カルデアに生き延びました。   作:ソン

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 永い旅だった。

 ずっとずっと、どこまで行っても果てがない。

 旅を始める理由を、明確に決めていなかったからだろう。

 視界すら妨げる吹雪の中で、眦を強く絞り。ただ真っ直ぐに進んでいた。

 永い夢だった。

 色んな街を見た。色んな人に出会った。

 でも、胸の内に秘めた輝きには、何一つ叶わなかった。

 今でも昨日の事のように思えるのは、きっと。鋼の誓いがあるから。多分永い旅になるであろう事は分かっていたから、心の奥底にずっと、大事にしまい込んでいた。

 自分だけを救うはずだった道行は、気が付けば様々な出会いと別れを経て、その在り方すらもすっかり変わってしまった。

 それほど、自分の人生に支柱が無かったのだから、旅が長くなるのも当然に決まってる。


 自身に意味も価値も。飾り物なんて一つも無かったけど。

 ただ誰かの道になるだけの運命でしかなかったけど。

 それは瞬きのような時間で、得たモノは余りにも小さかったけれど。

 守りたいモノを守れて。最後に大事な人達と会えたから。


 満足のいく、人生でした。




Last Episode

 人理修復から数日。

 カルデアの戦いは空白に埋もれ、世間ではいつの間にか一年間の記憶がすっぽり抜け落ちている事で大騒ぎとなっていた。

 無論、カルデアの日々も慌ただしいものだった。座に帰っていくサーヴァントもいれば、残留する事を選んだ者もいる。カルデア内で自由気ままに暮らすものもいれば、スタッフ達の手伝いに励む者もいる。

 生存が絶望視されていたマシュ・キリエライトの体は時間神殿で何か影響を受けたのか、その寿命は人と変わらぬ程まで伸びていた。

 この説明には困難を要したが、まぁなるようになったという事で。

 

「おおよそ変わりなし、かな。まぁ、変わったことと言えば」

 

 ロマニはちらりと視線を向けた。

 その先ではカルデア所長のオルガマリー・アニムスフィアが、慣れない手つきで書類仕事をこなしている。

 

 

 

 時間神殿の後、シバからオルガマリー・アニムスフィアが生還。そして冷凍保存されていたマスター達も全員が目を覚ました。

 ――まるで、あの時の悲劇がなかったかのように。

 一悶着無かった訳ではない。

 魔術師のエリートである彼らとサーヴァントの間では少しばかり険悪な雰囲気も流れた。オルガマリーもレフ・ライノールの裏切りや自身がいない間の事で混乱していた。

 険悪な雰囲気は漂ったが、ドクターやスタッフ達が一つの解決案を打ち出した。

 人理焼却の旅、その記録を彼らに見せたのだ。

 第一特異点から時間神殿に至るまで。カルデアの戦いを、未来を取り戻す物語を。

 それを見るや否や、魔術師達はそそくさと時計塔に戻り、オルガマリーは何も言わずただ仕事に没頭するようになった。

 うん、まぁ脅迫してしまったようで申し訳ないけれど。事を荒立てる事も無く穏便に済んだのだから目を瞑ってほしい。

 

「これで全て元通り。世は事も無し――じゃあないか」

 

 時間神殿より未帰還者一名。死に誰よりも怯えながら、自分ではない誰かのために最後まで戦い抜いた一人の青年。彼は時空の闇へと落ちていき、消息不明になった。

 せめて彼の遺したモノに触れようと、スタッフ達や仲の良かったサーヴァントが部屋の掃除に来たけれど。

 彼の部屋には私物も何もなかった。余りにも無機質な部屋だった。手紙も写真も、本も。全てカルデアからの支給品だけで。彼自身のモノは一つも無かった。

 まるで自分の居場所はそこではないとでも、言う様に。

 彼のサーヴァントは一人も座に戻る事無く、カルデアに残留している。いつか来るであろう帰りを、ずっと待ち続けている。

 

「……ちょっと疲れたかな」

 

 そういえば、冷蔵庫に饅頭があった。マシュにはいつもつまみ食いされているけれど。今回ばかりはある事を祈ろう。無かったら食堂でも行こうかな。

 ちょっと食べてから――

 

「ロマニ!」

「げっ……何でしょうか、所長……?」

「何よ、『げっ』って。 そんなことよりも返事! 突然だけど時計塔から、一人。カルデアに査察者が来るのよ。それもここ数日以内に」

「……それは、ちょっと話が急ですね」

「仕方ないじゃない。候補者達は全員、とんぼ返りして。時計塔の関係者は一人もいない状況。

 サーヴァント達がいるとはいえ、彼らを表には決して出せない。だからカルデアは何かに縋るしかないのよ」

「……それで時計塔から、と。それじゃあ迎えに行かないとですね。雪の山は一人で歩くには危険だ。僕が行きますよ。道案内なら、ボクくらいでも出来ますし。

 これから下山して、下の方で待機します。またその子を連れて上がってきますよ」

「……珍しいわね、貴方が率先して仕事するなんて」

「いや、まぁこうでもしないと。ボク達大人が椅子に座ってばかりもアレですし――」

 

“――彼だって、頑張ったんだから”

 

 立香とマシュは護衛のサーヴァントを連れて、故郷に里帰りしたがそれは僅か。人理修復を果たした功績に比べると余りにも小さい。

けれど、彼はありがとうと言って、またカルデアの日々に身を投じていた。

 今後、カルデアの戦いは続くだろう。もし今回の一件のように未来が不確定になった場合、どうしてもサーヴァントの力は必要になる。

 いつか彼の日常を、返してあげなくては。

 

「っと、ちょっと行ってきます」

 

