今の状況を端的に言うと、俺の左腕が肘から先までちくわに飲み込まれている。
一刻の猶予も許さない危険な状態が続いていて、一人じゃどうにも出来ないからどうか助けに来てください。
───あぁ、駄目だ。こんな文句じゃあいくら真実を語っていたとしても、言葉の端から可笑しさが溢れてきて、いたずら電話の内の一つだろうと冷たくあしらわれるに決まっている。というか、ちくわの三文字が致命的過ぎる。いったいどうしたものか……。
俺は残された右手でスマートフォンを起動させて電話帳を開いたまではいいが、それからは画面の上で親指をさ迷わせていた。
というのも、上記にもあるように余りにも現実離れした事態である。友人に画像添付メールを送れば手の込んだイタズラとTwitterのネタにされるのがオチで、電話越しで相手に信じてもらえる自信がまるっきり持てない。自分以外の誰かに頼ったところで、なんて説明すればいいのかに窮した俺は、発信ボタンをタップ出来ないでいたのであった。
どうしてこうなったんだ?
混乱している脳は思考の停滞を許すことは無く、どうにかこの問題を解決しようと、現状に至るまでの再確認から足掛かりを探る方向に移行した。
俺は今日、恐らく俺の人生で最低最悪のピークにあたる日に……。日没後からの予想外だった急な冷え込みに、体調を崩してしまう兆しを経験則から察知し、夜はおでんを食べて汗を流そうと思い立ったのだ。
そして初心者マークが新しいシルバーのパルサーに乗って、最寄りのスーパーでおでんの材料と安売りしていた菓子パンを買うと、帰宅後に手早く味噌おでんを作ったのである。
時間の問題で大根はまだ味が染み込んではいなかったが、上々の出来に満足していたと記憶している。その後は……そう、残った味噌おでんが腐らないよう冷蔵庫にしまおうとしたとき。俺は何となく鍋の蓋を取り、ちくわを摘まみ食いしようとして───
「どうしてこうなった?」
持ちきれず床に落としたスマートフォンは、無操作から三分の経過でスリープし、ちくわは既に俺の首から下までを飲み込んでいた。
今はもう、何をするにも手遅れである。
傍から見た今の俺の姿は恐らくこけしのようで、かなり滑稽であろう。そんな自分を嘲笑する気力さえもが、失せてしまっていた。
こんなことなら、昨日一口三百円の宝くじを二十枚買ったお金で、おでんよりもっと美味しい物を食べてりゃよかったなと後悔しながら、俺は現実逃避に目を瞑った。
◎ニ⊃
ちくわに飲み込まれてから、早くも三十分が経過していた。というのも、ちくわの中は歯抜けの口でモゴモゴされているような緩やかな圧迫と蠕動運動が続くばかりで、死ぬとばかり思っていた心境にも少しばかりの余裕が生まれ始め……、そうなってくると行き急ぐ現代人らしいいつもの癖で、左腕の腕時計で現在時刻をマメに確認していたのである。
最近の時計は水晶の振動がどうたらでまず時間がずれることはないと聞きかじった覚えがあるので、経過時間はまず確実だろう。
「真っ暗ならパニックになっていたところだろうけど……まぁ今んとこ、部屋の灯りが透けてて視界を確保出来てるし、酸欠で息が苦しいってワケでも無いしなぁ……ふぁ~ねむっ。って、いかんいかん」
三百六十度モチモチなちくわの内側はちょっとしたベッドのようでウトウトしかけたが、緊張感を維持せねばッ!!と己に渇をいれた。
変化が起きたのは、そんな時だった。足の先に触れた、形ある何かの固さを感じ取ったのである。依然としてちくわトンネルに終わりが訪れた気配は無く、それは驚くことに、時を同じくして向こう側からこちら側へとちくわに飲み込まれた、殆ど同じ境遇の人間の足であったのだ!
