あぁでもない、こうでもないと推敲し続けて、落ち着いたのが現状です。
Q,本当に遅れた理由は?
A,新大陸行ってました。スリンガーたのーし。
――自問する。
オレは何のために生きているのだろう。
何もかもが誰かから譲り受けた偽者でしかないというのに。
――自答する。
それでも歩き続けるしかない。
生き続けろと、ただそう願われたから。
なら、この先に一体何があるのだろう。
誰の記憶にも残らない旅の中で、ずっとそれを繰り返していた。
援軍として現れた謎のサーヴァント。
その力は圧倒的だった。
彼が手を翳せば、無数の魔術がラフムを焼き尽くす。彼が刀を振るえば、目の前の空間は容易く斬り殺される。
その力はまさしく、ビーストⅦの天敵であるとも呼べた。
だが、足りない。
決定打が足りない。ビーストⅡを打ち倒すべき、確かな一が足りない。
『さて、キミが出てきたという事は、勝算があるのだろう。異伝のセイバー……いや、異聞と呼んだ方がいいかな』
「あぁ、既にそれは完成しているよ。
この世界にね、無駄なモノなんて一つも無いんだ。例え路傍の石であっても、境界線に咲く一輪の花であっても、虚空の海に投げ出された小さな希望であっても――全ての旅に意味はある。
あの時間神殿で、極点の流星雨が末世を駆け抜けたように。彼の旅、全てがビーストⅦに対しての切り札となる」
『……? それは、つまり』
ダヴィンチの言葉に彼は笑って、羽織っていた外套を翻す。
地面に手を翳し、無限の魔法陣が形成される。
「――そろそろ、やせ我慢も限界じゃないかい? ビーストⅦ。
彼の槍に、彼女の炎はまぁ、応えただろう? 何せ彼らはそのために、ここまでたどり着いたんだから」
瞬間、ビーストⅦの体内が発火し、業火がその身を焼き尽くしていく。
まるで空が燃え盛っているようにすら見えた。
『……! ステータス異常だ。これは……燃えている?』
「彼女が遺した炎だ。その力は、獣のみを焼き尽くす。
――まぁ、つまり。ビーストⅦだけを焼き殺す毒と言う事さ」
『けど、それじゃあまだ足りない。
ビーストⅡはまだ生きている。彼女の能力がある限り、何度でも蘇生する……。
――待て……。そうか、つまりキミは』
「あぁ、気づいたか。さすがミスター・ホームズ。
さて、それじゃあ行くかな。オレの生まれた意味を果たしに」
そういって、セイバーはビーストⅦの下まで歩み寄っていき、その大地を濡らす彼女の泥をいとも容易く踏み抜いた。
だが足を止める事も、苦痛に顔をゆがめる事も無く。少しずつ進んでいく。
マーリンの生み出していた花が道を空けていく。彼の行く先を、彩るように。
『マーリン!? それじゃあセイバーがケイオスタイドに……!』
「……いや、その心配は不要だよ。それこそが、ビーストⅡとビーストⅦを切り離すただ一つの、余りにもどうしようもない方法なんだからね」
花の魔術師はいつものように微笑んだ。
懐かしい光景を思い返すかように。酷く、優しい口調で、ただ静かにその別れを口ずさむ。
「その旅路の果てに、貴方は祝福を得た。得難いモノを見た。――さぁ、行ってきなさい少年。その終わりを、ボクは心の片隅に刻んでおこう」
「……そっか、ありがとうマーリン。やはり、貴方は見届けていてくれたのか」
「勿論、覚えているとも。今までも、そしてこれからも」
セイバーの認識阻害が解除されていく。
外套に見えていたのは白い羽織、そして首元に巻かれた赤いマフラーに、穏やかな蒼色の瞳。
