ぼく「真綾さんの声やばい。中毒になった。どうしたらいい?」
トッモ「月の珊瑚あるじゃろ? きのこ氏の」
ぼく「うん」
トッモ「あれ、朗読版があるんだけど」
ぼく「うん」
トッモ「真綾さんが90分、朗読してくれる」
ぼく「シュバババババ」←スカディ爆死しており、残弾無し。
なお、水着ジャンヌも狙いに行くので来月は地獄になる模様。
呼符で当てればワンチャン・・・。
後、余談ですがツイッター始めました。ゲームだったり型月作品だったり時々腐に走りかけたりを時々ツイートしております。欲望にまみれたアカウントですのでご注意を。
英霊召喚――この体の魔術回路と質では、召喚出来るのは一騎が限界。
カルデアの電力を以てしても、俺の力ではそれ止まりだ。
「ふぅん、貴方が私のマスターかしら?」
燃え盛る街。そこに不釣り合いな白のコートを纏った少女。腰まで届く桃色の髪に、十人が見れば十人が可憐と評するであろう美貌。コートの下からでも分かるバランスの取れた体。
知っている。確か、ライダークラスの……。
「女王メイヴ……」
「あら、私の事を知っているのね? ならギリギリ合格って所かしら」
女王メイヴ。ケルト神話に登場するコノートの女王。夫との自慢比べに勝つため、アルスターにいる牛を狙い、大戦争を引き起こした者。アイルランドの通貨がユーロに変わる前は、紙幣の顔にもなっていた程。
彼女は俺に歩み寄ると、顔をまじまじと覗き込んできた。
「集団の中では五番目って言った顔立ちね……。けど覇気も足りなさそうだし、体も至って普通。男らしい勇気も強さも無さそう。
勇士――には程遠いわね。ギリギリ及第点よ」
初っ端から散々な言われようだった。そりゃ女王から見れば俺なんて、芥子粒のようなものだろう。
ケルトの時代と現代人を比較しないで欲しいものである。
「おいおい、こんなところで因縁の再会か、笑えないぜ全く」
「そ、その声は……クーちゃん! クーちゃんなのね!」
メイヴが真っ先に突進していったのは、フードを被った男。
クーちゃんって……アルスターの大英雄クーフーリンの事か。彼が一度、雄叫びを上げるとそれだけでコノートの戦士が百人死んだ、彼が無造作に投石するだけでコノートの戦士が何百人と死んだ。アルスター伝説では避けて通れない存在。
彼女の突進をさも面倒くさそうに避けていく様は、確かに戦士のソレだ。だが見た目からしてキャスターのようにも見える。
クーフーリンと言えば、やはり槍が有名だけど……。
「お前さん、マスターか。……まぁ頑張りな。アイツはちと面倒だが、磨けばいい女になる」
「でも彼女、貴方とその親友に酷い事しましたよね……」
クーフーリンの親友であり、同じスカサハの弟子であった者。メイヴは彼をそそのかし、殺し合いをさせたのだと言う。
彼との殺し合いは、クーフーリン曰く、コノートとの戦争など遊びだったという程。
「ああ、フェルディアの事か。別に俺は気にしちゃいねぇよ。敵が敵なら何であれ殺すだけさ。
王様の誇りと復讐心があれば、戦争が起きる。俺達の時代はそういうモンだ。コイツが一枚上手だった。それだけのコトさね」
「クーちゃんったら、私を避けるなんて、もうっ。私の思い通りにならないのね!」
「あーはいはい、いいからさっさと合流しようや。向こうでもう一組、生きてるヤツらを見つけた。アンタの同僚だろ?」
その言葉に頷く。
原作主人公や所長と合流しよう。
足を引っ張っているな、とつくづく思う。
召喚出来るサーヴァントがこの体では一騎が限度なのだ。だから立香と協働しなければ、サポートも満足に出来ない。
魔術も使えない、ただ見届けるだけの素人でしかない俺との契約を、彼女が切らずにいてくれるのは幸いだった。
それに意外にもマスターである俺を無視せず、自ら接してくれるのはありがたい。さすがに向こうから無視でもされたら、関係は修復不可能。そんな状態で特異点を修復出来るかと言われれば、不可能に近い。
実際、第一特異点では俺はほとんど置物に過ぎなかった。街を避難する人々を一人でも多く助けようと足掻いただけだ。どうせ修復すれば、全て無かった事になるのに。
あぁ、後ジャンヌ・オルタにはとても悪い事をしたと思う。
『面倒臭い子ね、と言うか見てよマスター。あの子、属性盛り過ぎじゃない?』
『だ、誰が属性盛りよ!? そ、そそそういうアンタこそ何その恰好!? ち痴女!? はー、マスターちゃんに同情しちゃうわ!』
『あら、私の体は完璧よ。なら見せる事に何を恥じるつもり? 貴方も体と声は悪くないんだから、そのダサいマント外して可愛い服装しなさいな。それじゃあ男一人寄り付かないわよ』
