次回、After3の設定をパパッと書いて終わり!
いいか、設定雑ってタグにあるからな!? 粗探しはしないでくださいお願いします何でもしますから。
吐き気がする。まるで絶望しきっていたあの時に戻ってしまったようで。
何て、無様。
自分がどうなろうとも、それで誰かが救われるのであれば構わない。いくら締めあげられるようとも、それが自身で納得出来る結末だからだ。
でも――これは。
「……そう。貴方の目的が分かったわ、黒のアーチャーさん。
私のマスターを、彼の意志を完全に砕いて。その体を、亡くなった人々の魂に食べさせる。
それで、犠牲者達の魂は彼の体に乗り移って生きる事になる。それがどんな歪なカタチになっても」
「あぁ、そうだ。そいつは一度死んでそれで終わる筈が、どうしてか別の肉体に乗り移った。なら器としては充分可能性を秘めている。
最終的にどう転ぶかはオレには分からないがね」
「」の言葉に、全て納得がいった。
かつてドクターから聞いたことがある。魂とは、魔術において最も役に立たないモノだと。他人の体に他人の魂が入り込めば、致命的なズレを引き起こし必ず自我が崩壊する。
だが俺にはそれが無い。完全な憑依或いは転生を成し遂げたのだと。
それは魔法に近いと言っていた。だから絶対に他の魔術師に広言してはならない。――封印指定になってもおかしくない。
俺の事実を知っているのは、人理修復を共に駆け抜けた者達だけだ。
けれど、それを外から認識しているモノがいたとすれば。俺の事情を知らない訳ではない。
「――話こんどる所、悪いが。そいつは真か小僧」
「……はい」
ライダーの言葉に何とか返事を返す。
思考が急に動かなくなる。現実から目を背けたい気持ちと罪悪感がせめぎ合い、中身をぐちゃぐちゃに掻き回していく。
そんな俺の内心を知ってか知らずか。ライダーは俺の背中に景気の良い張り手をお見舞いした。
「いったぁ!?」
「なっ、征服王! 貴様!」
「……後で主従共々斬り捨てね」
女性陣の発言を無視して、ライダーは戦車から降りて俺と目を合わせる。
その瞳は至って真剣だった。人を見定める王の眼だった。
「――つまり、そりゃ受肉という事か。どうやって成したのかは知らんのだな?」
「え、ええまぁ……」
「かーっ! そいつは惜しいなぁ。せめて何かこう、きっかけとかありゃ余も真似するんだがなぁ……」
「お、おいライダー!」
「アラン、お前さんさては罪を感じとるな? ようやく疑問が腑に落ちたわ。
お前さんのその他人優先の振る舞いは、生き残ってしまったと言う罪を感じたからだろう。
だから自分を許してもらいたい、誰かに生きていいと言ってほしい。感謝されれりゃ、自分の存在が証明できるとな。――そいつは違うぞ、違うのだ。お前さんが免罪される方法は許しを請う事ではない。斃れた者達の亡骸へ自分の人生には意味があったと示し、未来を駆ける事だ」
「……示す、事……」
「確かに、お主は生き残ってしまったかもしれん。だがな、生きる事は罪では無い。人理を救ったのだろう? なら余の遠征も匹敵する程世界を駆け巡った筈だ。
――ならば、その道中で出会った光景と友は、お主にとってどうのように見えた? 一番重要なのはそこじゃないのか?」
その言葉に息を呑む。
「光、です。暗い闇を照らしてくれた、俺に理由をくれた。淡い光」
忘れる筈が無い。自分も精一杯だったあの状況で、俺を友と呼んで助けてくれた人。
そして俺を支えてくれた人々。
だから、俺は彼らを救いたいと願ったのだ。暗い闇の底から救い出してくれた、小さな光。例え彼らがそれを覚えていなくても。
それを俺は勝手に捻じ曲げてしまっていた。だから余計な罪悪感に駆られていた。――絡まっていた思いが解けていく。
「ならば、その光と共に駆け抜ける事を考えよ。後悔なんて死んでからいくらでも出来る。今の余のようにな。
だが、友と大地を駆ける一時は、今を生きるこの瞬間しか成し得ぬのだ。
――故に走れ。そして笑え、愉しめ。女も抱け。人の世を生きる愉しみは痛快だぞ? 迷う事が勿体ない程に」
