消す黄金の太陽、奪う白銀の月   作:DOS

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第60話『大丈夫、念は込めて無いから!』

 

 

 

 

 

 星と月と太陽の存在しない夜空の様な、深く黒い闇の中で、不思議な音が聞こえた気がした。

 

 

 徐々に何かが見えてきた気がした。

 何かが崩れる音、誰かの叫び。世界の終末を彷彿とさせる気配が辺りを満たし、度の合わないサングラスでもかけているように、どこか薄暗くどこかぼやけた様な視界の中は、モノクロの世界だった。

 

 

 中世を思わせる灰色の街並みは、災厄の降りかかる絶望の地へと変貌していた

 

 幻想の街が一瞬にして静寂に塗りつぶされ、瓦解した廃墟の群を生み出す。

 

 

 その姿はどこかの古代遺跡を髣髴とさせるが、今この瞬間に起こった出来事を考えれば、滅びゆく一つの文明を目の当たりにしているようだった。

 

 

 ――――――早く!その悪魔を殺せ!

 

 

 呪詛を紡いで叫ぶ声が、怒号となって響き渡る。不安、焦燥、負の感情を渦巻く声色は一直線に眼前の対象へと狙いを定める。けど、それが誰に対して誰が言った言葉なのかは、わからない。

 

 

 それでもその声に賛同する様な、ピリピリと空気を震わせる殺気の様な雰囲気は感じ取った。

 

 一触即発という言葉を体現する様に、一歩均衡が崩れれば一息に盛大な嘆きが舞う事だろう。否、均衡すらしていない。しかし留まっている。

 

 

 畏怖、恐怖によりその足を踏みとどまらせている。

 

 それが、負をまき散らす怒号をもわずかに止めている。だがそれも、決壊寸前のダムの様な、いつ爆発するとも知れない不発弾の様な、均衡が崩れた瞬間に全てが終わる。

 

 

 ――――――やめて!この子に罪は無い!

 

 

 平常時なら凛としていたであろう、悲痛を含む嘆声。抱きしめる命を守りたいという意思が強く感じるが、それを肯定する気配はその者の周りに感じない。

 

 

 この光景は、一体何だろう。

 

 この光景を、私は知っているのだろうか。

 

 

 この光景は――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!」

 

 瞬間的に覚醒した意識のままに体を起こせば、先程まで体にかかっていた布団が剥がれ落ちる。急激に上体を起こした事で一瞬クラっとしたけど、それもほとんど気にする間もなく一瞬で完治する。

 少しだけチカチカした視界が平常時に戻れば、今この瞬間のこの状況に、思わず疑問符を浮かべた。

 

「………ここ、どこ?」

 

 およそ10畳程の部屋の中は、洋服棚に机と今寝ているベッドという簡素な家具が揃っており、壁のフックにかかったバッグの他は、後から追加した私物が申し訳程度に部屋に点在している。ここに来てから日が浅い事を示しているが、それもしょうがない。実際に来て1週間すら経過していないのだから。

 

 汗で額に張り付いた髪に少し触れながらも、灼熱の空気に包まれた様に感じる。

 自分で自分を安心させるかのようにして、左手で胸の中央をぎゅっと握るが、その先から響く命の鼓動は一切()()()()。しかし、反対の右手にぬくもりを感じる。血の通った生命のぬくもり。

 

 今更ながら気づいた様に右手を見て辿ってみれば、暗闇の中で一人の少年の顔が浮かび上がった。

 よく見知った、血の繋がる家族の顔が。

 

「………あ、ミヅキ」

「おはよう、ヒノ。気分はどうだ?」

 

 カーテンの僅かな隙間から流れる月明かりが、ミヅキの銀色の髪を幻想的に輝かせ、アクアマリンの様な碧眼と相まってただの部屋の中とは思えない神秘性を感じる様だった。変わらない無表情は一見して精巧な人形の様でもあったが、握る手から感じる温かさが確かに生きている事を感じさせた。

 

「とりあえず………平気そうだな」

 

 ざっと全体を見るように僅かに瞳を動かしたと思ったら、ミヅキは微かに安堵する息を吐く様に呟いた。

 全体的なヒノの状態、【凝】によるオーラの流れ。どこにも淀みの様な物は視えず、しいて言うなら少しだけ疲れている様に見えるくらいだった。

 

「ここって、私の部屋………だよね。これってどういう状況?確か最後はビルの上で寝たと思うんだけど」

「記憶も正常、問題なさそうだな。シンリが連れ帰ってきてくれたんだよ。お前と、ウボォーも一緒にな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ヒノは自分ともう一人倒れていたであろう男の事を思い出し一瞬大きく肩を揺らす。一緒に倒れたというか自分が昏倒させたのだが。