『余計なお世話ですー! アンタには黒のカッコよさが分からないの!?』
『だからって全身、黒なんて痛々しい子の典型じゃない。いつも黒一色の服装を好きになる人なんていないわよ?』
『なぁっ!?』
『やめてメイヴ。その言葉色々な人に刺さるからやめて』
彼女、結構喧嘩売りに行くからなぁ。ドクターも結構、辛辣な事言われてたもんなぁ。
本当に申し訳ない。もし今度出会う機会があれば、頭を下げよう。いや本当に。
そして問いただしたい事がもう一つ。
「……」
「あら、どうしたのマスター?」
俺の自室でくつろぐのはどうなんでしょうか。
サーヴァントとは言え、見た目は可憐な少女そのもの。街を歩けばほとんどの人が振り返る美貌の持ち主。
そんな彼女が薄着で、俺のベッドに横になっているのだ。こう、俺の精神的に良くない。
「……いや、別に何でも」
その体から目を逸らす。今更部屋を出たところで話す程、暇のある人物はいない。立香だってサーヴァントとの関係を築く事に専念しているのだから。
魔術師としても三流の俺に、自ら出来る事などほとんど無い。だからこうして、メイヴと絆を深めると言う体裁の下、時間を潰すしかないのだ。
力の足りない俺がマスターと言うせいで、彼女の力量は大きくスペックダウンしている。本来使用できるスキルは極僅かしか使用できず、宝具も一度使えば相応のインターバルを必要とし、彼女曰く兵士の大量生産もままならない。
「……」
だが知っている。彼女はそれを克服すべく夜中に修練を積んでいる事は、とうに知っている。
その理由は何となくわかる。力不足な自分がただただ悔しいのだろう。けれどそれを表に出さない。自分の弱みを見せようとしない。
彼女はそういう女性だ。本当に強い人物だと思う。
でも、そんな彼女はどうして、俺のようなマスターと関係を切らずにいてくれるのか。それが不思議でならなかった。彼女が力を発揮できないのは、俺が未熟という事なのに。
たまにそれを聞きたくもなるが、尋ねてしまえば今までの関係が消えてしまうような気がしてしまう。
自分が弱い男だと、常々思う。何もできない、ただ共にいる事しか出来ない。
それにも関わらず、彼女は契約を切る事無く、俺のサーヴァントであり続けてくれている。
懸命に戦うキミに、俺は何を返せるのだろう。
第二特異点――味方陣営のサーヴァントと合流する際、事件は起きた。
メイヴの属性の一つ、王である事にスパルタクスが反応したのだ。
俺が従者であり、彼からすれば圧政を受けている者と判断したのだろう。
「おぉ、圧政を受けし者よ! そなたを解放しよう! 共に解放の自由を目指そう!」
「いかん――!」
「うーん、無いわ。無いわね。勇士なんてガラじゃないし、男としても三流以下だわ」
荊軻さんが止めようとするが間に合わない。
メイヴは既に迎撃する構え。このままだと交戦は避けられない。剣を振りかざされている。
――彼女の間に割り込んで、まっすぐにスパルタクスを見つめた。
俺の額寸前で、その刃が止められる。
サーヴァントの威圧感に、骨の芯まで凍り付くほどの寒気を感じた。息が止まり、頭痛が膨張する。
「――は、っぁ」
「ま、マスター……?」
『アラン君!?』
恐怖を押し殺し、張り詰めた息を吐きだす。
今のスパルタクスにとって、俺は解放すべき対象なのだろう。ならば刃は来ないだろうと、判断した結果。
命がけのギャンブルも同然だったが。
「――道を開き給え、その女は圧政者であり打ち滅ぼす敵に他ならん。そなたは解放を望む同志ではないのか」
「それは、出来ません。彼女は、パートナーです」
「ほう、ではキミも圧政者なのかね。であれば愛を送るに値するが」
刃は動かない。もし彼が手を動かせば、俺の体は簡単に潰されるだろう。
言葉を、慎重に。そして目を逸らすな。
「こらこらこら! 何してんのさ、スパルタクス! その子達は仲間だよ!」
「――ぬ?」
「さっきアタシが説明したでしょ?」
「ぬぅん……」
「……?」
荊軻に連れられて行くスパルタクスを見ながら、ブーディカさんに謝罪される。
さすがバーサーカー……。意思疎通に命掛けとは。
「ごめんね、怖い思いさせちゃったかな」
「いいえ、大丈夫です。助け舟ありがとうございます」
『こっちも肝を冷やしたぞ! 一体、何を考えてるのさ!』
「いや、その。俺は、マスターですし……」
『……結果的に戦闘を回避出来たからいいものの、下手すれば死んでいたんだぞ!?