◎ニ⊃
「いやはや、お互いこの度はとんだ災難で。お前さんがそっちから来たってーと、そっちにも出口があるんですかい?」
「そうですね。貴方と私はまるで通信ケーブルを移動するユンゲラーとゴーストのように、プレイヤー、いわゆる神の意志によって強制的に別の場所へ交換して送られている最中なのでしょう。ちくわで交換させる神はきっと禄でもないヤツだ」
「へっ?んーとまー、よくわからんが神が禄でも無いってのにはまったくの同意見だ。……なんだか俺たち気が合うな。どうも他人のような気がしねぇ。魂の波長が合うっていうか」
「それは、お互いキツキツなちくわの中ですれ違ってるんだから。魂の波長どころか、心音までドクドク聞こえてますよ。そろそろ顔の辺りがすれ違うんで、右に避けて下さいね」
「へいへい右な……まて、それは俺から見ての右なのか、お前さんから見ての右なのか。そこんところはっきりさせねぇとお互い不幸なすれ違いが」
「上手いこといってる余裕はあるんですね。鏡写しの左右は、ととっ、頭の上下逆だったか。だとすると、あれ?どっちが右だっけ?!」
「おいおい!そっちがしっかりしてくれねぇと困るよ。俺はこういう、もの考えるのが苦手なんだ」
「えーっと、貴方から右で、私も右でいけるはずっ!……たぶん」
ちくわの中で俺は初対面の男とファーストキスしてしまうかもしれないという、かなりレアケースでデンジャラスな遭遇を体験してしまいそうな……割と平和で地獄な窮地に貧していた。こんな状況だから、語彙力の低下も仕方ないな。
ちょっと待てよ?と冷静になって、互いの顔がすれ違う最後の最後で鏡写しなら反転しているのだから、左右を誤った事に気付いた俺は、全力で仰け反ってデンジャラスを滑り込みで回避することに成功した。していたのだが……。
すれ違う瞬間垣間見た男の素顔。男は目を固く瞑っていたが、それが他人にしては余りにも似ている、とはとても片付けられない程に見慣れている自分の顔と瓜二つで。
俺は驚きの余り仰け反る力が抜けて、男の無防備な唇へとダイブした。
「「おええ゛~~っ」」
二人の汚らしい空えずきの声が、ちくわの中で暫し響いた。
「お前には、末代までちくわに食われる呪いをかけてやるッ!!」
俺に瓜二つな男は、恨み言を残して去って行った。ちくわの緩やかな蠕動運動で。
また一人になって。
俺はこの後一体どうなってしまうのだろうか。深く深く思考の海に沈み込んだ俺はありうる可能性を模索したが、長かったちくわトンネルの出口の方が、確かな答えを得るよりも先に迎えた。
「ハッ!?こ、ここはっ!」
◎ニ⊃
「ここは……どこだよっ!」
畳に土壁、障子に穴あり。用途不明な物々は婆ちゃんの家で見覚えのあるような、生活に役立つ道具の数々。
随分と古風でこじんまりとした一室には、立派な戸棚が開きっぱなしになっていた。立ち上がり戸棚の中を覗いてみると皿の上に見紛うこと無きTHEちくわが一つ、こちらに口を向けて待ち構えていた。
俺は軽く目眩を覚えた。
知らない部屋、開きっぱなしの戸棚にちくわ……これらの情報から導くに、どうやら俺はこのちくわの口から異世界に吐き出されたと推測することが出来る。
「さて、着替えるか」
大胆にも茶箪笥から藍の着物と濃茶の帯を取り出し、下着はそのままに俺はこの世界に合った服装に着替え終える。これもまた推測だが、ここはちくわですれ違ったあの男がこの世界で住んでいた場所である可能性が非常に高い。
だとするとだ。あの男は気味が悪い程俺に似ていたので、江戸川乱歩の小説みたく、似た容姿を利用して成りすましてみるのが取り敢えずはベターだと考えたのである。
俺は早速、慣れていない下駄を履いて、怖々と歩き出して表に出た。そして振り返り。
「ここは……っと、長屋だよな?ソレっぽいよなぁ。おーい、そこの人。あなただよ、あなた。ここは俺の住んでる長屋で合ってるのかい?」
桶に溜めた水を柄杓で撒いている少女がいたので、記憶の中の男の口振りを思い出しながら努めて真似て、これ幸いと話しかけた。というのも、自分の家の前でも無いのに水を撒くとは考えにくいので、これは向かいの長屋に住んでいる人物に違いない。この少女ならあの男を知っていないにしても、見覚えぐらいはあるだろうという、前向きな予想で声をかけたのであったが。
「あ、ああ、あのぉ、貴方はその、でも……やっぱり私が見えますの?」
何寝ぼけたこと言ってるの、みたいな小言を一つくらい言われる覚悟はしていたが。まずはその桶の水を自分の顔に掛けることをこの少女に勧めるべきじゃないだろうか?
