【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
次の日。私はリストラされることも無く無事に出社していた。
冗談は置いておいて。昨日の早退はなんの意味があったのだろう?
特に体にも心にも、影響があったとは思えないのだが……。
まぁそこは私が考える部分ではない。私はただ、指示されたことを精一杯やるだけだ。
さて。今日の最初の作業はオーケストラさん。
昨日は会えなかったので、少し心配していたのだが、彼はいつも通り収容室で静かに待っていてくれた。
「おはようございます。昨日は来れなくてすみません。目の前までは来てたんですけど……急に帰ることになって。」
──そうですよね、目の前まで来ていたことは分かっていましたよ。
「えっ、そうだったんですか?」
──はい。随分奇妙な魔法にかけられていたようですが……、
──効力も持って一日でしょうし、外に出るのはやめました。
「魔法……、私、なにか魔法にかかってたんですか?全然私わからなくて。」
──悪意はないようでしたけどね、外部接触の影響を
減少させる魔法。簡単に言えば防御魔法でした。
「防御魔法。」
それは何ともありがたい魔法だ。この危険で溢れている現場にはとても役に立つだろう。
……でも、私じゃない方が良かったような気もする。
それこそユージーンさんとか、ダニーさんとか。私は鎮圧作業とかまだほとんど行っていないし。もっと必要な人はいくらでもいるのに。
──…いや、防御よりも過激なものですね、上級の拒絶を含む魔法でしたから。
「拒絶?何か違うんですか?」
──他者のテリトリーに入らないようにする魔法ですね。目の前まで来たのに、入れなかったでしょう?
確かに。オーケストラさんの部屋の扉は開けられなかった。
──ユリさんの身体が拒絶していたんです。私のテリトリー、この部屋に入ることを。
「そんな……!」
──もちろん貴女のせいではありませんよ。会えないのは、寂しかったですけど。
オーケストラさんはどこか寂しげに、少し暗い声でそう言った。
多分……エミ、だよね。かけたの。
あの日はそれ以外はアイとしか会ってないし。
「心当たりはあるから……、本人に聞いてみます。なんでそんな魔法をかけたのか。」
──……あまり関わることはおすすめしませんよ。
──今は危害はなくとも、力がある相手なら、警戒するに越したことはありません。
「でも。私もそういうのは、困ります。」
アブノーマリティの収容室に入れないのは仕事に影響がでる。
なにより……みんなに会えないのは私も嫌だ。
──私が直接行きましょうか?
「いえ、それは大丈夫です。何かあったら助けてもらうと思うけど……。」
──ですよね、貴女なら断ると思いましたよ。少し頑張りすぎるところがありますから。
オーケストラさんの言葉に苦笑いする。
無茶をする所があるのは自負しているが、そんな綺麗な話ではなく。
単純にオーケストラさんが外に出たら、皆がパニックになってしまうから遠慮して欲しいのだ。
けれどそれをあえて言う必要も無いだろう。
「今日はこれで失礼しますね、また来ます。」
──あぁ、待ってください。
「?」
部屋から出ようと踵を返したところで、オーケストラさんに呼び止められた。
そして私の手の甲を支えて、開いた手の上にそっと何かを置かれた。
「これ……、」
──お守りです。
──危険なことがあったら使ってください。
……これって、ギフトってやつだ!
実は色んな人から言われていた。『静かなオーケストラのギフトはもらってないの?』と。
聞かれる度に、苦笑いして首を降っていた。貰ってないのは事実だけれど、首を振る度に辛かった。
アブノーマリティが気に入ったエージェントに渡すギフト。
私以外の人は、オーケストラさんのギフトを貰っているのかと思うと……何だか、悲しくて、悔しくて……。
「凄く嬉しい……!大事にします!」
鞄に大切にしまう。傷つかない様に。
なんだか、今日のこの出来事だけで頑張れそうだ。
私が「いつも元気を貰ってばかりですね、」というと、オーケストラさんは穏やかな笑い声を出した。
とても優しい。オーケストラさんの声。
だからそう、次こそは。
次こそは、ちゃんと。
間違えないようにすると決めたのよ。
エミへの作業指示がきた時、私は待ってましたと急いで収容室に向かった。
エミが私にどうして魔法をかけたのか知りたかった。何を考えているのかも。
もし彼女が私達に協力的なら、その魔法をユージーンさんとかダニーさんに使ってくれるかもしれない。
アイだって、私達を助けに来てくれた。同じ魔法少女の彼女なら。
「エミ!!」
「あら……こんにちは、ユリ。来てくれたのね。嬉しいわ。」
勢いよく部屋に入る私とは対照的に、何とも雅やかな佇まいだ。