もっと自分を大切にしてくれ!』
「す、すみません……」
『今のは無謀と言う他ないかなぁ……。こちらの戦力ならスパルタクスを抑える事も容易だったし。
色々言いたい気持ちもあるけど、ロマニが代弁してくれたしキミが生きてるからオッケーにしとこう』
「あ、ありがとうございます」
――そんな出来事があったのは昼間の事。
神聖ローマ連合との戦いを控えた前夜、俺はどうにも寝付けず陣幕をこっそりと抜け出していた。
火が絶えず焚かれているため、よほどのことが無い限り獣も近づかないだろう。
あまり遠くに行って、帰り道が分からなくなっても困る。松明の傍に、腰を下ろした。
自分の手を見た。未だに震えている。
スパルタクスに刻まれたあの感覚が、死と言う終わりを想起させたのだ。
「……嫌だ」
時折、思う事はある。俺が目覚めたのは特異点F。即ち人理焼却が起きてから。
グランドオーダーの旅は、歴史を正しい道に戻す事。
なら、その先に待ち受ける俺の旅路は紛れも無く――
「死にたく、ない」
逃げ場なんて無い。自ら命を絶つ勇気も無い。
ならば戦うしかない。例えその先に避けようのない運命があるとしても。
――情けない。
カルデアの人々も、立香も、マシュも、英霊達も、皆戦っている。弱音を零さず、ただ前を見つめている。
その中で俺だけが、弱さを押し殺せずにいた。何かに縋るように、祈り続けていた。
「夜道には気を付けなさいな、マスター。本当に襲われちゃうわよ」
「……メイヴ」
白いコートに身を纏った彼女の姿は今も変わらない。そういえば、彼女だけ昼間の件について俺には何も言ってこなかった。
見限られたものだと思っていたけれど。
「ねぇ、マスター。どうしてあの時、私を守ろうとしたの?