ビーストⅦを前にして、彼は歩みを止めない。その足が命の泥に絡められようとも、眦を強く絞り、ただ前へと歩んでいく。
『……えっ』
とある並行世界にて、名も無き少年と魔術王の死闘があった。少年の力は魔術王と拮抗するモノではあったが、彼自身がその力に耐えきれず自壊し、結局彼は魔術王に敗北した。
その戦いを、見届けたモノがいる。そうしてソレは願ったのだ。――望まれなかった誕生に意味がある事を。刹那の命に、永遠を。
消える寸前に、無垢な決意を祈りに込めて。
「アラン……?」
その戦場の背後には聖杯があり、それが回収される事は無かった。なぜならソレはカルデアの手にも渡らず、魔術王の手にも落ちなかったのだから。
聖杯は見届けたモノの願いを受諾し、自身を一つの奇跡として産み落とした。
それこそが――異なる世界で、ロンドンのセイバーを名乗る者の正体だった。
「さぁ、オレの物語を終えるとしよう」
終止符を此処に。栞は役目を終えた。
人生も、物語も、世界もいつか終わる時が来る。自らに備えられた引き金が、何もかもを終わらせる時が来る。
瞬きのような半生を、振り返る。後悔に埋もれ自問自答し続けた、その余りにも小さな旅路を。
「第一宝具――意味を示せ、我が生命」
少年は生命の意味を示した。自身の生涯を以て、彼らの礎となる事を選んだ。
「第二宝具――証を示せ、我が運命」
少年は運命の証を示した。自身の宿命を以て、彼らの結末を変えて見せた。
「さぁ、オレの意味と証を、ここに示そう。
第三宝具――『黎明に夢の名残は消え去りて』」
その身体が霞んでいく。
溢れていく黄金の輝きが世界を照らしていく。
その眩しさに目を細めながら、セイバーは微笑んで。
「教授……ようやく、貴方の本当の想いが……」
霊基が消滅し――途端、ビーストⅦが金切り声を上げて、咆哮した。
今までとは違う、全く異なる叫びだった。
『これは……ビーストⅦの霊基が崩壊していく……』
『あぁ、ビーストⅡに溶け込んでいた彼の体が、そのカタチを思い出した。
――あのセイバーの姿は、彼そのものだ。鏡を見て、自分の姿を顧みたようなものさ。
さぁ、後一息だ』
『――待った、ビーストⅦの反応が一時拡大している……! 来るぞ!』
ビーストⅦの体内から放たれた魔力の波動。
それは触れたサーヴァントを全て強制送還させていく。
『っ!』
見える。
ビーストⅦの体内が露出している。そこに一撃を叩きこめば、決着がつく。
しかし、そう考えている間にも、次々とサーヴァントが消滅していく。
カルデアの召喚術式すら無力化するソレは、まさしく最悪の一撃と言えた。最早この場にサーヴァントはおらず、いるのはただ藤丸立香とビーストⅦのみ。
この空間において、マスターである彼の声に従うモノは存在しない。
――だが、ここに例外が存在する。
「来い……!」
その男だけは例えどんな苦境で在ろうと、応えてくれるという確信がある。
人理修復の旅で、恐らく――自身が最も絆を深めたであろうサーヴァント。
「アヴェンジャー!!!」
黒炎が、空間を裂いて現れる。紫電が空を迸り、光の如く駆け抜けた。
漆黒のインハネスを靡かせ、己がただ一人と定めたマスターの声に応え、宙を駆ける。
「クハハハハ!!
ある一人の魂を利用し、降臨を望んだか! 終局の悪よ!」
彼の前では空間そのものが無意味。
例えどのような場所で在れ、そこに呼び続ける声がある限り、その復讐者はどこであろうとも駆けつける。
「だが、失策だ! それは余りにも皮肉だ!