「……さすがに、女性は」
「なんだ、お主。まさか男もイケる口か」
「い、いや女性が好きですけど……」
立香は……いやいやいや。親友をそんな目で見ないから。
「ふははは、良かったな、そこの二人! おぬしらにもチャンスはあるぞ!」
「……フン、余計な世話だ」
「ふふ、今更ね」
ライダーの言葉に、絶望に落ちかけていたであろう心はすっかりいつもの調子を取り戻した。
淀み始めていた思考も、少しずつ動き出している。
お礼を言おうとしたが、肝心のライダーはよっこらせと言わんばかりに戦車に乗り込んでいた。
返礼に頭を軽く下げる。あぁ、本当にこれだから英霊には頭が上がらない。
「――やはりそう上手くはいかないか。選択を間違えたな。お前を最優先で倒すべきだったライダー。自ら真名を名乗るバカだと思い放置したのが悪手だったか」
「そりゃ、余の武器はこの回る口だからな。温まってくれば、饒舌も止まらぬと言うものよ。
さて、やるかアーチャー。余のヘタイロイも今か今かと待ちくたびれておるぞ」
「――悪いが兵隊に出番は無い。
アンタが言葉で防壁を築くのなら、オレは現実を以て穴を開けるだけだ。
I am the bone of my sword――」
エミヤ・オルタが手を掲げる。
激しい風圧と炎がその手から放れていく。
これは、固有結界を展開する合図。
でも、何か。いつもと違う。
「――so as I pray Unlimited lost works」
詠唱が大幅に簡略化されていた。
……違う、簡略化じゃない。アレは、もう途中の言葉を紡ぐ必要が無いのだ。
彼の生き様を語る内容すら喪ったと言わんばかりに。
「そこで見ていろ。世界の終わりなど滅多に見れる光景じゃない。
あの原初をここに。――さぁ、空想の根が落ちる」
世界が、炎に包まれた。
「……」
固有結界。だが、これはエミヤが展開する剣の丘とも違う。
だって、今俺に見えているのは燃える街だ。崩れ落ちる日常の風景だ。空は暗く、周囲には泥がこびりついていて、未だにそこからは黒い炎が燃え上がっている。
周りを見るも、皆の姿は見えない。
いつしか立香が迷い込んでいた下総。そこで出会った復讐者の見せた光景が、これと類似した景色だったと聞く。
「――彼等が最期に見た光景だ。生き延びようと足掻いた果てのな。
これが第四次聖杯戦争の結末だよ。汚染された聖杯の泥が流出。数多の無辜の人々を苦しめ、死に至らせた災害その物」
エミヤ・オルタの声が響く。
あぁ、これは確かに地獄だ。怨嗟が輪唱のように響いてくる。
彼らのたった一つの想い。突然奪われた明日を取り戻すと言う、それは何の歪みも無い確かな願いだ。――生存に善悪は無い。無論、優劣も無い。
聞こえてくる。響いてくる。彼らの、どうしようもない程に純粋な悲願が。
『熱い、苦しい』
『何でお前だけがそこにいる』
『いやだ、死にたくない』
『私達は死んでしまったのに』
『助けて、誰か』
『何故、何故何故お前だけが』
「――」
唇を噛み締める。僅かな痛みと血の味がした。
俺は生きた。生き延びてしまった。彼らと同じ末路を辿ったはずなのに、俺だけにその先が続いていた。
ならばその事を彼らが咎めない筈が無い。恨まない筈が無い。俺と言う存在を憎まない理由がない。
俺と彼らには、何の違いも無い。同じ人間であり、日常を謳歌し、明日に希望を抱く。
「……貴方達の無念も分かる、明日を理不尽に奪われたと言う悲劇だって」
『ならば寄越せ。こちら側にお前も来い』
その問いに息を詰まらせる。もし仮に最初の特異点でそう言われていたのならば従ったかもしれない。自身の生き延びてしまったと言う罪の重さに耐えかねて。死を免れないと言う未来に怖くなって。
けれど今は。ここにいる俺には、喪いたくないと思ったモノがある。だから生きると決めた。
振り絞るように、前を向いて。彼らの願いを否定する。
「それは無理な願いだ。俺はまだ生きている。ならその生を、何もない未来に自ら捨てるような事は出来ない」
『お前が! お前がそれを言うのか!
