時折、影が見える。
自分の体に、模様が見える。
これは、何なのだろうか。
2015年、7月29日夜。
カルデアの一室にて。
「――あー、何か言いました? 教授」
「そう、難しい話ではないよ。君にはAチームに所属してもらうだけだ」
「そいつは、また何とも。オレみたいな三流マスターには、まぁ随分と大袈裟な肩書だ。
他のエラい魔術師さんの方がいいんじゃないですかねぇ」
「君はまた随分と口が回る。これは期待してもいいのかな? 君ならさぞかし名のあるサーヴァントを召喚出来ると思うが」
「ヒヒヒ、なら当ててみな。生憎、景品は無いがまぁ、そこは見逃してくれ」
レフ・ライノールはシルクハットをテーブルに置いて部屋の主である少年と相対していた。
少年はニヒルな笑みを零している。ただそれは誰かを貶めるというよりも、ただ笑いたいから笑っているだけのようにも見えた。
「……反英雄、だろうね。或いは生前にそれを行った英雄。例えば……裏切りとかかな。後は本来なら存在しないモノ、もしくは悪として捉えられた英霊か」
「ビンゴ。よぉーく分かってるじゃないですか、教授。呼び出された瞬間に殺されるなんて、虚しいだけだ。どうせ生きるのなら、少しでも長く笑えた方がいい。
人生ってのは、そういうものだ」
「――」
沈黙がよぎる。
だが少年は表情一つ変えなかった。
「オレがカルデアにいる理由知ってるでしょ、アンタ。あのお嬢様の手解きしてたし。
アイツは成功で、オレは失敗。気が付けば、カルデアに来る以前の事なんて全て消えちまった。あるのは元になったサーヴァントの性格だけ。
役立たずのごく潰し、要するにタダメシ食らいですよ? シミュレーションでも結果は全敗。それどころか所長サマの方が強い有様。おまけにオレ自体がカルデアの汚点の一つだ。
可愛げのあるお嬢ちゃんの方が万倍も意味があるだろうさ」
「ふむ、そう何度も自分を責める必要はない。
欠点は逆に言えば個性とも捉えられるし――」
「――おいおい、そりゃアンタもだ、教授。
オレはアンプルばっか使われたせいで既にボロボロ。おまけに中身も不安定。事が済むどころか、始まる前に終わってもおかしくねぇし。風前の灯火ってヤツ? あぁ、打ち上げ花火みたいなモンかな。どうせ、終わる夢の欠片さ。
――そんなオレをずっと気に掛けるなんざ、時間の無駄だぜ? もっと大切に使えよ」
「……いや、人々が気づくには、遅すぎただけの話だよ。あぁ、そうだとも。
それに、価値など個人が決めるモノだろう。私はキミの時間に価値があると真剣に思っている」
「……そいつはどうも。ならせいぜい、立派に振舞うとしましょうかね」
そこから交えたのは他愛もない話。
雑談でしかない、この場において何の価値も持たないただの話。それは人理に関わる事でもない。魔術における事でもない。
ごく親しい友人が語り合うような、そんなささやかな一時だった。
「……申し訳ない、長居し過ぎてしまった。キミには整理する時間が必要だっただろうに。
では――さよならだ、私の弟子でもあり、家族でもあり、友でもある者よ。キミとの時間は、実に楽しかった」
「あぁ、そうだな教授。アンタのおかげでまぁ、いいモン見させてもらったさ」
そういって、レフ・ライノールは出ていく。
閉じた扉に、彼は小さく語りかけた。
「なぁ、教授。オレはな、このカルデアを悪くないと思ってる。そりゃ肩身狭い場所ですけど? こんな厄介者に語られてもアレですけど?
当たり前の日々を、何とかして取り戻そうと足掻いている。そんなヤツらが少しでもいるのなら、誰かと一緒に笑って生きていけるなら。紛い物の生き方にも価値があるさ。
どんな命にも生まれた意味は確かにある。だからオレもコイツも、貴方が見つけてくれて有難く思ってるんだぜ。
この身体が覚えているモノは全部、貴方から貰ったモンだ」
天井を見上げて、少年はつぶやいた。
この場でない何者かに、強く問いかけるように。
「世界は続いている。
瀕死寸前であろうが、断末魔にのたうち回ろうが、今もこうして生きている。
それを――希望がないと、おまえは笑うのか」
なぁ、レフ・ライノール。
アンタは嘆いてただろ。誰も救えなかった。結局世界は変わらないまま、2015年まで続いてしまったと。人類の物語には終焉があって、だから絶望のまま終わってしまうと。
この殻は、アンタに拾ってもらったこの命は、救ってもらったからこそ生きていて――最期の時までアンタをずっと慕っていたんだぜ。
だから証明していたじゃないか。
いつまでも間違えたままでも――その手で何かが出来る以上、必ず、何か救えるものがあるだろう。
「でもまぁ、アンタは忠臣だ。なら、オレにはどうも出来ない。
悪いなぁ、名前も顔も知らないどこかの誰か。後は任せた。
オレにアイツを止める事も気づかせてやる事も出来なかった。なら、一緒に死んでやるのが、拾ってもらった恩ってヤツだろうさ」
『なんだ、何があった……!? 何だ、この世界は……!?』
デミ・サーヴァント実験。
英霊を指定せず、ただ生み出す事だけを目指したあの光景を忘れはしない。
燃え盛る部屋。我先にと逃げ出す職員達。
ヒトがいなくなった暗闇で、不気味に佇む一人の少年。
『残念、この殻はもう死んじまったみたいだぜ? 作り物だろうと生きてりゃ、少しだけ幸せな明日があっただろうに。
なぁ、教授。お前はこんな空洞に何を望む?』
この世界を、作り直そう。望まれなかった誕生に意味があるように。あの少女、あの少年が報われるように。
そうして君に、君達に――。刹那の命に、永遠を。
「知れた事だ。
きっと、悪い人じゃなかった。