一瞬エミの姿に見惚れるが、直ぐに本題を思い出す。
しかしどう聞けばいいのか迷っていると、エミの方から話しだした。
「魔法……解かれてしまったわね。今度はもっとちゃんとかけないと、」
「あ、あの!魔法って……なにか、私にかけたの?」
まさかエミの方から言ってくれるとは思わなくて、私は食い気味に魔法のことを聞いた。
するとエミはちょっとだけ笑って、自身の唇に指を立てる、まるで内緒話だ。
「特別な魔法をかけたの。この魔法はね、本当に、とっておきなのよ。」
「それは……どんな、魔法なの?」
私がそう聞くと、彼女は私の胸をトン、とつつく。
「あなたの心も、心臓も守る魔法。」
「心も……心臓も……、」
「そう。すごく久しぶりにかけたけど……上手くいったみたいでよかったわ。」
「前も……使ってたの?」
「ええ。どうしても護りたい人がいてね。その人が、どんな辛い現状にも心が病まないように。どんな攻撃からでも護れるように。」
「そうなんだ……」
「でも、裏切られたの。」
「……え?」
急に変わった声のトーンに驚いてしまった。
エミの眉間にはシワがよっていて、その気迫に私は押されてしまう。
「前に言ったでしょう。魔女なんていいもんじゃあないって。……結局彼は私を道具としか見てなかったの。」
「なにが……あったの?」
「私の力で護られた彼は……、自分の意にそぐわない人を殺していった。私は平和のために戦いたかったけど、結局大切に守っていたものは平和でも正義でもなかった。」
ねぇ、とエミの口が動く。
「ユリは、私を道具なんて思わないわよね?」
「エミ……、」
「だって貴方は、私を素敵って言ったもの。大好きって。ねぇ、」
強く、腕を掴まれた。
あまりにも強い力。痛みに顔を歪める。
けれど、振り払ってはいけないような気がした。今はこの手を、絶対に振り払ってはいけないと。
「道具なんて思わないよ、でも……。」
でも……。
「私は弱いから、何も返せないかもしれない。」
自分で言ってて、酷く情けない気持ちになる。
オーケストラさんにも、アイにも。私は何も返せない。ただ一方的に、力を貸してもらってるだけだ。
もしそれを、道具と言われたら。
そんな事ないと否定しても、説得力はないだろう。
「エミ、……私は、弱いから、強い貴方たちの気持ちは分からないけど。でも。」
私は家族の姿を思い浮かべる。いつも前を歩いていた皆。私は後ろに隠れるようについて行って。
「弱いからこその、悩みも考えもあるの。……きっと、それは話し合うべきだったんだと思う。」
「話し合う?……何を?あの人は私を裏切ったのよ?」
「それは酷い事だし、最低な事だと思う。許さなくても、いいと思う。でも……。」
あぁ、言葉が上手く出てこない。
私は、何を言ってるんだろう。
エミは、私の家族ではない。父ではない。母ではない。兄でも姉でもない。
こんな言葉、エミに向けるものでは無いのに。
「……苦しまないで、ほしいの。相手の人にも、事情があったかもしれない。理由があったかもしれない。きっと、汚い感情だけで、エミに接していたわけじゃないと思う。」
お姉ちゃん。嫌いなんて言ってごめんなさい。
でも私にも理由があったの。
お兄ちゃん。本当は隣に立ちたかったの。
でもそんなこと言えなかった。
お兄ちゃん。お姉ちゃん。
私ね、二人とは違って弱くて。だからずっと二人を羨ましく、妬ましく思ってた。
でも、ちゃんと、ちゃんと好きだったよ。
「恨むななんて言わないけど、でも……。」
信じて欲しい。最後の言葉が全てではないの。
妬みが、羨みが全てではないの。
「……ごめんね、偽善だよね。こんなの。貴女には貴女の事情があるのに。今日は、もう出るね。」
余計なことばかりを言っている自覚はあった。
私はこの場から逃げたくて、早い動きでドアに手をかける。
がたん。と、鈍い音。
「え……?」
開かない、?
「私ね、思ったの。彼が裏切ったのは、誰かにそそのかされたのかもしれないって。」
「え、?」
「あなたの言うとおりね。きっと何か事情があった。その事情から、私は彼を護れなくて……彼は、変わってしまったの。」
後ろから、綺麗な声がする。
私は振り返れない。
ぶわっと、冷や汗が吹き出した。乱暴にドアを開けようとするが、少し揺れるだけで少しの隙間もできない。
「ずっと思ってたの。あの時……私が護ってれば。そうすれば。」
「あの人は私を裏切るなんてしなかった。」
「大丈夫。……今度は間違えない。大切なものはしまっておかないといけなかったの。」
「……っ!誰か!!誰か!!」
大きく叫ぶ。助けを!助けを呼ばないといけない!!
「私が、護ってあげる。ユリ。」
皆さんの暖かい言葉で本当に泣く私。
そのため早めに投稿出来ました。本当にありがとうございます。