消す黄金の太陽、奪う白銀の月   作:DOS

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とりあえず今回の話で港町の事件編は終了となりました。
その後はちょっとした日常回をします!



第39話『ヴァルキュリアの制動』

 

 

 

 エレオノーラ=アイゼンベルグは、念能力者において最も攻守共にバランスの良いとされる、強化系に属する能力者である。しかしその中でも、まわりの強化系能力者とは一風変わった【発】を持っている。

 

 それは、自身の自然治癒能力を強化する能力。

 

 自己再生機能と自己防衛機能をオーラ消費で強化する、念能力者では珍しい稀有な能力。単純な切り傷や刺し傷、火傷などの傷だろうと、瞬時に再生する能力は一見すれば不死身にも思える様な力。しかしながら誓約としてオーラを消費する事と、肉体の再生中は想像を絶する苦痛を味わう。それは地獄の閻魔も叫び出すような痛みではあるが、エレオノーラにとっては取るに足らない誓約だった。

 

 一般に別の人間が同じ様な【発】を作ろうと思っても、その誓約の重さは個人によって変わってくる為、難しい。彼女の場合は、常人と少々異なり〝痛みに耐える〟という事に関してなんら苦としていない。これは彼女の人生が異質としか言いようが無い。

 

 そしてもう一つ。こちらは戦闘寄りとなる能力であり、やはり強化。

 〝痛み〟を感じる事で、オーラと身体を強化する、彼女に相応しいと言わざるを得ない能力。

 物理的な痛み、精神的な痛み、これを感じる事で、自身の能力を底上げするという、使い勝手を問い質せば、通常なら微妙としか言いようが無いだろう。

 

 この能力一つだけなら、傷つけば傷つくだけ力を増すが、それと同時に〝死〟に限りなく深く近づく。少しの強化であろうとも、自身に〝痛み〟を与えなくては、発動でき無い。例え肉体を強化できようとも、それが戦いに支障をきたす程の深い傷を伴っての強化であれば、全く意味を成さ無い。それこそ、最後の切り札、としか使えないだろう。

 

 しかし、上記の能力と同時並行できたのなら、その欠点を克服できる。

 傷を受けて痛みを感じ、その痛みを糧に能力を強化。さらに傷の修復と同時に誓約により痛みを感じ、さらなる強化を施す。

 

 これに白剣【境界の剣妃(ルインフレーム)】の能力である限界突破を使用すれば、ほぼ無尽蔵な強化も理論上可能となる。ルインの身体強化、誓約による肉体の崩壊、伴う痛みと痛みによる強化、さらに崩壊の修復、誓約による痛み、それを糧として強化。

 

 痛みと強化と修復のループ。誓約を条件として発動し、その誓約を条件としてさらに発動する。

 能力と能力を歯車の様に嚙合わせる事で、互いの欠点を補い、利点を最大限まで伸ばす。

 

 前提条件としては、やはり強烈な“痛み〟これに尽きる。常人では一瞬で発狂し、肉体は回復してもその痛みにより五体満足で動かせ無い程。

 

 それを平然とやってのける彼女は、常軌を逸している。いや、もはや狂気に飛び込んでいると言っても過言では無い程に。

 

 一応他にも細かい制約などもあるが、簡単な彼女の打倒方法としては、致命傷を与え続けるというのもある。流石に心臓を破る様な致命傷を喰らえば、修復には時間がかかるし、動きに多少の制限も出てくる。脳をやられたのなら、彼女がまともでいられるかも微妙だ。最も、彼女は自身の肉体を容易く傷つける事は度々あっても、心臓と脳は基本的に守っているので、彼女自身も分からないのではあるが。

 これはそこだけは修復できないというわけでは無く、ただ“非効率〟だから守っているというだけであり、破壊されたらその時はその時、が彼女の心情である。

 

 故に、彼女は躊躇わず、正面からぶつかる。

 やはり強化系であろうから、とても分かりやすい言動だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 バギャイインン!