現にあなたは今、ここにいるじゃないか。と反射的に言いそうになった言葉を、俺は咄嗟に飲み込んだ。
ここは話に聞く昔の日本に限り無く近いが、そっくり同じではなく差異のある世界、異世界なのだ。異世界の常識を知らない俺が、見えたらおかしい人を偶々見つけて捕まえてしまったというのなら、それは今後喜ばしい展開になるとは考えにくい。ソースはラノベ。
……まぁ話しかけたその時、既に手遅れなのだが。
孝行町娘Aとしか認識していなかったのを改めて、よく見れば櫛の通った黒髪に美しい顔。化粧っ気が無い健康的な素肌と髪型が幼い為に少女に見えるが、背丈は成人女性のそれである。
彼女は頬を上気させ、困惑となぜか喜びが混ざった表情で、───いわゆる絶望と開放感が綯い交ぜになった、あのお漏らし顔にとても似た表情───暗い瞳を潤ませ、上目遣いにこちらを覗いていた。
「気のせいです。さようなら」
いやな予感に従って、自分から声を掛けたクセに、言葉早口に拒絶を意思表示してさっさと逃げようとした。
「その反応は、ぜぇーったいに見えてますね!?確信しまし……ちょ、逃がすかーーっ!!」
桶と柄杓をほっぽって、彼女は両手で俺の両足をがっちり抑え、股下に頭を潜り込ませるようにタックルを決められた。そして鮮やかに足を絡め取られてしまう。
「うぐっ?!す、すみませんでした!タップ、タップだって!見えてますぅー、あなたがちゃんと見えてますからこれ以上四の字固めされると折れちゃう!!」
「じゃあ、逃げずに私の話を聞いてくれますか?」
「実は急ぎの用事が」
「ほおぅ、といいますと?」
「さっきから歯に葱が挟まってて、楊枝が欲しいのが用事だったり……なんちゃって」
「……えいっ」
「聞きます聞きますッ!それは俺にかなり効くぅ!!」
「じゃあ、今貴方が出てきたお部屋で、腰を据えてお話しましょう♪」
彼女は上機嫌に俺の首根っこを引っ張って、勝手に人の部屋へと入ろうとする。まぁ俺の部屋でも無いのだから、文句は言えない。
これほど大騒ぎしているというのに、徹頭徹尾周りの道行く人達は子供を除いて皆どこか白々しく、その姿はまるで見えてはいけない見えない何かに怯えているかのようであった。
◎ニ⊃
「私、柄杓の付喪神で、名を
俺はお茶を一口飲んでからこう言った。
「柄杓の付喪神ぃー?」
我ながらかなりアホっぽい声が出たが、それを気にする余裕が無い程に、この少女、熊囲七夕が言い放った言葉を咀嚼をするのに難儀していた。
視線をさ迷わせ、すると笑顔で俺の反応を待つ彼女の右手が、禁断症状のようにぷるぷると震えていることに気がついた。
「何、震えちゃってどうしたの?体調悪いなら帰る?それは助かる」
「まだ帰れませんよっ!?……ただ、その。日課の途中だったといいますか。毎朝水撒きをしないと落ち着かなくって」
「しないとどうなるのよ?」
「私達、神の中でも下級な付喪神は、人に認識してもらわないとだんだんと存在が薄くなって、タンポポの綿毛を吹いたみたいに、パッ……と、消えてしまうんです。ですから、私は柄杓の付喪神らしく毎朝水を撒いて歩き回って、今日は涼しかったなーっていう人の認識を集めなきゃいけないんです」
「存在を認識……手段が間接的なのは、付喪神が見える人の全体数が少ないから?」
「それもあります。ありますが、そういった見える人、私達は巫女気質の高い人と呼びます人達は、等級の高い上位神の寵愛と祝福の引き換えに信仰を捧げている者が多いのです。彼らの信仰は最上級のものですから、独占欲の強い上位神は私達がおこぼれを貰う隙を作りません。って、こんなこといちいち説明しなくても知ってましたよね。"人"と話す機会が無かったから、私いつもより饒舌になっているようで……気に障りましたか?」
「いやいやぁ、へーそうなの。全く知らなかった」