自身には偉業も無い! 自身には価値も無い! そんなお前に、私達の想いを!』
「知ってる。全部分かってる。俺も、何で自分が生きてるんだろうってそう思った」
だから、走るように生きてきた。目を背けるように、逃げるようにただ――。
人の役に立とうと、他人のために生きようと手を尽くした。
誰かから感謝されれば、世辞でも生きてていいのだと言われたような気がするから。誰かから認めてもらえば、僅かな間でも赦されたように思えるから。
でも、その感情を今は置き去りにしよう。鉄の心を以て、感傷を遮断する。
「――美しいモノを見たんだ。
燃え尽きた世界のユメを見て。何も適わない事を知りながら、人類を守ると言う目的のために、立ち上がり続けた人々を。
俺の命は、そのためにある。彼らに捧げるためにこの体は存在する」
胸の奥に渦巻く激情が、言葉を淀ませる。
この地では紛れも無い俺が悪であると、そう自覚したから。
「だから……」
今から俺が選ぶ選択は、弱きを潰す事に他ならない。
そしてそれからは、逃げる事も目を背ける事も許されない。
「だからっ……!」
背負い続けるしか無い。
それが彼らへの贖罪だ。
――そして俺が彼らに送る慈悲でもある。
「貴方達の未来を、ここで落とす……!」
「よく吠えた。だがどう足掻く。いずれにせよ、この世界から抜け出す事は叶わん。
鉄のように沈んでいけ」
まだ吐き気が迫ってくる。けれど、もう慣れた。すっかり慣れきってしまった。
俺はまだ立てる。まだ戦える。だってずっと見てきたんだ。英雄達の背中を。それを追うようにして走り続けて、今はここに立っている。
だから進む。退くな、止まるな。ただ突き進め。
「――使う。支援を」
「えぇ、任せてマスター。貴方の望むがままに」
ダヴィンチちゃんから貰った礼装。
かつて俺がロンドンで起こした奇跡。カルデアの科学とAチームの魔術を組み合わせてようやく完成にこぎついた決戦礼装。
――マシュがカルデアの盾であるのなら、俺はカルデアの剣でいい。ただ振るい道を切り開くモノであればいい。
“同調開始”
俺の中に「」が入り込んだ事を感じる。
あの時の奇跡を全て再現出来るわけではない。寧ろそれはあの時の魔術王が相手だったからこそ、効果的であっただけに過ぎない。せいぜい姿形で精いっぱいだ。
左手に刀が握られた事、そして服装も黒の着物に白の羽織、首元を囲う赤のマフラー。視界に広がる無数の点と線。
「……サーヴァントを憑依させたか。だが、それで何が出来る?」
エミヤ・オルタの声だけが聞こえる。姿は見えないが、俺達がどこにいるのかを把握しているのだろう。
固有結界を展開した術者である以上、内部は手に取るようにわかるらしい。
「エミヤ・オルタ、もう一度言う。悪いけど、彼らの願いを受け入れるわけにはいかない。
オレにはオレの願いがある。生きた証がある。待ってくれている人がいる。
だからオレは――その未来を、否定する」
刀に魔力を籠める。
この体は聖杯によって作られた人形であり、魔力タンクと呼んでも過言ではない。
そのほとんどを、攻撃に転用する。
「――!」
刀から膨大な魔力を光線として打ち出す。狙う先は空に浮かぶ点。膨大な世界を構成する一点を破壊する。
そこに彼女の力。世界を書き換える力を行使する。内部が固有結界であるのならば、そこは修正が届かぬ空間。彼女が全能を振るっても何のペナルティも無い。
――世界が崩壊した。空が罅割れ、大地が崩れ、眼前に広がるのは先ほどまでいた地下大空洞。
その刹那に、僅かに聞こえた。小さい、穏やかな声が。
『――ありがとう、そしてごめんなさい。後をお願いします。どうか彼を、救って』
それが彼らの最後の言葉。
本当の願望。自身が生きたいと言う願いを置き去りにして、誰かが生きる事を望んだ祈り。