 

「そうだよ!ウボォー!今どうしてる!?」

「そう急くな。別の部屋で寝てるよ。ケガは無いが、お前の能力が影響してるのは視てわかったよ。【罪日の太陽核(サンカルディア)】を使ったのか?」

「うっ!いや……あれが一番手っ取り早いかなって。後の事も考えてさ」

「はぁ。準備も無く使うから倒れるんだよ」

「うっ………」

 

 実際に倒れたのだからぐぅの根も出ない。しょんぼりとするヒノの様子にわずかに苦笑しながら、ミヅキはあの後どうなったかを説明した。

 

 シンリによってヒノとウボォーギンが回収され、ヒノはマンションの部屋で寝かされ、ウボォーギンは別の一室で寝かされついでに治療もされた。そしてそのまま目覚めるまで放置して今に至ると、簡単に説明すればそんな所だろう。ちなみに、シンリがヒノとウボォーギンを回収できたのは偶然だったのか狙ってなのかは不明である。もう一度言うが不明である。ミヅキ曰く、シンリだから、で済ませるらしい。

 

 【罪日の太陽核(サンカルディア)】とは、ヒノの持つ特殊な消滅の念を対象に宿し、体内の念を消滅させ続けるという【消える太陽の光(バニッシュアウト)】の派生技の1つであり、その力は相手に()()()()()()()()()()()というかなり凶悪な力。一応必要最低限のオーラは保証される様なので、死ぬという事は無いらしいが、それも調整次第だという。無論代償は無い、というわけではないが。

 

 現在のウボォーギンの経過状況といえば、今も意識を失ったまま。骨に罅が入る程の打撃を受け、そのまま念の枯渇状態に持ち込まれるというダブルコンボ。普通に目を覚ますのももう数日かかるであろう。

 

「―――という事だが、何か言う事は?」

「………」

 

 表情だけ見れば「あちゃ~、思ったよりやっちゃった?」みたいな表情をしたヒノだが、思ったよりの話ではない。同じ所業をウボォーギン以外にやれば確実に死ぬのでは、という様な見事なコンボ。まあヒノは相手が素の肉体強度が高いウボォーギンだという事を考えて攻撃をしたのだが。

 

「で、ウボォーを攻撃した理由は?」

 

 既に色々と看破している、という事を暗に示唆したミヅキの言葉。

 自分がこの場に寝間着に着替えて寝ているという事からも、シンリとミヅキの2人がネオン=ノストラードの預言詩も既に見ている可能性は高い。ヒノとウボォーギンの2人が倒れている状況なのに、相打ちや誰かに襲撃されたという言葉が出てこない事から、それはほぼ確実だろう。

 

「可能性の話だけど、止めなかったらウボォー死んでたと思うし………」

「言っても止まらなかったから、力づくで止めたと」

「………うん」

 

 ややバツが悪い子供の様な表情したヒノだが、やはり理由はとても単純で子供らしい。

 ヒノの言う通り、ウボォーギンは先へ進めば彼の言葉にいた人物、『鎖野郎』に九分九厘殺されていた。しかしウボォーギンはその性格故に、まずは相手とぶつかる事を考える。言葉だけで止まる様な人物ではない。

 

(今考えれば、「殺されるから行くな」なんて言って、止まるわけないよね………)

 

 それだけ、あの時の自分が焦っていたのだろうとヒノは今更に思ったのだった。

 

 ピシッ!

 

「あぅ!………何するのさぁ、ミヅキ」

「突発的に動きすぎ。自重しなさい」

「うぅ、ごめん」

「わかればよろしい」

 

 ミヅキの指先がヒットした額をさすりながら、ヒノにしては珍しくしおらしい。一応自由な言動が目立つ彼女だが、反省すべき所ではちゃんと反省する。おそらく繰り返す事は無いだろう。まぁ時と場合によるので、絶対とはやや言い難いが。

 

「まだ暗いし、朝まで寝てろ。僕も寝てくるから」

 

 そう言ってひらひらと手を振って扉に向かうミヅキだが、ヒノは今更ながらに気づいた。

 まだ日が昇るには早い暗い時間帯に、ミヅキがベッドの横にいた理由を。暖かい感触が残る右手を握ったり開いたりしながら、扉を開くミヅキの後ろ姿に言葉を投げかけた。

 

「ミヅキ、ありがとね」

「ん」

 

