カルデアに生き延びました。   作:ソン

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 獣の残滓が、少しずつ目を覚めす。


福音領域

「ぐぅっ!」

「メルト!」

「来てはだめ! そこにいて!」

「足掻きなさいな。所詮は、小虫の羽ばたき。微風すら起こせないでしょう」

                             

 蒼い深海の底でとある獣。そしてサーヴァントと少年が戦っている。  

 それを見る者は誰もいない。まさしく孤絶の死闘だった。

 ただ互角とは言い難い。獣に取っては戯れに過ぎないのだろう。

 傷ついた体で、少女は懇願した。そのために全てを投げ捨てた

                              

「っ……!」                      

「お願い、やめて、逃がしてあげて! その人は。その人だけは……!」

                         

 伸ばした手は無意味だった。何もかもを溶かす魔性の業は、まるで虫を潰すかのように呆気なく。

 されど包み込むかのように優しくその人に触れた。

                    

「あ――」

              

 消えた。その人が、支えてくれた大切な思い出は欠片すら残さず。砕けて消えた。

 感覚のない手を振り回すけど、破片にすら届かない。

             

「あぁ――ああああ」

「まぁ、不思議。触っただけで溶けてしまったわ」

          

 まるで虫を興味本位で殺してしまった子供の様な声で。

 魔性の獣は、そう言い放った。

      

 

 ――そんな未来を、見てしまった。

 ならば俺がすべき事は決まっている。

 手足を拘束していた枷が外れ、体中を縛り付けていた鎖がほどけていく。

 鼻腔をくすぐるのは、甘い香りと澱んだ気配。――同類の存在を感知。

 つまりはそう言う事だ。

 俺がビーストとして呼ばれる時は――

 

「証明、開始」

 

 

 

  

「ぐぅっ!」

「メルト!」

「来てはだめ! そこにいて!」

「足掻きなさいな。所詮は、小虫の羽ばたき。微風すら起こせないでしょう」

                             

 蒼い深海の底でとある獣。そしてサーヴァントと少年が戦っている。  

 それを見る者は誰もいない。まさしく孤絶の死闘だった。

 ただ互角とは言い難い。獣に取っては戯れに過ぎないのだろう。

 傷ついた体で、少女は懇願した。そのために全てを投げ捨てた

                              

「っ……!」                      

「お願い、やめて、逃がしてあげて! その人は。その人だけは……!」

                         

 伸ばした手は無意味だった。何もかもを溶かす魔性の業は、まるで虫を潰すかのように呆気なく。

 されど包み込むかのように優しくその人に触れた

                    

「あ――」            

              

 消えた。その人が、支えてくれた大切な思い出は欠片すら残さず。砕けて消えた。

 感覚のない手を振り回すけど、破片にすら届かない。

             

「あぁ――ああああ」

「まぁ、不思議。触っただけで溶けてしまったわ」

          

 まるで虫を興味本位で殺してしまった子供の様な声で。

 魔性の獣は、そう言い放った。                         

 

 その結末を、斬り捨てた。

 

 

「っ! そんな、まさか。ここは感知すら適わない深海の底……!

 光すら届かない奈落の筈。――光よりも早く飛んできたとでも……!?

 誰です、こんな気分に水を差す御方は……!」

 

「ビーストの蛹か。それでよくもまぁ、揚々と吼える。

 俺を呼びよせたのは、お前の臭いだよ。そこに距離も時間も意味はない。

 ――途切れる未来があるのなら、俺がそれを斬り捨てるまでだ」

 

 藤丸立香の前に、男が立っていた。

 黒い着流しの上に雪を思わせるような白い羽織り。首元には赤いマフラーが巻かれていて、肩甲骨の辺りまで伸びている。

 左手には煤んだナイフ。右手には透き通る程の輝きを持つ刀。

 見覚えのある顔。そして蒼い瞳――。

 

「アラン……!」

「何だ、いつになく酷い顔だな立香。……まぁ、今はそうなるのも無理ないか」

 

 その声も記憶の中と変わらない。

 ただ少し、やつれたように見える。

 

「……無粋な御人。そんなことされたら、いつになく昂ぶってしまいますわ。

 ――いえ、貴方はもう人ではありませんね。私と同じ獣、ですか」

「まぁ、そうだろうな。俺もお前も、結局は自身の欲望の為にビーストになった。その過程が何であれ、その目的が誰であれ。さすがに同類の気配ぐらいは分かるか。

 もう二度と人に戻れると思うな。獣に堕ちた人間は地獄にすら行けない」

「えぇ、元からそのつもりです。だって、だってあのような、身も心も全て溶かしてしまうような快楽。

 一度知ってしまったら、もう、たまりませんわ。天上も、無間にもこれに等しきモノなどありません」

「……そうか。悲しいな、貴方は」

「……悲しい、とは?」

 