その言葉を、確かに受け取った。
「……純粋なエーテルを攻撃に注ぐ一撃か。
世界を破壊した。その意味が分かっているな?」
俺は彼らの固有結界を破壊した。その光景を、風景を、背景を何もかも。
それは犠牲となった人々の、生きたいと言う確かな願いを否定した。続くかもしれない未来を切り落とした。
汚染された、歪んだ願望ではない。彼らの心に僅かにあった希望。それを摘み取る事――その事実に唇を強く噛んだ。
きっと、彼は彼らの真実に気付いていない。だからそれが届ける事。それが俺にできるせめてもの罪滅ぼし。
「分かってる。――だからオレは今ここに立っているんだよ、エミヤ」
「マスター……その姿は」
アルトリアが俺の姿を見て、そう呟いた。
彼女の苦い顔にどこか申し訳なさを感じてしまう。ロンドンでの苦心を覚えているのだろう。
だが俺のその姿もすぐに溶けてしまう。――対固有結界術式。彼女の世界を書き換える性質と直死の魔眼、俺の膨大な魔力を組み合わせた決戦礼装。
一度打てばそれで終わりだ。ただし、固有結界を確実に破壊できる。それが余程のものでなければ。
俺の隣に彼女が立つ。その手に刀を携えて。
彼女が無事な様子を見て、思わず安堵した。
「いつでも行けるわ、マスター」
「……こちらも問題ない、指示を寄越せマスター。
今度は、私が貴方を守る。今度こそ、守り続けて見せる」
「頼む、信じてるよ」
「arrr……!!!」
エミヤ・オルタに対して優勢が取れるのは、セイバーと切嗣さんのコンビだ。相互理解を終え、尚且つステータスも高く、マスターも対魔術師に特化した。故にこの二人に託すことにした。
出来れば加勢したいが、シャドウサーヴァントの掃討に力を尽くさねばならない。
守り切れるか――。
「――行くぞ。地に落ちる時だ」
「よっし、それじゃあこちらもひとっ走りするか! 掴まっていろよ坊主。
今宵の遠征は、未来を疾走する旅路である! ならばそこを駆けずして何が征服王か!
さぁ、今一度世界と言う垣根を越えて、ここに集えよ我が同胞よ!」
目を疑う。
征服王の周囲に、次々と兵士が集い無数に生み出されるシャドウサーヴァントへ向かっていく。
アレ、固有結界が無いと展開出来ないんじゃ……。
「お、お前、アレは固有結界が無いと……!」
「いやぁ、それがな。あの固有結界がブチ壊された後なんだが、どうにもこの空間では修正力が無い。俗にいうバグ技と言う奴よ。うむ、まさかこんな事が出来るとは余も思わなかったぞ。
だからこそ、見つけた時の感動も一塩よな」
「……ええー」
「ほれ、しゃっきとせんか。坊主、貴様も今や余と轡を並べる一人なのだぞ。
背中を張れ、前を向け。――男であるのなら、どんと構えよ」
「……あぁ、そうだな。お前のマスターなら、これぐらいの気持ちで行かないとダメって事か。
それともアレか。今、この時をお前が言う、心が躍るって事なのか」
「うははは、覇の何たるかを分かってきたようだな! よし、頼むぞゼウスの仔らよ! 勇者達に我が覇道を示すとしよう!」
雷鳴を響かせながら、疾走する神威の車輪。それは無数に生み出され続けるシャドウサーヴァントを薙ぎ払っていく。
――乱戦状態に突入した。
戦闘情報を再度纏める。情報源はこれまでの蓄積した戦術経験と聖杯戦争に伴う情報。
この聖杯戦争で倒されたサーヴァントは四騎。ランサー、キャスター、アーチャー、アサシン。それらのシャドウサーヴァントが現界すると考えてよい。
厄介なのはアサシンとキャスターによる海魔召喚。それらの動きはランサーの視認を困難とする。
さらに加えて最悪な事にシャドウサーヴァントは無限に生み出される。それも同個体を複数。アサシンが分裂する宝具を兼ね備えている以上、こちらが押される事を覚悟していたがイスカンダルの
