後、異伝3にワンシーン追加しました。壁が殴りたくなったくらい、書いてて悲しくなったので時間がある方は見てくだされば。
今、カルデアは未曾有の危機である。
室内の気温は42℃。その影響が職員に及んでいる事は言うまでも無く、サーヴァントにまでその余波が来ている事は想定外だった。
ドクター曰く、これは熱病であるとの事だった。しかしその原因がどこから来ているのからが分からない以上、手の打ちようがない。サーヴァントですらダウンしている以上、彼らに動いてもらう事も適わない。
最早カルデアの本来の機能はマヒしており、ここは一種の野戦病院と化している。
立香が一部のサーヴァント達の助力にて、現在冥界にレイシフト中であった。そこにこの熱病の原因があると言う。
ただしそこに何の縁も無い俺は同行する事が出来ず。カルデアに留守番である。しかし、ただ待っているだけと言うのも何であるから、苦しんでいる彼らの手助けをするべく、看病を行っていた。
「……にしてもこれは大変だなぁ」
一人一人の部屋を訪問し下膳していく。
食器の詰まったワゴンは最早一種のタワーである。
何故か、今回の事態に対しては俺と立香だけは無影響であった。と言うか朝起きたら隣にキアラいたし。布団かけて、速攻で逃げた。
幸い、食事自体は栄養食品があるため、まだギリギリ保てている。でもまぁ、メニューは相当ディストピアじみているけれど。
食堂に戻り、ごみを捨てて、背骨を伸ばす。また一人一人の部屋を回って、氷嚢を変えてあげないと。
「そうだ、氷氷……確か冷蔵庫に」
冷蔵庫を開けた瞬間、何かが滑り落ちてきた。
――その顔はカルデアの準黒幕ともいえる存在。
「ぱ、パラケルスス!? 何で、冷蔵庫に!?」
「――」
「ふ、婦長おおおおっ!!!」
立香はまだ帰ってこない。
パラケルススはバベッジ卿の部屋に置いてきた。あそこなら多分大丈夫だろう。
一人で歩くには、カルデアは広すぎる。いつもなら百名を超えるサーヴァントや、カルデア職員が行き交う通路には俺一人だ。
「……それにしても、どうしたんだか」
最近、式の声が聞こえない。存在は感じ取れるのだが、俺が何を呼び掛けても一切返事が無いのだ。最初は何か怒っていたと思っていたが、それにしては長すぎる。
せっかくのクリスマスも一人では寂しい。
「次は、アルトリアか。入るぞ」
ノックをして部屋に入ると、アイスを咥えたままダウンしているアルトリア。
よく見ると水着になっている。確かイシュタル杯の後、また皆で海に行ったんだっけ。
どうも近頃、懐かしい記憶ばかりがよぎってくる。
「……あぁ、もう。熱が出てるなら、着こんでおかないと」
「マスターか。面倒をかける」
「面倒なら俺も昔かけたから大丈夫。それよりも着込まないと」
「……」
服の裾を何やら引っかかっている。
振り返ると、彼女が指先でつまんでいた。
「マスター」
「どうかしたか」
「お前は、私のマスターだな」
「うん、そうだ。俺が貴方を召喚した事実は変わらない。
例えどんな事があっても、俺は貴方のマスターで在り続けるよ」
「……そうか」
彼女の手が、俺の頬に触れた。
その顔がいつになく紅潮している。
「マスター、今度は、どこにも。行かないで、ください」
そういって、アルトリアは目を閉じた。
頬に触れていた手を布団の中に。一枚かけて電気毛布を。さらにもう一枚上から重ねておく。
これできっと大丈夫。まずは汗を出してあげないと。
「……どこにも、か」
時折、自分が自分じゃないような気がするのは確かだ。
せっかく、カルデアに戻ってきたのにあまりスッキリしない。
部屋を出る。――見覚えのある人影。
「やぁ、奇遇だね」
「マーリン……。貴方は影響を受けないのか?」
「はは、こう見えても、最高峰の魔術師の一人だからね。感覚を遮断するなんて、造作もない事さ」
「なら、手伝ってくれてもいいだろうに」
「いやぁ、キミならともかく。僕から受ける看病なんて信用出来るかい?」
「あー……人によるんじゃないか」
「賞賛と受け取っておくよ。自他ともに認めるロクデナシの一人だからね」
確かにキャスターを名乗るのに、聖剣で殴りに行く事を良しとしているし。結構発言も自由だし。そこはあまり信用されていないだろう。
だが彼のサポートが一級品なのは確かだ。俺も何回か世話になった。
「そうそう、一つ話が合ってね。そろそろマスターが帰還する。直にこの病も治まるだろう。
これで晴れて元通り。カルデアもその機能を取り戻す」
「そうか。なら良かった。皆が回復するには」
「うーん、不摂生な生活をしていると長引くと思うよ? 医療班の彼らは明日にでも全快するんじゃないかな」
「……よく見ているんだな、貴方は」
「そりゃそうだとも。僕にとって、人間は一冊の本だ。見た目は同じでも内容は全く違うんだからね。
心惹かれる物語もあれば、後味の悪い結末だってある」
それを、変えたいと思わないのだろうかと思ってしまう。
でも口にするのは無粋だ。
一人が救える人間の数は限られている。いくらマーリンが世界の終わりまで生きていて、時折自由に抜け出せると言っても、それを押し付ける義務は無い。
救うとはそういう事だ。救ったモノの人生を、背負う事だ。
彼は人間には興味がない。作品が大好きなだけであって、作者自身に意味を求めていないのだ。
