声がする。獣の呼び声がする。思考が定まらない。何もかもかき混ぜられて、自分と言う存在が潰されていく。
――倒さなきゃ、殺さなきゃ、消さなきゃ。
でもそれでいい。自我なんてなくていい。
だって、俺は悪なんだから。
罰には罰を、毒には毒を。――その答えを、俺は受け入れたのだから。
そして、彼らに会った時。この選択を、ずっと誇れるように。
彼ら……?
それは、誰だ……?
俺、何で悪を受け入れたんだ……。
あぁ、でも。そんな事はもう、意味がない。
だっテ、俺ハ――
獣を殺した。悪を殺した。
殺す都度、自分を縛る鎖はますます強くなって。けれど、それでもかまわない。
呼び出されれば、そこは戦場だ。地獄だ。願いなんて、意味は無い。やるべき事をやるだけだ。
――あぁ、そういえば。
呼び出される戦場には、いつも誰かがいたな。
アレは、誰だ。
その都度、何かを叫んでいるけど。誰かを呼んでいるけど。
あぁ、そうか――。アレも、悪なんだな。
なら、イツカ、殺サなきゃ。
にしても、頭のコレ邪魔ダナ。こんなの、イつカらあっタっけ。
まぁ、でも。どうでも、いいナ。
そこは末世だった。全てが辿り着いた、名も無き戦場だった。
何もかも染められた悪と人々が戦っている。
黒い少女達が、何かを強く叫んでいる。
「私は、きっと、呼ばれるべきじゃなかったのね」
雪の少女はそう言った。
彼がここまで堕ちた切っ掛けは自身にある。
もう、彼は止まれない。悪に成った者を、救う手段は無い。
彼が獣を狩れば狩るほど、彼自身は純粋な獣として完成されていく。そこに人間の機能など不要だ。彼はもう、何も覚えていない。名前を呼ぶ事も、笑う事も、怯える事も無い。
止めるべきだったのだろうか。それが彼の意志だったとしても。彼が悪に染まり、倒される運命にある事を知って尚、望んだとしても。
「……ごめんなさい。やっぱり、私はあの時みたいに『いらないよ』って、言われなきゃいけなかった。
貴方の夢を、悪夢にしてしまった。私にカタチをくれた貴方を、本当の獣にしてしまった。それがどういう事か、分かってる筈なのに」
少年の左手が赤く輝き、悪に堕ちた者の体を貫いた。
染められていた黒が消えていく。
そこには一人の少年が立っている。握っていた得物がその手から、滑り落ちた。
彼が消えていく。消滅していく。
彼は本来、サーヴァントではない。悪になるべき者として、この世の果てに閉じ込められていた者。この世全ての悪を押し付けられただけ。
だからここで消えれば、彼は本当に消滅する。もう二度と、現界する事は、無い。
「――あぁ、そう。そうだったのね、今更気づくなんて」
「この日々が幸せだったのは、貴方が貴方だったから。一緒にいて、笑ってくれて、手を握ってくれて」
「ごめんなさい、マスター。私は、遅すぎたのね。知ってる筈なのに、終わりになってようやく気が付くなんて」
「――だから、せめて。貴方のサーヴァントとして、務めを果たさせて」
“どうか、彼にもう一度答えを探す世界を。
そして今度こそ、悪にならない道に辿り着けますように”
世界を握りつぶし、書き換える。この未来を剪定する。
全てをまた、始まりに戻す。
でもそれは。本来してはならない事。魔法ですら成しえない奇跡など、その代価は余りにも大きい。
けれど、彼女は笑って。
「さよなら、マスター。
もう貴方には会えないけど。言葉を交わす事も、触れてもらう事も。全部無かった事になるけれど。
貴方といた夢の日々は残り続けるわ」
空が巻き戻っていく。結末を見届けた歴史が無かった事になる。
それは人として願ってはならない事。全てを否定する事。時代に生きた人々の積み上げたモノを踏みにじる事に等しい。
でも、それでも――
「大切な貴方には生きていて。強く、笑って欲しいから」
自身に何も見いだせないからこそ、誰かの為で在り続けた少年。
その共感がきっと、彼女の得たモノ。
小さく息を吐いて。
彼女は消えていく自分の体を眺めていた。
もう、自分が呼ばれる事は無い。
多分呼ばれたとしても、それはきっと。
私じゃない誰かでしょう。
「どうか、その夜が明けますように」
もう二度と、彼が夢を見ないのだとしても
貴方が幸せなら、ただそれだけで――。
いずれにせよ、その末路は変わらない。
ならば、覚悟を胸に。
運命を、選択せよ。