カルデアに生き延びました。   作:ソン

12 / 69

 貴方達は俺を憎んでいい。いや、憎まないといけないんだ。

 だって、俺は。それだけのことをしてしまったのだから。


君の願い

 これは、彼が裏切った後のお話。

 

 

 

「藤丸っ!」

「おい、返事をしろ! 立香君!」

 

 コフィンから何人ものスタッフが集い、藤丸立香を救い上げる。

 彼は生きている。呼吸している。時折目も開ける。

 けれど、心はここに在らずだった。反応も無い。まるで遠いどこかを見ているようで。

 

「すぐに彼を救護室へ! ボクも後で行く!

 他の皆は、魔術王からの追撃が無いか警戒してくれ!」

 

 カルデアが誇る二人のマスター。

 その内の一人が、裏切った。魔術王の手先であった事が、最悪の場で明らかになった。

 カルデアでも有数の実力を持つサーヴァントが多数負傷。加えて藤丸立香の昏睡。――カルデアはその機能の凍結を余儀なくされた。

 

 

 

 

 カルデアの雰囲気は重い。立ち込めているのは言うまでも無く、疑心暗鬼だ。

 人理焼却直前に裏切ったレフ・ライノール。彼の手によって、多くの職員達が命を落とし、所長であるオルガマリーも消失した。

 そして、今回のロンドンで裏切ったアラン。彼の手によって、藤丸立香は昏睡状態となった。魔術触媒であったナイフと魔術王からの力によって、精神干渉を行ったのだ。

 アランのサーヴァントである三騎は、監視―と言う名の名目で、保護している―を付け、不審な行動が無いか確認。加えて彼の自室の捜索も行われた。

 が、魔術王の手掛かりとなるものは一つも無かった。

 カルデアの管制室で行われているのは、彼のサーヴァントの処遇である。

 マスターである彼が裏切った以上、三人が魔術王の手先である可能性も否定できない。

 

「今すぐ、自害させるべきだ! ただ一人のマスターの藤丸君が昏睡していて、カルデアの指揮は麻痺している! こんな状況で一騎でも攻め込まれたら……!」

「なら、契約が破棄されたのはおかしいじゃないですか! それに黒いアルトリアも彼に倒されてるんですよ!?」

「そんなのっ!」

 

 手を叩く音が響く。ダヴィンチが鳴らしたのだ。

 いつも陽気な彼女も、今は無駄な物が削ぎ落とされたように、鋭い目をしている。

 

「まずは落ち着こうじゃないか。感情に身を任せては、分かるモノも分からなくなる。

 ロマニ、立香クンが昏睡してから今日で何日目?」

「……四日目だ。あの時の彼の言葉が本当なら、立香君は後三日で……」

 

『藤丸立香は七日後に死ぬだろう』 

 

 彼はそう言った。冷たい声で、告げたのだ。

 今まで過ごした彼の全てが、偽者だったのではと。強く疑ってしまう程に。

 ただ、今のカルデアに動けるマスターはいない。藤丸立香、一人だ。

 まだ年端も行かない少年に縋る事しか出来ない状況をスタッフ達は強く悔やみ。そしてこの事態を招いた彼へ、やり場のない思いを噛み締めていた。

 

 ――遠くで爆発音が聞こえた。

 その音と衝撃に誰もが息を呑む。

 

「ドクター……っ!」

「僕が行く!」

 

 音の聞こえた方角――恐らく食堂から。

 慣れない体に鞭打って走らせる。ただの人の体であるが故に、運動不足が仇になっていた。

 息を切らせて飛び込むと、サーヴァント同士が睨み合っていた。

 ジャンヌ・ダルク・オルタと、清姫の二人が睨み合っていて。ジャンヌ・オルタの背後からはアルトリア・オルタが。清姫の後ろから藤丸立香のサーヴァントが控えている。

 

「何の騒ぎだい、これは!」

「――いい加減ムカつくわね。

 私達だって、状況を理解するので精一杯って何度も言ってるでしょ」

「――ですから、尻尾を出しては如何です?