私はサーヴァントで貴方は人間。その違いは分かっているんでしょう?」
「……」
「私が認めるのは強い男であって、命知らずではないわ。でも貴方が今更私の気を引くなんて不自然ね。
だって、本当にそうならもっと早くにしている筈よ」
「……嫌、だったんだよ」
「嫌?」
本心を、ずっと抱えてきた自身の劣等を吐き出した。
「だって、貴方は体を張って戦ってくれてる。大切にケアしている体を、戦いでは一切緩める事無く、その手足を使って戦ってくれている。
傷つく事も、恐れずに」
自分を磨く事に余念がない。
戦いがあれば、せっかくの美貌も損なってしまう。だがそれでも彼女は、俺に文句一つ言わない。
こんなに情けない男なのに。
「なのに俺は、貴方に何も返せていない。マスターである以前に、人として、男として。貴方に何も出来ない。
それが、嫌で堪らないんだ」
「――」
「……今思えば、俺があの時体を張る事に何の意味も無い事だって思うけど」
「……ええ、意味が無いわね。ムダ、全くのムダよ。
だから、二度としないで」
その口調はいつになく強い。
不機嫌だと一声で分かる。
「……ごめん、善処します」
「えぇ、物分かりの早い男は好きよ、マスター」
物分かりが早い、と言うのは少し違うだろう。
多分、俺は諦めただけだ。受け入れる事を選んだだけ。
もうこの手に、運命を覆す力も可能性も、何一つ残ってはいないのだから。
魔術王ソロモン――ロンドンでソレはカルデアを見過ごした。
どうせ終わるものだと、切って捨てられたのだ。立香は呪詛を掛けられた。だが俺には何もない。
理由は語るに及ばず。そして確信した。俺はこの旅の最後に消えるのだと。
ドクター、ダヴィンチちゃんから休憩を言い渡された。立香が復帰するまで、どうか体を休めて欲しいと。
俺が抱えていた悩みを、二人とも察していたのだろう。けれどそれを言葉にする事は無かった。向き合う時間をくれただけ。それがただ有難い。
時々何度も同じ夢を見る。皮肉なほど綺麗な夢――それはただ当たり前に生きていると言う日常。きっと転生する前の俺が送っていた平穏。
ずっと、この世界が夢であればいいと思っていた。目覚めたくないと。
「……」
けどどうしてか。今はそれを受け入れる心がある。その空白がどこかにある。
英雄達の旅路を見てきたからだろう。生きる今を支える、過去の世界を知って来たから。
進まなければ。じっとしていれば、過去に囚われる。どうしても、行くしかない。
痛むのは一瞬だけだから、どうせすぐに慣れる。そう思った方が楽だった。
「マスター、入るわよ」
「メイヴ」
「……うん、良かった。やる気はまだあるみたいね」
「そりゃ、まぁキミの明るさに救われたから」
メイヴは絶望しない。と言うより、屈しないのだ。諦めが悪いと言えばよいのだろうか。
多分、それに影響されたのだろう。
いつの間にか、俺も彼女の色彩に染まっていたらしい。
怯えも嘆きも、すっかり慣れてしまった。――この旅の最後に、俺は全てを喪うだろう。だからこそ、カルデアの日々が、彼女と生きる時間が愛おしいのだ。
はっきりと分かった。自分の終わりを自覚して、ようやく俺は自分の願いに気づけたのだ。
誰かと共に、この世界を目に焼き付ける事。それに気づけた、それは叶った。大切なモノが何か分かってる。
――だからもう、これ以上望む事は何もない。
俺が視ている世界は、今もここにある。だから、終わりの無い永遠なんてほしくない。
それがきっと、この世界のカタチだから。
「立香はどうだ?」
「変わりなしよ。時々魔術回路が励起してるってことだけど、まぁそんなものね」
彼女がサーヴァントで良かった。
その明るさに、強さに、俺は気づかぬうちに救われていたのだ。
英雄と言う存在に生き方を影響されやすいからだろう。中身が無いと言われればそれまでだけど。
「そうだ、メイヴ。そういえばまだちゃんと出来ていなかった」
「?」
彼女に右手を差し出す。
冬木の時はとにかく必死で、そんな当たり前の事も忘れていた。
「敵は見えた。魔術王ソロモン――敵は強大で、貴方の肝心のマスターはポンコツもいい所。
