【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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The Knight of Despair_3

約束よ、というアイの言葉で、作業は終わった。

私はそれに応えられないまま。ただ笑って収容室をでる。

 

「……上手くいかないなぁ、」

 

ダニーさんは言った。『言うことを聞け』。

アイは言った。『守らせて』。

 

兄は言った。『ユリは家に居て』。

 

あの時の兄と、二人が重なる。

きっと誰も、悪気はない。むしろ私を考えて言ってくれてるんだろう。

わかってる。わかってるけど。

自分の弱さを突きつけられているようで、辛い。役立たずと、足を引っ張っていると言われているようで。

ここに来て少しはマシになった劣等感が、また膨らんでくる。

いつだってそれは私の心にあって。圧迫して。

 

「……強く、なりたいなぁ。」

 

誰かの背中に隠れるんじゃなくて。

私はずっと、隣に立っていたかったのに。

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えていたせいか、その夜兄の夢を見た。

兄は少し……いや、相当私に過保護だった。

私がそれを指摘すると、兄は少し照れたように言ったのだ。

 

『初めて赤ん坊の百合を見た時に、兄である俺がしっかり護らなきゃと思ったんだよ。』

 

優しい兄が、私は大好きだったけど。

兄の近くにいるのはいつも姉だった。

そして兄は、姉のことを私以上に好きだったのだと思う。

幼い頃から何となく気がついていた。

繋がれる手の力は、いつだって姉の方が強かった。

同じくらい好きだよ。それはあくまで、〝位〟であって。

微々たる差にすら順位は生まれる。

 

家族だろうと。

 

 

 

 

 

次の日。

顔色が悪いですね、というダニーさんの指摘に私は笑うしか無かった。

誤魔化そうとしたのに、ダニーさんはさらに追求してくるものだから。ちょっとだけ面倒臭いとも思ってしまう。

私は小さくため息をついた。

 

「嫌な夢を見たんです。飛び起きるほどではないけど、まとわりつくような嫌な夢を。」

「へぇ、どんな夢ですか?」

「……兄の夢です。」

「へぇ、御家族の夢ですか。ホームシックにでもなりました?」

「違いますよ。……正直今となっては、家族と距離を置けたのは、いい経験かとも思ってますし。」

「嫌いだったんですか?」

 

あまりにはっきり聞くものだから、苦笑いしてしまう。

 

「好きでしたよ。みんな優しくて。でも……、他の皆が優秀すぎて、」

 

ダニーさんの目が見れない。どんな表情をしてるか、気が付きたくなかった。

 

「自分が……情けなかったんです。」

「……でもそんなユリさんを、御家族は大切にしてたんでしょう?」

「そうですね。過保護でしたよ、みんな。」

 

「ならいいじゃあないですか。」

 

「……ははっ、」

 

ダニーさんの言葉に。怒りが込み上げてくるのを感じた。

何をわかったように、と。

ダニーさんだけでなくて、今まで私にそう言ってきた人達の顔が思い浮かんでは膨らむ感情。

でも怒りよりも、悲しみが徐々に勝っていく。泣きそうだ。

だめだ。ここに来て、色んなことで泣きすぎて。涙腺が脆くなってる。

それを必死で耐えて、深呼吸する。

少し頭が冷えてきて。大丈夫。大丈夫だ。

 

「……ダニーさんってご兄弟います?」

「?いますよ、」

「仲良かったですか?」

「大っ嫌いでしたが。」

「えっ。」

 

ダニーさんははっきりと、迷いも考えることも無くそう答えた。

 

「正直、ユリさんの気持ちは理解できるけれど共感は出来ません。俺は家族にずっと死ねって思うくらいには嫌いでしたし。」

「え、え……?何があったんですか……?」

 

私が困惑していると、ダニーさんは見透かしたように顔をゆがめる。

眉間にシワを寄せて、それでも目じりと口は笑っていて。馬鹿にされてるような。

 

「ネグレクトみたいなものです。」

「へ、」

「ユリさんの気持ちは分からない。でも俺の気持ちも貴女には分からないんでしょうね。」

「そ、そう、ですね……。」

 

ダニーさんは冷たい瞳で見下ろしてくる。

しかし少しして、直ぐに踵を返し離れていく。

ダニーさんからは明らかな嫌悪が溢れていた。

けれどそれはただただ怖いものであって。怒りとか悲しみとかは湧いてこない。

ダニーさんは怒っている。けれど多分、私に向けてでなくて。

後ろを振り向く。当たり前に、誰もいない。

きっと、ダニーさんの目だけに誰かが映ったのだろう。……私に、似てるかもしれない誰かが。

 

 

 

 

タブレットの指示は、昨日と同じ青い魔法少女の子だった。

 

「……ネーミングセンス、酷くない?」

 

どうやら名前は決まったらしい。その名も〝絶望の騎士〟。

絶望って、人の名前に付けるものだろうか。というか、女の子のなのに騎士って。せめて女騎士にするべきだと思う。

絶望とは。泣いているから、元気がないからそう命名したのだろうか?

