カルデアに生き延びました。   作:ソン

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 黒い海の中を、漂っている。
 そこが本当に海かどうかなんて分からないけど。ただ言葉にするなら、それしか残っていなかった。
 浮かんでいるのが自分だけで、ぼんやりとした意識と体を包むような冷たさがある。

 それが俺の知る最初の記憶。幼年期の終わりとも言えるだろう。

 こうして、先の見えない旅は始まった。


生き延びて

 

 俺の人生に、意味はあったんだろうか。何か、少しでも残せたモノはあるのだろうか。

 死にたくない。ただ無意味に、何も残せず死にたくない。

 意味が欲しい。俺と言う個人が生きていた、証が。

 ――薄れていく意識の中で、もうどこにも届かないナニカを伸ばした。

 

 

 

 

 転生、なんてのは笑える話。どうせ自分には関係ないと。ずっと前までそう思っていた。

 死んだと思っていた命がまた拾えたのだから、笑える話から有難い話にすり替わるのにそう時間はかからなかった。

 ただ一つ、隅を突くようなどうしようもない我が儘がある。せめて、平和な世界にしてくれなかっただろうか。

 なんて、そんな事が浅ましい願いだというのは、百も承知なのだが。

 

「……カルデア、人理焼却、レイシフト、サーヴァント、聖杯戦争……」

 

 どうみても、TYPE-MOON世界。

 燃え盛る街を見下ろして、俺は言葉を呟いた。

 転生――と言うよりは乗り移ったに近いのだろうか。カルデアのマスターとしての資格を持ちながら、生きる事の出来なかった誰か。

 右手の甲に刻まれている刻印。

 それはこの体がマスターである事を示して、この状況ではレイシフト適正があった事を伺わせる。

 俺はある意味それに救われたんだろう。何故、ここにいるのなんて、全く分からないけれど。

 Fate/Grand Order。未来を取り戻す戦い。人類史を遡る過去との戦い。

 いつもスマホでポチポチしていただけの世界。それが今、目の前に広がっている。

 ――着ているのはカルデアの制服と上から羽織った黒いローブ。回復とか攻撃とか回避とか、かなり使いやすいタイプだった。まぁでも、見た目的には魔術協会のローブが一番好き。

 クエスト開放されてないのに、ローブを羽織っているのは都合がよいとも言えるんだろうか。

 

「オーダーチェンジとかでバフ盛りしたなぁ。……特効礼装とか付けてたし」

 

 ただ不思議なのは、この先何が起きるのかと言う記憶だけが無い。まるで鋏で切り抜かれたかのように。

 Fateの醍醐味や思い出は記憶にあると言うのに。肝心な詳細だけが無かった。

 だから例えば主人公がこの先どうなるのか、なんて俺は全くの初見になる訳だ。要するに記憶をリセットしてやり直しているようなモノ。いや、どういう事だコレは。

 型月世界では正直やめて欲しかった。ホントに。先を知るか否かで、今するべき行動は変わるというのに。作戦会議とか、好感度とか、助言とか。俺何章までクリアしたんだっけ。まぁ、でもアドバイスとかはしっかり耳を傾けよう。

 バッドエンドなんて、一回で充分だ。求めるのは問答無用のハッピーエンド。どうせなら、最後は笑える結末が一番いい。

 と、現実逃避した所で立ち上がった。

 

「……んじゃ、召喚しますか。死なない程度に頑張って、目指すは人理修復(ハッピーエンド)だ」

 

 魔力の源はまぁ、充分に集めた。後は俺の運に全てを掛けるだけ。

 掌でいくつか、それを弄ぶ。

 よし、行ってこいと内心呟いて。四つの塊を放り投げる。本当は三つでもいいんだけど。手持ちはそれしかなかったし。一つ残しても使い道がないから。

 魔法陣が大きく煌めいて――ふと俺はある事に気が付いた。

 

「……雪?」

 

 不思議だった。火炎に包まれた街の中に、粉雪が降っている。

 それはとても幻想的で、思わず息を呑んでしまった。

 肝心のサーヴァントは――

 

「セイバーのサーヴァント、召喚に応じ参上しました」

 

 まさかの一発本番で来ちゃいました。

 まぁ、一番来てほしいサーヴァントだったし。うん、これなら大丈夫。

 これならきっと、俺は――。

 

 

 

 

 数合わせの一般候補生。多くのカルデア職員にとってアランと言う少年は、その程度の認識だった。

 使える魔術も突出したモノはなく、至って平均的。正直、大役を任せるには力不足も甚だしい。

 だが、そんな彼がマスターになったと言うのは、運命か否か。

 あの日、管制室にいた彼は確実に爆発に巻き込まれた筈。Aチームの補佐を務める者として、レフ・ライノールから推薦を受け本人が承諾したのだ。ならば、結果だけ見れば彼は酷く裏切られたに違いない。けれど、今の彼はその過去をほじくり返る事もなく、ただ淡々と受け止めていた。

 マシュ・キリエライトの例を除けば、彼が唯一の生存者だ。レフ・ライノールの奇襲を生き延びたマスター。彼がその後のストレス障害を発症しなかったことも、サバイバーズ・ギルトにならなかったのも幸運だった。

 

「……うっし、種火だ。ランスロット」

「御意、御伴致します」

 

 もう一人のマスターである藤丸立香と比較すると、まだサーヴァント頼みの力押しが目立つが、英霊の関係も良好。攻撃的なスタイルを得意とし、逃走を許さない。加えて、藤丸立香との仲も良好で、互いにサーヴァントを連携させる事も可能なほど。

 時折ドライな発言も目立つが、人理修復には前向きな姿勢。職員とも、一定の関係を保てている。

 そして意外にも観察眼に優れている。ドクターロマンが不調を隠している事を見抜き、休息を取ら(気絶さ)せた事もある。

 ただ強いて言えば、彼の召喚するサーヴァントには癖が強い事か。

 

「待て、マスター。まだバーガーの供給は終わっていないぞ」

「げっ、オルタ……」

「ちょっと、マスターちゃん。そんな冷血女と一緒のくくりで呼ばないでくれる?」

 

 アランがアルトリア・オルタとジャンヌ・ダルクオルタの召喚。

 立香がアルトリア・ペンドラゴンとジャンヌ・ダルクを召喚。

 同名の英霊でありながら、全く異なる側面を呼び出した事でカルデアの話題にもなった。クーフーリンとエミヤが悪寒を訴えていたが気のせいだろう。

 

「邪ンぬ……!」

「待ちなさい、今アクセントおかしかったわよねアンタ」

「お前らたまに喧嘩するからパスしてたんだよ……! 俺はランスロットと一緒に戦いたいんだ!」

「マスター、その……。お言葉は在り難いのですが、このタイミングでは……!」

「貴様ランスロット……。一度ならず二度までも……!」

「いいわ、今日こそ白黒つけてあげる!」

「どっちも黒じゃ……」

 

 その日、カルデアは崩壊しかけた。

 

 あぁ、何て良い夢なのだろう。

 どうかこの時が永遠に続いてくれればいいのに。

 

 

 

 




 楽しそうね、と女は笑った。

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