けど、それでも。一緒に戦って欲しい」
「――私は女王よ? その意味が分かっていて?」
「言うまでも無い。俺は貴方のマスター、それが全てだ」
その手が握られる。自身の中にあったパスがさらに強くつながったと認識できる。
これなら、以前よりもマシに戦えるだろう。
「いいわ、前よりは素敵な顔よマスター。
さぁ、蹴散らすとしましょう!」
第五特異点――アメリカ。
相手は奇しくもメイヴである。即ち、この特異点には同一人物が二人存在している。
それを利用した作戦。要するに囮だ。
ジェロニモ風にいえば「女王の美貌でそれに相応しい者を連れ出す」そうだ。すごい言葉を選んでる。あの人、絶対常識人だ。
「ちょっと、見てクーちゃん! あそこにケルト一の美少女がいるわ!」
「ちょっと、見てマスター! あそこにケルト一の美少女がいるわ!」
あーあ、出会ってしまったか。そして何だ、この悪夢。
向こうにいるのはクーフーリン・オルタとメイヴ。そしてこちらには俺の召喚に応じたメイヴ。
言い合うのは陰口ではなく、メイヴと言う存在を褒め称える言葉ばかり。自作自演? 自画自賛? ……何て言えばいいんだろうか。
まるで高速詠唱である。
「……おい、小僧。お前がマスターか」
「ええっと、まぁ」
「その女の手間は色々と面倒だろう。……同情するぜ」
「もうつれないわねクーちゃんったら!」
「分かるわ! 言うのが恥ずかしいって事よね!」
クーフーリン・オルタが珍しく苦虫をかみつぶしたような顔をしている。その表情に苦労の程が伺える。
けれど、もしここで「ハイ、そうです」などと言おうものなら、後でメイヴからどれだけ小言を言われるか分かったものではない。
「――戯言もそこまでにしとけ、構えろ。オレの前に立つって事はそういう事だろ」
強烈な殺意。けれど戦いの隙をつく。戦闘の最中で別動隊が四方から強襲する。
つまりメイヴはこの二人を前にして、単騎で持ちこたえなければならない。
いや、違う。クーフーリン相手に持久戦など意味が無い。ここで撃破する気持ちでいかなければ、目の前の存在は超えられない。
「あはは! さっすがクーちゃん分かってるぅ!
この地に君臨する女王は私一人で充分。さぁ、消えてしまいなさい?」
――彼女に残る魔力を全て回す。
恐らくクーフーリンは確実に俺を狙いに来るだろう。ゲイ・ボルクを放たれれば俺もメイヴも確実に終わる。マシュの盾があれば話は別だが、それは立香を守るために使われるモノだ。
だから宝具を打たせぬよう、立ち回る。即ち、ただ攻める。
「数だけ揃えたところで勝ったつもりか。その程度で負けるなら
知っているとも。
だからカルデアの魔術礼装も全てを総動員させる。
例えこの命を磨り潰しても彼女を勝たせるのが、俺の役目だ。
全額勝負だ――もとより失うものなど何もない。
「――消えないわ、消えてたまるものですか」
激戦の最中、彼女はそう呟いた。
マスターである彼は前を見ている。万の軍勢を容易く捻りつぶす狂王を前に。その体は震えを隠せていない。
けど、それでも視線を逸らす事なくただまっすぐに。
「彼は勇士じゃない」
手足が傷つく。珠の肌が擦り切れていく事も恐れずに、彼女も彼の声に応えるべく魔力を回す。
彼はアルスターの戦士ではない。ケルトに生きた者ではない。恐れを知らない筈が無い。
それを知る者は、見届ける者は一人しかいない。だから――
「――私が消えたら、一体誰が、彼を、守ってあげられるの……!」
戦いは終わった。狂王は討たれ、特異点は修復される。
既に勝敗が決した以上、クーフーリン・オルタも無用な槍を振るうつもりはないようだった。それ以上の悪あがきは、彼が認めた女王の誇りを汚すと悟ったからだろう。
「小僧、悪くない戦いっぷりだった。オレは敗者であり、勝者であるお前達に従おう。そうでなければ筋が通らん。
縁は確かに結ばれた、力が必要ならオレを呼べ。切り離された世界であろうと、閉ざされた嵐の中であろうと乗り込んでやる」
「……」
「敗者に構うな、テメェはテメェの信条に肩入れしとけ。見えないモンに潰されるんじゃねぇ」
