カルデアに生き延びました。   作:ソン

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お待たせして申し訳ない。ただ難産でした……。
あぁでもない、こうでもないと推敲し続けて、落ち着いたのが現状です。




Q,本当に遅れた理由は?
A,新大陸行ってました。スリンガーたのーし。


外伝 終節 未来Ⅲ

 

 

 

 

 ――自問する。

 

 オレは何のために生きているのだろう。

 何もかもが誰かから譲り受けた偽者でしかないというのに。

 

 ――自答する。

 

 それでも歩き続けるしかない。

 生き続けろと、ただそう願われたから。

 

 

 なら、この先に一体何があるのだろう。

 誰の記憶にも残らない旅の中で、ずっとそれを繰り返していた。

 

 

 

 

 

 援軍として現れた謎のサーヴァント。

 その力は圧倒的だった。

 彼が手を翳せば、無数の魔術がラフムを焼き尽くす。彼が刀を振るえば、目の前の空間は容易く斬り殺される。

 その力はまさしく、ビーストⅦの天敵であるとも呼べた。

 

 だが、足りない。

 

 決定打が足りない。ビーストⅡを打ち倒すべき、確かな一が足りない。

 

『さて、キミが出てきたという事は、勝算があるのだろう。異伝のセイバー……いや、異聞と呼んだ方がいいかな』

「あぁ、既にそれは完成しているよ。

 この世界にね、無駄なモノなんて一つも無いんだ。例え路傍の石であっても、境界線に咲く一輪の花であっても、虚空の海に投げ出された小さな希望であっても――全ての旅に意味はある。

 あの時間神殿で、極点の流星雨が末世を駆け抜けたように。彼の旅、全てがビーストⅦに対しての切り札となる」

『……? それは、つまり』

 

 ダヴィンチの言葉に彼は笑って、羽織っていた外套を翻す。

 地面に手を翳し、無限の魔法陣が形成される。

 

「――そろそろ、やせ我慢も限界じゃないかい? ビーストⅦ。

 彼の槍に、彼女の炎はまぁ、応えただろう? 何せ彼らはそのために、ここまでたどり着いたんだから」

 

 瞬間、ビーストⅦの体内が発火し、業火がその身を焼き尽くしていく。

 まるで空が燃え盛っているようにすら見えた。

 

『……! ステータス異常だ。これは……燃えている?』

「彼女が遺した炎だ。その力は、獣のみを焼き尽くす。

 ――まぁ、つまり。ビーストⅦだけを焼き殺す毒と言う事さ」

『けど、それじゃあまだ足りない。

 ビーストⅡはまだ生きている。彼女の能力がある限り、何度でも蘇生する……。

 ――待て……。そうか、つまりキミは』

「あぁ、気づいたか。さすがミスター・ホームズ。

 さて、それじゃあ行くかな。オレの生まれた意味を果たしに」

 

 そういって、セイバーはビーストⅦの下まで歩み寄っていき、その大地を濡らす彼女の泥をいとも容易く踏み抜いた。

 だが足を止める事も、苦痛に顔をゆがめる事も無く。少しずつ進んでいく。

 マーリンの生み出していた花が道を空けていく。彼の行く先を、彩るように。

 

『マーリン!? それじゃあセイバーがケイオスタイドに……!』

「……いや、その心配は不要だよ。それこそが、ビーストⅡとビーストⅦを切り離すただ一つの、余りにもどうしようもない方法なんだからね」

 

 花の魔術師はいつものように微笑んだ。

 懐かしい光景を思い返すかように。酷く、優しい口調で、ただ静かにその別れを口ずさむ。

 

「その旅路の果てに、貴方は祝福を得た。得難いモノを見た。――さぁ、行ってきなさい少年。その終わりを、ボクは心の片隅に刻んでおこう」

「……そっか、ありがとうマーリン。やはり、貴方は見届けていてくれたのか」

「勿論、覚えているとも。今までも、そしてこれからも」

 

 セイバーの認識阻害が解除されていく。

 外套に見えていたのは白い羽織、そして首元に巻かれた赤いマフラーに、穏やかな蒼色の瞳。

 ビーストⅦを前にして、彼は歩みを止めない。その足が命の泥に絡められようとも、眦を強く絞り、ただ前へと歩んでいく。

 

『……えっ』

 

