『やぁ、お帰り。まだ心の整理はついていないかもしれないけど、今は休んでくれ。
話はそれからでも充分間に合う』
その出会いを覚えている。
特異点Fを修復した後、初めてその人を見た。
子供のような明るい笑顔に、優しい空気でどこか憎めない雰囲気を漂わせている。
死に怯えていた頃の俺に、よく声を掛けてくれていて。その言葉と黄金の日々があったからこそ、俺はここまで戦えた。
そして、未来を視たのだ。
『それじゃあ、改めて名乗らせてもらおうか』
彼が消える未来を。
それが嫌で、受け入れたくなくて。
貴方に少しでも、生きててほしかったから。
俺は、ここまで走ってこれたのだ。その未来を、否定するために。
『完膚なきまでに完全な勝利を』
でも、俺は。貴方達が傍にいない世界なんて、見たくなかったんだ。
例えそれが運命だとしても、生きててほしかったから。
どうせ勝つのなら、皆で。一緒に。
サーヴァントとラフムが争う中、立香の前に彼が立っている。
いつものように、変わらない穏やかな笑みを浮かべて。
「ドクター……何で」
「……正直言うよ。僕はずっと迷っていた。彼の代わりに僕が生きている事にずっと疑問を覚えていた。
例えサーヴァントになっても。帰ってきてくれて嬉しかったんだよ」
懐かしむような表情で、ビーストⅦを見上げる。
吠えていた筈の獣は、ただじっとロマニ・アーキマンを見つめていた。
「彼との思い出を。彼が僕に繋いでくれた未来を、笑って生きようって。
ただ、楽しかった。カルデアで彼と過ごした新しい日々は。
だからね、決めたんだよ」
手袋が外される。
そこに指輪が一つ、嵌められていた。
「この先、例えどんな事があったとしても。立香君を、そしてアラン君も。カルデアの皆を守るって。
それが、年長者の責任ってヤツだからね。
さてと、それじゃあ名乗らせて貰おうかな、ビーストⅦ。お前と対峙するのに、この格好じゃ示しが付かない」
その姿が、淡く光り出す。
見慣れていた白衣は、かつてのロンドン、そして時間神殿で見たモノと酷似していた。
けれど、一つ違うのはその表情だった。
「我が名は、ソロモン。
ビーストⅠを生み出した元凶でもあり、訣別を告げるモノだ」
「――そうか、覚悟を決めたねソロモン」
「あぁ、極点に戻ってきたとも。空から見ているだけじゃ、地上の愉しみなんて分からないし」
ソロモン王の隣にマーリンが立つ。
いつものように涼し気な表情で。目を細めながら。ただ微笑んで。
「――その心、見事」
「あぁ、自分の仕事はして見せるさ。ハサン。元々これは、私が招いてしまった事だから」
「露払いは承ろう。あの程度の残滓、この剣の前では塵にすぎぬ」
ビーストⅦが吠える。
けどそれは、以前の咆哮ではなくて。
――まるで、悲鳴のようだった。
「――ビーストⅦ。その中に残るのは、ビーストⅠとビーストⅡのみ。
なら、私のやるべき事は分かっている」
ソロモン王の周囲に魔力が溢れていく。
それはかつての王の奇跡を再現する宝具。
「誕生の時、きたれり。其は全てを修める者」
『……さよならは言わないよロマニ。私から言えるのはそれだけだ』
「それで充分だよ、レオナルド」
『――』
「おや、何も言わないのかいホームズ。何か期待していたんだけどな」
『――やはり友人が増えるのはよくないな。仕事柄、こういう事には慣れているんだが』
『ドクター……』
「マシュ、済まないね。でも、今のマシュなら大丈夫。
本の世界じゃない、キミは実際に世界を見た。人々に触れた。なら、もう僕の教える事なんて無い。
もうキミは、立派な一人の女の子だ」
「戴冠の時、きたれり。其は全てを始める者」
「……ドクター」
「立香君、前を向くんだ。だって君は世界を救った、最高のマスターなんだから」
「そんな……。だって、俺は。皆に、カルデアの人達に支えられてただけで……」
「それでいいんだよ。人は誰かの荷物を背負って生きる事は出来ない。
でもね、崩れそうになる体を少しくらいは支えて、一緒に歩く事くらいは出来る。それをキミ達は証明した。
だから、信じているよ。この先の未来も、ずっと。人類は続いていくと」
「そして――」
『やぁ、お帰りアラン君。レイシフト、お疲れ様』
『……あ』
『うん、どうかした?』
『いや、その……。帰ってこれたんだなって、思ってですね』
