「……ここにいるって聞いたけど、ママー!いるー?」
すぐ奥から声が聞こえる。私を捜すイリヤの声だ。
私は声の響く方に向けて顔を回すと、速足で彼女の方に姿を晒す。
―――もう捜さなくていい、捜す必要はないの。
いつでも、私はここにいる。
「イリヤ、ここよー。どうしたの、そんな慌てて」
「あ、ママ!良かったぁ、ここにいた。聞いてよ、またクロがね……!」
私を見つけると、嬉しそうに可愛い仕草をしながら、
表情をコロコロ変えて会話を始める。
何気のないやり取りが、彼女にとっての普通なのに。
見ているだけでも頬がゆるんでは、会話の内容など関係なしに笑みがこぼれる。
「……ちょっと、ママ聞いてる?」
「え、あっ……あらあら……ふふふ」
「ふふふって……だからねクロが―――……って何でママはキッチンにいたの?」
「私?それはもちろん、料理をするために決まっているじゃない」
「りょっ!?……へぇー……そう、なんだー……」
「どうして目を逸らすのかしら」
「そんなこと、ないよー……」
「どうして一歩下がるのかしら」
頬を引きつらせて、目を逸らされてしまう。
そんなに嫌がらなくてもいいのに。
……というより、イリヤの中で母のイメージは一体どうなっているの?
「大丈夫よ!今ね、彼にしっかり料理を教えて貰っていた所なの!!」
「え、彼?……ママ、料理の勉強してたの?」
「そうよ!……だからね、もうそんなに嫌がらないでちょうだい……私、悲しいわ」
「あっあっ、ご、ごめんなさい!
……そのぉ、ママの料理してるイメージがちょっと……あはは……」
本当に一体どうなっているのだろう?
そんなに私はめちゃくちゃだったのだろうか。
……私自身、普通にイリヤと暮らしているイメージが無い分、
想像もつかない私が、イリヤの中で生きているのかもしれない。
「で、でもそっかぁ!誰かに教わっているなら心配な―――
(イリヤさん、お忘れですか?イリヤさんの家でも料理が出来る二人がいて尚、)
―――ルビーはちょっと黙ってて!!」
「ぐすん……イリヤの中の私はよっぽど酷いママだったのね……」
「そそそんなことはないよ!たまに暴走する時があるくらいで、ママはママだよ!!」
「暴走?」
「……っは!?いや、あはは……あははは……それよりっ!
料理って、誰に教わってたのかな!?」
「え、あ、そうね……イリヤにも紹介しないとね。今そこでエミ―――」
振り向けば、ガランとした奥の空気が漂って来る。
彼の気配が完全に消えてしまった。
「?……奥に誰かいるの?……いないみたいだけど……」
「まぁ。……彼ったら、とても照れ屋さんなのね」
挨拶するぐらいは、顔を見せて上げてもいいのに。
彼にも思う所があるのだろうから、深くはつつかないけれど。
いずれは、彼にもイリヤに会って欲しい気がするのだ。
そうして欲しいと、なんとなくの予感が働く。
「ねぇイリヤ、今度ピクニックに行きましょう。他の皆も誘って……ね?」
「ピクニック?突然だね。でも……今そんなことして大丈夫なのかなぁ……」
「この戦いが終わったらでいいから、ね?ダメかしら」
「それはなんだか死亡フラグのような……?
うん、でも、そうだね!戦いが終わったら、皆でピクニック……楽しそうかも!
マスターさんやマシュさんも誘って、皆で一緒に!」
「ええ、きっと楽しいわ。沢山お弁当を持って……だから、頑張って料理覚えてみせるわ!」
「あっ、うん……なるほど……そういう……うんっ!ママの手作り、楽しみに待ってるね」
「イリヤ、まだ目が笑ってないわ」
戦いを終わらせる……それは、私達の終わりでもあるけれど。
せめて、最後に思い出だけはしっかりと残しておきたい。
私達がここにいたこと。
運命の出会いと共に、絆を結んだ物語を。
別れることは悲しいけれど、確かに触れたこの手の温もりに感謝を。
二度とは訪れない奇跡でも、今ここにある未来に祝福を。
「ピクニックかぁ……そういえば、最近は色々あって行ってなかったなぁ……」
「前は行ったことがあるの?」
「うん。ママやパパは忙しいからそんなに一緒には行けないけど、
セラやリズ……それにお兄ちゃんとは行くこともあったよ。
お弁当、どっちが作って持ってくかとかで揉めてたってけ……」
「そう……それは―――」
―――イリヤにとっては、なんてことのない日常なのだとしても。
「―――尚更行かないとダメね。たまには羽を伸ばしてもいいと思うわ!」
「そ、そうかなぁ……そういえば、夏休みだったんだもんね。
美遊もいれば良かったんだけど……今はクロが……あっそうだクロ!!」
何もかも忘れてしまうとしても、あの子の心のどこかに、この夢があったことが残るなら。
今はただ、私に出来ることを……あの子のためにしてあげよう。
出来なかったことを、私のためにしていこう。
「ママからも言ってあげてよ。クロってば―――」
「任せてイリヤ。“イリヤ”のためにも、お母さん頑張っちゃうから!!」
「あっ今の何かママっぽかった。
……じゃなくて、こっちのママみたいにわたしがもっと大人っぽくなれたらなー……」
「大人っぽく?イリヤはそのままで充分可愛いと思うけれど……」『同意しますよー!!』
「かわっ!?そうじゃなくて!!
