カルデアに生き延びました。   作:ソン

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 これが、俺の知る最後の記憶。

 こうして、また俺は始まりの時を思い出す。


 何度、思い返したとしても。その日々が色褪せる事は無い。


訣別の時、来たれり

 結局、藤丸立香は魔術王の監獄から生還した。そして更なる力を揃え、特異点修復へ乗り出した。

 その果てがこの時間神殿。――人理を掛けた戦いは、終局に向かいつつあった。

 

 

 

 

 玉座の前で、アランは佇んでいた。

 七つの特異点を乗り越えたマスターを。来るべき敵を待ち受けていた。

 背後には姿を消したソロモンが控えている。彼が倒れれば、次は魔術王自らが打って出ると言う訳だ。

 まるで人形だな、と彼は自嘲する。

 

「来たか、遅かったな」

 

 藤丸立香はサーヴァントを引き連れてきた。その瞳も立ち居振る舞いも、ロンドンの時は違う。まるで別人のようにすら思えた。

 サーヴァントはロンドンの時の面子と変わりない。だが、その誰もが、あの時よりも強い力を持っていた。

 

「アラン……!」

「……言葉は不要だ。

 許しはこわん。恨めよ」

 

 前に出たのは三騎。

 アルトリア・オルタ、ジャンヌ・オルタ、ランスロット。――元彼のサーヴァント。

 

「知れた事だ。部下の不始末を誅するは王の責務。楽にしてやろう」

「恨む? とうとう、そこまで馬鹿になったのねアンタ。アヴェンジャーなのよ? 恨むなんて当たり前でしょ? ……だから、一息で燃やしてあげる」

「……マスター。お覚悟を」

 

 

 

 

 ランスロットの剣技が、彼の体を縫い止める。

 そこを突くように、ジャンヌ・オルタの宝具が発動。彼の体を焼き尽くし、その身を封じる。

 さらに追い打ちを掛けるように、ランスロットの宝具が彼の体を切り裂いていく。

 傷口から夥しい量の血が零れ落ちていく。それを抑えながら背後へ退く。

 視界がぼやけた。さすがに血を失いすぎたらしい。

 何もかもが曖昧な世界で、彼が見たのは己を飲み込もうとする漆黒の奔流だった。

 

「……」

 

 景色が晴れて、見えたのは左腕が消失しながらも、かろうじて立ち続ける彼の姿だった。ただ彼の視点はもうどこを見る事無く――。

 カラン、と彼の手から刀が抜け落ちる。

 そのまま彼は両膝を着き、地面へ倒れた。

 

「……せめて、優しい夢の中で眠れ。マスター」

「馬鹿ね、アンタ。本当に馬鹿。どうせ死ぬなら……」

「……申し訳ありません」

 

 

 

 魔術王ソロモン――魔神王ゲーティア。

 その力は強大そのものだった。攻撃が何一つまともに通用しない。――例えダメージを与えても即座に回復される。

 

「やはり無様だ、人は。どこまでも意味が無い。

 人よ、そして英霊よ。死ね。ただ死ね」

 

 ゲーティアの背後に、膨大な魔力が集約する。

 マスターを守ろうと、サーヴァント達が身構えた。

 

 

「――そこまでだ。ビーストⅠ」

 

 

 その隙間を、煤んだナイフが飛来しゲーティアの胴体を抉った。

 

 

「……何?」

 

 体を視認するも素早くそれは駆け抜けた。

 ただ一直線に、ゲーティア目掛け得物を突き刺した。ナイフの柄を、刀の先端で差して、さらに貫通させた。まるで一点を穿つように。

 

「血迷ったか。その程度で我を殺せるとでも思ったか?」

「……これでいいんだよ。命の使い方なんてとっくに決めてある」

 

 血塗れで倒れていた筈のアランが、ゲーティアの総身に刃を突き立てていた。

 その瞳が、蒼く輝いている。

 

「笑止。虫の刃、針に及ばず」

「っ!」

 

 アランが吹き飛ばされた。残っていた右腕が千切れ、夥しい量の血液を撒き散らしながら、藁屑のように地面を転がった。

 

「やはり、無様だな貴様。カルデアもろとも消え去るがいい。

――第三宝具展……!?」

 

 突如、魔力が消失した。

 背後で集約した高密度の術式が霧散していく。

 

「なんだ、なんだこの感情は……! 何故だ、何故魔神柱共が崩壊を始めている……!

 何故、我が第三宝具が展開出来ない……!?

 何を、何をしたぁ! アラン!」

『これは……。ゲーティアの霊基が大きく削がれた……?

 ティアマトの時と同じだ! 今なら、ゲーティアを倒せる!

