ただどこにでもいる、ごく普通の女の子だったんだ。
召喚室では歓声が聞こえた。どうも立香がジャンヌ・ダルクの召喚に成功したらしい。
確かにオルレアンにおいて、戦力的も精神的にも彼女の存在は大きかった。
小さく息を吐く。次は俺の番だ。護衛にランスロットとアルトリア・オルタがいる。
英霊召喚において、その召喚を確かなモノとするために、護衛の人数は最小限となっている。
まぁ、呼ばれるのがどんな英霊だとしても。この二人ならきっと大丈夫。
呼符はサークルの中央に設置。四肢に魔力を循環させる。
さぁ、来い。出来れば話の通じる方でお願いします――!
“……火?”
一瞬の空白――その刹那に燃え盛る業火を見た。
魔法陣が展開し、眩しく輝き出す。
「……よしっ」
手応えはあった。確かに強力なサーヴァントを召喚した。
後は、どんなサーヴァントか、だが。
「アヴェンジャー、ジャンヌ・オルタ。召喚に応じ参上しました」
「……え?」
思わず目を疑った。
彼女は本来、呼ばれる事のない存在だ。それがどうして――。
「? どうしました、その顔は。さ、契約書です」
「……えっと、その」
契約書を見るが、達筆なフランス語で読めない。
英語なら、多少……かじった程度は行けるけど……。
「ほう……。一介の妄想でしかない突撃女か」
「げっ、いけ好かない女……。あー、そうだったわね。オルレアンでもいたわねアンタ」
あぁ、そうだ。この二人、かなり皮肉を言い合うタイプなのだ……。
ランスロットが黙って背中を叩いてくれる。
「……でも、君はサーヴァントと言っても……」
「あら、悪い? 竜の魔女がカルデアにいても?」
「そんな事は無いけど……」
最後に呼べたのがアヴェンジャーである彼女。……ある意味、魔術王の介入があるからなのだろうか。
振り向いて、扉を開ける。まずは彼女にカルデアを案内しなくては。
その背後で、彼女は小さくつぶやいた。
「そう……よね。覚えてる訳、無いわよね。……マスター」
第一特異点を修復した、翌日。
俺と立香には僅かな休暇を与えられたが、どうも俺はそれを堪能出来ずにいた。
――あの光景が、瞼の裏にこびりついて、離れない。
『助けて、誰か。――いや、いや。また、一人で』
誰かの願いで作られた、泡沫の少女。結局、彼女は独りで手を伸ばすようにして消滅した。
あの手を握る事が出来れば、彼女はあんな表情をせずに、いられたのかもしれない。
彼女はあの特異点においては敵だった。戦うべき相手だった。だからこれで良かった。良かった……筈だ。
でも心のどこかで、俺はずっと後悔している。救えなかったと、何かを痛めている。
確かに彼女は敵だ。フランスと言う国を滅ぼそうとした竜の魔女。
なら、その舞台が変わってしまえば……?
