「―――……出来たわ!これでいいかしら?」
それはある日のカルデア。私はキッチンで包丁を片手に、隣の彼へ確認する。
「ええ、問題ないですよ。なかなか、お上手ですねマダム」
「あらやだ、マダムだなんて。アイリ、と気軽に呼んでも良いのよ?」
「これは失礼。私はこういう性分なものでね」
私はとある英霊に料理を習っていた。
サーヴァントが何かを覚えるだなんて……まるで人間だった頃のことを思い出す。
いや、人間だった頃は料理なんて微塵も触れなかったでしょうけれど。
ここに来て、ようやく家族らしいことが出来ると思うと、
なんだか不思議な気持ちに心を躍らせてしまう。
「……ところで、聞いてもよろしいですか?
何故、急に料理を覚えたいなどと?
ここには黙っていても厨房に入る英霊が多くいるというのに……」
「え?……だってその、今度家族でピクニックに行く時とかにね……」
「……は?ぴ、ピクニックですか……?」
「あら?……ああ、ご、ごめんなさい!違うのよ?
ちょっと浮かれ過ぎかしら……ふふふ、どうか忘れて下さいな」
「いえ、まぁ、その……そういう時が来ることもあるかもしれませんがね、ここなら」
「そう?……やっぱり、お弁当くらい作れないと駄目よねって……。
この前ね、イリヤにそう言ったら『ママがお弁当!?』って驚かれてしまって……」
「ふむ……」
「どうもね、凄く嫌がられてる気がしたのよ。
クロちゃんなんか『わ、わたしは遠慮しとく!』ってピューッと逃げちゃうし!
だから少しは料理が上手くなって、ママとしての威厳を取り戻さないと!!」
「な、なるほど。それは、良い心掛けですね……」
そんな私の熱意に、彼は丁寧に応えてくれた。
カルデアは良い所だ。彼だけでなく、沢山英霊が料理の先生になってくれる。
しかも、色んな国の知恵と知識が集まってくるの!
これならイリヤ達もビックリするぐらいの料理を振る舞えるわ。
今からイリヤ達の喜ぶ顔が楽しみである。
「ありがとうね、エミヤくん。私の我が儘に付き合わせてしまって」
「何、これくらいのことで良いのなら……いつでも相談を受けますよ」
「優しいのね、エミヤくんは。
そうだわ!エミヤくんも、今度一緒にどうかしら?ピクニック」
「え!?……いや、オレはちょっとその……家族水入らずの邪魔になるでしょうからね。
申し訳ないですが、遠慮しておきますよ」
「そんな、遠慮なんて……気にしなくても良いのに。
それとも、家族はお嫌いかしら?」
「それは……」
彼は心底困ったような顔で、私から目を背ける。
大人びた彼の、なんとなく可愛い仕草が可笑しくて、
背けた目線の先に、顔を覗いては避けられるのを繰り返す。
「……人が悪いですね、貴女は」
「ふふ、ごめんなさい。
つい、似ているものだから……優しい所も、不器用な所も。
私、知っているのよ?貴方たまに、イリヤのことを見守っているでしょう?
せっかくだから、これを機にお話しでもしてみたらどうかなーって」
「それは……まぁ、彼女とは少しだけ縁のようなものがありましてね。
気になってしまった……本当に、ただそれだけのことなんですよ」
「そうなの?でも、いいじゃない。
きっと、これも運命なのかもしれないわ。そう、私達の……」
―――出会うはずもなかった……星の導き。
いつか、誰かが夢見た奇跡。偶然と運命が重なった物語。
「あの子達も喜んでくれるわ……多分ね。
私も貴方の……エミヤくんのお話をもっと聞いてみたいもの。
だから、ね?」
「……はぁ……やれやれ、強引な御方だ。
仕方がない……もしもそのような時間があれば……その時は、ご一緒しましょう」
「約束よ?……よーし、ママ張りきっちゃうんだから!」
嫌そうにしている彼の苦笑いに、誰かの影が被る。
決して顔が似ているわけでもない、声も違う、私は彼のことを知らないのに。
私の良く知るあの人の影が、彼の背中に映って見える。
「……そうだわ、相談ついでになのだけれど……」
「……嫌だ。と言っても聞くのでしょう?