 立香君! 今しかない!』

 

 

 

 

 もう両腕の感覚がない。気持ち悪い感触が背中一杯に広がっている。

 確か、ゲーティアに刃を突き立てた事までは覚えていた。第三宝具を撃たせれば、カルデアに勝ち目はない。

 ならば、その展開を阻害させる。

 だから、彼女の力を借りた。最初に召喚したセイバーの力を、彼自身が吸収した。

 だが人の存在では扱えない。なら、自身がそれを超えればいい。故にビーストとなった。

 悟られてはいけない。だから、話す相手も限らなくてはならない。

 結果的に見れば、裏切りだ。それを言い訳するつもりはない。せめて一言謝りたかったが、結局何も言えないままだった。

 何か意味は残せたんだろうか。この死の先は、誰かの道標になれたのだろうか。

 

「マス……! ……ター……!」

 

 もう残像しか見えない目を開ける。

 ぼんやりとした輪郭が、ようやく形となった。見えたのは藤丸立香とマシュ・キリエライト。そして星の獣。彼がマスターとして召喚したサーヴァント。

 背後ではゲーティアと、立香の召喚したサーヴァントが激闘を繰り広げている。

 

「良かった……! 今、治癒を」

「もう……いい。生き延びたにしろ、この後俺は消滅する。だったら、無駄な魔力を使うな。

 今を戦う英霊たちに、使ってくれ」

「……」

「最初は、最初は本気だったよ。お前達を裏切ってでも、俺は生き延びたかった。死にたくなんか、無かった」

 

 あの時を思い出す。

 手の届かない温かな光。眩しいばかりの時間。

 

「オルレアンを、覚えているか。あの時の聖女の言葉に、俺は酷く突き動かされた」

 

 自分の死が、誰かの道に繋がっている。なら、それだけでも良かった。

 救国の聖女はそう言った。

 そこでようやく俺は自分を特別視しているのだと気づいた。選ばれた者だから、他の誰かよりも生きる資格があるのだと、誤解していた。

 セプテムで、浪漫を見た。語り継がれている歴史の重みとそれを背負う人達の生き様を。

 オケアノスで、怪物(えいゆう)を見た。誰かのために、命を燃やしつくす怪物を見た。

 

「人理の旅で、俺は得難いモノを見たんだ。こんな命を張ってでも守りたいと思えるような、尊い光景に触れる事が出来た」

 

 もっともっと、彼らと一緒にいたかった。旅を、続けたかった。でもそれだと、誰かがいつか消えてしまうから。そうなる未来だと、知ってしまったから。

 ――だから、本来なるべきであろう獣の名を。俺自身が持っていく事にした

 もうカルデアの誰にも、死んでほしくなかったから。

 

「なぁ、立香……。お前はさ、俺にとって一人しかいない友達なんだ。

 お前とマシュが見せてくれた、遠い光。お前達(カルデア)にとってそれが、当たり前だったとしても。俺にはそれが眩しくて。だから――だから……っ!」

 

 振り絞るように声を出した。

 もうこの手は伸ばせない。

 けれど、この思いだけは届いて欲しい。

 

 

「お前達には、生きて、いて――」

 

 

 そうして彼は消滅した。

 ビーストの名前と共に。

 

 

 

 最早、事の瑣末を語る必要は無い。

 

 獣の名を語った術式は、自我を得て。最期に運命を知った。

 

 人理は確かに修復された。

 

 その日カルデアの空は確かに晴れた。

 

 そして小さな雪が穏やかに降り注ぐ。

 

 もうここにはいない誰かを偲ぶ様に。

 

 

 

 

「……うん、真実を語るとしよう。黙っていて、済まなかった。

 まずは彼の汚名を晴らさせてくれ。彼は裏切り者なんかじゃない。彼は最期までカルデアのメンバーとして戦った。それだけは、覚えていて欲しい」

 

 ダヴィンチは、全員が集うカルデアの管制室でそう告げた。

 彼女だけは彼から全てを話されていた。それは、せめてもの理解者が欲しいと言う彼の小さな願いだったのだろう。

 

「彼は元の歴史で死んだ存在だ。何の変哲も無い、ただ理不尽な死を遂げたどこかの誰か。それが彼だ。

 そしてアラン――彼は、レフのテロで確かに死んだ。けど、たまたまだ。完全な死を遂げる前に、からっぽな体のままレイシフトしてしまった。

 そこに彼の心が入り込んだ。それが私達の知るアラン君だ」

 

「無論、彼の願いは二度目の生だ。二度も死ぬなんて英雄じゃない彼には耐えられない。

 彼は最初に召喚したサーヴァントから、聞いたらしい。人理と彼の存在をね。

 何でもそのサーヴァントはかなり規格外なようで、彼の願いを叶えてしまったそうなんだ。

 死にたくない。だから力を得る。――その召喚したサーヴァントの全てを、彼は望んでしまったんだよ。

 ビーストのきっかけがコレだ。彼の死にたくないと言う願いが、生み出した執念の獣だった」

 

「そこに魔術王は目を付けた。精神の世界で彼に語りかけて来たそうだ。裏切りをね。

 そして彼はそれを承諾した。

 ――だが、彼がどんな選択をしたのか。君達は見届けた筈だ。それが彼の全てだ」

 