彼の戦闘能力は確かに恐ろしかった。彼の勝ち負けを定めるに数など関係ない。ただ強いか弱いか、それだけだ。
俺が一番恐ろしいのは、その達観しながらもしぶといと言わんばかりの精神だった。戦士には理想としか呼べないだろう。コノートを単独で食い止めた逸話も頷ける。
「おい、メイヴ」
「何かしら、クーちゃん」
「テメェ、いつまで目を逸らすつもりだ。らしくもない」
「……っ」
「小僧は腹括ってるっていうのに、テメェだけ迷ったままじゃ意味がねぇだろうが。
その最悪な性格はどこにいった。そんな律儀な女か」
「酷い言いようね……」
「……あぁ、成るほど。テメェ、視たな。視てしまったってところか」
「……」
「下らねぇ、だから面倒な女なんだ」
そういって、クーリーフン・オルタは消滅した。
彼の言葉に、メイヴは何も言い返す事も無くただ口を閉じていた。
第七特異点修復。
激戦としか言いようのない旅路だった。神を打ち倒す日が来るとは思ってもいなかった。
決戦の地、時間神殿への突入は明日。それまでは英気を養う時間――つまり、俺にとっては本当に最後の休息となる。
共に歩んでくれたカルデア職員の一人一人に挨拶して、俺は自室に戻ってきていた。
「……」
そろそろ眠ろうかとも考える。けれど一人でいるのが気持ち悪くて仕方ない。
もうすぐ訪れる寒気が、すぐ目の前まで迫っていると知っているから。でも以前ほどじゃない。
様々な特異点で英雄達に出会った。彼らから言葉を貰った。
『貴方の恐怖は当然の事。それは生きている証です。どうかそれを忘れないでください。
例えここで別れても、私が貴方達を覚えています。死者になっても、誰かの道となって、今を生きる者の背中を押す事は出来る。
大丈夫です、貴方は人の願いを尊び、想いに応える優しい人。そんな人を私は知っています。だから、貴方もきっと進める筈です』
救国の聖女、ジャンヌ・ダルク。
彼女の言葉は、心の底にあった闇を祓った。
『終わりは誰でも訪れる結末。それは
建国の皇帝、神祖ロムルス。
彼の言葉は、俺の中に光を灯した。
『うん、死ぬのが怖くないかって? そりゃ怖いさね。だが、アタシは悪党だ。悪党の最期は惨めなモンって決まってるのさ。死に方を選べるって言うのはイイ人生だった証拠だよ。
アタシは商人だからね、価値の目利きには自信がある。アンタの駆け抜ける人生はアタシらとは比べ物にならないくらい、楽しくて最高の思い出になるよ。だからきっと、その終わりも、アンタが納得するカタチで収まるだろうさ』
太陽を落とした女、嵐の航海者、フランシス・ドレイク。
彼女の言葉は、俺の行く道を認めた。
『ハッ、恐怖だぁ? ンな事知るかよ。一々ビビってちゃ剣の一つも触れやしねぇ。
コイツがオレの出来る事だ。コイツを振るい敵をぶった斬る事がオレの役目だ。なら、馬鹿の一つ覚えみてぇにやるしかねぇさ。道なんざ前にしかないのなら、進むしかねぇだろ。
何やらオレが切り開いてやるよ。だからテメェは怯えて震えながら、一つ一つ進んでいけ。止まってるよりはよっぽどいいさ』
ロンディニウムの騎士、モードレッド。
彼女の言葉は、俺の道を遮るモノを切り払った。
『既に死の淵に落ちた者を救う事は出来ない。だからこそ、私達は彼らを忘れてはならないのです。彼らが生きた時間を、この世界に刻んだ足跡を。焼却する事は決して許されない。
そのためなら私は何でもします。それが私の決意に他ならない。
――ですから進みなさい。人の世には苦痛も不安もあるでしょう。ならば誰かの手を取りなさい、誰かの声を聞きなさい。人は、独りではないのです』
近代看護の祖、鋼鉄の白衣、フローレンス・ナイチンゲール。
彼女の言葉は、疲弊していた俺の心に力をくれた。
『お前さんも因果な運命背負ってるなぁ。しかも捨てられないモンときた。そいつぁ厄介だろうさ。
だが無意味じゃない。アンタの苦しみとそれを超えた決意は間違いなく世界を救う――だから無駄じゃないぜ。
けど辛いだろう。やりたい事も会いたい人も、そのどちらも置いてきてしまった。――そいつはもうどうしようねぇ事だ。今更戻る事も出来ない。だから、進め。自分の願いを誰かに託せ。それが人間ってモンだろ?』
