いや、五つなんていらない。
ただ、その日々を幸せだと思えれば、それでよかった。
激突する。
怪物と英雄が衝突し、船が大きく揺れた。
何で、挑むんだ。
貴方ではあの英雄には勝てないと知っている筈なのに。怪物と揶揄された貴方じゃ、あの英雄には――。
「――ボクはかいぶつ、だから。
でもそんなボクのてを、とって、くれたから」
言葉が詰まる。
違うんだ、死ぬ理由を作るために、貴方と生きたわけじゃない。
でも、それはきっと皆そうだった筈――。
「――っ」
あ、と呟いた。
今、心の中で何かが。確かに解けた様な気がした。
けれど、それは些末な事。
俺の横で、小さな女神が、強く叫んだ。
「――アステリオスっ!」
「ボクは、だいすきだ。みんな、かるであも。えうりゅあれも。
だから、たたかう」
自分の事を不気味だと思いこんでいた彼は、最後に俺達を見て。子供の様な笑顔で笑った。
守る事が出来て。本当に良かったと。そう、満足そうに。
そうして
――守りたいもののために、命を捧げる。
“守りたい、もの”
ようやく、俺が何をしたかったのかが。分かり始めたような気がした。
第三特異点を修復した夜の事。
俺は自室でぼんやりと考え込んでいた。
「……アステリオス」
見た目こそ怪物と言われてもおかしくはないが、その内面はまるで子供の様なサーヴァント。
純粋な心で、海賊たちからも可愛がられていた。
彼はあの時、死を受け入れた。――俺達を生かすために。
「……」
出来るんだろうか。そんな生き方が。
正直な所、まだ怖い。足が震えそうになる。今すぐここから、逃げ出したくなる。
カルデアは俺が命を賭ける意味があるのか。そんな言い訳に縋りたくなってしまう。
「悔いの無い未来を」
彼女は。そして神祖は俺にそういった。
彼の生き方は、確かに悔いの無い生き様だと思う。けれど、それを飲み込めるかはまた別の問題だ。
……もう、時間がない。
魔術王は第四特異点で接触を図ると告げてきた。
第四特異点はもう発見されている。後はこちらの準備が整えば――。
「……寝れる訳ないよな」
体が重い。でもそれは、いつも通りの事。もうすっかり慣れてしまった。
引きずるようにして自室から出る。
キッチンにはまだそれなりの材料があったはずだ。
ココアでも作って温まろうか。
食堂に足を踏み入れる。幸い、食堂の守護者であるエミヤはいなかった。
そそくさと作って、退散してしまおう。
「あ」
「アランさん……」
「あぁ、奇遇だな二人とも」
立香とマシュが、丁度入って来た。
何故二人でいるのか、はあえて聞かない。
「少し眠れなくてさ。ココアいるか?」
「あ、うん。温めで」
「お願いします」
いつもはサーヴァントや職員がいるはずの食堂に誰もいないのは珍しい。
たっぷり入れたコップを三つ、テーブルに並べる。触ると仄かに温かい。
最初は何の意味も無い談笑――気が付けば、話は特異点の事になっていた。
今まで駆け抜けた旅。それを振り返って。
楽しかったり、辛かったり。楽しかったり、悲しかったり。
出会いと別れに溢れた旅だった。
「……マシュ」
「はい、どうかしましたか?」
「そのさ、怖くないか。
元々サーヴァントじゃないのに。英霊達の前に立って。背後には一歩も引けない戦いばかりで。
辛く、ないか」
「……正直、怖いです。
私に力を貸してくれるサーヴァントの声は聞こえません。だから時折、私なんかがって思う時があります。他の方なら、他のマスターなら、もっと上手く出来たのではないかと」
「……」
「戦いは怖いです。オルガマリー所長のように、守れなかったらと思うといつも足が震えます。不安に、心が潰れそうになります。」
「……」
「でも怖いからこそ、私は戦うのです。
――私はカルデアの方達からたくさんの物を貰いました。それを少しでも返したいから。
どんなに怖くても、踏ん張って。そして先輩を、皆さんを守ります」