 とある並行世界にて、名も無き少年と魔術王の死闘があった。少年の力は魔術王と拮抗するモノではあったが、彼自身がその力に耐えきれず自壊し、結局彼は魔術王に敗北した。

 その戦いを、見届けたモノがいる。そうしてソレは願ったのだ。――望まれなかった誕生に意味がある事を。刹那の命に、永遠を。

 消える寸前に、無垢な決意を祈りに込めて。

 

「アラン……?」

 

 その戦場の背後には聖杯があり、それが回収される事は無かった。なぜならソレはカルデアの手にも渡らず、魔術王の手にも落ちなかったのだから。

 聖杯は見届けたモノの願いを受諾し、自身を一つの奇跡として産み落とした。

 それこそが――異なる世界で、ロンドンのセイバーを名乗る者の正体だった。

 

「さぁ、オレの物語を終えるとしよう」

 

 終止符を此処に。栞は役目を終えた。

 人生も、物語も、世界もいつか終わる時が来る。自らに備えられた引き金が、何もかもを終わらせる時が来る。

 瞬きのような半生を、振り返る。後悔に埋もれ自問自答し続けた、その余りにも小さな旅路を。

 

 

「第一宝具――意味を示せ、我が生命」

 

 

 少年は生命の意味を示した。自身の生涯を以て、彼らの礎となる事を選んだ。

 

 

「第二宝具――証を示せ、我が運命」

 

 

 少年は運命の証を示した。自身の宿命を以て、彼らの結末を変えて見せた。

 

 

「さぁ、オレの意味と証を、ここに示そう。

 第三宝具――『黎明に夢の名残は消え去りて』」

 

 

 その身体が霞んでいく。

 溢れていく黄金の輝きが世界を照らしていく。

 その眩しさに目を細めながら、セイバーは微笑んで。

 

 

「教授……ようやく、貴方の本当の想いが……」

 

 

 霊基が消滅し――途端、ビーストⅦが金切り声を上げて、咆哮した。

 今までとは違う、全く異なる叫びだった。

 

『これは……ビーストⅦの霊基が崩壊していく……』

『あぁ、ビーストⅡに溶け込んでいた彼の体が、そのカタチを思い出した。

 ――あのセイバーの姿は、彼そのものだ。鏡を見て、自分の姿を顧みたようなものさ。

 さぁ、後一息だ』

『――待った、ビーストⅦの反応が一時拡大している……! 来るぞ!』

 

 ビーストⅦの体内から放たれた魔力の波動。

 それは触れたサーヴァントを全て強制送還させていく。

 

『っ!』

 

 見える。

 ビーストⅦの体内が露出している。そこに一撃を叩きこめば、決着がつく。

 しかし、そう考えている間にも、次々とサーヴァントが消滅していく。

 カルデアの召喚術式すら無力化するソレは、まさしく最悪の一撃と言えた。最早この場にサーヴァントはおらず、いるのはただ藤丸立香とビーストⅦのみ。

 この空間において、マスターである彼の声に従うモノは存在しない。

 

 

 ――だが、ここに例外が存在する。

 

 

「来い……!」

 

 その男だけは例えどんな苦境で在ろうと、応えてくれるという確信がある。

 人理修復の旅で、恐らく――自身が最も絆を深めたであろうサーヴァント。

 

 

「アヴェンジャー!!!」

 

 

 黒炎が、空間を裂いて現れる。紫電が空を迸り、光の如く駆け抜けた。

 漆黒のインハネスを靡かせ、己がただ一人と定めたマスターの声に応え、宙を駆ける。

 

「クハハハハ!!

 ある一人の魂を利用し、降臨を望んだか! 終局の悪よ!」

 

 彼の前では空間そのものが無意味。

 例えどのような場所で在れ、そこに呼び続ける声がある限り、その復讐者はどこであろうとも駆けつける。

 

「だが、失策だ! それは余りにも皮肉だ!

 貴様は、その魂が積み上げたモノによって敗北したのだからな!」

 

 露出した弱点を隠すように、泥が覆い始める。

 しかし、それは余りにも遅すぎた。

 

「残念だったな! また別の運命にて目覚めの時を待つがいい!」

 

 その黒炎が、ビーストⅦを焼き尽くし――その空間は眩い光に包まれていく。

 

 

 

 

 目が醒める。見えたのは何もない空間。

 空に万華鏡のようなステンドグラスが一つ浮いている。

 

「よう、ご同輩。目は醒めたかい?」

 

 ――ナニカがそこにいた。

 黒い靄のようなモノが、眼前に佇んでいる。表情こそ見えないが、声音は飄々としていて何かが酷く癪に障る。

 