 そのまま扉は閉じ、ヒノは再び眠りについた。今度は普通に、ただ眠るだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと音もたてずに扉を閉め、ミヅキは自分の部屋に戻りベッドに腰を下ろす。

 そして考えるように顔を少しだけ顰め、呟いた。

 

「さて、クロロ達が死んだ………というのは、さすがに今は言わないほうがいいな」

 

 数時間前、今は眠っているゴン達の携帯に入ったクラピカからの連絡。マフィアの戦闘が終結し、オークションも終了したという事で連絡してきたらしいが、その内容は予想だにしない物だった。

 

 

 幻影旅団(クモ)は、死んだ。

 

 

 クラピカ自身が、全員分ではないが旅団の団長と数名の団員の死体を確認したという。マフィアが手配して顔写真が載っていた連中もいたので、まず間違いない。完全な死体であり、間違いなく幻影旅団の頭目が死んだ事を、クラピカはどこか寂しそうに語ったという。

 

 己の仇があっさり死んだ事による不満なのか、自分の手で討ちたかったというのもあるのだろう。

 しかし、それによりゴン達と次の日すぐに会う約束をしたので、いろんな面から見てもようやく一段落ついたという所なのだろう。

 

 ミヅキはクラピカという人物を知らず会った事も無いが、復讐を秘め己の仇敵とする人物が死んだとして、その死体を見間違えるとは到底思えない。だからこそ、旅団が死んだという言葉を文字通り受け入れ理解した。今のところは。

 

 なので、取り合えず気がかりなのはヒノにそこをどう伝えたものか。

 

 

 

 ま、実際には旅団は死んで無いのだけど。現場にいないのだからそんな事知る由も無い。

 

 

 

「………ま、遅かれ早かれ知る事だし、とりあえず今は―――」

 

 寝るか。その言葉を言い切る前にベッドに倒れこみ、瞳を閉じた。

 僅かに目を細めながら、自分の内側を削り取る様に燻る暴力を感じ取るが、無理やり抑え込み、深く息を吐く

 

(やはり、ヒノの念に()()()には、もう少しかかるか………)

 

 そのまま、規則的な息遣いだけが、微かに聞こえてくるのだった。

 

 そして、夜が明けた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………暑い。なんか暑い。

 

 今の気分を例えるのなら、灼熱の太陽が照り付ける砂漠の上で、水分も摂らずに寝転がっている様な感じがする。さらに例えるなら100℃の温泉に浸かり続ける様な………そういえば100℃の温泉とか入った事無いや。そもそもお湯どころか蒸発してるし。

 

 えっと、この場合はほら、あれだよ。42℃くらいのお湯につかり続けてたら暑い!みたいな感じ?そのままうとうとして目を覚ましたらちょっとぼーっとしてるくらいに感じる暑さみたいな?………これってやばいのかな?

 

 まあ普通に寝てる間に汗を掻いただけだけど。胸に手を当ててみれば、ぐっしょりと濡れた寝間着が手に貼りつく。わりと吐く息も暖かく、額に髪が貼りつき視界をやや邪魔してくる。

 

 でもその割には頭の中と気分は不思議とすっきりしてる。

 たった今起きてすぐに、数時間前にミヅキとした会話が割と鮮明に思い出せるくらい。

 

 私とウボォーを、シンリが回収してくれたって事。しかもそのあとのウボォーの治療までしてくれたらしい。ていうかシンリどうやって私の場所わかったんだろ。探索系の能力とかは無かった様な気がするけど………うん、多分考えても無駄っぽいし、無視しよぅっと!とりあえずシンリだからって事で。

 

 窓にかかったカーテンを少し動かすと、太陽の光が差し込んできた。久しぶりに見た気がする。わずかに目を細める。

 

 両の手の平を見つめ、空気の感触を確かめる様に握ったり開いたりしてみれば、不思議と何でもできそうなふわっとした感覚と、少々気だるい感じというやや矛盾がごっちゃに混ざった不思議な感覚がする。

 

 纏うオーラを瞳に集中して【凝】をしてみれば、より鮮明に、自分のオーラの流れが視える。自分の能力のせいでこうなったから私が言うのもおかしい気がするけど、淀み無く自然にオーラを纏っている。

 本来なら念が枯渇した状態から1日半でここまでほとんど後遺症無しに回復はそうそう無いみたいだけど、やっぱりミヅキのおかげだよね。昨日の夜も、そばにいてくれたみたいだし。

 