貴様は、その魂が積み上げたモノによって敗北したのだからな!」
露出した弱点を隠すように、泥が覆い始める。
しかし、それは余りにも遅すぎた。
「残念だったな! また別の運命にて目覚めの時を待つがいい!」
その黒炎が、ビーストⅦを焼き尽くし――その空間は眩い光に包まれていく。
目が醒める。見えたのは何もない空間。
空に万華鏡のようなステンドグラスが一つ浮いている。
「よう、ご同輩。目は醒めたかい?」
――ナニカがそこにいた。
黒い靄のようなモノが、眼前に佇んでいる。表情こそ見えないが、声音は飄々としていて何かが酷く癪に障る。
「ビーストⅦ/Rは倒された。――だが、コイツはまぁ酷いネタバレみたいなもんでね。この異聞帯は焼却されて、アンタの記憶は全てが消える。要するに全て収まるところに戻るってコト。
カルデアのマスターは藤丸立香ただ一人。ビーストⅦ/Rの記録はビーストⅠとして置き換えられる」
何を言っているのか、分からない。
でもどうしてか。それをただ拒みたかった。
ただあの場所に、皆の下に帰りたい。
「ソイツは欲深いぜ。アンタの魂は元の世界に帰る。単なる並行世界にな。そこはもう異聞帯としての力を失った。
もう聖杯戦争なんざに巻き込まれるコトも無いだろう。良かったじゃないか、どうあがいてもバッドエンドな結末から、ビターエンドの未来に戻れるんだ」
違う。違う。
例え俺はそれが自身にとって最悪な結末であろうとも。それでも。
皆と一緒に、生きていたかった。ただ、それが楽しかったんだ。
「ソレは違う。アンタはただ妥協しただけだ。どうしようもない暗闇の中で、無様に這いつくばって、そうして掴み取ったモノを大事に仕舞い込んだ。
だからアンタはビーストにもなれず、人間にもなれなかった。最初から決めておけばよかったのさ。
――でもそうはならなかった。だから、ここでアンタの物語は終わりなんだよ。それ以上、余分な荷物を背負う必要もない」
影は語る。
一人の人間に抱えられるモノは決まっていると。
お前は充分に抱えてきたのだと。
けど、そんな事で。そんな事であの日々が終わってたまるか。
「あぁ、そうだ。アンタからしてみれば、そいつは当然だ。
そう思って、当たり前だ。
……でも元々アンタは異物だ。本来ならいなかった存在だ。死んで終わる、よくある一つに納まるだけさ。
それ以上を願うのは、さすがに欲深いぜ。今のアンタはどうあがいたって、人類悪にしかなれない」
でも、まだ。
自分は彼らに何も返せていない。なら、その旅に同行し、彼らの助けとなるのが道理の筈だ。
「おいおい……。まさか後腐れのない人生にしたいっていうのかい。そりゃまぁ、呆れたモンだ。
誰だってそうだ。振り返れば、いつだって後悔だらけ。ならそれの何が悪い」
その声音は呆れているようで。だが子供を宥めているかのように酷く穏やかで。
古い鏡をのぞき込んでいるようにも見える。
「たまには前を見ろよ。後ろばっか見続けても、面白くねぇからな。
――あーあ、名残惜しいがカーテンコールだ」
視界が暗くなる。
空に浮かんだステンドグラス。それは自壊するように徐々にひび割れていき――硝子細工のように砕け散った。
その刹那に、かつての記憶がよぎる。
カルデアの日々、人理修復の旅、サーヴァント達と過ごした日々、まるで家族のように大切な人達――。
零れ落ちていく欠片を見届けながら、ただ静かに目を閉じた。
目覚ましの音がする。
どこにおいたのかを思い出しながら、手を伸ばした。
「……ォウ。
フォウ、フォーウ……」
「朝……?」
「フォウ、フォーウ?」
いつもと同じような光景。
日付を見て、今日がいつだったのかを思い出す。
「そっか、クリスマス。終わったんだ……」
12月26日――魔術協会の査察団の到着がまもなくまで迫っていた。
サーヴァントはごく一部を除いて退去となった。そのせいか、カルデアは酷く静かだ。
「……ん?」
ベッドにあった写真――夏のサマーレースで優勝したチームがとった写真だ。
中心にジャンヌ・オルタが写っていて、その隣には誰もいない。けどそれを囲むように自分もマシュもダヴィンチちゃんもいた。その隣にもう一つ奇妙な空間が空いていた。
「……あれ、ジャンヌってレースに参加してたっけ……?」
その記憶が曖昧で、思い出せない。
けど何か。何かが引っかかる。
サーヴァント達は本当に、自ら望んで退去したのだろうか?
「――先輩ー、起きてますかー?」
「あ、あぁ! 今行く!」
けどその疑問は片隅に追いやられて、やがて芽吹く事も無く小さく消えた。
空想の根は落ちた。最後の希望は虚空の海に。