英霊達に導かれて。人々に支えられて。
俺は此処にいる。
見えたのは白い空間。またいつもの事だった。
戻るまで空白があるのは困るが、本音を言葉にする事が出来る数少ない時間。俺にとっては自身の悩みに向き合える数少ない時間だった。
「……ローマか」
第二特異点も無事修復した。
――目にしたのはローマの市街。人々の喧騒で賑わう街だった。
戦時中でありながら、その雰囲気を一切出す事無く、誰もが今を生きようとしていた。
「俺は……」
もし俺がこのままの道を選んだとき、彼らの全ては犠牲となる。
彼らが生きる今も、過去も。その過程で生まれた歓びや悲しみも。何もかも。
それを理解して、それでも自分の道を進む事を選んで。俺は……本当に、悔いなんてないのか。
「――良い。それで良いのだ、
背後から声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは第二特異点で激戦を繰り広げたサーヴァント。
ローマを建国した、大英雄。生きながら神に祭り上げられた王。
「神祖、ロムルス……」
「力を抜け。私はそなたを戒めるためにいる訳では無い。
――建国の槍に紛れる
そなたの、肉体と魂の在り方故にだろう」
「! 何で、それが……」
「そなたもまた、ローマより生じた繋がり故にである。
ローマの全てを、私は知っている」
あぁ、これは適わない。
余りにも偉大だ。レフ・ライノールは従えるサーヴァントを誤った。
どうせ召喚するのなら、ローマに恨みを持つサーヴァントで良かっただろうに。
「――そなたの苦悩。それは何も特別な事では無い」
「……」
「今を生きる者が死を恐れるのは、至極当然の事である。
故にそなたの苦しみは正当なモノであり、私には何一つ正す事は無い」
「……俺は、どうしたらいいんですか。
皆のように強くない。死にたくない。だけど、俺みたいな奴が、貴方達を、貴方達が継いできた世界を断ち切るなんて、許される訳が無い」
「――その悩みは実に正しい。
だが、我らが答えを告げる事は無いだろう。過去に生きた者の言葉が今を生きる者を縛る事など在ってはならない。それは呪いである。
そなたは人である。例えその在り方に歪があろうとも。そなたは違う事無く、
私から告げる事はただ一つ。――そなたが、思うがままに生きよ。人の歩みとは小さく、だが歩かなければ何にも辿り着く事は無い。道とは究める事ではなく、歩き出す事にこそ意味があるのだ」
「……俺の、思うがまま」
それはきっと、俺が本当にやりたい事を。俺が、見つけた何かを。
この人理修復の旅で、見つける事が出来るのだろうか。
頭をよぎったのは、カルデアの人々だった。
「……」
――神祖ロムルスが告げてくれた。俺の悩みは当たり前で、苦しむ事も何一つ特別では無いのだと。
あんなにも死にたくないと、喚いていた心は。今は酷く落ち着いていた。
「神祖ロムルス」
「うむ」
「……ありがとうございます。こんな、何の価値も無いような俺の言葉に、耳を傾けてくれて」
「――それは違うぞ、
この神祖ロムルスが告げよう。この世に生きる全てのローマは無意味では無い」
「……」
その言葉に、思わず頭を下げた。
あれほど悩んでいた心が、少しだけ軽くなったような気がする。
今すぐに答えを出す必要は無いと。俺がどうするべきか、この先で見つけていけばいいのだと。
「――ふむ、この槍にもう一人紛れる気配がある」
「……え」
「そこにいましたか、我が主」
聞き覚えのある声。そこには一人の騎士がいた。
馬に騎乗した、黒い鎧を着こむ槍兵。
「アルトリア……」
「何やらレイシフトの際、主の気配が遠のくのを察知し、辿ってみれば。
まさか建国の槍の中とは……。おかげで槍を持ち出す事態になってしまった」
「最果ての槍、か。だがこの建国の槍には及ぶべくも無し。
――答えるが良い、騎士王よ。傷だらけの霊基で何を為しに来たのだ」
傷、だらけ?
「ならば応えよう、我が主を連れ戻しに来た。
――今すぐこの場から解き放て。さもなくば、十三の拘束を解放する」
「で、あるか。
我が
その心に曇りは残っているか」
「……まだ、僅かに。ですが、貴方のおかげで光が差し込むくらいは出来そうです。
――ありがとうございました、神祖ロムルス。人の身で申し訳ないですが、精一杯の感謝を」
「良い。そなたはローマである。ならばそなたの苦しみも
――悔い無き未来を」
そうして、ロムルスは消失した。
アルトリアが俺の近くまで来て、手を差し伸べてくれる。
「手を、我が主。
騎士では無い貴方に馬上は不快かもしれませんが、どうか我慢を」
「いや、ありがとう。
ちょっと疲れてた所だ」
手を受け取り、馬に騎乗した。
眠気が襲ってくる。神祖を目の前に、そして言葉を交わしたのだ。
その緊張感から解き放たれたのだろう。アレ以上、話してたら多分倒れてた。
「なぁ、アルトリア」
「はい」
「俺と契約してさ。後悔はしてないか」
「――ありません。貴方はマスターとして出来る事を尽くしている。
マスターとサーヴァント。主従の関係においては文句など付けようがない。……あぁ、ですが、我が儘が許されるのであれば。
もう少し、私を頼ってください。貴方は私達を尊重し過ぎている。その距離が些か私には不安です。
いつか、貴方が。手も届かない遠くへ行ってしまうのではないかと思う程」
それは円卓を思い出しているのだろうか。
だとしたら、少し申し訳ない。もうちょっと彼女達と距離を縮めてみよう。
「……そっか」
「えぇ」
動く都度、体が揺れる。
けど不思議な事に気持ち悪くなる事は無かった。
目蓋が重い。
「アルトリア」
「どうかしましたか」
「少し、眠たくなって来た」
「……どうか、ご心配なく。
我が槍にかけて。貴方を守り抜きます」
「……ありがとう」
目を閉じる。
いつも心に渦巻いていた不快感が、今は僅かに軽くなった。
「良い夢を、我が主」
「あの、ドクター」
「ん、どうかしたのかい?」
「ちょっと、相談してもいいですか」
「うん、構わないけど。睡眠薬変える? もしかして、今のじゃ効果が弱くなって来たとか」
「あ、いえ。その……。
ドクターは、人が生きる意味って何だと思いますか。最近、そればかり考えてて」
「……生きる意味、か」
「はい」
「……うん、それはね、きっと自分が決める事じゃないんだ」
「……え」
「生きる意味なんて、今は分からないんだ。アートグラフと同じだよ。
作ってる途中はどんな絵か分からないけど、完成したら分かるだろう」
「……」
「僕らは意味の為に生きるんじゃない。生きた事に意味を見出すために生きているんだ」
「意味を、見出すために」
「そう。だからアラン君。君は生きたいように生きていいんだよ。
人はね、思ったより自由だから」
「……ドクター」
「ん?」
「ありがとう、ございました。
薬は、もういらなさそうです」
「本当かい? そっか。なら良かったよ。
また眠れなくなったりしたらいつでもおいで」
「はい、失礼します」
今度はケーキでもご馳走するよ、と彼は言った。
――はい、いつか皆で、一緒に。