「訣別の時、きたれり。其は全てを手放す者」
『ちょっとドクター、夢見過ぎじゃないですかね。いい年して割と子供っぽいというか……』
『うーん……でも、浪漫を見るのは人の特権だろう。せっかくの人生だし、自由に楽しんでもいいと思うよ僕は。
それにね、何て言うか響きもいいし。ロマンって』
『ほら、アラン君も』
『ドクターは?』
『セルフタイマーがなくてね。誰か一人、あの輪から離れなきゃいけないんだ』
『ほら、アラン君。写真を取りに行こう』
『……あ、いや。俺は』
『何だ、またシャッター係かい? それなら引き受けてくれるサーヴァントがいるんだし。好意に甘えとこようよ。彼からカメラを奪おうとしても、僕の時のようにはいかないからね』
『そーそー。それにキミは優勝したんだ。なら当然写る権利がある。だってキミは
『僕らは意味の為に生きるんじゃない。生きた事に意味を見出すために生きているんだ』
『意味を、見出すために』
『そう。だからアラン君。君は生きたいように生きていいんだよ。
人はね、思ったより自由だから』
「アラン君。キミと過ごした時間は、ただ楽しくて、美しい記憶だった。僕の数少ない宝物だ。キミと出会えて、一緒に生きる事が出来て、幸せだった。
――僕の未来を繋ぎとめてくれて、ありがとう」
「■■■――――!!!!!」
獣が悲鳴を上げた。その言葉の先を、塗りつぶすように。否定するように。
ただ、聞きたくないと。
「――――アルス・ノヴァ」
ただ光が、弾けていく。
黄金の輝きが薄れていく。ただただ消えていく。
光が収まった後、そこにはロマニ・アーキマンの姿があった。――もうその体は透けていて、輪郭がよく見えない。
「これで、ビーストⅠの力は消滅した。後はビーストⅡだけだ。
幸い、ここにはハサンもいる。後はキミ達の未来を取り戻すだけだ。最早、ビーストⅡしか残っていない。
その獣は、撃破可能な障害に過ぎない」
「……っ!」
「さぁ、行っておいで立香君。この戦いを以てして、人理修復の旅は終わりを迎える。
その旅路をずっと、見守っているよ」
「……あり、がとうございました! ドクター!」
その言葉に、彼は微笑んで。
そうして――光の残滓となって、消滅した。
『ロマニ・アーキマンの消滅、確認、しました……』
「■■■■■―――!」
ビーストⅦが吠える。一層けたたましく、悲壮な声音を上げて。
ただ天に吠えていく。
その翼から、無数のラフムが放出されていく。
『っ! その数、一万っ! 宝具を!』
『ダメだ、サーヴァントとの距離が離れすぎている! 間に合わない!』
無数のラフムと目線が合う。
それはかつてバビロニアで感じた殺意。
けど、臆することなく、ただ拳を握りしめて。睨み返した。
「――例え絶望にあろうとも、目を背けず空を睨む。
それでこそ、カルデアのマスターだ」
ラフム達が燃えて、凍って、刻まれて、潰されて――ありとあらゆる手段で消えていく。
まるで、この世界に存在する全てをここに体現したかのように。
瞬く間に、殲滅されていく。一万の軍勢が、僅か数秒で消失した。
『何だ、一体、何が……!』
立香が見たのは、一つの影だった。シャドウサーヴァントのようにも見える。
フードを被っているのか、口元しか朧気に見えない。
その手には刀が握られていて、それだけは紫電を輝かせて。ビーストⅦの姿を映し出していた。
「訳あって、顔を出せなくてね。こんなカタチで申し訳ない」
『認識阻害だ。かなり高度の……マーリンが使っていたモノに匹敵する』
『サーヴァントです! ただ……どのパターンにも照合しません! 一切が不明……!』
「……カルデアの人々か。オレの事はセイバーと呼んでくれ。
事情は把握しているよ。今この場においては貴方達の味方だ。悲劇を終わらせよう」
声にも認識阻害が掛けられているのか、青年の声であるとはわかるがそれ以上が分からない。
――ただ、どこか。聞き覚えのあるような気がする。
「成程、溶け込んで一つになっている。自分のカタチを失って……あぁ、だからオレが呼ばれたのか。
――指揮を頼む、マスター」
既に、ビーストⅢとビーストⅠの能力は消滅した。残るはビーストⅡのみ。
夜明けは、近い。
オレを生み出した男の願いに、応えよう。
それがきっと、オレの生まれた意味だ。