「――」
彼女はそう言った。曇りのない瞳で。
俺が視た未来と、全く同じ瞳だった。灼熱の閃光の中で、振り返る彼女――。
「立香は。どうして戦う?」
「それが、自分に出来る事だから。魔術とか、サーヴァントとか。正直まだ理解出来た訳じゃない。まったく知らない事ばかりで、まったく見えない光景ばかりで。全く休めない事だってある。
でも、もし俺が止まってしまえば、何か一つでも間違えてしまったら。全部が無意味になってしまう。ドクターや、ここで出会った人達の全てが無かった事になる」
「……」
「俺はマスターだから強くはないけど。それでも、苦しんでいる誰かがいるのなら。それに手を差し伸べる事くらいは出来るし。
戦う事だけが、立ち続けて前を見る事だけが、今の自分に出来る事だから」
「――あぁ、そうか」
やっぱり、俺は――。
小さく安堵するかのように息を吐いた。
「……ごめん、長話に付き合わせた。そういえば二人とも明日はシミュレーターだろ。
もう寝ないと」
「! ごめん、ありがとうアラン!」
「ココア、ご馳走さまでした!」
出ていく二人を、見送る。
この心にはもう、一点の曇りも無いだろう。
一人になるといつも聞こえていた声は、もう聞こえない。
「……一秒一瞬が大切か」
魔術王の言葉に従えば、俺はきっと、生きていられる。それも永遠に。独りきり。
でも、それはただの標本だ。なら、俺は永遠なんて欲しくない。
当たり前の日々は、何より美しい。俺が守りたいのは、きっとそれだった。
――この眼が視る未来は一つだけ。
「行くか」
これ以上、望む事は何もない。
俺の欲しい
ありがとう、立香、マシュ。こんな面倒なヤツに、ずっと付き合ってくれて。
この恩は、必ず返すよ。
時間神殿。魔神柱と英霊達の死闘を彼方より眺める者がいた。
彼は鞘に納めたままの刀を右手に握り、座り込んでいる。まるで傍観しているかのようだ。
「ふむ、久しぶりと言うべきか。共犯者」
「まぁ、パリの時以来だからそれぐらいだな。アイツはどうだった……貴方好みのマスターだったろ」
「――悪くない。
ただの人間だからこそ、尚更だ」
「――だよな」
「……お前はどうする。偽りの獣であり続ける事を受け入れるのか。
アレは終局の悪に体現される。受け入れるのなら、その先に自由はないぞ」
「あぁ、俺はそれでいいさ。
自分が一番納得した。だからそれでいい」
「――陳腐だな。手垢の付いたセリフだ」
「……だから、俺には合ってる。
運命を覆すには、そいつで事足りるだろ。アヴェンジャー」
「……」
「それでも救えない誰かを救うのなら。誰かが肩代わりしてやればいいだけさ。
――でもまぁ、そんなのは。良い迷惑だけどな」
「全くだ、身勝手極まる。
……あぁ、そうだ。そんな莫迦な男だからこそオレを呼べたのも頷ける」
「似たような経験があるのか」
「何、少々仕掛けを甘くしたせいで、蛇に噛み付かれた話だ。
――ほう、まさかの八つ目か」
遠くを見る。
今までいなかったところに新たな魔神柱がもう一つ。
「じゃあさよならだ、復讐者。……アイツを導いてくれてありがとう」
「クッ、クハハハハ! オレは導いたつもりなど無い。あの男が、一人でここまで辿り着いただけだ。
――さらばだ、共犯者。如何なる未来がお前を待ち受けようとも。――待て、しかして希望せよ」
そうして、恩讐の炎が飛び去っていく。
気が付けば、体が軽くなっていた。
ロンドンの時以来、日に日に崩壊を続けていく体が、今は動く。これなら彼らが来るまでに間に合うだろう。
「……極天の流星雨、か」
英霊達の放つ宝具。
それはまるで、地平線から見える夜明けのようで。
――流星が一つ、傍に落ちた。
小さな雪の滴が目の前に舞い降りる。
それをそっと、左手で受け止めた。
「いい加減名残惜しいけれど。でもまぁ、それぐらいが丁度いい。
新しい未来を迎えるために。そろそろ、終わせないと」