だがそれでも敵はひっきりなしに湧いてくる。こちらを呑み込もうと迫ってくる。こちらもシャドウサーヴァントを蹴散らしつつ、最悪のケースを考えセイバーの援護に入れるよう気を回さなくてはならない。
思考を回す。思考の速度を上げ、サーヴァントに指示を出す。旅を始めた頃はサーヴァントに任意で行動させるしか無かったが今は違う。積み上げた経験が確かにある。
生きたい、誰かに生きて欲しい――そんな願いが積み上げられて作り上げられた願望都市冬木。
特異点最後の戦いが、幕が開かれた。
それが破壊された時、当然だと思った。アレはこの世にあってはならない。決して顕現してはならない風景であると、気づいていた。
――カルデアのマスターである一人を奪ったところで犠牲者達全員が生き返る訳ではない。所詮中身が変わり、体ごと全て腐るだけだ。
その事実は分かっていた。その結末を知っていた。だがいくら腐り果てたとしても、彼らの願いを見てしまった以上、背を向ける事が出来なかった。
けど、それは――本当に、彼らの願っていた事なのだろうか。
大切な事を、忘れてしまっているように思える。
「ちぃっ、切り離されたか」
あの固有結界は、何もかもを燃やし尽くす怨嗟の檻。それを破壊された事により、聖杯とのつながりが切れたのだ。
元々犠牲者達の想いに目を付けた何者かが、残留思念でしか無かった彼らに聖杯を設置。その願いに応えるために呼ばれたエミヤ・オルタに、聖杯からのバックアップが加わった。強力な霊基補強かつ強化、そして第四次聖杯戦争で脱落したサーヴァントの行使権。故に彼はカルデアのマスターを利用した。彼を利用し、有用なサーヴァントを次々と仕留めていったのだ。
だが今や前者の能力は切り離された。後者は最早聖杯が自分の意志で動いているだけに過ぎない。
元々自ら召喚に応じたアーチャーは、並のサーヴァント以下の霊基まで大幅に弱体化していた。それを聖杯の力で無理やり強化したに過ぎない。
セイバーの斬撃を避け、銃撃を見舞うも容易く防がれる。一度交戦した経験が仇となった。弱体化した霊基では彼女と拮抗する事が精一杯。マスター殺しを狙うも得物が銃である以上、衛宮切嗣にとって回避は容易。
シャドウサーヴァントの物量で一気に押しつぶす事も考えたが、ライダーの宝具による軍勢の方が僅かに数を上回る。
“……フン、だがまぁ当然か”
自身のしている事が何なのかは分かっていた。それが許されない過去の改変である事も。実現してはならない奇跡である事も。故にどうあれ、自身のしている事が無意味だと分かっていた。
だがそれでも、どうしても彼らの願いを切り捨てる事が出来なかった。――けれど、それが真実だと思えない。本当に大切なモノを、忘れてしまっているように思える。
この機械的な人生には、ただ人殺しが上手いと言う事実しか残らなかったと言うのに。
「――」
あの青いセイバーを見た時、自身の中に触れるナニカがあった。空っぽでしか無かった筈の隙間に。それは隠れていたのではない。
その記憶が傷つき、欠けてしまう事を恐れたから。鍵をかけて大事にしまい込んでいただけ。いつからか、大事にしまっていた事すら忘れていた。
それは永い年月をかけても、数多の戦火に晒された記憶の中であっても決して――
“問おう、貴方が私の■■■■か”
地獄に落ちても、忘れなかった出会いがあった。月の光に照らされる星の輝きを見た。
「これで終わりです、アーチャーっ!」
「っ!」
自身の体に防御魔術を使用。防弾加工を施し、セイバーからの猛攻に備える。
――その刹那に、一人の男が銃口を向ける姿が見えた。
その、今にも泣きそうな顔を覚えている。――アレはいつだったか。
放たれる銃弾。それは防弾加工の術式に触れると同時に、彼の魔術回路をズタズタに引き裂いた。
