爆死の覚悟は出来ている。
ストーリーも完結です。次はオリ主のプロフィールを全てさらけ出す設定を投稿して終了予定。
長らくの応援、ありがとうございました。
これからもちょくちょく本編修正も挟んでいきますので、また気が向いたりしたら読み返していただければ……。
「ん……?」
微睡みの中から覚醒する。頭に靄がかかるようないつもの感覚。それを振り払って目を空けた。
いつも見覚えのある天井。何やら久しぶりに見たような気もする。
ベッドから体を起こすけれども、頭重感は未だに拭えない。
「……頭が重い」
何だか、長い夢を見ていたような気がする。
内容は思い出せないけれど。こう、長い冒険譚を読み終わった後のようなモノだろうか。
――そこまでして、ふと家の中が不気味なほど、静かな事に気づいた。いつもなら、何とも思わない筈だが、それが今は不安に感じられて。
何もかもが燃え尽きてしまったような錯覚と焦燥に駆られて。
リビングへ飛び込むように駆け込んだ。
「……そうか、今日は二人ともいないんだったな」
テーブルの上にある、簡単な書置き。そういえば両親は二人とも海外に行っているのだ。確か二泊三日の旅行だったか。何でも会社の社内旅行らしい。
胸を撫で下ろす。
「っと、そろそろ出なきゃ」
部屋に戻って、制服に袖を通す。
――いつも着ている筈なのに、なぜか酷く懐かしくて。久しぶりに感じられた。
「……うん、いつもの朝だ」
玄関を開ければ、見慣れた街に見慣れた空。見覚えのある近所の人々。
俺がいつも過ごす日常だった。
『――のように、アーサー王伝説は今尚も語り継がれ……』
『――来月にはジャンヌ・ダルクをモチーフとした劇が……』
朝に見たニュースがやけに頭に残っている。
アーサー王とジャンヌ・ダルク……。その言葉がこびりつくかのように離れない。
何だっけ、確かアーサー王って言えばエクスカリバーの所有者で。ジャンヌ・ダルクは百年戦争の象徴的人物。――でも、どこか違うような気がする。
「そんなに興味持ってたっけ俺」
授業も世界史や英語が、以前よりも簡単に思える。
世界史に至っては、教科書が間違っているのではと思うときすらある。
これじゃあただのナルシスト、と言うよりもただの傲慢だ。
「よう、相変わらず悪人面だな」
「悪人面は余計だ」
悪態で語りかけてくる親友達といつもと変わらない話をする。
何て事は無い。何も変わりも無い、日常的な話だ。
「今日帰りさ、バーガー食いにいかね?」
「バーガーか、いいけど……。でも今日、雪だぞ?」
「げっ……。あー、そうだ。今日だけ何でか雪なんだよなー。それも夜にかけてだろ?」
「奇妙な天気だな」
確かニュースサイトでも話題になっていた気がする。
近頃異常気象が目立つらしい。何でも以前は真っ直ぐに落ちてくる隕石があったとか。
それで怪我人がいなければいいんだけど。
「まぁ、バーガーはしゃーねか。また今度なー」
「あぁ、また」
変わらない日常、変わらない暮らし、変わらない人々。
いつも過ごしていた筈の日々。
――でも、何かが、欠けているような気がする。
授業が終わる。
今日は豪雪が予測されているため、部活も休みだ。いつもは騒がしい筈の校舎が静かだった。
荷物をまとめ、鞄を肩にかけて校門まで歩いていく。
既に雪は積もり始めているけれど、幸いそこまで酷い訳じゃない。駅の交通も乱れは出てないし。
雪道を踏みしめる事に、しゃりしゃりと音がする。
「……雪、か」
空は暗い。この季節になると、夕方にはもう日が完全に落ちていて、街灯と民家の明かりしか目立たない。
幸い、この街の治安はいい方だ。下手に路地裏に行かなければ、厄介ごとに出会う事も無いだろう。
「寒っ」
鞄から黒のコートを取り出し着込む。灰色のファーが温かい。
ふと、足が止まる。空を見上げて、小さく息を吐いた。
どうせ、今家には誰もいないのだ。なら遅く帰ったって。何の心配もないだろう。
「……歩いて帰るかな」
幸い、明日から冬休みだ。ちょっとぐらい帰りが遅くなっても問題ない。
体の芯まで冷えるような寒さだった。フードを被るが、気休めにしかならない。
小さく息を吐く。白い吐息は冬の闇に溶け込むようにして消えていく。
「何か遠回りになったなぁ……」
何でこんなところを歩いているのだろうか。
気が付けば、街を一望出来る丘までたどり着いていた。方向音痴にも程が――いや、どうしてか。なぜか無性にここに来たくなったのだ。
