

 

 現にネテロ会長も頬をかきながら「あり、やっちまったかな?」とかほざいてる。

 

 隣で立っている緑陽なんて、今まさに飛出さんばかりに殺気を漲らせ、有数の師範代であるカゲムネをびくりとすくみ上らせている。しかし突撃はしない。

 

 それは、ヒノが無事でなかったら、の話だったから。

 

「ぷはぁ!死ぬかと思ったぁ!!」

「ぬ!?」

「な!?」

 

 土煙を振り払い、そこから出てきたのは、ヒノ本人。それも、()()()姿()で。

 

「よぉし!日乃、よくやったぁ!」

「じいちゃんすごく嬉しそうだね!?」

「当然じゃ、あのじじいに一泡吹かせたんじゃからな!」

 

 実に楽し気にガッツポーズをする緑陽だがそれもしょうがない。ハンター協会のネテロ会長には、様々な人間が手を焼かされているのが、実力と共に割と有名だから。

 

 そして普段飄々としてたネテロも、今の状況に驚いていた。

 

「まさか、全力でなかったとはいえわしの一撃を凌ぐとは………こりゃ、たしかにみくびっておったわい」

「て、ネテロ会長!それ私にガチで攻撃したって事だよね!?」

「ぬ………ま、まあ無事でよくかったわい。よくぞ受け止めた!ナイスじゃ!」

「綺麗に閉めようとしている!?」

 

 突っ込みに疲れたわけじゃなく、さっきの一撃に吃驚したのか、はたまた弟子達との戦いで少し疲れていたのか、ヒノは荒く吐いた息を整える。そこへ、カゲムネが白いタオルを渡してくれた。

 

「お見事ですヒノさん。一体、どうやって会長のあれを?」

「あ、ありがとうカゲムネさん。いやぁ、ちょっと予測が当たったというかなんというか」

 

 ヒノが見ていたのは、ネテロの攻撃所作の起点となる肩の動き。そしてその全体、具体的にはネテロを視界に収めていながら、その左右上下5メートルの空間事、広く視野に入れていた点。

 

 気になったのは、ネテロの会話。

 

『ふむ、ここはちと狭いの。ちっと来てくれ』

 

 人2人の手合わせに、狭い。互いに念能力者、本気の戦闘じゃあるまいし、何を持って狭いと言ったのか。それは、ヒノの予測だが、〝自分の扱う攻撃方法〟に関して。

 

 広い場所で扱える攻撃。道場のように前後左右の広さではなく、天井を突き破り空が見える場所で使いやすい攻撃。

 故にヒノは、ネテロの攻撃方向を、正面ともう一つ、上空に絞った。無論ネテロが素早く移動し背後から攻撃を仕掛けてくる可能性もあった。ただただ横蹴りをしてくる可能性もあった。

 

 しかしネテロの性格、そしてそうでもしないと、おそらく避けられないというほとんど直感に近い予測。しかしヒノは自分のこの感覚を信じ、結果として、ネテロの攻撃を躱した。

 

 保険として【円】を張り巡らせる事で、一応だが全方位対応できる可能性を引き上げていた。それでも、注意は前と上に向いていたので、この状態で後ろから来たらちゃんと対応できていたかは、今となっては分からないのだが。

 

「さて、それじゃあネテロのじじいの奢りでウナギでも食べに行くかの」

「ちょ、それわしの奢り!?カゲムネの奢りじゃなかったのか!?」

「会長観念してください。さもないといたいけな少女に割と全力で潰す感じで攻撃したってビーンズさんに言いつけますよ」

「ちょ!それはずるいじゃろ!」

「やったぁ!ウナギだ!」

 

 一人無邪気に喜ぶヒノを見て、ネテロは仕方ないか、と納得した。全く持ってネテロに恨み言一つ零さず、ウナギの方へと夢中になっている。

 

「それにしても、わしの【百式観音(ひゃくしきかんのん)】の【一の手】を躱すとは、やはり………末恐ろしいのぅ」

 

 全く情報が無いにも関わらず、小さな情報を可能性の直感で膨らませて予測し、迎え撃つ。

 

 底知れない少女の力に、ネテロはポツリと呟いて、少し楽し気に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 




この後昼ご飯にウナギ(超高級、ネテロ会長の奢り)を食べた。


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