 思考にふける脳裏を払って、ドクターは玄関まで向かっていく。

 サーヴァント達とすれ違う。古今東西の英霊達が各々の時間を過ごしている。

こんな光景はカルデアでしか見れないだろう。

 

“大きくなったなぁ、ここも”

 

 サーヴァントがおり、人理修復を果たしたカルデアの利権を狙う者もいるだろう。立香やマシュを狙う者も。

 彼らはまだ子供だ。だから、大人達が守らなくちゃ。

 スタッフ達に事情を説明し、防寒着を纏う。事情を説明した時の彼らの表情に思わず口元が緩む。

 まぁ、確かに。時計塔の魔術師と言われて、よい気分はしないだろう。

 

「ドクター」

「おや、二人とも。これから訓練?」

「あ、いや。時計塔からマスター候補が来るって聞いてたから挨拶しようと思って」

 

 立香の言葉にマシュは首を縦に振る。

 あぁ、そうだ。彼は誰であれ、挨拶を欠かさなかった。誰かと触れ合うことをおろそかにしなかった。

 故に彼は人理修復を果たせたのだろう。

 

「それじゃあ行こうか二人とも。

 ……そういえば、今日は吹雪がおさまってるね。これならいい青空も見れそうだ」

 

 玄関の扉に差し掛かったところで、ふとセンサーが起動する。

 訪問者がいる証拠だ。

 

「……アレ? 早いな。結構道に迷うと思うんだけど」

 

 慣れた手つきで扉のロックを解錠。

 玄関の扉が開いた。

 

「ようこそ、カルデアに。僕がドク――……え」

「どうしました、ドクター……」

「二人とも、どうさ――」

 

 

 時が止まったような錯覚を覚えた。

 

 

 玄関に立っていたのは、息を切らせた青年だった。

 魔術協会の所属を意味するコートを纏っているが、それは雪にまみれており、何度か転んだようにも見える。

 汗を掻いていて、余程駆け上がってきたのだろう。吐息は白い。

 両手を膝について、何度も肩で息をしている。

 

 

 その面影を、知っている。その雰囲気を知っている。

 

 

「気が付いたら、何か時計塔にいて。そこで現状とか、把握してたんですけど。

 カルデアから帰ってきたヤツらに話を聞いて。

 まぁ、その、勢いのまま、ここまで来ました。ちょっと迷ってしまったから遅くなりましたけど」

 

 彼と再会するために、ただどうすればいいのかわからなかった。

 サーヴァント達ですら手の届かない奇跡でなければ、それは叶わないと。

 諦めかけていた心に、血が通う。

 

 彼は息を吸い込んだ。

 

 その顔を知っている。

 

 ――あの時、手を伸ばしても届かなかった奇跡が今、目の前に。

 

 

「――遅くなりましたけど。

 今、時間神殿から帰還しました」

 

 

 長かった。

 第四特異点から、ここに戻るまでに。どれだけ旅を繰り返してきたか。

 だがもう、それも全部終わり。

 またここから、新しい物語が始まる。それは徒労に終わった膨大な時間に比べれば、余りにも小さくて、ささやかだけれど。その輝きは、きっと。何よりも尊くて。

 絡まっていた糸が解ける様に。彼は、小さく微笑んで。

 

 

「ただいま、皆」

 

 

 またここから、彼らの日常が新しく始まるのだと。

 

 

 

 

「これで全て元通り。世は事も無し、か」

 

 抱きしめ合う四人と騒ぎを聞きつけてきたのか、駆けつけてきたスタッフ達とサーヴァント達。

 その集団に揉まれる青年を――遠くから一人の人物が眺めていた。

 正直に言えば、青年はここまで自力で辿り着いたわけではない。カルデアの所在であろう場所を察したまではいいが、そこを探し続けてずっと彷徨っていたのだ。

 最早その身はサーヴァントではなく、生身の人間。あのままでは確実に凍死していただろう。雪に埋もれた彼を拾うのは手間だった。

 

「そういえばキミは昔から無鉄砲だったね。

 やれやれ、まさか人一人を抱えて登山するとは思わなかった」

 

 シルクハットに積もった雪を払う。

 あの時間神殿で、彼が何をしたのか――おそらく聖杯を使ったのだろうとは踏んだ。

 加えて、そこに何者かが手を加えたのだ。

 その結果、聖杯は大聖杯まで昇華。正真正銘、本物の願望機となったのだ。使えばきっと、世界平和すら為せるであろう奇跡をもたらすまで。

 

「どうせ、彼の幸福でも願ったのだろう。

 あぁ、ならキミがそこにいない理由は無いさ。いや、キミだけじゃない。きっと彼は人理焼却で消えていった者達を。――あぁ、いやこれ以上語るのは無粋だね」

 

 遠くでは青年が三人のサーヴァントに囲まれている。何を言っているかは聞き取れない距離ではないが、それはあえてしなかった。

 ――ようやく再会できたのだ。それに水を差すような真似はしない。

 

「カルデアに戻るつもりはない。だが、そうだね。せっかく生き長らえた命だ。投げ捨てるのは野暮だな。

 世界でも、回ってみるか。我らが王よ――貴方が運命を知ったように。私もまた、運命を求めてみましょう。

 人の世は、出会いと別れに満ちている。今私に訪れたのは別れか。さて……次はどんな出会いがあるのだろうな」

 

 そういって、男は身を翻す。

 

 

 

 彼らの頭上には澄み渡る蒼空が、広がっている。

 

 

 彼らの取り戻した日常は、今静かに動き出す。

 

 

 

 

 おめでとう。そしておかえり。

 

 どうかその日々が、キミにとって新しい日常になりますように――。

 

 






 こうして一つの旅は終わりを告げた。


 また彼の、新しい時間が始まる。

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