なんです?私が答えられることなら、お聞きしましょう」
「……エミヤくんは、後悔したことって……あるかしら……?」
「後……悔……?」
彼の優しさに甘える様に、私は聞いてしまった。
突然の事に、彼の困惑と動揺は隠せない。
それもそうだ。こんなことを聞かれても、答えることは難しい。
難しい……とも違うかしら。
大抵の人間は、後悔が無いわけがないのだから。
相談なんて考えなければ、簡単にあるとも言えるし、それ以上でもそれ以下でもない。
それに、私達サーヴァントに後悔なんて……聞いたところでどうにもならないのに。
放っておけない彼の素性が気になってしまった。
「後悔なんて無い……と、英霊だったら言いたい所ですがね。
生憎、私の人生は後悔だらけなもので……例に挙げるのは切りが無いぐらいですね」
「そ、そんなに後悔してることがあるの?ごめんなさい……私……」
「いえ、構いませんよ。卑屈な物言いしか出来ないので、こちらこそ申し訳ないぐらいだ」
「……後悔していて、辛い?苦しい?」
「フッ……何度も繰り返し後悔してきました。私の人生は後悔と失敗の連続だ。
得たモノも確かにあるが、それ以上に多くのモノを失ってきた」
「……」
「自分が辛いのも、苦しいのも耐えることはいくらでも出来るが、
その行いの所為で沢山のモノを他人に背負わせ、与えてしまった。
後悔しながら、私は後悔という罪を重ねていくばかりだった……」
「……やり直したいと、思ったことはある?」
「もちろん。過去の失敗も、後悔する前に止めたいことも。
何度考えても、選択してきたことを振り返ることしか出来なかった」
「……」
「……かつて、私には誇りが無いと誰かに言われた気がします。ええ、その通り。
生きてきた後悔ばかりで、誇りも何も、
私は全てをやり直して、なかったことになれば良いと本気で願っていた」
「……エミヤくん、それは」
「罪を償う方法もないなら、いっそ……とね?
残念ながら、そんなことしかないのですよ。我ながらお恥ずかしいことだ」
「恥ずかしいだなんて……貴方は……」
彼は顔を背けて、遠くを見つめている。
何かを思い出そうとするように、悲しい横顔に誰かの影が被る。
「結局、私はやり直すことも、後悔しないことも出来なかった。
そう、後悔ばかりです。
後悔はしています……だが、しかし……それでもオレは―――」
彼が“何か”を口にしようとしながら、その悲しい横顔から見える瞳に光が灯る。
瞬間、誰かの影は彼の中から消えていた。
やり直したい、後悔ばかりと言っている彼の迷いなど、小さなことに見えるくらい。
それはきっと、心の折れない強い意思が籠っている。
「―――いや、これは質問の答えではないな。
失敬……と、私が言えることはこれぐらいです。
今みたいなことは、もっと他の英霊に聞くべきでしたね。
ここには後悔しない人生を語れる英霊ぐらい、そこら中にいるでしょうから」
「……いいえ、いいえ……貴方に聞けて、良かったわ」
―――彼には彼だけの、答えがちゃんとあるのだろう。
後悔していても、誇りなんて無くても、
それだけは揺るがないという意思が、彼を通して感じることが出来た。
私には、彼のように出来ないかもしれない。
後悔という名の泥に潰れてしまえば、私は私で居られなくなるかも……と。
全てを消して、私と……イリヤと……あの人で……。
「……しかし……あえて貴女の相談にお節介を焼くならば。
後悔は後悔だ。ただ、それだけでしかない。
後悔するのもしないのも、行動した者のみが権利を持つ。
―――だから、私が答えられるとしたらこんなことしかないだろう。
『今出来ることを、精一杯頑張っていく』こと……もう、後悔をしないで済むように。
そう―――この料理を完成させるみたいにね」
「あら……」
止まっていた時間が動き出す。
彼は一品の料理を完成させて、私の前に差し出した。
綺麗に盛り付けられたそれを、満足げにして鼻を鳴らす。
「エミヤくん、貴方は―――」
私は背を伸ばして、彼の頭に手を乗せた。
「―――良い子、良い子ね」
彼の頭を優しく撫でる。
優しい彼の、生真面目な生き方を……誰かが支えて上げられれば、
きっと、少しは後悔しないで済むこともあったのかもしれない。
今出来ることを精一杯やる……ここにある未来をちゃんと生きる。
それは誰にだって当たり前のことで、私達には夢のような出来事だ。
夢のような出来事でも、後悔しないように行動すれば、
いつか、夢から覚めてしまっても……残るモノがきっとある。
簡単なことだった。簡単なことを、私に教えてくれた。
「……私は、子供ではないのだが……」
「良い子ね、貴方はとっても優しい子……ありがとう、エミヤくん」
これで良い、これで良かったのよね。
最初から素直に手を伸ばせば、後悔しないで済むことが出来るの。
―――例え本物では無かったとしても、
アイリスフィールとして、あの子の母親で居ても。
次で終わり