 声のトーンが落ちる。

 アランの言葉の何かを、キアラは不愉快だと断じたのだ。

 

「人は飽きる物だ。それが苦痛であれ、快楽であれ。

 きっと貴方は、何もつかめない。永遠なんて、この世界には存在しないんだよ。

 物事には必ず終わりが来る。それが形だ。

 貴方はそれに気づかず、けれど逃れられなくなってしまった。――これを、哀れと言わず何と言う」

「……ふふっ、ふふっ。うふふふふふ。

 人の欲は尽きぬモノ。それは、私がこの生で得た至上の快楽。それに勝る説法などありませんもの」

「あぁ、そうだとも。かつて俺がそうだったからな。

 貴方があの世界を駆け抜けたのなら、きっと何かを得れたのだろうさ。自身の願いすら、変えてしまう程の光を。

 まぁ、そんなのはもう。すれ違った夢物語に過ぎない」

 

 アランが刀を振り抜いた。

 キアラが掌底を打ち込む。

 ――二人の中央で、何かが炸裂した。

 

「獣同士、最後は力で語るか。どうせ互角だ。それ以上でも以下でも無い。

 彼女の眼に誓う。貴方の欲を、ここで断ち切る」

「えぇ、えぇ。貴方の戯言。所詮はどこかの童話にすら値しない滑稽なモノ。

 ――全て溶かして差し上げましょう」

 

 ビーストⅦとビーストⅢ。

 史上最悪の人類悪が、今激突する。

 

 

 

 

 藤丸立香は策をめぐらす。

 こちらの手数はメルトリリスとパッションリップの二人。だがどちらも酷く傷ついている。

 残る令呪は三画。幸い、手はある。

 アランとキアラは激闘しており、彼らが得物を振るう都度、蓮の花が乱れていく。

 双方の力が互角。つまりキアラはこちらを完全に見くびっている。アランを溶かす(殺す)事に全力を注いでいる。

 今しかない。二度目など在り得ない。ここで撤退すれば、キアラはさらに強くなる。アランももしかするとそれに比例して強くなるだろう。

 彼にここを任せるのもありかもしれない。

 

 ――だが、それで本当にいいのか。

 

 彼は命を捧げた。カルデアを、共に生きた人々を守るために。

 

 なら自身に意味があると証明しなければならない。彼の戦いが、無駄では無いのだと。彼が守ったモノには確かに意味があるのだと。

 

 だからこそ、生きるのだ。自身の価値を、そして彼の生きた証は。それに見合うだけの生き様があったと。

 

 何より、彼だけに任せているようでは、胸を張ってカルデアに戻れない……!

 

「ようやく、繋がりました……! いやぁ、ビーストさんが単独顕現してくれなかったら、本気でヤバかったです。

 センパイ、無事ですか!? 無事ですね! なら良し!」

 

 BB……! 駆けつけてくれたのか!

 

「メルトもリップもよく耐えてくれました。気休め程度ですが、回復をどうぞ」

「っ……色々と問い詰めたい所だけど、諦めてあげる。

 どうするの、マスター。まだあの女の優勢よ。時間を掛ければ掛ける程、アレは最悪な形に変貌していくわ」

 

 ここで仕留めるしかない。

 ――だが、その火力が、爆発的な一撃が足りない。決定打が、もう一つ。

 

「……そう。ねぇ、マスター。

 貴方に取って、カルデアとはどういう所?」

 

 生きる所で、帰るべき場所。

 あの旅で、多くの悲しみを知った。けれど、それを超える程の歓びとも出会った。

 浪漫を名乗る彼は、あの戦いが終わってこう告げたのだ。複雑そうな表情で。まるで自分が今ここにいるのが、不思議で何かの間違いじゃないのかと言わんばかりに。

 

『命とはね、決して死と断絶の物語じゃないんだ。彼が君を守るために戦ったように、そして君がそれを誰かに伝えて行くように。まるで物語として語り継がれて行くように。

 終わりは無意味じゃない。広く広く、繋がっていく。そんな輪の繰り返しなんだ。それが続いていって、今の君達にも届いている。

 立香君、僕から言えるのは一つだけだ。必ず帰っておいで。もう会えない人からバイバイって手を振られるのは、ほら、何と言うかさ。悲しすぎるだろう、そんなの』

 

 もっと多くの英霊達と出会いたい。彼らと旅をして。

 もっと多くの物語を体験して。

 いつしかそれが、美しいアートグラフとなるように。

 