「……考える事じゃないな」
あの光景を振り払う。
自分の事で精一杯の筈なのに、何でこうも他の事まで背負いたがるのか。
「寝よう」
一旦、手を放して。後をゆっくり、考えよう。
「……ここ、は」
意識が覚醒した。ピースが揃ったパズルのように、はっきりとした形で、目の前を認識する。
まるで深海の底にいるかのような――けれど、光はある。
青白い床が奥へと繋がっていて、その先にはレリーフがあった。
「ジャンヌ・オルタ……?」
まるで磔にされているような姿勢で、彼女はレリーフに埋まっている。
ここは、一体……。あぁ、いや。そういえば、どこかでこんな場面を見たことがあるような気がする。
あれは、どこだったか。
「――ここはサーヴァントの深層心理。如何にして辿り着いたのかは全く分からない処だがね。
何でこうも、キミは面倒を掛けさせるのか。申し訳ないが、これ以上キミとサーヴァントどもを結ばせる訳にはいかない」
「レフ……!」
「キミは我が王と裏切りを承諾した筈だ。カルデアを再起不能にすると。それは偽りだったと? であればさすがに、罰が必要か」
「……それと契約するのは関係ないだろ。契約を切ればその場で終わる」
「それは出来ない。分かっているだろう? キミはサーヴァントとの契約を断たない。そういう人間だからだ」
――読めない。まるで俺の事を知っているかのように、語りかけてくる。
特異点Fでもそうだった。
「何だよ、偉そうにご高説垂れて。教授とでも呼んだ方がいいか」
何か言い返そうと考えて。咄嗟に出た言葉が、それだった。
「――――…………それがキミの答え、か。ならば試してみるがいい。
もしキミに、それが出来るのならね。
ここは虚数空間だ。死こそ存在するが、現実には反映されない」
「……」
「その身体はまだ息をしている。もし、苦しい思いをしたくないのなら、引き返せ。それがキミのためだ。
死ぬまでの時間が分かっているのなら、生きている僅かな時を、苦しみに費やす必要など無い」
この男はさっきから、俺の痛いところを突いてくる。
全くその通りだ、全くの正論だ。
これ以上反論する言葉が無いから、睨み付けた。
「……もう一度考えてみる事だ」
その姿が霞のように消える。
ここはサーヴァントの深層領域。……けど、俺のサーヴァントは今のところあの二人だけだ。何でここにいるのか、なんてわからない。
とりあえず、進もう。進んで、あのレリーフまでたどり着いて。
「……あら、殺したくて仕方のないヤツが来た」
「!」
彼女と目が合った。瞬間、殺意は足元から骨の髄をせりあがって、脳天まで響いてくる。
竜の魔女――ジャンヌ・オルタ。レリーフに埋まっていたはずの彼女がそこにいた。
何もかもを嘲るような表情で、彼女は笑う。
「――でも、そうね。今はアンタを殺すより優先する事があるから、生かしておいてあげる。
アレを見なさい」
指差したのはレリーフに埋まっている彼女。
彼女も間違いなく、ジャンヌ・オルタの筈。
「あんな酷いナリをした女は私ぐらいのものでしょう。だから、間違いなくアレは私よ」
「でも、キミは」
「えぇ、私はオルレアンでアンタ達に負けた後にここにいる。
普通のサーヴァントなら、また呼び出しを待ってるんでしょうけど。私は作られた存在。いずれここで消え去るのを待つだけでしょう」
「……」
そういって、また笑う。
何故、そこまで笑えるのか。俺には分からない。
ただ怖いよ、俺は。この先、何もできずに消えるのが。
「……で、アンタは何をしに? こんな女の深層領域に来るなんて、よっぽど変わった体質ね」
「深層領域……」
もう一度聞いたその言葉でようやく思い出す。
確かCCCのイベントにそんな場面があった筈だ。その内容はもうほとんど思い出せないけど。
けど、直感が確かなら。あのレリーフに触れればいい。それで彼女は解放される。
今、ここにいる俺がその彼女にどう思われるかはまた別の話、だけど。
「アレは契約を待っている。来るはずも無い、マスターを待っている。
けど、私には何の縁も無い。聖遺物なんて、全部あの女が呼ばれるだけだし。そもそも私は作り物。
だから、悲しい夢を終わらせてあげるのよ。どうせ、最期は皆独りになるんだから」
「……」
歩き出す。
そもそも俺は論戦に弱い。だから優しい言葉を駆けるより、行動で示す。
幸い、ここはカルデアとは関係してないし。レフの言葉を信じるのなら、ここで死んでも別に俺が途絶える事は無い。
多分、悪い夢として終わるだけだろう。
「!」
数メートル歩いただけで、衝撃が来た。