最早彼の身を遮るモノも、眼前の光景を歪めるモノも無い。
「
星の聖剣が輝きを宿す。それはまるで月の光のように見えて。
眩い閃光が総身を包み込んでいく。男に付きまとう全ての呪いを祓うように。
「
迫る灼熱の極光。
その白い光の向こうに、古い鏡を幻視した。
自分の始まりを、ゼロを思い出す。
「……この光、は」
力無く沈む手を握る、大きな。
その顔を覚えている。
目に涙を溜めて、生きている人間を見つけ出せたと、心の底から喜んでいる男の姿。
『生きてる……! 生きてる……!』
残骸のような抜け殻の記憶。あの奇妙な生活の日々。
呪いでしか無かった五年間。その日々の光景が、こんなにも優しい。
「――」
消えない想いが、ほほをつたう。
彼らの犠牲はどう尽くそうとも無かった事に出来ない。その悲劇を変える事は出来ない。
ならば何故自分が呼ばれたのか。――それは単純な事。自身が履き違えていただけ。
救われたかったのは彼らではなく、自分の方だった。
『任せろって。爺さんの夢は俺が――』
そうか。こんな男が、いたんだったな。
“――いいじゃないか、正義の味方”
ようやく、泣きたい理由が分かったと安堵した。
生涯を通じて、何かを成し遂げる事も、何かを勝ち取る事も無かった男は、自分が取り戻した僅かな記憶に安堵だけを胸に、眠るように目を閉じた。
エミヤ・オルタは消滅した。聖剣の灼熱でよく見えなかったが、それでも微かに笑っていた事だけは分かった。
名前を喪った執行者。弱きを助け、強きを挫く正義の味方。
この場合本来なら挫かれるのは俺達で、救われるのは彼等だったのだろう。生存競争だった。善悪など容易くは決められない選択だった。
それでも彼が俺達と敵対する道を選んだのは、彼らに何か強い思い入れがあったからだろう。
「――さよなら、正義の味方」
空から何かが下りてくる。
――色褪せた聖杯。何度も酷使され続けてきたようにも、長い年月の中で置き去りにされてきたようにも見える。
それを手にしたとたん、地面から光が浮いては消えていく。特異点修復の兆しだ。
この特異点は空想の類。例えどのような奇跡があろうとも、それが本人達の記憶に残るもフィードバックされる事も無い。
スワンプマン、と彼は言っていた。本人ではない、本人のフリをした別の存在。つまりは一夜の夢だ。
ここの戦いの内容を事細かに記憶しているのは、俺達だけだろう。
「……成程、退去のようです。これで今回の一件は終わったのですね」
セイバー――騎士王アルトリア。
彼女の目はどこか悲し気にも見える。やはり聖杯への願望を捨てきれていないのだろう。
でもそれでいい。俺の言葉程度で、彼女の覚悟が変えられる訳が無い。それはきっと俺の役割では無いのだ。
「大丈夫、セイバー。いつか貴方を救う出会いがある。
それは決して今じゃないけれど、いつか。いつか貴方に運命が訪れるから」
「……そう、ですか。ならば待ってみましょう。
それと、アラン。もう一人の私をよろしくお願いします。色々と捻くれてはいるでしょうが、本質は私と変わらない筈です。
それと――ありがとうございました。貴方は確かに、世界を救うに値するマスターだ」
「……」
違う、とは答えなかった。救ったのは俺ではなく立香だ。俺はただ自分の願いに周りを振り回しただけの男に過ぎなかった。
だが、彼女からの気遣いを、無駄にしたくなかったから。喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
そうしてセイバーの消滅を見届ける。
「うむ、これで終わりかぁ。ちと物足りんのう。せめてあの金ピカと語り合えてれば良かったんだが」
「ははは……、それは申し訳ない征服王」
「だが、まぁそいつは次の機会に取っとくとするか!