「そうしてもう一つ。彼はそのサーヴァントから聞いていたらしい。彼のいないカルデアの結末を。

 そこではマシュとロマニが消失していた。マシュはゲーティアの宝具から立香君を守るために。ロマニはゲーティアの根幹を崩すために命を捧げたそうだ。

 誰が悲しむかは分かるだろう。――それが彼には耐えられなかったんだよ。

 君達のいないカルデアなんて、彼は見たくなかったんだ。今を生きる誰にも、死んでほしくなかった。だから、自分の命を燃やした」

 

「彼はもう一つ私に頼み事をした。人理修復した後は、彼を、裏切り者として処理してほしいと。

 立香君、一芝居打つためとはいえ、君に刃を突き立てなくちゃならない事を彼は後悔していた。だからカルデアの歴史に、狂人として記録してほしい。

 そうすれば君は同情される。裏切りに合い、命を落としかけながらも人理を修復した人間であると。ただサーヴァントに縋るだけの飾り物には見られなくなる。

 ――そう、頭を下げてきたよ」

 

「けど、それはきっと彼の本心じゃないんだ。私に真実を打ち明けてきた事が、彼の本当の願いなんだ。

 ――君達だけには、伝えたかったんだと思う。残りたかったんだと思う。裏切り者じゃなく、仲間として。

 だから、どうか。彼を、カルデアに生き延びた彼を、カルデアに受け入れてほしいんだ。もうその体も魂も、どこにあるかはわからないけれど。いつか帰ってきたときの道標のために」

 

 

 

 

 

 

 どこでもないどこか。

 時空の海で、とある小さな再会があった。

 それは彼に一つの希望を与えた。美しいモノを見せてくれた返礼と。彼に二度目の生を贈ろうとしていた。

 きっと、それが彼の求めるモノだからと。

 

「……いや、俺には不要だ。

 彼女に、使ってあげてくれ。小さな体で、たくさんアイツを守って来た彼女に」

『いいのかい。そうすれば君はまた生きていける。新しい命として、生きていける。彼らの傍で』

「コレはそんな尊いものじゃない。あそこは――俺の居場所は、誰かから奪って手に入れたんだ。

 夢ならもう充分、見られたよ。だから、返さなきゃ」

 

 そう言って、彼は微笑んだ。

 死した者があるべき場所に還るだけ。

 それが自身の運命(Fate)なのだと、受け入れて。

 

『そうか。君の願い通り、これは彼女に使うよ。それで、いいんだね。

 君は何も悪くはない。ただ誰かの為に、運命を肩代わりしただけの話なのに。君に、何一つ非なんて無かったのに』

「そんな立派なモノじゃないよ。……そりゃ怖いさ。後悔だって少しはある。だけど誰でも無い俺が納得したんだ。

 だからこれでいい」

『そうか――ありがとう。死にたくないと抗ったどこかの誰か。

 僕は美しいモノを見た。君のおかげで、僕もそれを強く守りたいと思えた。――この旅は僕にとっても宝物だ。

 尊い夢を、ありがとう』

「あぁ。ならその結末に悔いは無い。

 それじゃあさよならだ、星の獣」

 

 そうして彼は時間神殿から消滅した。

 もう彼はこの世界のどこにもいない。人類史において、彼はあるべき場所に還ったのだろう。

 

 

 

 

『けど、まだだ。キミの役目は彼らを守り抜く事。

 それはまだ終わっていない。カルデアの戦いはまだまだ続く。

 夢の続きを見るのは、人の特権なのだからね。

 キミの人生()は今、始まるんだ。

 その道行きに祝福を。あなたの旅は長く、だからこそ得がたいものになると信じて』

 

 

 




 第四特異点出撃前夜。その前に皆で写真を取ろうと言う話になった。

 スタッフ達やサーヴァント達がどこに立つかで騒いでいるのを遠目に見る。

 遠いな、と呟いた。

「ほら、アラン君も」

「ドクターは?」

「セルフタイマーがなくてね。誰か一人、あの輪から離れなきゃいけないんだ」

 そんな男の手から、俺はカメラを奪い取る。

「ドクターもどうぞ。シャッターなら俺が押しますよ」

「えぇ、いや、でもほら、マスターなら尚更サーヴァントと映らなきゃ」

「ドクターだって一緒に頑張ってきたじゃないですか。ここぐらいは俺に労わせてください」

「……」

「それに、俺も。裏方の仕事っての、少しはやってみたかったんですよ」

「……分かった。じゃあお願いしてもいいかな」

「はい、勿論」

 カルデアのスタッフとサーヴァント達。

 全てが一枚の写真に納まるように。今を生きている彼らが一人も隠れないように。

 一人、シャッターを切る。

 出来上がった写真――俺のいない、カルデア。死人である俺が、彼らと共に生きる事は許されない事。

 でも、もし。もし我が儘が言えるのなら。願いが叶うのなら。


 俺も、そっちに行けるかな。



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