「えっと……あはは、その……くすぐったいです……」
「あっ……ごめんなさい……つい……」
そう言いながらも、私の手は彼女の頬から離れない。
むずがる彼女を離すまいと、私のこの手が優しく包む。
やっと触れられた指先で、彼女の体温を感じながら頬を滑らす。
気が付けば、手を回して頭まで、私はイリヤに触れていた。
気が付いていても、その手を離せなかった。
離してしまったら、もう二度と触れられないと思うと、より一層近づいてしまう。
遠ざけまいと、近づけてしまう。
私は、イリヤを抱きしめていた。
彼女の小さな体を、強く、強く抱きしめた。
「あ、あの……あの……」
「ごめんなさい、ごめんなさい……イリヤ……」
謝る言葉を綴るとも、私はあなたを離せない。
いや、私が謝りたかったのは……私が本当に謝っているのは、
もっと別の、私が犯した罪に対しての贖罪なのだ。
―――あなたを一人にしてしまってごめんなさい。
寂しい思いをさせてしまって、冷たい夜にあなたの傍に居られなくて。
沢山のモノを犠牲にして、辛い思いをさせてしまったでしょう……。
私の選択は、あの人との選択は間違っていたのだろうか。
……いいえ、決して私達が選んだ答えは、間違いではなかった。
理想と信念の果てに、希望を見出したのは間違いなんかじゃない。
でも、揺らいでしまう。
こうしてまた愛しい我が子に触れていると、もしかしたら……と心が震える。
だからこれは、贖罪なのだ。
今更どうしようもない現実と、謝ることしか出来ない私の、
僅かに残った、イリヤの母親としての懺悔。
「ごめんなさい、イリヤ……もう少し、このままで……お願い……」
「アイリさ……え……えと……マ……ママ……?」
こんな―――未来があったのだろうか?
イリヤをこの手で抱きしめて、いつでもその手を包み込んで、
私と、イリヤと、あの人の三人で……笑って居られる世界がどこかに。
困惑している彼女も忘れ、私は抑えることの出来ない気持ちで溢れかえる。
きっと、私があの子に出会うことはないと思っていた。
二度と触れ合うことは出来ないと。
あの顔を見ることも、あの声を聴くことも、もう私には届くはずのない夢となった。
―――それなのに、未来無きこの世界で……私は再び夢と出会えた。
たとえそれが、本当に求めた私の未来ではなくとも。
どんな形であっても、もう一度あの子を抱きしめられるなら―――
この手を離したくない。
ずっと、このままイリヤに触れていたい。
あの子に……あの子に触れられなかった分まで……イリヤ、あなたに。
「ああ、イリヤ……イリヤ……私は……私の、イリヤ……!」
「ママ……な、泣かないで……わたしは居るよ。ここに、ちゃんと」
「ええ……ええ……!ありがとう、ここに居てくれて。
元気で……生きていて……」
「う、うん……わたし、元気だよ。大丈夫だよ。
だってわたしは、一人じゃないから!」
「そうですよールビーちゃんもちゃんといますよー!!」
「ふふ、イリヤ……あなたは沢山の人に愛されているわ。きっと……」
「愛……!?そ、それはちょっと大げさなような……」
「いいえ、イリヤさんはちゃんと愛されキャラですからオールオッケーですよ!」
「私も、イリヤを愛しているわ。ずっと、ずっと愛しているわ……イリヤ……」
「えぇぇ……えぇぇええ!?……えぇと、はい……恥ずかしいよぉ」
「あなたには、わからなくてもいいの。
……それでも、私は愛しているから」
それだけは、どんな世界であっても変わらない。
どんなイリヤでも、イリヤはイリヤで、私の大切な宝物。
聖杯よりも、何よりも、決して揺るぐことの無い想い。
「わたし……わたしもあい……っ……好きです!
ママのこと、みんなのことも……一応、ルビーもね!」
「一応!?」
「イリヤ……」
「良かったら……ママって呼んじゃダメですか?
なんだか、ママはママじゃないと納まりが悪いって言うかなんていうか……」
「……私は、あなたの本当のママではないのよ?それでも……」
「わたしにとっては、ママはママだから!
……それだけは、変わって欲しくないっていうか……ダメ……かなぁ?」
もう、呼ばれる資格は無いと思っていた。
私は聖杯の一部で、ともすればいずれは消えゆく存在。
母としての側面があっても、私には母としての資格は失ってしまったと、そう思っていた。
いいのだろうか?
私は、イリヤの母親として、また彼女に触れてしまっても。
例え本物では無かったとしても、アイリスフィールとして、あの子の母親で居ても。
これは、願望機として聖杯が叶えた夢なのだろうか。
聖杯である私の、聖杯による答え。
わからない、わからないけれど、私は―――