「何が言いたいかは分かるさ。だから、全部見ているよ。そして覚えている。
僕には余る程時間があるからね。数多の路傍の石の最期を覚えておくなんて、容易いものさ」
「……」
「……ごめん、暗い話になったね。ここで一つ、気分でも紛らわすために、少しだけ王の話をするとしよう」
そういって、マーリンが語ったのは一組の少年少女の話だった。
途中、部屋の背後で何か物音がしたような気がする。
……そういえば、ここアルトリア・オルタの部屋の前……。
「王は言いました。
かわいい。すぐ大きくして――ぐっはぁっ!」
ドアをぶち破って、黒い聖剣が飛来しマーリンへと直撃する。
あ、今クリティカルいったなコレ。
「退散退散、後は任せるよ……」
――何の魔術を使ったのか、粒子となって消滅した。
あれ、これやられた時のあれじゃ……。
「マスター」
「アルトリア。寝てないと……」
「忘れなさい、今の話を。今すぐに」
「……はい」
あの時のアルトリアの眼が真剣だったことだけは語っておこう。
「ジャンヌー、入るぞ」
「……好きにすれば」
部屋に入ると、やはり彼女もダウンしている。
炎を操ると言っても、熱には勝てないらしい。
「ほら、氷嚢。変えに来た」
「……どうも」
「食事取れてるか」
「……多少は」
「そうか。立香が原因を解決したらしい。明日には収束し始めるから、頑張ろう」
「……そう」
「……」
「……」
まずい、会話が続かない。
だがこのまま立ち去るのも如何なものか。だが女性の部屋に不必要にいるというのもアレだし。
「……マスター」
「どうした」
「最近、夢を見るわ。それもとびっきり最悪な夢」
「……」
「アンタがいなくなる夢。この世界のどこを探しても、アンタがいない。その癖、私がそこに残っている」
「……」
「ねぇ。今度こそ、いなくならないわよね」
「……あぁ、約束する。どんな事になったって、必ずカルデアに戻るよ」
「……そう。なら、良かった」
そういって、彼女はまた眠り始めた。
どうにも最近良くない方向に考え始めているのかもしれない。
部屋を出て、小さく息を吐いた。
「……待て」
ふと何かが引っかかる。
……そもそも俺はどのタイミングでここに召喚された?
終局の悪に至る者として、あの場所に捕らえられた。けど、ここに確かにサーヴァントとして召喚された。
「……」
でも、もし。
まだ、俺が。
カルデアは、またとんでもない爆弾を抱える事になる。
「……」
だけど、俺が途中で自害してもそれは変わらない。あの場所にまた戻るか、或いは本来のビーストⅦだった者達に譲渡されるだけだ。
これは俺が選んだことで、俺が決めた事。
「……大丈夫」
きっと、何とか。上手く耐えていける筈。
「……ふむ、さすがにこれは残酷だね。だがどうしようもない」
「器の内、既に四つが満ちている。それも恐らく彼女を取り込んだんだろうね。
――それでまだ、自我を保てているなんて、奇跡に近い」
カルデアの片隅で、とある魔術師は静かに呟いた。
「――夢見の魔術師か」
「おや、キング君。君も無事だったんだね」
「我が体に病など無用。既にこの身が死に至る病であれば。
……やはり、満ちていたか」
「うん、それもね。中で増幅を続けている。本来なら、順に満たされていく器が一気に満たされた。
恐らく、そう遠くない未来で、彼は目覚めるだろう。魔術師としてそれだけは断言する」
「――醜悪極まる」
「全く、その通りだ。しかも最悪な事に、正規な目覚め方じゃない。グランドとしては振舞えない。骨を折るハメになりそうだね」
「問題ない。我が剣に冠位など不要。暗殺術に微塵の衰えも無し」
「これは頼もしい。それじゃあ、後僅かな平穏を楽しむとしよう」
「いやぁ、助かったよアラン君。医者なのに倒れるなんて……」
「ロマニは鍛えてないからねー。免疫と耐性は別の話だよ?」
「そういうダヴィンチちゃんも倒れてたくせに」
「あれは徹夜してただけですー」
カルデアの食堂。そこでは特に変わりのない日常がある。
生きててほしい人がいて、あってほしい未来があって。それで俺には充分すぎるのに。それを近くで感じられる事に、幸福すら覚えてしまう。
“……生きてて、欲しかったし”
例えば、その想いが刹那の時でしかなくても。
例えば、その願いが片時の夢でしかなくても。
それでも、俺はここに在る。
いつか、この記憶も。この感情も。オレ自身であった筈の何もかもが、塗りつぶされてしまうのだとしても。
確かに、ここに生きていた。
いつか、俺が俺じゃなくなってしまっても。ただの獣に成り果てて、全て零れ落ちてしまっても。
「マスター、種火の時間だ。以前は熱で無様を見せてしまったが、問題ない」
「行くわよ、マスターちゃん」
「マスター、参りましょう。このランスロット、先陣として切り込みましょう」
「よし、行こうか」
ここで生きた時間を、忘れたくない。
「ふむ、いい出来だ」
「エミヤ殿、申し訳ないが少しお時間よろしいでしょうか?」
「どうかしたかね、ガウェイン卿。……いや、待て。何故円卓の面々がそろっている?」
「いえ、ただ一つ聞きたい事がありまして。マーリン、あの一言を」
「『かわいい、すぐ大きくしてあげないと』」
「――――ッッッ!!!」
「逃げたぞ、追えっーーー!!」
「テメッ、父上に何しやがったなぁぁぁっ!!!」