 

 金属が割れる、不協和音の様に鈍く甲高い音が路地裏に響くと同時に、エリーちゃんは動いた。手元の黒い剣で、胸の中央に突き刺さる剣を中程から破壊すると同時に、地面を砕く様な勢いで踏み込み、まるで足元に射出機 (カタパルト)でも仕込んであったかの様な爆発的速度で、屋根上にいるモラウさんとミヅキの元へと跳び上がった。

 

「そっち!?ミヅキ―」

「まずい!ボスは今他の能力を使えねぇ!」

 

 え、それってまずくない?ナックルさんの話では、今路地を取り囲む様な煙の牢獄【監獄ロック(スモーキージェイル)】は、発動すれば相手は絶対外に出る事が出来ない代わりに2つのルールがが存在する。一つは自身も中に居なくては発動できない事と、もう一つはその間他の能力が使用できないという事。

 

 確かに強力な分、それは今の状況的にキツイ。自分の身一つで相手を倒せるならいいけど、基本的にこの技ってペアかそれ以上じゃないとリスク高いよね。自分が囲んで他の人が相手と戦う、とか。まあ状況的には敵(エリーちゃん)の他に私とミヅキとナックルさんって3人もいるから全然オッケーだと思うけど。ていうかそれもモラウさんやられたらおしまいか。

 

 続く様に私とナックルさんも、三角跳びの要領で交互に壁を蹴って上に行くけど、エリーちゃんの方が早い。

 

「よし!来るなら来―――」

「あ、モラウは結界の維持しておいて、僕対応するから」

「大丈夫か?あいつ、かなりオーラが強まってる。おそらく強化系だと思うが、傷を受けたら能力を強化する………って所か?」

「大正解。けど、問題無い。ヒノもそうだけど、僕もヒノも強化系、というか単純にオーラを使った能力者とは特に――――――相性がいい」

 

 その言葉を皮切り、屋根を蹴って後方に下がったモラウさんと入れ替わるようにして、ミヅキが前へと立った。エリーちゃんはすぐそこまで迫り、両手に持った白剣と黒剣を振るい、回転するように切りかかった。

 

「――――――そこ」

 

 小さく呟く微かな言葉は、誰にも聞こえない。

 はっきりと見開くミヅキの瞳は、自分に迫る白い剣の腹を撫でるように、手の甲を当ててわずかに横に逸らした。それと同時に体を回すようにして、黒い剣の腹を逆の手で、そっと押し出す。

 

 それだけで、剣はミヅキの両側へと滑り落ち、下の屋根破壊するに留まった。破壊と言うか、屋根に縦2本のおっきい切り傷が走ったんだけど。普通に喰らえば危ないね、あれ。

 

「ふふ!面白いわぁ、ミヅキ君!」

「まだまだ、次―――」

 

 鋭く風を切り裂く音と共に伸びる、軽く指を曲げたミヅキの手が、直前でエリーちゃんの白剣によって防がれた。けどそこで躊躇する事も無い。互いにもう一つ手は残っている。

 2度目の攻撃も、やはり防がれる。エリーちゃんの反応速度も格段に早くなっている感じだけど、それ以前にミヅキの動きがおかしいように感じた。いつもより、心なしか遅いというか、わかりやすいというか………。

 

 ガアァン!キイィン!ドッ!

 

 鞭の様に振るうミヅキの手を、悉く両手の剣でガードしていく。千手の様に相手に打撃を重ねるけど、その度に防がれて甲高い音が夜の街に響いた。そうこうしていると、私とナックルさんも上へと上がり、ミヅキとエリーちゃんの戦っている屋根とは路地の道を挟んだ反対の屋根に降り立った。

 

『時間です、利息が付きます』

 

 あ、そういえばポットクリンついてたね。カウンターを見て見れば、数字は『546』、一回減らされたから、まだ時間かかりそうだね。

 

「どう?ナックルさん入れそう?」

 

 そうであるならナックルさんの攻撃を重ねれば、利息カウントをさらに縮める事だってできる。基本的なナックルさんの戦法としては、ヒットアンドアウェイの突撃と撤退らしい。しかし今の状況だと結構きつそうだね、自分で聞いておきながら。

 

「悪いが少しまずいな。勝てない、とは言わないが、今のあいつなら俺の攻撃にカウンターで一撃もらうくらいにはやばいと思う。一撃なら、おそらく今のカウントの利息を一気に返済できる威力もある」

「返済したらどうなるんだっけ?」

「一括返済の後はポットクリンの解除と、俺に直接ダメージだ」

 

 なるほど。やるにしても、もう少しカウントが増えてから、と。できれば1000越えかもう少しが望ましいみたい。まあオーラ量も増幅しているみたいだし、それはしょうが無い。

 

 ギイイィン!

