あの日々が、彼らとの記憶が、罅割れていく。
でも、それを選んだのは俺の選択だ。
これは報いなのだろう。
だから、全ての叫びを受け入れよう。
『至急、離脱させる! 何とかそれまで立香君を守ってくれ!』
「そんな、何で、こんな事に……!?」
ビーストⅦ/R――彼が一歩踏み出した。
踏み抜かれた大地が、黒く染まる。
「お前達も背負ってるんだろうさ、人類の未来を。
でもさ、こんな俺にも、背負ってるモノがあるんだよ。それがお前達にとってどんなに小さかろうと。俺は――、俺は――。
もう、振り返らないって決めたんだ。だからこの命がある限り、走り続ける」
静かに目を閉じ、周囲の魔力が急激に跳ね上がっていく。
刀を逆手に、低く腰を落とした。
「尊き者よ、どうかその輝きを永遠に。――だから、俺以外の全てが死ねよ。
『霊基反応さらに上昇……! マズいぞ! アレを使わせちゃいけない! 何とか阻止するんだ!』
ヘラクレスが駆け出す。マスターを傷つけられた怒りが、その力を倍増させる。
ただ一直線に。幾度となく敵を屠ってきた斧剣を、大きく振り上げた。
「まずは貴方からか。その肉体を十三に切り分けて――全て殺そう」
途端、ヘラクレスが消滅する。まるで最初から、そこにいなかったかのように。
ほんの数秒。十二の命を持つはずの大英雄が、歯牙にも掛けず瞬殺された。
「惜しいな、雪の少女を守る力はどこに消えた。
で、次は――そうか。貴方か剣客」
「獲った……!」
沖田が縮地で背後に回る。今まで幾度となく、敵を仕留めてきた一撃。サーヴァントですら必殺になり得る。一対一ならば彼女は間違いなく最強の一角だ。
その速度と威力ならば、屠ったも同然–―。
回避不能の魔剣、刹那に仕留める。
「違うな、獲られたんだ」
「そん、な……」
一閃。たったその一振りで、全ての必殺が消滅する。
幕末の世を轟かせた彼女の剣は、いとも容易く殺された。
ヘラクレスと同じように、彼女もまた消滅した。最初から、そこにいなかったかのようにあっさりと。
二人の騎士王が彼の真横から強襲する。二振りの聖剣が、全く同じ速度で振り下ろされた。
「……弱いな。生前の貴方達も弱かったのか?」
それを彼は刀の柄で受け止めている。
空いた手で、騎士王達の体を薙ぎ――否、彼のサーヴァントであった彼女だけが、それを避けた。
刀を地面に突き刺し、ナイフを手にさらに接近する。
聖剣と短刀、その間合いは歴然。だが超近接ならばその形勢は覆る。
ならば魔力放出で何もかもを弾き飛ばさんと、彼女が力を込め――
「――アルトリア」
「!」
冷たい声だった。冷たくも、どこか優しさを秘めた音だった。
マスターであった彼の声を、聴き間違える筈がない。切り捨てた筈の感情が行動をほんの少し鈍らせる。
腹部への掌底。鎧ごと、吹き飛ばされながらもかろうじて受け身を取った。
『……そうか、こちらの手は全て知っている。それに加えて、彼はビースト……!』
瞬く間に三体のサーヴァントが、瞬殺された。
駆ける。影の国の女王が強襲する。
彼の周囲を、死刺の槍が包囲した。
「……成程、そういえば貴方は槍を彼に授けていたな」
「私が認めた勇士にだが。今の貴様は勇士には程遠い」
「……あぁ、そうだろうさ。肩書きなんて、もうどうでもいい。
それで望みが果たせるなら、俺はそれでいい。だからこの身は獣に堕ちた」
「……そうか、では終わりだ」
「あぁ、貴方がな」
瞬間、彼の姿が掻き消えた。
全ての槍が切断され、スカサハの体が両断される。
「な、に……」
「人と侮ったな。この身は既に獣と同類。冠位でなければ抗う事すら適わない。
本体ならば容易く殺されるだろうが、サーヴァントに身を落とした貴方には負ける道理が無い」
そうして影の国の女王は消滅した。
「これ以上は時間の無駄、か。フィニス・カルデアはそこで終わる。藤丸立香は七日後に死ぬだろう。
それが、人類に残された時間と知れ」
彼は一瞥する事無く、大地に刀を突き刺す。
何の前触れも無く――地盤が崩落した。
死が迫る。眼下に見えるは、魔力炉。触れれば、それに溶かされ消滅するだろう。
そんな最中、最後にマシュが見たのは――。
壊れた笑みを浮かべた、どこか悲しそうな彼の顔だった。
……何だ、貴様は。オレのような男を呼び出すなど奇特にも程がある。
復讐者として、貴方に頼みたい事がある。
下らん、オレの恩讐に救いを求めるのならば全くの検討違いだ。他を当たれ。
違う、望むのは貴方の力では無い。貴方自身だ。貴方に、導いて欲しい男がいる。魔術王を出し抜くには、どうしても貴方が必要だ。
死の運命を塗りつぶす復讐者、その象徴である貴方が。
オレに神父になれと?
――話すのは事実だけだ。言葉を飾るつもりは無い。
我が黒炎は、請われようとも救いを求めず。我が怨念は、地上の誰にも赦しを与えず。
それがオレの在り方だ。答えるがいい、我が恩讐のどこに希望を見出した。
人にも獣にもなれず、意味を示す事でしか生きられぬ者よ。
貴方の、生き方に。復讐に彩られた運命を辿りながら。それでも人に敬意を抱き続けた貴方自身に。
クッ、クハハハ、クハハハハハ!!
良いだろう、その願望確かに聞き届けた。だが一つ忠告させてもらう。
……。
その男が果たして、我が恩讐を振るうに相応しいかどうか。オレ自身で見定める。
手出しは一切無用と思え。反故にしようものなら、男ともども貴様を焼きつくす。
分かった、全て貴方に託す。
どうかアイツを、彼を、――俺の友達を、よろしく頼む。
フン、話は終わりだ。では、オレはその仕事に向かうとしよう。
あぁ、希望して待っている。