体の芯が警鐘を鳴らす。この先に進むな、と。今すぐ引き返せと。
「――防衛反応だ」
頭上に現れたのは、レフだった。その表情は何もない。まるで面白くない、とでも言うように。
いや、あれは。憐れんでいるのだろうか。
「そもそも、英霊召喚とはサーヴァントを呼び寄せる。マスターの方から接触するなど、以ての外だ。そんな事をしようとすれば、犠牲も出る」
サーヴァントとは、人でも扱えるようにいくつもの安全装置を付けた英霊を示す。だから魔術師にとっては使い魔と変わらない認識だという。
呼び寄せる段階で、その安全装置を取り付けるから。マスターには魔力を消耗する危険しか生じない。
まぁ、中には。呼び出したマスターを殺そうとするサーヴァントもいるそうだけど。
「今キミがしようとするのは、契約をするために自ら英霊に接触しようとしている。それは緩やかな自殺と同じだ。
奥に進めば進むほど、人には耐えられない空間へ変貌していく。ましてやカルデアからの支援が無い以上、その身体が崩れていく事は避けられない。
だからもう一度言おう、やめておけ。今すぐ引き返せ。今なら見逃す事も考えよう。
ここで命を賭ける必要はどこにもない」
うるさい、黙れ。
レフ・ライノールの言葉を無視して、さらに先へ進む。
「フン、分からず屋ね。アンタ達みたいなのに負けたと思うと恥ずかして泣けてくるわ」
「っ」
視界が、暗くなる。
幸いそれ以外に変化は無かった。
だけど、彼女が見えなくなるのは困る。真っ直ぐ進んだつもりでも、意外と曲がっていたりするから。
進む、さらに先へ。
もうちょっと進むと下り坂が見えてくる。
「!!」
力が抜けていく。
体が満足に動かせない。四方から押しつぶされるような重圧がのしかかる。
息をするのすら、やっと。
だが、進む。それでも、少しでも。少しずつ。
「言っとくけど、手当ならしないし、するつもりもないから。全部自己責任よ。それでもいいなら、勝手にすれば?」
「っ!」
体が少しだけ軽くなった。
見れば、右の脇腹が消し飛んで血があふれている。
まだ、進める。
体は軽くなったから、その分少しくらいは早くなる筈。
にしても、彼女はホントに冷たい。アルトリアなら、少しぐらい手を貸してくれそうだ。ランスロットなら、多分背負ってくれると思う。
あぁ、あの二人に甘えたくなる。
けど、これは俺が勝手に始めた事だから。
残り少しで、下り坂に差し掛かる。
「――あ」
右足が消し飛んだ。バランスを崩した体はそのまま倒れこみ、一気に坂を下っていく。
ようやく、体が止まった。幸い、転がったからか難所だった下り道は突破できた。
腕全体を血塗れの感触が覆っている。気持ち悪い。
「……その身体じゃ戻るのは無理でしょう。貴方が一言助けてって言えば、助けてあげる。だからもうやめなさい」
「っ……!」
体がようやく喪失を認識する。
そのまま黙っていればいいものを。今更、やかましく声を上げ始めた。
それを無視して。彼女を目指す。
オルレアンで消えた彼女を思い出す。駆け寄ろうと思えばすぐ出来た筈。なのに、俺は躊躇した。多分、今苦しんでるのはその時踏み出せなかったから。
……あと、ちょっと。走ればすぐなのに。カルデアの中なら、ちょっと歩けばすぐに声を交えて、駆けよれば触れられる距離なのに。
――キミが、遠い。
前に、少しでも前に。
左足が破裂した。血を失い過ぎたからなのか、視界がさらに暗い。
意識にノイズが混ざり始める。
舌を強くかんで、途切れていく自分を呼び止めた。
「……やめなさい、やめて。今すぐ進むのを止めなさい。介錯なら手を貸しますから。
だから、それ以上傷つかないでください」
刺々しい筈の声が、酷く優しい。オルタになっても、やっぱり根は変わらない。
そんな事を考える様にして、必死に苦痛から気を逸らす。
全身が悲鳴を上げてのたうち回っている。もう体は穴だらけで、進む事すらやっと。
痛みで泣きそうになる。絶望で目を閉じたくなる。
“……でも”
彼女はもっと、苦しかったはず。誰かの手を握ることなく、孤独に消えていった。
なら、助けなきゃ。
もう体は血に汚れていて尽き果てていて、なけなしの力をふり絞らなければ進む事すらままならない。
指先が破裂した。肘で体をこすりあげる様にして、前に。これなら進める。
痛い、苦しい、寒い、辛い――でもこのまま、彼女は独り。誰にも理解されず、誰からも関心を持たれない。それがどれだけ酷く惨いかなんて、分かってる。
だから、彼女の下まで何とか。
「どうして……っ! どうして止めないのです!
