【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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( ᐙ )なんか知らんけどケセド回になったわなじぇー?










きっと在り来りでつまらない話_3

私を見るケセドさんが何を考えているか分からない。

濁った瞳。それは怒っているようにも悲しんでいるようにも見える。

どちらにしろ、その目は私に向けられていながら、私を見ようとはしていないのがわかった。

どうしたのだろう、と思う。そんな反応は予想外であったから、私は戸惑う。

怒られると思った。もしくは、またただ笑われるだけだとも思った。でもそのどちらも、ケセドさんはしない。

 

「本当に、上は俺達をなんだと思ってたんだろうな。」

「ケセドさん……?」

 

その手が私に伸びてくる。何をされるのかと構えたが、その手は私の耳の当たりを通り過ぎて。なんと私のインカムを外した。

 

「えっ、」

「聞かれるのは嫌だろう?俺は嫌だ。」

 

インカムを、外す。これは管理人室に声が届くもの。

つまりここからの会話は、本当に私たち二人だけの会話。

ケセドさんはゆっくりと口を動かす。口角は上がっても下がってもいない。

 

「……俺は、ずっと前からこの会社で働いていてね。仕事は出来る方だから、あの頃は自信も希望もあった。」

 

珈琲を誰かに振る舞うのが好きだったと彼は言う。昔を懐かしむように。

 

いや突然何の話?

私は一人取り残された気分だったが、ケセドさんは気がついていないようでそのまま話を続ける。

 

けど話の中で気になることもあった。

ずっと前から働いていた?それっていつからだろう。少なくとも私の周りで、前からケセドさんを知っているという人はいない。

ケセドさんを懐かしむような声も聞かなかった。どちらかと言えば見た目のいい彼は、新しい目の保養としての噂がたつくらいである。

私達が知らないだけで彼はずっと前からこの会社にいたということだろうか。だとしたら一人や二人位、彼を知っている人がいてもおかしくないと思うのだが。

 

「楽しかったよ。自分の力が、会社の役に立っていると信じて止まなかった。」

 

ケセドさんは話し続ける。私の様子は一切気にしていない。

会話をしたいというよりも、私に話を聞いて欲しいような雰囲気だった。

脈絡のない話。でもケセドさんの口はペラペラ動き続ける。ずっと話したかったのだろうか。止まらない。

 

「でも違った。……会社はわざと、仲間を殺していたんだ。」

「はっ?」

「そして俺は、その手伝いをしていただけだった。」

 

ま、ま、待った。待った待った。

今とんでもないことが聞こえたよ?

 

わざと?わざとって言った?しかも殺したってハッキリ言った?

いや、もしかしたら聞き間違いかもしれない。そうでなくても、ケセドさんがそう解釈しているだけで実際はなにか理由があるのかもしれない。

 

「職員が死んだ方が、エネルギーは貯まる。それだけの為に。……最低だ。」

「嘘だろロボトミーコーポレーション!!」

 

救いようがないな!!それが本当なら、とんでもない事だよ!!ブラック企業どころかブラッド企業だよ!!

まずい、と思った。急な告白に緊張感のない返しをしてしまったが、これは本当にまずい。

知らせないといけない。こうしている間にもエネルギー生成の為に敢えて危険な目にあっているエージェントがいるかもしれないのだ。皆で逃げないと。もしくは、反抗しないと!!

けれどどうやって?私の言うこと、みんな信じてくれるだろうか。

というより私自身この話が本当かわからない。

確かにケセドさんの言う通りならば、今までの指示も納得は出来る。殺すための指示なんてここでは簡単に出来るだろう。

 

でもそれって、あまりに非効率なのでは?