 貴方がたの好きにはもうさせません」

「尻尾を出すのは貴様の方だ、蜥蜴女。

 さすがはバーサーカー。理性どころか、思考すらも失くしたか」

 

 一触即発。

 いつ、宝具を発動してもおかしくない状況だった。

 その真ん中へロマニが割って入る。

 

「待った、待ってほしい。

 まずは何があったかを聞かせてくれないか」

「そんなの、言うまでもありません。どくたぁ。

 あの三人を燃やしてしまえば、ますたぁを脅かすのは、あの大嘘付きだけです」

「ハッ、短絡もここまで過ぎると獣と一緒ね。

 ――だから、何度も懇切丁寧に、正直に言ってあげてるじゃない。アイツは私達には何も告げなかった。ただ一方的に契約を切られたから、どこにいるのかも分からないって」

 

 清姫の言う事も理解は出来る。

 マスターが重傷を負った。今までの相棒が裏切った。清姫とて、立香の友として彼の事を認めていた筈。

 そんな彼が裏切ったのだ。その嘘に気づけなかった自身を恥じて。――けれど、それを受け止められる程の余裕がないから、それを彼のサーヴァントにぶつけている。

 ロマンはそう判断した。

 

「それでいいのかい、清姫」

「……何がでしょうか?」

「ここで戦闘を起こせば、少なくとも無視出来ない程の被害は出る。

 立香君が目覚めて、それを知ってしまったら。――君も立香君を裏切った事になるよ。

 今の僕達に出来るのは、これ以上被害を増やさない事と、立香君が目覚めるのを祈るくらいだ」

「――」

「気持ちは分かる。けど、今は耐えるしかないんだ。

 寧ろ、この状況で下手に動いてしまえばしまうほど、魔術王の術中に落ちてしまう。

 それでも、本当にいいのかい?」

 

 清姫は手にした扇子と殺意を収めた。

 納得はしてくれたのだろうか。

 

「三日です」

「……」

「後、三日経ってますたぁが目を覚まされなかったときは。

 私がますたぁを連れて、ここから逃げます。どこまでも、どこへでも」

 

 喉から、待ってくれと言葉が出かかるがそれを飲み込む。

 暴れるのを待ってくれただけでも、望んだ結果には持っていけた。ここで一端妥協するべきだ。

 

「……分かった。今はそれで考慮しよう」

 

 悲鳴をあげたくなる心を、ロマンは無理やり抑え付けた。

 

 

 

 

 五日目。

 

 藤丸立香は目覚めない。

 ほとんどのスタッフは不眠を訴えた。ロマンとダヴィンチは全員の不安を傾聴し、そして緩和に努めた。

 サーヴァント同士の衝突が増えている。まだ争いに発展しないだけ、許容は出来た。

 廊下に一歩でも出れば、不穏な気配が強まる。

 彼の使役していたサーヴァントの二人を、ランスロットが諌めている所を見た。

 二人が暴走しなかったのは、彼のおかげなのだと。ロマンは小さく感謝した。

 

 六日目。

 

 藤丸立香は目覚めない。

 サーヴァントも戦意を喪失しつつある。ロマンはまだ希望が残っている事を彼らに伝えた。

 カルデアはまだ終わっていないと。

 幸い、今日は衝突が起きなかった。

 それが返って不気味に思える。

 

 七日目。

 

 藤丸立香は目覚めない。

 時刻は半日などをとうに過ぎており、日は既に落ちた。

 残りは、後三時間。それを示す時計は、まるで処刑を告げるかのようにも見えた。

 スタッフ達が狂い始める。発狂寸前の者もおり、ロマンは自身の持っていた安定剤を彼らに手渡した。

 サーヴァント達もカルデアに疑いの目を向け始めた。もう既に藤丸立香は死亡していて、彼らはそれを隠しているのではないかと。ロマンはダヴィンチと相談し、未だに昏睡状態の藤丸立香を、管制室へ移した。そこなら、サーヴァントやスタッフ達にも目が充分に行き届く。