「知らなかった!?……いや、だからこそですか。貴方のような、弱っている付喪神まで見えるとても高い巫女気質を持ちながら神の加護を受けていない人がいるのは、もうっ奇跡なんです!私、貴方に認識されたお陰様で現在進行で絶好調ですよー、ぶい!!」
彼女はピースではなく、両手をダイナミックに上げてのビクトリーポーズをとった。
そのとき、男の目を引く彼女の膨らんだおっぱいがぶるんッ!!とダイナミックに揺れ、刹那の間重力に逆らって浮き上がった胸の谷間が、少しはだけた着物から一瞬だけ、ひじき程の黒い線が見えた。
瞬間、俺の灰色の脳細胞に稲妻が走る。
彼女の言うことをすべて肯定すると、彼女は柄杓の付喪神で、人に認識されないと自分という存在が希薄になるのが神という存在らしい。存在が希薄になればますます人に認識されなくなり、いつか消えてしまう恐怖があったに違いない。
そこに都合良く現れた俺は、霊感が特別強いとかいう理由で、彼女が見える。それによって彼女は元気になった───
───つまり、人に見られることを全く知らないで育ってきたが故に、異性に対して無防備な七夕ちゃんの谷間の奥の桃源郷を拝むチャンスは十二分にあるという事実が、一瞬の内に導き出されたのである。
「どうしたんですの?急に前屈みになって」
「七夕ちゃんのことが、うっ、よく分かったからね。一人で大変だったろうに……涙が出そうなのを、堪えてるんだよ」
「あっ……その、私ってやっぱり可哀想、なのかな?たははー、っ」
「……その言葉は、駄目だ。言わせちゃ駄目だろ俺ッ」
涙を堪えてるとの言は勃起を隠す為の言い訳であったが、彼女の引きつった空笑いの虚しい響きがぐっと胸にこみ上げてくる物があり、俺は知らず知らず本物の熱い涙を零し、素早く手のひらで拭った。
「なぁ、七夕ちゃん」
「?何ですか」
「腹減ったし、一緒にこのちくわ食おうぜ!」
いい笑顔でサムズアップして、戸棚のちくわを取り出した。
そのとき。
ちくわの口から抗いようの無い絶対的な引力の渦に、俺の体は引き寄せられた。
◎ニ⊃
先程まではちくわも皿の上でおとなしくしていたというのに、突如としてまたちくわに吸い寄せられてしまった。おそらく俺のとった行動の何かがトリガーとなって、その猛威がまた振るわれようとしているのだが。
いやっ、今はこんなことよりも、回避せねばっ!
俺は一瞬の硬直の後に、咄嗟の行動で右手に持つ皿を畳の床へと放り投げ、後方へ素早く飛び退いた。運良くちくわの腹に皿が乗っかって、吸引力が弱まった。九死に一生を得て、冷や汗がどっと噴き出す。
「何をそんな、お皿が」
俺の突然の奇行に、何が起きているのかが分からない様子の熊囲七夕ちゃん。彼女の方はちくわに吸い寄せられていないのだろう、事実ちくわは俺だけを器用に吸い寄せているようで、慌ただしい物音を立てるのは俺ばかりになる。
だから二人の認識の違いがそうさせた。七夕ちゃんは悪気があって、偶々ちくわの上に乗っかって押さえつけていた皿を拾い上げたのでは無いのだ。
皿の欠けが無いかと七夕ちゃんが確認しているとき、俺は再び猛烈にちくわへ吸い寄せられていき、どうせ伝わらないと半ば諦めながらも、切羽詰まって彼女に吼えた。
「そのちくわはただのちくわじゃない!まだ巻き込まれて吸われていない今のうちに、とっとと逃げてくれッ!」
俺は腹這いになって、藁にも縋る思いで畳の目に爪を立てる。しかし爪は毎日専用のやすりで磨いていたのが仇となって、つるるつるりと滑ってしまう。そもそも、畳の目は縦だったので、現状に一縷の希望も無かった。足の爪先がヒヤリと冷たくなる感覚に、怯え震え上がる。
「……ちくわ、このちくわが慌てさせる要因なんですね」
危険だから逃げて、君を巻き込みたくは無い。そう言ったつもりだったのに、七夕ちゃんは俺を救おうと思考を巡らせていた。その気持ちは嬉しいのだけれども、この急場では怒りが込み上げてきた。