ガードレールに手を伸ばし、小さく息を吐く。
「……」
この街を、久しぶりに見たような気がする。
何一つ変わらない日常を生きる人々を見て、何故か胸が落ち着いたのだ。
理由も切欠も、何もかも分からないけれど。
どうしてか、この街が。人々が確かに生きているという光景が見たくなった。
「……あれ」
少し遠くに、着物を着た少女の姿が見える。
黒髪の儚い雰囲気を漂わせた――触れれば消えてしまいそうにも見えた。
「!」
思わず駆け出した。
息が切れる事すら忘れて、ただ走って。
そこでようやく、何かを忘れてしまっていることに気が付いた。
けれど、そのカタチが思い出せない。
でもそれが、とても大切な事だというのだけが分かった。
古傷が疼くような痛みだけが、心を削り取っていく。
「待って……!」
その声を聞けば、思い出せる筈。
だってその出会いは、例え地獄の底にあろうとも。決して忘れる事は無かったのだから。
雪が落ちる。次々と落ちては消えていくその雪細工に、見覚えのある光景が写っているようにも見えた。
「待ってくれ……っ!」
同じ光景を見ているはずなのに、まるで存在そのものが違うように見えて。
水鏡に映る光景のように。目の前にあるのに、決して触れる事の出来ない距離。
たった一つの違いが、あまりに遠すぎて。
彼女と目が合う。その一時を手放したくなくて。ただ手を伸ばした。
「――■■■■」
彼女は口だけを動かした。自分の声を、決して聞かせまいと。
けれどその瞳が語っている。ただ静かに、別れの言葉を。
「!!!!!」
消えようとする体を、抱きとめる。
その夢を終わらせたくなかったから。
「……ずるい人」
「ごめん……」
その体は冷たくて、でも確かに温かい。
今、ここにあるのは確かな現実だ。
「この世界にも雪は降るのね」
「変わらないよ。どんな世界でも、どんな場所でも」
はっきり思い出せた訳じゃない。でも分かった事がある。
俺にとって彼女は――。
「……」
この時が永遠に続けばいい。そうすれば、別れなんて悲劇は無くなる。
でもそれは、彼女をここに繋ぎとめ続ける事になる。
俺一人の我が儘で、彼女を利用してしまう事になる。
「……」
彼女が、大切だから。
彼女に、笑っていて欲しいから。
俺は、答えを出さなくてはならない。
「もうすぐ、夜が明けるわ。そしてまた、平穏な日常が巡ってくる。
貴方が旅の最後に掴んだのは、普通の暮らし。何の変わりも無い、たくさんの人たちが過ごしている時間。
――大丈夫、私はもう寂しくないわ。だって、誰かに求められるのがこんなにも幸せだって気づいたから」
「俺も……楽しかったよ。キミがいて、キミと居れて。
苦しい時もあったけれど、寂しくなんか無かった」
震える言葉を、無理やり飲み込んで。
彼女が笑ってまた、元の場所に帰れるように。
その体が徐々に透けていく。それが何を意味するかなんてはとっくに分かっている。そして俺が望めば、それが止まる事も知っている。
でも、それは俺が決して口にしてはならないのだ。
「あぁ、夢の終わりね。何て、名残惜しい。
もう少しくらい、見ていたかったけど」
「また、見えるよ。いつか、どこかで」
消えていく。
彼女の姿ももう朧気にしか見えない。
「……っ」
「――ありがとう、マスター。私に、人の夢を見させてくれて。縁があれば、またいつか、雪が降る夢のどこかで」
「……俺も、キミと出会えて、本当に良かった」
そう言葉を交わして、彼女は消えた。
立っていた場所にはもう何もない。何も残っていない。
けれど、その時間は確かにあったのだ。
俺と彼女が、ここで出会ったと言う記憶だけは、確かに。
「……」
空を見る。先ほどまで見えていた筈の夜明けはどこにもない。
ただ暗い闇だけが空を包み込んでいる。何やら錯覚していたのか、それとも何かの奇跡だったのか。
「……そうだな」
俺は何かを忘れている。大事なコトを忘れている。それを確信して、胸に小さく決意を秘めた。
その記憶を思い出す旅をしよう。幸い、まだまだ時間はある。
それがきっと、彼女との出会いに報いるモノになるはずだから。
「……」
坂道を下っていく。人影すらない道の中で、雪を見上げながら一人帰路に着く。
ただ一人、誰もが寝静まった雪の夜を歩きながら。
そうして少年は、運命を辿る旅を選ぶ。
その果てに、確かな再会がある事を信じて。
いつか、小さな奇跡が実を結ぶ事を願って。