 オルガマリーが守ってくれる事を、祈った。

 

 一時間を切った。

 未だに藤丸立香は目覚めない。

 安定剤が底を尽きた。とうとうスタッフが発狂した。暴れるスタッフを無理やり拘束し、ロマンは鎮静剤を注射した。

 サーヴァント同士が荒れ始める。藤丸立香を今の状態に陥れた彼のサーヴァントに武装を展開しようとした。――ランスロットは剣を抜く事無く、言葉で彼らと対話した。それが自身の努めるべき事だと分かったからだ。

 

 三十分を切った。

 未だに藤丸立香は目覚めない。

 鎮静剤が底を尽きた。発狂したスタッフと、ロマンは言葉を交わし続けた。

 サーヴァント達は誰一人彼の傍から離れない。決して暴走しないよう、ダヴィンチが気を張り続けた。

 

 十分を切った。

 ダヴィンチが倒れた。彼女も限界だった。

 

 五分を切った。

 倒れたダヴィンチに代わり、ランスロットがサーヴァント達を諌めようとする。

 新たに発狂したスタッフの対応も彼が変わってくれた。

 残っていた最後のビタミン剤を、安定剤だと強く思いこんでロマニは口に放り込んだ。最早気休めでしか無かった。

 

 一分を切った。

 清姫が暴れ始める。ランスロットが彼女を宥め続けた。

 

 残り三十秒。

 残っていたスタッフが自殺しようとした。ロマンがその手を抑え付けた。

 

 十秒。

 藤丸立香は目覚めない。

 

 五秒。

 サーヴァントがとうとう、武装を展開した。

 

 四秒。

 発狂していたスタッフを押さえ込んでいた鎮静剤の効果が切れた。

 

 三秒。

 目覚めたスタッフが立ちあがる。

 

 二秒。

 彼らが一斉に外へ向かおうとした。間に合わない。

 

 一秒。

 

「――ここ、は」

 

 

 藤丸立香が、目覚めた。

 

 

 

“君は本当に我が儘な人間だね”

 

 星の獣はここにいない彼を、そう断じた。

 一週間前に比べて、大分大きくなった体を、星の獣は無理やり抑え込んでいた。

 

“君がそうまでして、ビーストになった理由はなんだい?

 あそこまで卑屈だった君が本当に、自分が助かりたいと言うだけで獣まで身を落としたのか?”

 

 答える声は、どこにもない。

 ただ、カルデアの空気が少しずつ穏やかになっていく事を感じていた。

 体はもう、成長を止めていた。

 

 

 

 藤丸立香からロマンは聞いた。

 彼が魔術王によって、監獄に閉じ込められていた事。――そして何者かに召喚されたサーヴァントによって、彼は助けられた事。

 

“……まさか、ね”

 

 今の状況でサーヴァントを呼べる存在。魔術王と彼だけだ。

 ロンドンで彼はこう言っていた。

 

『彼を殺すために、そこへサーヴァントを一人呼んでいます』

 

 だとすれば、藤丸立香を助けたと言うサーヴァントを呼んだのは――。

 彼の行動が全く分からない。

 ただ無駄な事を彼は嫌った。サーヴァントを軽視する事を、誰かを貶める事を、彼は強く嫌っていた。

 自分が一番どうしようもない人間だから、そんな人間に誰かの事を言う資格はないでしょう――そう、彼は穏やかに笑っていた。

 ロンドンの時とは違う、心の底からのようにも見えた。

 

“信じてみても、いいのかな”

 

 無事復帰した藤丸立香を交え、ロマンは回復したスタッフ達と再度、今度の方針について語り合う機会を設ける事にした。

 

「こうして、またカルデアは活動を再開できる。

 ――まずは彼のサーヴァントの処遇についてだ。

 これについては自害させるべきか、それとも再契約をするか。僕達の意見じゃ決められなかった。

 だから、藤丸君。君に託したい。あの三人をどうするかを――」

「――俺は、信じます。

 アイツは自分のサーヴァントを大事にし、人のサーヴァントに対して敬意を払える。それに、今までの特異点では助けられましたから。

 ……俺は、信じたいです。裏切られたかもしれないですけど、これはまだ仮定でしかないから」

 