自信の命を擲って平和をもたらした者、東方の大英雄、アーラシュ・カマンガー。
彼の言葉は、俺が怯えていた恐怖が当たり前だったと認めてくれた。
『その執念、一つ間違えれば獣に至るモノよ。――よくぞ呑み込んだ。
ならば最早我の裁定は必要あるまい。貴様は己の真価を己で定めたのだ。そこに我が異論を挟む余地は無い。
――選んだ尊命を果たしに行くがいい。我が眼を以て、その結末を見届けよう』
人々を見守り育み裁定するモノ、ウルクの王、ギルガメッシュ。
彼の言葉は、俺の生きた全てを肯定した。
「……」
正直、俺は幸運だ。この胸に死して尚も輝き続ける言葉が、残っているのだから。
俺はただ死ぬ事を恐れていたんじゃない。この命が、無意味に途切れてしまう事を恐れていたのだ。でも彼らはそれすらも受け入れてくれた。
後は、俺が生まれた意味を果たしに行くだけでいい。
「……マスター、いる?」
「あぁ、いるよ」
メイヴが入って来た。第五特異点以降、どこかいつもと違う。今まで見せていた強気な態度が、どこか形を潜めているように見える。
カルデアでは明るく振舞っているが、どうにも俺と接している時は以前と違う。
「もうすぐ最後ね、長かった旅もここで終わりよ?」
「そうだなぁ……。色々あったけど、これで終わりか」
寂しくなるな、と思う。けれど孤独では無いのだ。
心に届くモノがあるから。
「……私ね、ロンドンで見てしまったの。貴方の、未来を」
「……」
彼女は限定的だが、未来視を使う事が出来る。
魔術王と相対した時に恐らく対抗するために使用したのだろう。多分、その時に俺の事実を知ったのだ。
「そっか……。隠しててごめん」
メイヴには言わなかった。彼女はパートナーで、これからずっと先も共に戦っていくのだから、そんな彼女に余計な重荷を背負わせる訳にはいかなかった。
それで戦いに支障が出るわけにもいかない。
「……深くは聞かないわ、貴方がそういうスタンスで行くかなんて、これまでで充分分かっているもの」
それがただ有難い。
自分は受け入れる事が出来ていても、パートナーがそれを否定すればどうしようもない。ようやくメイヴと何とか一端の関係は築けるようになってきたのだ。
結局、勇士と呼ばれることは無かったけど。
「ちなみに私、今日はヒマなの。だから貴方に付き合ってあげる」
「……そっか、じゃあ話そう。コノートの伝承でもいくつか聞きたい事があるんだ」
「ええ、いいわよ。しっかり聞いていなさい」
――何気ない一時の日々と会話。
俺が旅路の果てに与えられた報酬は、それだった。金でも名誉でも無く、きっとあり溢れているであろう日常の一欠片。
間違いなく、俺は幸福だった。心に残り続ける言葉があって、何の特別でない日々を愛しいと思えるのだから。
でも叶う事なら、さよならまで貴方の傍にいたい。
体が重い。
人理修復が行われ、歴史の修正が起きた事で俺の運命も、あるべき所へ戻るのだろう。
ならせめて、自分がこの手で取り戻した青空だけは見たいと。鉛のような体を引きずって、カルデアの屋上まで来ていた。
手足は萎え、目は霞み、肺は動くだけで悲鳴を上げる。息する事ですら苦痛だ。もうすぐ自分が死ぬのだと、嫌でも痛感させられる。
手すりを伝いながら歩いていたが、そこが限界だった。もう足は役目を果たせないだろう。
でも、まぁ。死ぬのだから、これは当たり前のことだろう。
「――馬鹿ね、ここくらい言えば連れて行ってあげたのに」
「……メイヴ」
暗がりの視界でも、彼女の顔はかろうじて見えた。
彼女に支えられて、ベンチに横になる。
ふと、頭の下に何かが入ってきた。柔らかくて、温かい。
「私の膝枕よ、感謝しなさいな。現代人で私にこうしてもらえるなんて、貴方だけねマスター」
「そうだね……」
空が見える。俺達が取り戻した美しい光景。
透き通った青空。山の上にあるおかげか、昼にも関わらず星が見えた。
でもその光景すらも刹那の夢。あと少し経てば、黒の帳に覆われた世界に堕ちるだろう。
それが本来の俺の、あるべき運命なのだから。
「メイヴ……俺がマスターで良かった?」