「ビーストⅦ/Rは倒された。――だが、コイツはまぁ酷いネタバレみたいなもんでね。この異聞帯は焼却されて、アンタの記憶は全てが消える。要するに全て収まるところに戻るってコト。

 カルデアのマスターは藤丸立香ただ一人。ビーストⅦ/Rの記録はビーストⅠとして置き換えられる」

 

 何を言っているのか、分からない。

 でもどうしてか。それをただ拒みたかった。

 ただあの場所に、皆の下に帰りたい。

 

「ソイツは欲深いぜ。アンタの魂は元の世界に帰る。単なる並行世界にな。そこはもう異聞帯としての力を失った。

 もう聖杯戦争なんざに巻き込まれるコトも無いだろう。良かったじゃないか、どうあがいてもバッドエンドな結末から、ビターエンドの未来に戻れるんだ」

 

 違う。違う。

 例え俺はそれが自身にとって最悪な結末であろうとも。それでも。

 皆と一緒に、生きていたかった。ただ、それが楽しかったんだ。

 

「ソレは違う。アンタはただ妥協しただけだ。どうしようもない暗闇の中で、無様に這いつくばって、そうして掴み取ったモノを大事に仕舞い込んだ。

 だからアンタはビーストにもなれず、人間にもなれなかった。最初から決めておけばよかったのさ。

 ――でもそうはならなかった。だから、ここでアンタの物語は終わりなんだよ。それ以上、余分な荷物を背負う必要もない」

 

 影は語る。

 一人の人間に抱えられるモノは決まっていると。

 お前は充分に抱えてきたのだと。

 けど、そんな事で。そんな事であの日々が終わってたまるか。

 

「あぁ、そうだ。アンタからしてみれば、そいつは当然だ。

 そう思って、当たり前だ。

 ……でも元々アンタは異物だ。本来ならいなかった存在だ。死んで終わる、よくある一つに納まるだけさ。

 それ以上を願うのは、さすがに欲深いぜ。今のアンタはどうあがいたって、人類悪にしかなれない」

 

 でも、まだ。

 自分は彼らに何も返せていない。なら、その旅に同行し、彼らの助けとなるのが道理の筈だ。

 

「おいおい……。まさか後腐れのない人生にしたいっていうのかい。そりゃまぁ、呆れたモンだ。

 誰だってそうだ。振り返れば、いつだって後悔だらけ。ならそれの何が悪い」

 

 その声音は呆れているようで。だが子供を宥めているかのように酷く穏やかで。

 古い鏡をのぞき込んでいるようにも見える。

 

「たまには前を見ろよ。後ろばっか見続けても、面白くねぇからな。

 ――あーあ、名残惜しいがカーテンコールだ」

 

 視界が暗くなる。

 空に浮かんだステンドグラス。それは自壊するように徐々にひび割れていき――硝子細工のように砕け散った。

 その刹那に、かつての記憶がよぎる。

 カルデアの日々、人理修復の旅、サーヴァント達と過ごした日々、まるで家族のように大切な人達――。

 零れ落ちていく欠片を見届けながら、ただ静かに目を閉じた。

 

 

 







 目覚ましの音がする。
 どこにおいたのかを思い出しながら、手を伸ばした。

「……ォウ。
 フォウ、フォーウ……」
「朝……?」
「フォウ、フォーウ?」

 いつもと同じような光景。
 日付を見て、今日がいつだったのかを思い出す。

「そっか、クリスマス。終わったんだ……」

 12月26日――魔術協会の査察団の到着がまもなくまで迫っていた。
 サーヴァントはごく一部を除いて退去となった。そのせいか、カルデアは酷く静かだ。

「……ん?」

 ベッドにあった写真――夏のサマーレースで優勝したチームがとった写真だ。
 中心にジャンヌ・オルタが写っていて、その隣には誰もいない。けどそれを囲むように自分もマシュもダヴィンチちゃんもいた。その隣にもう一つ奇妙な空間が空いていた。

「……あれ、ジャンヌってレースに参加してたっけ……?」

 その記憶が曖昧で、思い出せない。
 けど何か。何かが引っかかる。
 サーヴァント達は本当に、自ら望んで退去したのだろうか?

「――先輩ー、起きてますかー?」
「あ、あぁ! 今行く!」

 けどその疑問は片隅に追いやられて、やがて芽吹く事も無く小さく消えた。


 空想の根は落ちた。最後の希望は虚空の海に。



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