「ところで皐月さんはいままでずっと一人暮らしだったのですか?」
グシオンとフラウロスが皐月の住む部屋へやってきて数日が経過したある朝のこと。不意にグシオンは、食事をしている途中の皐月へ質問を投げかけた。
「……え~と、私のこと何歳だと思ってる?さすがに何年間もずっとのわけないってば」
「……あ、すみません。言われてみればそうですよね」
「別に謝らなくてもいいけど。一人暮らしは今年の4月に入ってからだから、一月も経ってないや。でも、そんなこと急に聞いてどうしたの?」
「いえ、なんとなく気になっただけです。ただ、よくよく考えてみると、親元からあえて離れ、1人で炊事から掃除、洗濯まで何でもこなす皐月さんは立派だなぁと思いまして」
「もう、褒めても何も出ないよ、グシオン。それに、なんか成り行きで一人暮らしが始まったようなものだし」
――成り行きで始まった。皐月の何やら事情があるような、能動的でない受動的な言い方にグシオンは引っ掛かるものを感じた。
「へぇ、そう、なんですね。……あ、今日の天気予報は終日晴れのようですが、にわか雨が降るかもしれないので、折りたたみ傘を持って行った方が良いみたいです」
すると、グシオンはその事情を深読みしたのか、これ以上は詮索すべきでないと考え、この話題を終わらせようと別の話題へ切り替えようと話を逸らしたが、皐月はそれに感付いた。
「あ、気を使わせてごめんね。親は二人とも元気だし、別に気まずい話でもなんでもないからさ」
「そ、そうだったのですか!それもそうですよね、なんか私深読みし過ぎたみたいで、なんかすみません。……しかしそれでしたら、わざわざなぜ?」
「……え~とね、話せば結構複雑なんだけど――」
皐月は頬を指で掻く仕草をしながら説明を始めていくが、彼女が言うように言葉にするのは難しいものだった。要点のみを噛み砕いて説明すると、
①元々父親の転勤により、家族3人でここへ引っ越す予定だった。
②そのため、皐月は引越先から近くの高校へ入学を決めた。
③しかし、転勤先が決定していた所から急遽変更となり、父親はそちらへ行くことに。
「――とまぁ、こんなことになって、お母さんは私のところかお父さんのところ、どっちに行くか悩んでたんだけど、「私が一人でも大丈夫。なんとかなるから」って自信満々に言ったら、お父さんと一緒の所に行くことを決めて、今の私は一人暮らし。っていうわけ。今の説明でわかったかな?」
長かった説明を終えると、テーブルの上にはグシオンだけでなく、まだ寝ていたはずのフラウロスや、二人の会話そっちのけでメイスの素振りを黙々と行っていたはずのバルバトスまでもが、皐月の話を聞き入っていた。
「ん~、よくわかんなかったが、要は色々と大変だったってことだな!」
「……うぅん、難しくてわからない」
もっとも、グシオン以外の二人は頭で処理しきれていないようだったが。
「まぁ、わからなくて当然だと思うし、しょうがないよ。これで私の話はおしまいだから……って、もうこんな時間!皿洗いは帰ってきてからするしかないかな」
時間のことを気にも留めず、話すことに集中していたため皐月は皿洗いのことをすっかり忘れていた。今からしたら学校へ遅刻してしまうため仕方なく断念し、洗面所へ足早に直行。手早く身支度を済ませると、前日に準備していた手提げバッグを持って玄関へと向かう。
「それじゃあ、学校に行ってくるから、留守番よろしくね」
「いってらっしゃい、サツキ」
「はい、お気をつけて」
「いってら~」
皐月は3人に向けて挨拶を言い残して、部屋を出て行く。留守番を頼まれた3人のFAガールもそれぞれに言葉を返して皐月を見送った。
FAガールがすることは基本的にその個体の自由だ。決められたプログラムも特に無い上、知能もあり思考することができるからである。
「さ~て、これから暇なわけだが、どうすっかな」
「そうですね、とりあえず私は……先日戦いましたし、武器のメンテナンスでもしましょうか」
「私は、さっきの続き、する」
「……お前らまじめかよ。まぁ別にいいけど。じゃあ俺はもう一眠りするわ」
皐月が出てから間もなくして、バルバトスは先程中断したメイス(と太刀)の素振りを再開し、グシオンは戦闘で使用したライフルやサブアーム等の整備を行い、フラウロスは再び充電くんの上へと戻って眠ってしまった。
「もう少しだけ離れて……そう!そこで止まって欲しい」
それから1時間ほど経過すると行動にも変化が現れ、バルバトスは飽きてしまったのか今度は、充電くんに的を持たせて滑腔砲による射撃練習を始めだした。
「ふぅ、やはり大変ですね。もっと整備のしやすいものを開発して欲しいものです」
「……zzz」
しかし、グシオンとフラウロスには特に行動の変化は無かった。
「むぃ、飽きた。……ふぁ」
そしてさらに時間が経過して正午を過ぎると、バルバトスはついにすることやることがなくなってしまったのか、欠伸をする仕草がちらほらと見え始めてくる。
「なんか面白い番組やってねぇかなぁ……っと」
「あ、ちょうどヒ○ナンデスがやってる時間ですね。地上波の4チャンネルをかけてください」
「ほいほい、りょーかい」
武器の整備を終えたグシオンと本格的に目を覚ましたフラウロスの両名はというと、テーブルの上にあったリモコンを操作して、テレビの電源を付け、見始めた。バルバトスは二人の行動に興味が湧いたようで二人に訊く。
「グシオン、フラウロス、それはおもしろいのか?」
「えぇ、人気のバラエティ番組ですし、私は面白いと思いますけど。観たいなら一緒にどうです?」
「そうそう、百聞は一見に如かずだ。バルバトスもこっちに来てみなって」