「アホか!何も出来ないからさっさと行けって」
「アホで結構、この大馬鹿野郎!伊達や酔狂で助けようなんて思っちゃいません。私には要因に心当たりがあって、私ならもしかしたら何とか出来るかもしれないんですよ!」
「そんなこと」
助かるなんて、考えてもみなかった。この異世界を詳しく知らない俺には思いつかなかった要因が七夕ちゃんには心当たりがある可能性はなるほど至極当然で、七夕ちゃんを巻き込むことをあっさりと受け入れた。
「……俺はどうすればいい?」
「何もしないでください。私の話を聞いて、偶に相槌を打つ程度で楽にしていてくれれば結構です」
七夕ちゃんは着物の皺を気にせず腕まくりすると、目を薄く開いて大きく息を吐いた。俺はちくわへの抵抗を辞め、案の定右手親指をちくわに飲み込まれた。ここからじわりじわりと膨らんで、全身を飲み込んでしまうことを俺は身を持って知っている。
もちろん不安もあった。が、七夕ちゃんの覚悟を決めた目を見て、全てを任せて胡坐で居座り、信じぬく覚悟を俺も決めたのだ。
「ふう、では。……そうですね、私は熊囲七夕と申します」
「改まって自己紹介?存じ上げておりますがー」
「そうではなくて、まだあなたのお名前を聞いていなかったものですから。教えてくれたっていいでしょう?」
「ああ~それは確かに、失礼だった。俺はオリバー・カー」
「嘘はいけません。そんな顔じゃあないでしょう」
言い切る前から嘘だと見抜かれてしまった。なかなか鋭い。俺の声が上ずって、さも今から嘘をつきますよーという雰囲気を纏っていたことを加味しても、即答か。成程覚えておこう。
「なに、冗談を交えた事実確認だよ。笑って許せ。俺は
「力也さん。では、私の名前は熊に囲まれて七裂き、夕日の赤が映えるぜっ!の熊囲七夕と覚えてください」
「うわぁ、これは酷い。七夕ちゃんはもうちょっと女の子して」
「???私ずっと女の子ですよ。……さて、自己紹介はまだ終わってないんです。一度話しましたが、私は柄杓の付喪神。姿形こそ似せていますが、人間ではありません」
「似せている、って?」
「はい、人間に親しまれる姿に似せているんです。私より上位の神には動物の姿だったり、植物の姿だったりと様々な形がありますが、本質はどれも違いがありません」
「人の認識を集めて、認識に生きるのが神」
「もうちょっと複雑ですが、今はそれに理想に生きている、も付け加えてくれればいいです」
「へえ……分かる気がする。神様はそういうものであって欲しいな、って。姿形に囚われない……七夕ちゃんもしかしてだけど、その心当たりってまさか!」
ここまでの流れから、間違いない。つまりこの拳を飲み込んでいる最中のちくわは、一種の神的存在なのだ。
考えてもみれば、おでんのちくわは筒状、だし汁を飲むのに、ストローのように扱って吸うことが可能である。そして一説では蚊や蝶もちくわの形状からヒントを得て、血や花の蜜を吸うようになったと聞く。もしかしたら、空から黒い石板が降ってくるよりも前からちくわは存在していたのかもしれない。ビックバンの衝撃は、世界とちくわを作った……。
古くからあるということは、人間の尺度でいうと、それだけで神秘を帯びる。
以上、ちくわ=神である場合を前提に広げた思考を、一度落ち着いて、客観的になって考え直してみる。
「無理があるなーって」
「何の事かは知りませんが、恐らくこのちくわは神隠しの媒介ですね。それを除けばただのちくわです」
「神隠し、神様が人を攫うっていうアレ?」
「そのアレです。上位の神の中には、気に入った人間の舌に刻印を刻み、例えどこへ逃げ隠れしても見つけ出して、機が来ると媒介を使って手元へと誘うことが出来たりします。離れている距離によっては、複数回に分けるそうですが。心当たりは……あるようですね」
orzというヤツだ。俺には身に覚えがあった。