小僧、貴様のカルデアに余はおるのか?」
「……いえ、見かけた事は無いかと」
「ほーう、そいつはいい! なら座に帰り次第、余のれべるを上げておかねばな!
こいつぁ楽しみだ! 今から心が躍って仕方がない!
――ん、待てよ。アキレウスがいるという事はもしやヘクトールもおるのではないか!?」
「ま、まぁいますけど……」
「おぉ……! おお! こりゃ待ちきれんなぁ!
全く、いつの時代も英雄ってヤツぁ胸を躍らせてくれる!」
征服王イスカンダルはそう告げて。まるで無邪気な子供のような笑顔と共に消滅した。
「……」
既にランスロットは退去していた。告げる事も無いのだろう。カルデアに戻れば、いつでも言葉を交わせる。
世界が消滅していく。
この特異点は犠牲者達の願いによって生み出されていたモノ。人類史から切り離された空想の世界だ。既にそれが本来のカタチに戻った以上、この空間が存在する道理はない。世界はあるべき形に還っていくのだろう。
「……どうか、お二人もお元気で。
本当に助かりました」
「……アラン、そういえばキミは魔術師なのかい」
「いえ、俺は……ただの素人です。魔術なんて到底及ばない。
貴方の弾が無ければ、まだ苦戦を強いられていたかもしれません」
「そうか……。ならここから先の言葉は聞き流してくれて構わない。何を成し遂げる事も、何を勝ち取る事も出来なかった男の言葉だ。
キミは、魔術師としても魔術使いとしても大成しない。魔術とは人が生きる上で全く無駄なものだ。
死ぬ時は死ぬ、殺す時は殺す。それが魔術師の精神。でもキミはそうじゃない。
――生粋の魔術師に、世界は救えない」
あぁ、そうだ。
だから立香は世界を救えたのだ。
「――どうかキミが、その道を違わない事を願うよ。
世捨て人からの警句とでも思ってくれ」
「……はい、ありがとうございます」
世界が消失する。
レイシフトによる帰還の合図。
――それと共に、俺の意識は静かに溶けていった。
世界が崩壊していく。
犠牲者達の想いにより作り上げられていた空想の都市は現実へと戻っていく。
「無銘の執行者は敗れ、かくしてこの世界は崩壊する。
それが結末か、まぁ何とも味気ない。愉しみには程遠いが、退屈では無かったな」
言峰教会の玄関で空を見上げ、言峰綺礼はそう呟いた。
罅割れていく空は、かつてどこかで見た事があるような気がする。あれは極寒の大地だったか。それとも別の記憶か。
しかしそんな些事はどうでもいい事だ。
「――どうであった、英雄王。これは貴様の言う愉悦の完成形とやらか?」
「戯け、これは愉悦では無い。寧ろ逆だ。我が愛でるに値する、純真無垢なヒトのカタチに他ならぬ。
綺礼、貴様の愉悦とやらはまた酷く歪んだものよな。最早それは愉しみとは異なる場所にある感情よ」
「言った筈だ、解だけを渡された所でどう納得しろと言うのだね。
第一、貴様にとって私は愉しみの一つでは無かったか」
「今の貴様は違うがな。その有様には堕落が相応だろうよ。
――ではな、言峰綺礼。夢から醒める時だ」
そういって、ギルガメッシュは退去していく。
結局、この戦いで彼は一度しか力を振るわなかった。
それは決して彼のマスターである遠坂時臣が無能なのではなく。いずれ切って捨てる存在であるが故に、彼の本質に目を向ける事を失念していたからだろう。
英雄王の退去を見届けて、言峰綺礼は小さくつぶやいた。
「生憎今は聖職に甘んじる身だ。死者は丁重に送り出さねばならん。
彼等の死があって、私はようやく答えに辿り着けた。その返礼をしなくてはなるまい」
中に戻り、パイプオルガンに指を置く。
もう一度死へ戻る死者達に、安らかな眠りを。
「……そうだな、あの曲がいいだろう。