「わかった、じゃあそうする」
退屈を持て余していたバルバトスは、グシオンとフラウロスに勧められるがままに、迷うことなくテレビの前へと移動していき、しばらくの間眺め続けた。しかし、この段階のバルバトスにとってはよくわからない人間達が出ている番組だったため、面白いと感じることができないまま、時間だけが過ぎていった。
そこからまた時間が進み、3人が見ていたテレビ番組も終わりの時刻となる。
「う~ん、終わった終わった。……また寝るか」
「……他にすべきことは無いのですか、あなたは」
「フラウロス、寝過ぎ」
またしても寝ようとするフラウロスに対し、他の二人から突き刺さる勢いの鋭いツッコミと共にジトッとした視線が向けられる。総ツッコミを受けたフラウロスは声をやや大きくして反論した。
「しょ、しょうがないだろ!本当にすることが何にも思いつかねぇんだから!」
「まぁたしかに、言われてみればそうですね。一日だけでもいいから自由にして良い日が欲しいと、ラボの中では考えていましたが、いざそうなると結構戸惑いますし」
「だろ?……けどま、ラボにいるよりかは、ここの方が居心地がずっと良いよな」
「えぇ、それには同意します」
皐月の部屋に来る以前の話で盛り上がるグシオンとフラウロス。バルバトスにとってはその話もまた聞き慣れない言葉であり、新鮮な話題だったため二人にまた訊ねた。
「らぼ?にいた時は、ふたり何してたんだ?」
「え~とですね、シュミレーターを使った模擬戦と新しい武器の運用試験をただひたすら繰り返す毎日。そして、定期的に行われるメンテナンス。あとお休みは1週間の内に3日ありましたが、外に出ることはできなかったので、することと言えば、他の子と会って喋るぐらいでした。……今思えば、あまり面白い日々とは呼べませんね」
「そうそう。それに引き換え、正真正銘のFAガール同士のバトルはごくたまにしかなかったからな。まぁつまらなかった」
「ですから、あなたはある意味で幸運だったのかもしれません。
「……そうか。私は幸運、だったのか」
見たことのある世界がこの部屋しか無いバルバトスにとって、あまり実感が湧かない話であったが、二人がもと居た場所よりかは良い環境であるらしい。ということがいままでの話を聞いてわかったことだった。
これで話すことは大方無くなったわけだが、まだできることはまだ残っていた。
「そういえば皐月さん、今朝私達に構ってしまったせいで皿洗いできなかったんですよね。よし!私達でしましょうか」
それは今日の朝、皐月がやり損なった皿洗いである。このような考えに至ったわけは、朝の時間を少なからず奪ってしまったという責任をグシオンが僅かながら感じていたためだ。
「えぇ~俺達にも手伝えってのかよ?」
「どうせ、寝ることしか無いようですし、問題ありませんよね?」
「問題はねえけど、今朝のあれは、悪いの完全にグシオンだけなんだから、俺とバルバトスはやる必要ないだろ。それに濡れるし」
「もう。私達、防水機能備わってるんですよ。それぐらい別にいいじゃないですか」
しかし、そのグシオンの親切心とは裏腹に、皐月の手伝いの一環としての皿洗いにあまり乗り気ではないフラウロス。
「それは、サツキの役に立てるか?」
「はい、それはもちろん。それに皐月さんのことです、褒めてくれるかもしれませんよ」
「そうか。じゃあするぞ。グシオン」
そのフラウロスとは対極的にやる気を見せるバルバトス。
「フラウロスは、本当にしないのか?」
「何度も言わせんなって。俺にはする必要性が見つかんねぇし、それに、お前だって無理にやらなくともいいんだぞ?」
「私は、サツキの役に立ちたいと思ったが。ざんねんだ」
バルバトスに言われてもまったく動こうとはせず、正しく「てこでも動かない」を体現していた。
「まぁ乗り気でないというのなら仕方ありませんね。では、二人でやってしまいましょうかバルバトス」
しかし、不動のフラウロスをやる気にさせる……もとい、脅すネタは付き合いの長いグシオンが多く持っていた。
「――グレる前のまだおとなしかった頃のフラウロスの昔話でもしながら」
「……フラウロスが、おとなしかった?」
「――ッ!?おい、それは俺を脅してんのかっ!?」
グシオンの言葉にバルバトスがいままで見せたことも無かった驚いた表情を見せれば、フラウロスはゴロゴロしていたところから飛び起きて慌てふためいた。
「え、いったいなんのことでしょう?さ、バルバトス、手伝おうとしないフラウロスのことなんか無視して早く行きましょうか」
「うぃ」
表面ではいつものように微笑んでいるグシオンだが、その内面では敵役にピッタリな高笑いでもしているのだろうとフラウロスは思い、しょうがなく折れた。
「ダーッ!わかったよ!俺も手伝ってやるよ!だから三人でとっとと終わらせるぞ!」
「え、本当ですか?ありがとうございます、フラウロス」
「コ、コイツ……ッ!」
悪魔め。と内心で呟き、不満を抱えながらも、宣言通りに手早く済ませたのだった。そして、結局のところフラウロスの
「ただいま~」
「おかえりなさい、サツキ」
「今日もお疲れ様でした」
「おかえり、ごくろうさん」
時間は16時を回り、皐月が帰ってくる。部活や同好会、クラブに所属しておらず、バイトもしていないため、平均的な高校生よりも帰る時間が早いのだ。
「皿洗い、私達がやっておいた」
「え!ほんとに?」
「はい、数もそこまで多くありませんでしたから」
「それに朝遅くなった一番の原因はグシオンにあるんだしな」
「でもありがとね、みんな!」
こうして彼女達の一日は今日も平和に過ぎていくのだった。