 マシュ・キリエライトも頷いた。

 

「私も、先輩の意見に賛成です。

 ロンドンから戻る時に見たんです。彼が、笑う所を。

 レフ・ライノールも裏切った時、笑っていました。けど、あの人とは違う。

 彼の笑みは、悲しんでいるようにも見えました。やり場のない感情と怒り。そして最後に、諦めが混ざっていたように見えたから」

 

 二人の言葉にロマンは頷いた。

 ダヴィンチは小さく微笑んだ。

 

「そうだね。――物事は結果が見えてから全て明らかになる。我々が見たのは断片に過ぎない。

 パズルのピースと同じさ。全部揃えてようやく真実は分かるんだ。情報はこれから集めていこうじゃないか」

「……二人の意見に、何か伝えたい事や確認したい事はないかい?」

 

 スタッフの一人が手を挙げた。

 三人を自害させる事を強く押していた人物だった。

 

「藤丸君。その、本当にいいのか。

 君は刺されて、あやうく殺される所だったんだぞ」

「……多分、アイツに殺すつもりは無かったんだと思います。

 だって、サーヴァントを倒せるようなヤツが、人一人を殺し損ねる筈がないですから」

 

 彼の行動に不審な点は二つ。

 裏切り。そして何故、藤丸立香を殺すのではなく昏睡させたのか。

 けどそれを追求する事を彼はしなかった。

 

「……分かった。一番の被害者だったお前がそういうんだから、俺達がどうこう言える訳ないな」

 

 そう言って、スタッフは頷いた。

 ――いい雰囲気だ、と。後は彼さえあのままでいてくれたら、元通りだったと言うのに。

 

「じゃあ確認だ。

 彼の使役していた三人については立香君が再契約をする。それでいいね」

「説得は……」

「僕がするよ。幸いランスロット卿も手を貸してくれるそうだからね。立香君は体を休めておいてくれ」

 

 会議が終わる。

 スタッフと藤丸立香、マシュ・キリエライトが談笑しながら、部屋を出ていった。

 

「いやぁ、良かったね。ロマニ。元通りとはいかないけれど、最悪の展開にはならなくて」

「……レオナルド」

「ん、どうかした?」

「……何か、隠してない? まだ言ってなかった事とかあったりしない? 君が分からない事をそのままで言うなんて、珍しいものだから」

「――」

「なーんて、僕もちょっと疲れたのかな。君を疑うなんてね。

 ごめん、レオナルド。変な勘繰りなんかしちゃって」

「……そうだね。ゆっくり休みたまえロマニ。

 君、寝て無いだろ?」

「まだ一週間だよ。人生は起きているだけでも、楽しいからね。

 その分の対価と考えたら安いものさ」

 

 そうしてドクター・ロマンも会議室を出ていく。

 最後に残ったダヴィンチは並んでいる椅子を見渡した。

 ここにはいない、彼がいつも座っていた席。――ロンドン、前日。彼は一つお願いをしてきた。

 

「……さすがに恨むよ、アラン君」

 

 誰もいない部屋で、彼女は弱く呟いた。

 

「肉体の持ち主であろうとなかろうと。君だって、特異点を駆け抜けたカルデアの一員なんだから。

 ……いつか、帰っておいで。君の居場所は、私がしっかり守り抜くよ」

 

 





「……一つ、聞いてもいいかな。最初にさ、聞き忘れていた事があったんだ」

『えぇ、何かしら?』

「もし俺が何もしなかったら、カルデアはどうなるんだ。――いや、誰が、消えるんだ?」

『――それは』


 彼女は彼らの名を告げた。
 その末路を、ただ淡々と。機械のように、読み上げて。


「そうか……。それは、やだなぁ……」

 自分の運命に待ち受ける結末だって怖い。
 けど、どうしてか。あの二人がいないカルデアを、見たくなかった。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。