 

 一際強い一撃の後、ミヅキとエリーちゃんはそれぞれ後ろに飛んで距離を取った。ん?エリーちゃんが後退するって少し珍しい気がする。いや、互いの攻撃の後だからそうでも無いか。

 

 何度の攻撃を重ねたのか、よく素手で剣と渡り合えるね、とミヅキを賞賛したい所だけど、そうするよりも違和感にすぐに気づく。エリーちゃんの纏うオーラが、小さくなっている気がする。

 

「お?能力切れか?だとしたら、願ったり叶ったりだ!」

「能力切れ………ね。確かにそういう見方もあるかもだけど、あれは―――」

 

 確信は無いけど、やらかしたのかもしれない。確かにエリーちゃんのオーラは縮んでいるけど、それと反対に、()()()()()()()()()()()()()。ミヅキが、無駄に剣を打撃で受けるとか少し危ないやり方下のって多分………。

 

「………………………くぁ」

 

 そう思ったら、緊張感を吹き飛ばすような小さな声が響いた。エリーちゃんが、()()()()()()()()

 

「ん?これってもしかして………」

「どうした?」

「いや、そういえば忘れてたんだけど前に会った時、エリーちゃん自分から帰ったんだ」

「自分から?あれが?」

 

 ナックルさんの言い方はあれだけど、気持ちは分かるから黙っていよう。

 そう、確か去年くらい、追いかけてきたエリーちゃんだったんだけど、少しして唐突に自分から帰ると言い出し、本当に唐突に事情無く帰ってしまった。私もミヅキもその時はぽかんとしていたけど、あの時小さかったけど違和感を覚える行動をしてたのを覚えている。

 

「確か帰る直前――――――小さく欠伸してたんだ」

 

 そう言った瞬間、エリーちゃんはくるりとミヅキに背を向けて、屋根を凹ませながら屋根の上を爆走し始めた。ちょっと虚を取られたのもある。私を含めて全員反応が遅れてしまった。

 行動理由は多分前回と一緒………まあ帰るんだろうね。どこに、かは分から無いけど。

 

「無駄だぜ!この檻からは出られねぇ!」

 

 そうモラウさんは叫ぶも、聞く耳持たない、と言わんばかりの疾走。風の様に走り去るその後ろ姿、煙の壁に差し掛かった。

 

 ギャイィイイン!

 

 瞬間、弦をのこぎりで弾いた様な不協和音が一瞬辺りに響いた。同時に、余波ともいうべきわずかな衝動。

 一体何事か、と思う中、その音の正体にいち早くモラウさんが察した。

 

「まさか!破られた!?」

 

 驚くのも無理は無いと思う。自分の能力が破られる、というのはそうそう慣れない経験だから。それが戦歴を重ねる猛者なら猶更。しかしそれで動揺してもすぐに動く準備が整えられるのが、歴戦たる所以でもあるけど。

 

 走り出したモラウさんに続いて私とミヅキとナックルさんも屋根づたいにエリーちゃんの逃げた方向に言って見れば、確かにそこから逃げたとすぐに分かった。

 

 煙の一部に、人が通れそうな切り傷が走っていた。

 

「ふむ………能力上俺の煙に物理攻撃は効かない。が、かといって出る手段が皆無ってわけでもねぇが、こうもあからさまなやり方だとおおよその検討が付きそうだな。あの子の剣、【除念】の道具か何かか?」

「あー、多分そうだと思うよ。最初の路地塞いでいた壁も黒い方で切ってたし、多分黒い剣の方が」

「―――て、お前らあいつと知り合いじゃなかったのか?ミヅキと、その妹」

「ヒノだけど、でも流石に能力の事は全部が全部知ってるわけじゃないよ。細かい制約とかも知らないし、ざっくりしか」

 

 それに1年以上も前の事だし、しょうが無いよね?ミヅキの方に関しては、覚えていたかどうか微妙だけど。でも多分ミヅキなら覚えてる気がするんだよねぇ。流石に制約と誓約までは知らないけど。それは本人に聞かないとどうしようも無い。けど、どうせもう町の外とか行ってるかもしれないね。しらみつぶしに探すと言っても、路地は入り組んでるし、その間に向こうは先に逃げ切る。まあ本人的に逃げたのかどうかは微妙だけど。

 

「あ、そういえばナックルさんのポットクリンって居場所大体わかるんだよね?今エリーちゃんどこにいるか分からないの?」

「あー、それなんだか。どうに居場所が分からねぇ。ポットクリンは【除念】でも外せるから、あの嬢ちゃんが【除念】の力を持ってるのはほぼ確実かもしれねーな」

 

 あー、それは確定的だね。ポットクリン基本無敵だから、それ無いって事は【除念】だね、ほぼ。

 

「それで、モラウさんどうする?もうエリーちゃん逃げちゃったと思うけど」

「………はぁ。とりあえず海賊船を襲った襲撃犯は確保した……って事で報告しとくか。あの子、エレオノーラ=アイゼンベルグに関しては、もう少し情報が必要だな。俺個人で狩り(ハント)はしねぇと思うが」

「なんで?」

「俺はシーハンター、つまり海のハンターだ。海に逃げなら話は別だが、逆ならとりあえずほぅっておくさ。一応協会には報告しとくが、個人的に追う気は無い」

 

 なるほど、海のハンターだからシーハンターって言うんだ。妙なところで感心してしまった。

 

 かくして、私とミヅキとモラウさんとナックルさんの、長いようで、意外と短い事件は終わってしまった。

 この後、飛行船の時間が迫っている事に気づいたので、色々説明した後、事後処理は任せて私達はすぐに港までダッシュしたのであった。エリーちゃん、今頃何してるかな?