アレは悪くなかった」
脳裏によぎったのは古い記憶。
かつて愛した一人の女が奏でた曲。彼の過去に残った最後の欠片。
苦悩にまみれた日々は繰り返される虚空のようで。されどそれでも一人の男を追い続け、最期に自ら命を絶った女の事を。
終わりゆく世界。罅割れていく空。かくしてこの特異点は消滅し、無に帰るだろう。
消えていく魂を送り出す旋律が、空想の都市に木霊する。
――境界に咲くオルテンシア。
斯くして、俺は単独で特異点修復を果たした。帰るやいなやAチームや技術班のスタッフに今回の詳細を報告。カルデア側からは今回の特異点の全貌は観測困難もあり後日、報告書の提出となった。国際機関としての役目もある以上それは避けては通れないだろう。
回収した聖杯はカルデアにて厳重に保存され、サーヴァント存続のための魔力源として使用される。
ジャンヌが不貞腐れていたのも記憶に新しい。アルトリアやランスロットがレイシフトに成功したとは言え、彼女だけが弾かれる形になったのだから、そんな反応をするのも当然かもしれない。
「……」
あの日から決めた日課に取り掛かる。
引き出しに入れてある手帳――そこに書かれている名前を読み上げた。
――冬木大火災、犠牲者名簿。
カルデアのデータベースを使い、当時の冬木市の新聞を使い調べ上げた。
その彼らの名前が全てここに刻まれている。
『■■ 〇雄(25)
■■ 〇子(24) 新婚旅行で冬木市に行ったきり連絡ありません。連絡下さい
●● △也(23) 一人暮らしの息子なので心配しています
▼■(17)――あの日怒鳴った事に怒っていますか。
謝るから、帰ってきてください。お願いします。
■―――友達の家に泊まりに行ったまま――
――次の日に帰ってくると連絡を受けてからずっと、待ってます。返事を――
とても優しい子でした。
――お願い、帰ってきて』
死者――総勢五百名。
手帳を閉じる。
あの時、俺は彼らの祈りを否定した。生きたいと言う未来を潰したのだ。
だからこれは俺が背負う事。背負い続けなくてはならない。
「……っ」
壁にもたれかかり、座り込んだ。目を隠すようにフードを被る。
零れようとする涙と声を押さえつけて。強く手を握りしめた。
これはカルデアが背負うべきものではない。
俺が向き合っていかなくてはならないモノ。人理修復の時の無茶がツケになって返ってきただけ。
泣く事は許されない。彼らの未来を切り捨てた俺に、その資格は無い。
その声を確かに聴いた。
部屋に入ろうとして、少女は足を止める。入ったところで彼はまたいつものように振る舞いだろう。
自分を無力だと感じているからこそ、救われるに値しない。――あの一件が彼に強いトラウマを残した。
「……」
少女の力を以てすれば、その記憶を消す事は出来る。あの出来事をただの夢で終わらせる事も出来る。
けど、それは。それはあの時の彼の決意を否定する事だ。
全能の力を持つ少女は、たったそれだけの事が出来なかった。
「マスターの調子はどうだ」
「……事情は凡そ、察しますが」
アルトリア・オルタとランスロットも部屋の前に立つ。
二人ともあの戦いを共に生きた。だから彼の恐怖を知っている。
「……手を借りましょう。マスターにはちょっと憚るところだけど、さすがにこのままには出来ないわ」
「……同感だな」
「彼らは私から説明しておきましょう」
――かくしてこの特異点は観測と修復と言う結果だけで終わった。
一人の少年に、深い爪痕を残して。
「心をへし折るとはそういう事だったのね。
――……どうしてかしら。彼はただ、何気ない日々の幸せを感じていたいだけなのに」
「ん、どうかしたのかい? 今回の特異点で彼が?
……分かった、後で彼の部屋に行くよ」