「……そうよね。いえ、これでいいの。私は、私達の(ユメ)は届かないって、知ってるから。

 でも、だからこそ。貴方を守るわ」

 

 もう先のない体で、自身を守ると決めた少女。

 そんな彼女の声にこたえるように、右手に力を込めた。

 

 

 

 

 超近接戦闘の間合いにおいて、最も有効な武器は格闘だ。間合いを詰めると言うリスクこそあるが、それに見合うだけの優位性を持つ。

 格闘に熟達した戦士は、あらゆる戦場に置いて敵を苦しめる存在となる。

 側頭部を狙った一撃と、相手を翻弄する歩法。咄嗟に腕で防御し――灼熱が弾けた。

 衝撃が、骨の髄を伝わって脳にまで響いて来る。

 

「聖職者の癖に、肉弾戦か……!」

「えぇ、護身術程度ですが。何せか弱い女ですもの」

「ちぃっ――!」

 

 刀とナイフをほぼ同時に投擲。至近距離で、尚且つフェイントも織り交ぜる。

 だがそれらは円を描きながら、ただ彼方へ去っていくのみだった。

 

「それにしても、厄介な体ですこと。外は硝子と言うのに、中身はまるで鉄のよう。

 何度も砕けながら、折れる事が無い――。あぁ、ますます弄びたくなってしまいます」

「余裕たっぷり、だな……!」

「えぇ、でもこれで終わり。獣は獣らしく、弱々しく啼きながら、沈みなさいな」

 

 キアラの貫手が、心臓を穿つ。

 頬に着いた血を彼女は舌先でなめとった。

 

「これが獣の味……。何ともまぁ、薄い事。――!」

「――捕まえた……!」

 

 キアラの腕を握りしめる。

 これであの、厄介な歩法は封じた。

 

「――はい、豚になぁーれ」

「っ! 貴方は!」

 

 二人の頭上でBBが静止する。

 突如現れた杯から零れ落ちる黒い泥――。

 アレはサーヴァントを痺れさせる効果がある。並の霊基でも対応は困難。

 それならキアラを封じることが出来ると考え、そこでアランはある事に気が付いた。

 

「え、待って。BB。俺もいるんだけど」

「てへっ☆」

「てめっ、R-18ィィッ!」

 

 二人が泥に飲まれ――そこに突如、メルトリリスが飛来する。

 弾丸の如く、突き進んだ彼女の足先は泥の中にいたキアラを正確に捉えていた。

 泥を突き破り、彼女の足先がその心臓をぶち抜いた。

 

「メルト、リリス――!」

「おあいにく様ね! 翼は無くとも足はあるのよ!」

 

 藤丸立香は既にアランの真意を悟っていた。

 彼の戦法は敵を倒すためでは無い。敵を倒すきっかけになればいい。マスターだった彼のスタイル。故に長期戦に極めて長けていた。

 BBのスキルでキアラの防御を封じ、そこにパッションリップとの合わせ技でメルトリリスを撃ち込む。

 尚、アランを泥に巻き込んだ事についてはいつか謝っておこう。

 

「センパイ、既にセラフィックスはさらに潜行を続けています。これ以上は離脱困難の可能性が極めて高い。

 ですので、貴方をまず第一にここから離脱させます」

「――皆は」

「――そこはBBちゃんにお任せあれ、です!」

 

 その言葉に立香は頷いた。

 BBの転送が開始し、まずマスターであり、たった一人の人間である彼が、ここから離脱する。

 そうして見届けて、彼女は小さく呟いた。

 

「――本当に馬鹿な子。あんなにも、想ってくれているのに。

 伝えたい事が、ある筈なのに」

 

 その視線の先は一人の少女だった。

 

 

 

 

「っ! この年増、まだ生きてるの!?」

「っ、えぇ。年の功と言うでしょう。貴方の体を、奪わせて頂きます」

 

 メルトリリスの体をキアラの髪がからめとる。

 彼女の思惑が叶う前に――。

 

「――そうするのは貴方の勝手だ。

 右に避けろ、メルトリリス」

 

 黒い弾丸――メルトリリスに絡み付くキアラの髪を撃ち抜き、破壊。

 さらに一撃が、その額へ直撃した。

 

「これって」

「宝石魔術。まぁ、ガンドだ。赤い主従の真似事だけど、上手くいったな」

 

 全身を血に染めた、赤い男。

 彼はメルトリリスの首根っこを掴んだ。

 

「え、ちょっと何を……!」

「後は俺がやる。この女と心中するには、貴方じゃ役不足だ」

 

 男はそのままメルトリリスを頭上――海面目掛けて放り投げた。

 先ほどまでキアラの体を貫いていた一撃。その速度を保ったまま、彼女は海面へ――彼の下へと羽ばたいていく。

 その下に獣が二人。

 

「死にかけの体で、何が出来ると言うのですか」

「……出来るさ。――人一人、救う事が出来なくて何が男だ」

 

 キアラの体が一瞬だけ浮いた。――彼女の体、胸を貫くようにして刃が生えている。

 いつの間に、と考えがよぎった。

 

“あの時、ですか……!”