「勿論、聞き分けのいい男は好きよ?」
「はは……それは良かった」
「――けれど、もう少し女の子の気持ちに敏感になりなさいな。鈍いと離れて行っちゃうわ」
「……」
「貴方がいつ、私を求めてくるか、ずっと待ってたのよ? ちゃんと応えてあげるつもりだったのに、結局手を出さないなんて」
「……」
「だから、私は傍にいてあげる。鈍いけど、いい男よ貴方は。私のために努力していた事は知ってるわ。――だから、ご褒美を上げる」
「――」
唇に湿り気のある温かい何か。そして目の前には彼女の顔がある。
これは――。
「お疲れ様、マスター。どうだった?」
「……初めてだから、何も言えないかな」
「あら、もしかして女性経験が無いの?」
「実は言うと、そうなんだ」
「……呆れた、先に言ってくれたら私からしてあげたのに」
「今ので充分だよ」
ふと、彼女の手が俺の頬に触れる。
もう顔も朧気にしか見えなくなってきた。
「……ねぇ、マスター。私は楽しかったわ。クーちゃんにも会えたし、沢山の勇士を見れたし、貴方といて退屈はしなかった。
貴方は、幸せだった?」
その問いに、力の入らない表情を動かして、精一杯強く笑う。今までの日々は何一つ無駄じゃなかったと言うように。心の底から、強く笑うように。
「あぁ、勿論。俺も楽しかった。……うん、やっぱり伝えておきたい」
「……」
「女王メイヴ――俺は、貴方の全てに、恋をしています。貴方の声も、貴方の体も、貴方の心も、その全部に。
それは叶わぬ未来でしたけど、俺には幸せな夢でした」
「……マスター」
手を伸ばすも、そこまで届く力は残されていない。
それを悟ったのか、彼女は俺の手を握りしめて自身の頬に当てた。
その頬が僅かに濡れている。けれどそれを指摘しない。彼女は弱さを克服した女性だから。
「ありがとう、メイヴ。貴方に会えて、良かった」
指の先に彼女の温もりを感じながら、目を閉じた。
恐怖は少しだけ。けれど後悔がそれを上回っている。ただ彼女を置いていくと言う結末だけが、嫌でたまらない。
もう少し、後一秒一瞬だけでも、この未来を貴方と共に――。
もうその手に、力はない。彼女が力を緩めれば、その腕は力なく地に落ちるだろう。
彼の表情は疲れ果てて眠る子どものようだった。実際、このグランドオーダーの旅において彼が充分に休めた事など、数える程しかないだろう。
「……逝ってしまったのね、マスター」
もう彼の言葉が紡がれる事も、その指が触れてくれる事も無い。
彼の声はもう聴く事は出来ない。笑いかけてくれる事も無い。
頬に触れる手を、そっと握りしめる。
「……私ね、貴方に一つ嘘をついていたわ。
私は恋多き女王――そう謳っていたけれど、実は違っていたの。貴方が気づかせてくれた。
ここにいる私は、本当の恋を得る事が出来た。一人の少女の夢を見た」
彼の頬を小さな水滴が濡らしていく。
穏やかに眠る彼の髪を優しく撫でる。
「――マスター、私は貴方に、恋をしていました」
それだけを口に出来なかった。彼の前で本心を言う事が出来なかった。
自身の弱点も克服した。自ら戦場に立って格上の英霊を撃破した。
まさしく生前を超えたと言ってもいい。事実上、完全無欠の女王となった。
けれど、それでもたった一人の少年に好意を伝える事だけが酷く難しかったのだ。
「……もし伝えられていたら、どんな反応をするのかしら」
驚くのだろうか、それとも意外にもあっさりしているのだろうか。或いは、何とか話をごまかして逃げようとするだろうか。自分を過小に考える所は、結局変わらなかったから。
その想像は膨らんでいくが、どれも泡沫の夢に過ぎない。
もう彼に、この気持ちを伝える事は出来ないのだから。
「……っ」
抑えていた感情が溢れていく。
その体に顔をうずめて、彼女は小さく嗚咽を零す。
確かに彼はここに生きていたのだと。彼と生きた一秒一瞬は、ここにあるのだと。
そう、示すように。
「どうしていつも、私の恋は間に合わないのかしらね……」
彼女は空を見上げた。
――何気ない青空。貴方が命と引き換えに取り戻した光景。でもそこに、貴方はいない。
「……馬鹿」
小さな言葉を零した。