……大人みたいになれたら、もっとお姉ちゃんっぽく振る舞えたのになーって……」
「そんなの、今のままで良いと思うけれど……無理に変わる必要なんてないわ」
「でもぉ……ママみたいに気品があれば、クロも言うこと聞いてくれそうだし……」
「ありがとう、イリヤ。でも、私はイリヤが子供らしくいてくれた方が嬉しいわ。
年相応の、普通に生きてくれているイリヤが……私は好き、大好きよ」
「……こっちのママはなんか綺麗過ぎて羨ましい……!
うーん、やっぱり着ている服が違うからかな?
―――わたしも、綺麗なドレスが似合う大人に……むむむ」
「ちょっ!ダメ、ダメですよイリヤさん!?それはダメです!!
イリヤさんには魔法少女こそ一番似合っているんですから。
他の魔術礼装なんてノーです!ノー!!」
「ルビー……大人になったら魔法少女にはならないからね?」
「そんな!?……いや、待って下さいイリヤさん。
今のイリヤさんはサーヴァント。故に年が過ぎようとも歳を取るわけでは……っは!?
そうですね……例え元の世界に帰ることになっても、
今のイリヤさんと言う霊基を記録して留めておけば、イリヤさんは永遠の魔法少女に……」
「何言ってるのルビー!?」
イリヤの成長を止める?
「ね、ルビーさん?……そういう考えは、絶対にやめてね。でないと」
「じょ、冗談ですよ冗談!
嫌ですねははは……ジョークです。そう、ブリティッシュジョーク!
だからその折らないで……」
「ルビーも変なことばっかり言うし!早く大人になりたいなぁ。
……大人になったらお兄ちゃんも……」
「イリヤ……イリヤは、ゆっくり……少しづつ大人になりなさい。
焦らなくても大丈夫、貴女は素敵な女性になるから……ね?」
「……わたしも……ママみたいになれるかな?
ママみたいなドレスを着て……ママみたいに……」
「……このドレスは……イリヤには似合わないわ」
「えぇ!?
そ、それってママみたいにはなれないってことじゃあ……そんなぁ……」
「違うの、これは―――
―――いえ、きっとイリヤにはイリヤだけにしか着れない、素敵なドレスが見つかるわ」
「……わたしだけ?」
「そうよ。こんな―――」
―――ドレスのカタチをした呪いよりも、もっとずっとイリヤに似合うドレスが。
「見つかるわ。必ず、イリヤだけにしか着れないドレスが。
―――そうね、例えば……ウェディングドレスとか?」
「結っ!?……いやーそのー……そういうのは早いっていうかー……えへへ」
「ふふ、そういう日が来るのが……私は楽しみだわ」
それを見ることは叶わないでしょうけど。
いつか、呪いに縛られることのない彼女が、
……私の得ることの出来なかった普通の幸せを過ごせるように。
「だからね、ゆっくりでいいの。
その時が来たら、イリヤは綺麗で素敵な女の子になっているわ」
「う、うん……わかった……頑張って結婚出来るように頑張ってみる……!
結婚……わたしが結婚……」
「結婚に拘る必要はないけれど……頑張って、イリヤ。
―――私は、いつでもあなたを見守っているから……」
「ありがとう、ママ!
……あぁっ!今クロが……ママ、あっちにクロがいた!
ちょっと、先に行くね!!クローーーーーーーーっ!!」
「え、あ、イリヤ!そんな走ったら……待って、イリヤー!」
彼女が全てを知ることはないだろう。
いや、知らないでいて欲しいと思う……これは願いだ。
彼女の運命が、この先でそれを許さなかったとしても、
あの子の選んだ未来が幸せなものであって欲しいという祈りを込めた、私の願い。
見守っているわ……私が……私達が……あなたの行く末を、ここから。
これは、未来を取り戻す物語……その間の、夢のような奇跡。
生まれて来てくれて良かった。あの子がいる、幸せな未来。
少しだけ触れられた―――親子の未来。
おわり
読んでいただきありがとうございます。
イリヤ生誕祝いで始めた短編ですが、これで終わりです。
公式でもっと絡みが増えれば嬉しい所存。
最近は家族関係の鯖が増えて来てるので、運命的な出会いのある鯖は気になってしまいますね。
では、イリヤがHFで救われると信じてまた次のお話で……!