彼女の昨日の様子を思い出して、はしゃぎすぎた自分を反省する。確かに、何か落ち込んでるような様子だった。

今日ははしゃぎ過ぎないように。冷静を意識しながら収容室に入った。

 

「……また、来たの?」

 

部屋に踏み込む前に、そんなことを言われてしまい苦笑いする。

その声は嫌がってるようではなかったけれど……呆れているのは伝わってきた。

 

「お邪魔します。えっと……調子はどう?」

「……。」

 

彼女はやはり何も言わない。

片方の目からは昨日と同じ雨が降っている。それをじっと見つめる。涙すら、綺麗だ。

 

「……泣いたの?」

「え?」

 

彼女の言葉に私はびっくりした。

反射的に顔に触れる。おかしい。目は、寝起きすぐ冷やしたはずだ。

 

「どうして……、わかったの?」

「すこし……悲しい匂いが、するわ。」

「悲しい匂い?」

 

細い指が、私に伸びてくる。

思わず後ずさってしまうが、それはそれは優しく、頬を撫でられた。

 

「何か……あったのかしら、」

 

彼女の心配する声が以外で、反応が遅れる。

私は添えられた手に、自分の手を重ねた。そうしてそっとその手を避ける。

 

「何も無いよ。ありがとう。」

「……そう。」

「ただ……思い出しただけ。」

「思い出した……?」

 

「……あなた達は少し、家族に似てるの。」

 

見た目も年齢も違うのに。何を言ってるのだろうと思う。

それでも、アイと初めてあった時も私は家族を思い出した。

頭からつま先まで特別な存在。一つ一つの動きが特別で、普通とは違くて。

目の前にいるのに、ずっと遠く感じるところが。アイも、彼女も。似ている。

 

「……あなた達は、大変で。沢山辛いこともあるんだろうね。」

 

それは安易に想像がつくものだった。だってそれは、誰かが劇的に書いた作品の中にあるものばかりだ。

フィクションと、彼らの悩みを一緒にするなんて失礼だろうか。それでも私は、彼らのその偉大で格好のつく悩みが羨ましいとすら思ってしまう。

 

「物語のような存在でないと、苦しんじゃいけなかったのかな。」

 

あぁでもね。私も辛かったんだよと言ったら。足元にも及ばないこの悩みは笑われるの。

それがずっと辛くて仕方なかった。

兄と姉が傷付いて帰ってくれば。一人で怖かったなんて言えない。

仕事と言われれば、お兄ちゃんを独り占めしないでなんて、言えない。

 

「……家族が、嫌いなの?だから泣いたの?」

「ちがうよ。」

 

けれどそう。私は本当に家族が好きだ。それだけは即答できる。

好きだからこそ。辛かったのだ。

 

「一緒にいると、寂しくなるの。だから泣いたんだよ。」

「……?」

 

私も言葉を、彼女はよく分からないようだった。

きっと家族も分かってくれないのだろう。

私の痛みは……、美しい物語になんてならないから。

 

「ねぇ、魔法少女って、やっぱり素敵だと思うよ。」

 

私がそう言うと、彼女は分かりやすく顔を顰めた。

それが何だか子どものようで、可愛くて。思わず笑ってしまう。

どうしてそんな嫌がるんだろう。キラキラ、魔法少女。とっても素敵じゃあないか。

あなた達にずっとなりたかった。そうしたら、家族の隣に立てると。信じてやまなかった。

 

「……私はね。大好きだな。」

 

誰かのために戦う彼女達は、テレビ越しに応援してる私なんて知らなかったんだろう。

 

「素敵だと思う。とっても。だって何かを救うために戦うのって、凄いことじゃあない?」

「……貴女って、なんだか……変わってるのね。」

「そうかなぁ、きっとみんなそう思うよ。」

 

そう。私みたいなのは星の数ほどいたのだ。薄い液晶に、必死に声援をぶつけていたのは私だけじゃない。

私の言葉に、彼女は言葉を迷ってる様だった。

別に返事を期待した訳でもないので、そろそろ次の作業に向かおうかと別れを告げる。

交信作業、まぁ仕事分はしただろう。

 

「待って!」

「?どうしたの?」

「わ……私にも、名前を頂戴。」

「え?」

「あの人ばかり、ずるいわ。」

 

呼び止められて振り返ると、彼女は複雑な表情をしていた。

そうして名前を催促される。あの人とは、アイの事だろうか。

アイにも言ったが、名前なんて大切なもの私がつけていいのかと悩む。けれど確かにいつまでも呼び方がないのは不便で、〝絶望の騎士〟じゃあこんな可愛い女の子に失礼だ。

 

「……笑み。」

「エミ?」

「うん。エミ、でどうかな。私の国の言葉で、〝 笑顔〟って意味なの。」

「笑顔……。」

「きっと笑顔の方が似合うよ。」

 

我ながら捻りのない名前だ。でも絶望よりその方が、ずっとずっといいと思う。

嫌なら別にすることを提案したが、彼女は首を振った。そうして、嬉しそうに、小さく笑う。

やっぱり、笑顔の方が似合うなぁ。なんて思いながら、今度こそ彼女に別れを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見つけたわ。今度こそ、護ってみせる。」

 

たとえ全てが犠牲になったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








やっと思うものが書けました。しかしもう一段階書きにくいとこが待ってます。早くヤンデレ書きたいです(くすん)

本当は涙でルイちゃんだったんですけど、涙って文字を百合ちゃんが使うかなーって思ってあえて思いっきり逆にしました。個人的にはルイちゃんのがしっくり来ます。


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