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 人っ子一人いないような、草木の生い茂る山の中。そんな山に聳える一本の大樹の枝の上で、一人の少女がへたり込んでいた。

 

 月の光を吸い込み反射するような、色素の抜け落ちた真っ白な髪に、両目で色の違う黄水晶(トパーズ)紫水晶(アメジスト)のオッドアイの瞳を持つ少女は、深い木々の中に座り、まるで妖精の様な幻想的な雰囲気を醸し出している。膝の上に乗せるように持っているのは、そんな少女と同様に不思議な雰囲気を放つ、2本の黒と白の剣だった。

 

「ん………くぁ。もぅ、ええ所なのに………眠いわぁ………」

『キヒ!そいつぁしょうがねーよ、お嬢!俺様を使ったんだから、そうなる事は分かりきってただろーによ!相変わらず何も考えてねーんだからな!』

『うるさい黙りなさい。睡眠の妨げになるわ、黙れ砕け散れ』

『るせぇ!ルイン!てめーだってお嬢の負担だろーがよ!俺様ばかり当たるんじゃねぇ!使い手が悪いんだろうが!』

『エリーは我らを十全に使って下さる。お前が配慮しろ、ソーン』

『ああん!んだとゴラァ!?』

 

 どこからともなく響く、少女、エレオノーラとは別の男女の声。

 少女以外には誰もいない、人は。

 

 声の発信源は、彼女の膝の上。不思議な文様の施された鞘に納められた、黒い剣と、白い剣。黒い剣はソーンと、白い剣はルインとそれぞれ呼ばれ、そこから迸る声が、互いに相手を貶し、喧嘩している。剣同士の喧嘩という奇妙な光景にも関わらず、火中のエレオノーラは微笑ましい物を見るように笑っていた。

 

「もぅ、二人共~、仲良ぅしないとあかんで?」

『んな事言うんだったら、ちったー使い方学習しろよ!乱発するから、すぐ眠くなるんだよ!』

「はいはい、それで、今回はどれくらいやの?」

『そうだなぁ………今回は小さいけどちっと派手だったからな、最低でも3ヶ月は堅いぜ?』

 

 その言葉に、エレオノーラは少し残念、とばかりに溜息を吐くが、すぐに気を取り直して微笑む。

 

「しょうが無いなぁ。二人に会えんのは残念やけど、しゃーないわぁ」

『エリー、あの二人のどこがいいのですが?我らにはさっぱり』

「せやなぁ、どこがって言うと色々あるんやけどぉ、気になったのは~」

 

 そう言いながら、脳裏に双子の少年と少女を思い浮かべる。

 金髪をポニーテールに寄った紅目の少女と、銀色の髪を揺らし碧眼の少年。どちらも独特の雰囲気を放つが、何よりエレオノーラにとって二人の存在は、一際大きかった。直感の様に思い起こすエレオノーラは一層楽しそうに笑った。

 

「あの子ら、うちと似てるやん。なんや、()()()()()()()()()()

 

 それがどういう意味合いを持つのか、楽しそうにそう語る彼女の内は、何が思われているのか。それは、当人しか分からなかった。

 

『ケッ!あんな奴ら、俺様の錆にしてやらぁ、念使いなんていちころだっての!』

『剣のやきもちは魔獣も食わないわ。とっとと砕け散れ、この黒い棒きれ』

『んだとごらぁ!?』

「はいはい、二人共うち忘れんといてぇなぁ~。………ん、そろそろ限界………や。ほな、おやすみ~」

 

 そう言って、エレオノーラは木に体を預け、瞳をゆっくりと閉じる。

 後に残るのは、完全な静寂。木々の間に浮かぶ月達と、星のみが、それを見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、後日談と日常回。

後モラウさんの【監獄ロック(スモーキージェイル)】は細かい制約とか誓約が公式で不明なので、オリジナルで作りました。
①閉じ込めている中に自分もいる事
②発動中は他の能力使えない


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