 

 キアラが貫手を繰り出す前の、彼の投擲。

 だとすれば、ナイフはどこに――!

 

「アイツの真似事じゃないけどな!」

 

 彼の手に握られたナイフ。それは魔力を帯びた輝きと共にキアラの心臓へと打ち込まれた。

 彼の手が引き抜かれる共に、キアラは力無く地面へ倒れる。

 

「……何故」

「点を二度、突いた。一度だけでも、致命傷。それを二発も受けて形を保ってるだけでも異常だよ。さすがビーストだ、さっさと楽になれ」

 

 消えていく。彼女が消滅する事によって、それに伴いセラフィックスも消滅して行く。

 

「何故、どういう、こと。勝とうと負けようと。

 最高の快楽が、得られる筈でしたのに。

 何故、こんなにも、さびしいのですか」

「……」

 

 彼女の顔は困惑していた。

 道に迷った少女のように。親とはぐれてしまった子供のように。

 伝えるべきか迷う。それはとあるサーヴァントが伝えねばならない事だと思ったからだ。

 自分の様な者が、部外者が、軽々しく口を出していいものか。

 倒れる彼女の傍に、彼は腰かけて、その手を握った。

 

「気休めだが、痛み止めにはなる。さびしさもそれなりに紛れるだろう」

「……分かりません。貴方は、私の敵では、なかったのですか」

「あぁ、敵だとも。

 けど、今のお前は違う。ただの少女だ」

「……」

「ある男の話をしよう。とある死にぞこないが身勝手な理由で獣に堕ちた話だ」

 

 

 少しばかりの、夢の話をする。

 

 善き人々の顔がよぎった。

 

 そしてキアラは分からない、と口にした。

 

 

「何故。何故、守ったのです。生きたかった筈の理由を、捻じ曲げてまで」

「恋を見たからだ。

 どこにでもあるようなあり溢れた日常は、絶望の中で小さな灯になる。

 ――それが俺には、尊い光に見えたんだ」

「……貴方には、なかったのですか。その恋と言うのは」

「する訳には行かなかった。その時の俺は誰かの体を借りていたも同然だった。

 ……勿論、したかったのは事実だけど。美女ばっかりだったし」

 

 楽しかったなぁ、と彼は小さく笑った。

 もう届かない、遠いどこかを見て。

 

「――良い、ところなのですね。カルデアとは」

「あぁ。目が醒めているだけでも楽しい――そういう所だよ」

 

 彼女が手を握る力も徐々に弱まって来る。

 空間の崩壊は近い。

 その手を、強く握りしめた。

 

「私は、いきてすら、いなかったのですね。だから、(ユメ)知ら(みれ)なかった。

 なんて、かなしい」

「……まぁ、その。何だ。

 (ユメ)の続きもどこかで見れる。出会いには確かに意味があるんだ。

 次は、人として生きてみろ。きっと誰かが、本当の貴方を待っている」

「――」

「……?」

「そういえば、貴方様のお名前を聞いていなかったわ。今更で恐縮ですが、お名前は」

「……アランだ。元カルデアのマスター。訳あって、今じゃサーヴァント紛いだが」

「アラン様――。えぇ、確かに、覚えました」

 

 あれ、と。

 アランは冷や汗を覚えた。何かとんでもない間違いをしてしまったような気がする。

 やはりあの童話作家に任せるべきだったか。

 

 

「本当に一瞬、瞬きの様な時間でしたが、私は人として生きました。

 求めていた快楽はありませんが、なんて、あたたかい――」

 

 

 そう言って、彼女は消滅した。

 

「さて……」

 

 よいしょ、と立ちあがった。

 ビーストとやり合ったのは今回が初めてだった。――それこそ、藤丸達の援護が無ければ、この結末は無かっただろう。間違いなく彼も殺されていた。

 もっと強くならなければ。

 

「……それじゃあ行くか。なぁ――『 』」

 

 消滅していく。何もかもが電子情報として消えていく。

 彼も例外では無い。生きているのなら、いつか消え去るのが命の形だから。

 

 

 消える刹那。静かに降り注ぐ雪を見た。

 

 

 





 今度は、俺が守るよ。

 


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