 ミヅキの能力である【奪い取る天満月(ルナーストリング)】は、相手のオーラを奪うだけでなく、自分のオーラを他者に与える事もできる。夜中にミヅキが部屋にいてくれたのは、多分枯渇分のオーラを私に送ってくれてたんだと思う。それに多分それだけじゃない。【罪日の太陽核(サンカルディア)】の誓約、というより正確に言えば副作用なんだけど、それも少し受け持ってくれたっぽい。

 

 ふと胸に手を当ててみれば、今この瞬間も内側からオーラが食われる様な感覚を感じる。

 

 これは、全快にはもう少しかかりそうかな………。

 

 うーん、ミヅキには結構迷惑かけちゃったね。ここらでドカンと何かしたい所だけど、見た感じ目に見える程に負担が掛かってる様子でも無いみたいだから、軽く流されそうだし。今は9月だから、クリスマスか誕生日に一気にお返しするとか?うん、一案として考えておこう!

 

「と、それはそれとして………着替えよっと」

 

 1人メディカルチェックの結果、念も身体も()()問題なさそうなので、今日から通常運転だね。

 いざ着替え用と寝間着を脱ぎ始めると、扉の向こうから妙に騒がしい気配を感じた。

 誰かが叫んでいる様な、ドタドタと廊下を子供の様に走る様な音。ていうか確実に子供だったよ、今この家にいる人物を考えたら。

 

 と、そんな事を一瞬だけ考えると、「あ。ちょっと待―――」という様なミヅキの声と共に扉がバアァン!と明け離れて、なだれ込む様に人が入ってきた。

 

「「「ヒノ!?本無大丈当に起事みたいだ夫かぁ平気だなみたい!?」」」

「うん、大丈夫だからとりあえず落ち着きなよ。なんか会話バグってるよ。あと先に謝っとくよ、ごめんね」

「「「え?」」」

 

 今の現状を客観的な第三者視点で説明しよう。この場には4人いるけど第三者視点。

 

 つい先程起床したゴン、キルア、レオリオの三人は、既に起きていたミヅキによって、ヒノが目を覚ました事を聞いた。その為、我先にと廊下を走りだして、ヒノの部屋に突入したという。実に簡単だ。

 で、ヒノはといえばそんな事を知らずに、汗で濡れた服をとりあえず着替えようと寝間着を脱いだ。で、その瞬間気配と音を察し、扉が開く。

 

 雪崩込んだゴン達が視界に収めたのは、10畳程の部屋で、こちらに背中を向けて一人佇む少女の姿。

 

 カーテンの隙間から差し込む太陽の光が、普段はリボンで結われた髪をキラキラと照らして反射している。そしてワンピースタイプの寝間着に手をかけて、今この瞬間肩からずらし、背中が全て見えていた。染み一つ無い柔らかく真っ白い、しかしさっきまで眠っていた為少し体温が上がっているからか、少女も照れているのか、少し朱に染まった肌をさらしながら、肩越しにゴン達にちらりと視線を向ける少女の横顔を捉えた。

 

 紅玉の様な紅い瞳は、普段の快活さを秘めていたが、今この瞬間だけ燃えるような瞳を見たゴン達は、なぜか悪寒の様な嫌な予感を感じでいた。

 

 スローモーションの様に視界の中がゆっくりに感じるなか、ヒノは寝間着を着なおしてくるりと向き直ると同時に、ベッドの上の枕を掴み、さながら一流の野球選手の様に完璧なモーションで、入り口に向かって投げ放った。

 

(((あ、死んだ)))

 

 ただの枕に抱く感想じゃない。

 剛速枕(?)は1秒の時間も使わず3人の元へと到達し、ストライクをたたき出すボウリングの球の様に、3人を部屋の外へと吹き飛ばしたのだった。

 

 そして、部屋から追い出された3人を廊下の端で見ていたミヅキは、やれやれとため息を吐いた。

 

「だから出てくるまで待てと言ったのに………」

 

 そう言って3人を引きずり、リビングへと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 






ヒノ「大丈夫、念は込めて無いから!」
ミヅキ「そういう問題?」




【特質系能力:罪日の太陽核(サンカルディア)

ヒノの【消える太陽の光(バニッシュアウト)】を軸にした能力の1つ。
消滅の念を圧縮した作り出した塊を相手に打ち込み、相手の体内でオーラを消滅させ続け枯渇状態を強制する。圧縮した消滅の念の塊は自壊しながら相手に宿るので、ほっておけば勝手に治る。治るまではかなりきついが。
正確な事を言えば能力ではなく応用なので、誓約ではなく副作用はある。多量の消滅の念を作り出すので、発動後も自分の体内に消滅の念の塊が残り、念に関してある程度制限がつく状態となる。こちらも自然に完治する。




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