私は人理焼却を良しとした竜の魔女で、貴方は世界を救おうとするカルデアのマスター! どちらが大事かなんて、分かるでしょう!
これ以上進むのなら、貴方も地獄の炎で焼かれますよ!」
……それはちょっと違う。比較する事に、意味は無い。
だってこれは俺の我が儘だ。
確かにここで止めてしまってもいいのかもしれない。彼女はここで永遠を過ごし続けるのだ。――独りきりで。
『助けて、誰か。――いや、いや。また、一人で』
そんな事を、見逃せる訳がない。
苦しい。
――けど、止める理由にはならない。
辛い。
――いつもの事だ。
寒い。
――だから、どうした。
痛い。
――きっと、生前の英雄はそれに耐えて生きていた。
「ジャンヌっ……」
君の名を呼ぶ。
また覚えている。消えていく君の表情をずっと。
「ごめん……、ごめん、なさい。あの時、手を握れなくて。ひとりのままに、してしまって」
死ぬ時、多分一人だっただろうから。あの寂しさを、覚えているから。
まるでもう一人の自分を見ているようで。だから、俺は彼女を救いたかった。
ずっと、どこかで後悔し続けている。
暗い視界の中で、僅かに手を伸ばす。
「――全く、滑稽とはこの事だ」
男の声と共に目の前に魔神柱が現れた。
「そんな死に体で何が出来る。どうして、受け入れる事が最優先だと分からない。
キミは何故いつも、私を裏切り続けるのか」
男は俺の事を知っているようだけれど。生憎、俺は知らない。
聞き覚えはあるけれど、思い出す余裕はない。
「……まぁ、いい。ここで死のうと、今のキミはカルデアに強制帰還するだけ。
ここは、一層一思いに、始末しよう。この空間の出来事は、キミにとって悪い夢で終わる。幸い、ここの出来事をキミは覚えてもいないし、カルデアにも観測されない。
まだ獣として目覚めてはいないようだ。――キミに世界は救えない。眠るように、死んで行け」
魔神柱の眼が、妖しく輝く。
マズい、避けれないどころか今の状態で喰らえば確実に死ぬ。
どうする、どうする、どうする――。ここで、終われない。終わるわけになんかいかない。
――だって、この命はまだ一度も。生きている意味を示せていないのだから。
「喰らえ」
突如、燃え上がる魔神柱。
そして俺の体はふと浮き上がって、気が付けばレリーフの前まで到達していた。
見上げれば、面倒くさそうな表情で俺を見る彼女。けれど、俺を抱えるその腕は力強い。
「全く……。あぁ、だから私はあそこで負けたのね。
今なら理解出来るわ。えぇ、本当に」
「……解せないな。お前は人を憎んでいたはずだが」
「えぇ、憎んでいるとも。今も変わらないわ、人間なんか大っ嫌いよ。いっそのこと、燃やし尽くしてやりたいくらい」
「……ほう、やはりお前は聖女とは違う。聖職者であった事は弁えないのかね」
魔神柱がさらに燃える。
彼女が剣を握りしめたのだ。その炎は彼女の憎悪に比例する。
「はっ、神様がいるのなら。そもそも彼をこんな有様にしてないでしょうよ。
彼は神様ではなく、私の名を呼んだ。私のためにここまで進んで、ここまで傷ついた大バカ者。
――なら、そんな彼を救ってあげられるのは、同類の私しかいないでしょ?」
「……ジャンヌ」
「下らないな。彼がお前に何をした? ただ地べたを這いずるだけ。それに意味を求めるのかね」
「……笑わせるわね。――彼は私の名を呼んだ。もうロクに動けない筈の体を引きずって。私の手を握るために、ここまで来てくれた」
彼女は小さく手を握る。その口元が微かに笑っている。
「だから私は負けたのよ――負けた以上、敗者が勝者に従うなんて当然でしょ?」