『皿熱いし、ましてや誰かいるワケでもねぇ、ちくわで汁飲もっ……アチッ!!』
この時舌に刻印とやらを刻まれたのだろう。
横着はするもんじゃないね、罰があたってしまった。
「どうすれば、神隠しを回避出来るんだ?」
要因はよく分かった。反省もした。だが、話し始めてからずっとちくわに念力的な何かを注いでいるような仕草をしている七夕ちゃんの行動理由が分からない。何かをしているのは分かるのだけど……もしかしたら妨害電波でジャミング的な事をしているのかもしれない。
「分析完了。すぅ~~~~~~~~っ…………爆ッ!!」
次の瞬間、俺の右腕にあったちくわは爆発四散した。
「やった!神通力を使うの初めてだったけど、上手に出来ましたよ、ぶい!」
見事、俺の腕は衝撃の大きさの割に目立った外傷一つ無く、ちくわから開放されていた。
だが失った代償は大きく、突然の爆発に俺の心臓は太平洋の彼方へとカタパルト射出されてしまった。
「あの~~、助かりましたよ力也さん。私にお礼の言葉を言うなら今ですよー?」
「……こ」
「こ?」
「このけしからんダイナマイトおぱーい娘めッ!!驚き過ぎて心臓が止まったかと思ったわ!爆発する珍品柄杓として質屋に売り飛ばしてやるっ」
「し、質屋はいやーーっ!?あそこに置いてある道具達って、陰険で嫌がらせしてくるんですぅ……それに比べてここにある道具達はみんな気さくな好い道具ばかりで居心地がいいって言うかぁー話を聞いてー!」
俺は七夕ちゃんの柔らかい手を握り、外へと連れ出そうとする。しかし畳に根を張った大木が如く微動だにしないあたり、向こうの方が膂力で上回っているのだろう。多田力也の名が泣いている……父ちゃん母ちゃんごめん。俺は口だけ大きくなったけど、運動は今も苦手なんだ。
そろそろ停戦にしようかと力を抜くと、七夕ちゃんがきょとんと見上げてきた。
「何です……てこでも絶対に動きませんよ?あと自慢じゃないですが、私って貧乏神も裸足で逃げ出す一文無しです。ついでに養え」
「千年の恋もマッハで氷河期に突入する台詞やめろ。なんだ、開き直ってからとことん図々しいなぁ七夕ちゃん!?さては本性を隠していたのか。恐ろしい娘ッ」
「……あはは、本気にしちゃいやだなぁ、勢いで口をついて出た言葉というか、さすがに冗談ですよもういやだなーあははははっ!……はぁー。自分の身の回りのお世話をしてもらうほど、私、偉い神様じゃありませんから。家事手伝いは私に任せてもらって、お互い助け合っていきましょう、ね?」
「まあそれなら……居候してもいいよ、と言うとでも思ったか!」
「ちぇっ……惜しかったなぁ」
「まぁ、いいんだけど」
「え?……いいんです?気が変わらない内に誓いを破ったらあらゆる穴という穴から致死量手前まで出血する契約をしてもいいですか」
「もう何でもいいよ……おっかない契約だな!いっそ殺してやれよ。もう少し優しい契約で、あとちょっと不安になったから、一年更新の契約で」
「いいですともいいですとも!」
俺の目の前で今、胸の高さで手を揉んでニコニコ笑う七夕ちゃん。知れば知るほど強かで、どこまでが演技だったのかは不明だが、裏の見える善意というヤツは、案外気持ちがいいものだと知った。
悪いヤツじゃないし、返しきれない恩が出来た。それにここは俺の家でも無いのだから、そもそも偉そうなことを言える立場ではない、黙っておくが。
やってきた付喪神は福の神か、はたまた貧乏神か。おそらく後者。
どちらにしても、退屈はしないだろう。
「よろしくな、熊囲七夕ちゃん。その名前、よく似合ってるよ」
「ありがとうございます?それって」
「さて、仕事探すか」
俺は不安にさせる一言を残して、部屋を出て玄関扉を開けた。
頭おかしい()
楽しんでもらえたら、幸いです。
追記:短編でしたが、続きを書きたくなったので連載にしました。