「……解せんな。不可解だ、今なお以て、全くの不可解だ。それが悲劇を生むだけだと何故気づかないのだ、人間共は」
「生きてる限り、悲劇なんてモノはどこにでも転がってるでしょうよ。見ようと思えばみられるし、見なかったことにも出来る。
――だからお前は悲劇を見ただけで、体験したわけではないでしょ? ホント、滑稽とはアンタの事ね」
「……貴様」
彼女は俺を下ろして、魔神柱を睨んだ。
「私は貴方達と敵対した女。それが何の因果か、ここで残ったばかりか、貴方まで巻き込んでしまった。面倒くさい女に付き合わせてごめんなさい。
行って。行きなさい、カルデアのマスター。新しい私と縁を繋いで。――どうか、その手を握って。最後まで、離さないであげて」
「……ありがとう、ジャンヌ。ごめん、俺は今の貴方を救えなかった」
背後で聞こえる戦いの音。
それに振り返る事無く、レリーフに触れた――。
「馬鹿ね。救いなら、ついさっき受け取ったわ。
私にはね、それで充分すぎるのよ」
硝子が砕け散るような音が響いて、俺の前に彼女が降り立つ。
髪は長く、着ている服もどこか違う。
俺の体を、仄かな光が包み込んで――体の喪失した部分がもとに戻っていく。
「クラス・アヴェンジャー。貴方の願いにより、参上しました。
全く、酷い有様。私を呼ぶためにそこまでするなんて、バカじゃないの」
「……」
返す言葉がない。
懐かしい四肢の感触を思い出しながら、立ち上がる。
「……まぁ、でも。一応、感謝だけはしておきます。貴方のおかげで、私は今ここにいる」
彼女が剣を抜く。
魔神柱は未だに健在。――だが、手負いだ。
ここで充分、倒しきれる。
「ジャンヌ……。こんな時になんだけどさ、今この場でいい。
俺と契約を――」
「貴方ね、ホント馬鹿でしょ。何のために私がここにいるのか。
よく考えれば分かるでしょうに。
……まぁ、でも。そうね、鼻高々に見下ろしてくるヤツらには、一言ガツンとぶつけてあげましょうか!」
令呪が熱を帯びる。
サーヴァントと契約を結んだ証。
「……我が身は泡沫の夢なれど、これより先は現身となりて貴方の剣となる。
今ここに、契約は完了した――」
パスがはっきりつながったことを感じる。
俺は一人じゃなかった――そう思えたからか、少しだけ心が温かくなった。
「この憎悪、生半可な事では収まらぬ。
さぁ、指示を頂戴。
もちろん最初の一手など迷う必要も無い。
きっと、彼女はそれを望んでいるだろうから。
「――宝具を。焼き尽くせ、アイツの何もかもを」
「――ウイ。最高よ、マスター。
いい、しっかり目に焼き付けなさい。我らの憎悪を、我らの喝采を。
さぁ、報復の時は来た!」
魔神柱を数多の炎が燃え尽くしていく。
再生しようとするソレを、次々と焼き払う。まるで、何もかもを刈り取るように。
「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮……!」
地面から突き出されるいくつもの黒槍。
一切の躊躇も容赦も無く、練り上げられた憎悪と怨念が蹂躙する。
「――
一人の復讐者の旗の下に、一つの報復が完成した。
だが抵抗は無意味。反撃は無価値。ソレはここで終わるのだ。
塵など欠片も残さない。この焔は骨の髄まで焼き尽くす。
「さぁ、お気に召したかしら? マスター」
呆然とした。
確かにジャンヌ・オルタの宝具は見た事がある。けれど、今俺の眼前で繰り出された一撃はその比では無い。
アルトリアが全を払い、ランスロットは個を斬り捨てる。ならばジャンヌ・オルタのコレは、個を殲滅する。欠片すら残さない圧倒的な力だった。
ルーラーからアヴェンジャーに霊基が変わるだけで、ここまで威力に差が出るのか。
もし最初からこんな状態だったら……考えるだけで恐ろしい。
「――あぁ、全く。酷く頭が痛むな。何故こうも……。いや、考えるだけ無駄か。
霧の都でまたいずれ
そうして、レフは消滅する。
緊張から解き放たれたせいか、その場に座り込んでしまった。
「全く、少しはしゃんとしなさい。
……ほら、立てますか?」
彼女が手を差し出した。
その手を強く、握りしめる。
柔らかい日差しのような、小さな温もりがあった。
「ありがとう、ジャンヌ」
「……それと、一つ勘違いしないように。アンタはまだ私の正式なマスターになった訳じゃないから。
まぁ、今回はアレよ。特別サービスみたいなモンだから。
せいぜい、精進する事ね。私に相応しいマスターになったら……その時はもう一度応えてあげるわ」
その最中に体が消えていく事に気づく。特異点からの離脱――。ここは特異点ではないけど、でも多分、似たような環境だったんだろう。
余りの出来事に、小さく息を吐いた。叶うのならあんな苦行は御免被る。
消える刹那に、彼女は小さく口にした。
「……これは一夜の夢よ、マスター。悪い夢。だからさっさと醒めなさい。
そして、もう一度私を、私の手を――」
「……覚えてる訳、無いわよね」
アレは本当に特別な事だった。正規のサーヴァントではありえない事。
けど、それを覚えているのは彼女だけ。
彼は忘れてしまっている。――けど、それでいいのだ。苦痛を思い出す事はただ苦しいだけだから。わざわざ思い出す必要はない。
「あぁ、そうだジャンヌ」
「は、何ですか急に」
「これからもよろしく。頼りないマスターだけど、精一杯頑張るからさ」
そういって、彼は手を差し出した。
あの時の光景とは真逆で、その事に思わず笑いがこみあげてくる。
「えぇ、精一杯頑張りなさい、マスター。応援ぐらいはしてあげます」
色白で少し細いけれど、握りしめるその手は強く。
頼りなさそうにも、気丈に振舞おうとしているようにも見える。
――けど、その指は確かにここにあり、そして彼女を求めていた。
「……うん、ありがとう」
「――待て」
「……何かしら。時間がないからさっさと済ませてほしいんだけど」
「行くつもりか。主の下まで。
確かに時は巻き戻された。その縁もまだごく僅かだが、息をしている。辿る事も不可能では無いだろうさ。
だが、お前のその身は泡沫の夢。正規の霊基ではない」
「……」
「その身体は確実に崩壊する。クラススキルも役にたたん。もし仮に呼ばれたとしても、その場の誰も。その出会いと別れを刻んでは無いだろう」
「……」
「それでも行くのか。誰も、その眩しさを覚えていないとしても」
「……そんなの、決まってるでしょ。
私はね、ただアイツに会いたいから行くのよ。えぇ、そうよ。この体が、この記憶が、この霊基が燃え尽きようとも。――もう一度。もう一度、あの人に会うために」
「……言伝があれば預かろう。一言ぐらいは添えてやる」
「――必要ない。そんなの、勝手に言いますから。私は夢を見るために復讐者になった訳じゃない。
ただ、寂しがりな、その手をもう一度――」
夢はそうして、飛び立っていく。
ただもう一度、願いを果たすために。
「……良かろう。その覚悟を見せられて尚も傍観するようでは、我が名が廃る。
ここはひとつ、準備を済ませてから出るとしよう。
お前も、同じ想いだったのか。……コンチェッタ」