 

会社って面接が最低でも二つはあるはずだ。履歴書と対面。

履歴書がない会社もあるのかもしれないが……、こんな大企業が履歴書通さないなんてことあるのだろうか。

あるにせよないにせよ、募集をかけて集めて面接して採用して契約して。って、そんな簡単にできることでは無い。色んな手続きが必要なのだから。

特にこの会社、保険の数が馬鹿みたいにある。作業内容からして仕方ないことだが。

アメリカって国民皆健康保険制度がないから、私達は公的保険に入れない。つまり私たちが入っている保険、全て民間なのである。

民間の高額な保険でありながら会社が大部分を負担してくれているのはさすが大企業としか言いようがない。

 

話が逸れた。

で、それを一々職員死んだら処理して、また新しく契約結んでって。すごい面倒くさそうなのだけど。

それだったら多少非効率でも職員を育てた方が……。いや、普通はそうなのだけど……。

 

「……俺のせいで、多くの仲間が死んだんだ。」

「……。」

「謝っても、戻っては来ない。」

 

でも、ケセドさんのこの言葉も嘘なのだろうか?

出会った時、穏やかで明るくてかっこいい人だなぁと思っていたけど。こちらの方が本当の姿な気がする。

あの時以上に、言葉に心が篭もっている気がして。

 

……本当に、悲しんでくれているのだろうか?だとしたら、彼は私達の味方になってくれるのだろうか?

 

「……ケセドさん、アブノーマリティの詳細って、教えて貰えるんですか?」

 

そんな希望を持って、私はケセドさんに尋ねる。

アブノーマリティの情報はあればあるだけいい。ダニーさんは言っていた。

「……は?」

「あまり話題を聞かないし、まだエンサイクロペディアに詳しくのっていないんですよね?ケセドさんが知っていること、教えて貰えませんか?」

 

私の言葉にケセドさんは目を見開く。今度は彼が戸惑っているようだった。

しかし直ぐにふっと目を細めて首を振る。そして気だるげに、無気力を見せつけるようにゆっくり口を動かす。

 

「諦めた方がいい。」

「は?」

「会社に立ち向かうことは出来ない。無駄だ。諦めた方がいい。俺はそうした。」

 

いや、こいつ何言ってんだ。

 

「……罪を悔いるには、あまりにも長い日々が過ぎてしまった。もう、手遅れなんだよ。」

 

ケセドさんはぼぅっと、何かを見ている。

それは彼にしか分からない、遠い昔のことなのかもしれない。

私にはよく分からないけど、ようは彼は傷付いているのだろう。何かを後悔しているのだろう。

 

「諦めないでください。」

 

でも、それと私達は関係ない。

彼が言っているのは、今生きている私達の命を諦めるということだ。

いや本当に、本人を目の前に何言ってるんだこの人。勝手に私達の命を握って、勝手に諦めて。

 

「私達を諦めないで。」

 

ケセドさんの手を握る。するとようやくその濁った目に私が映った。

強く握る。過去を悔いる気持ちはわかる。

どうしようも無いことは、世の中に本当にある。

事の大きさ、相手は違えど、私も日本にたくさんの後悔を置いてきた。

ケセドさんの苦しみは私には分からない。所詮他人だし、詳しく教えてはくれないだろうし。

分からないけれど、彼は今とても辛いのだろう。こんな疲れた顔をするくらいには。

 

でも。それはそれ。これはこれだ。

 

「落ち込むのは、仕方ないです。でもそう思ってるなら、今の仲間を護るための仕事をしてください!!」

 

真っ直ぐにケセドさんを見る。彼は戸惑っている。

私のことを、〝温厚で流されやすい〟と言っていた。こんなに意見するような奴だと思われてなかったのだろう。

自分でも驚いている。私ってこんなに、声が出せる人間だったっけ。

 

「私達は……まだ生きてるから。」

 

ぽたん、

 

「あれ、」

 

何かが、落ちてきた。

それは私の目から。私、泣いてる?なんで?

本当に知らない間に、涙は込み上げてきたようだった。

 

「……君は、俺を信用するのか?」

「しんよう、」

 

〝信用〟。……ケセドさんを?

……あぁ、そうか。

 

そこで私は、涙の理由に気がつく。気がついてしまえば後は溢れるばかり、ボロボロと零れてくる涙。

私、そうか。この会社を信用したかったんだ。

利用されていることは、分かっていた。でも、それでも。私の事、仲間だって思ってもらえてると信じたかった。

 

だって初めてだった。『ユリさんにしか出来ないこと』なんて言って貰えたのは。

 

嬉しかった。とても嬉しかった。日本にいた時にはありえない事で。仕事で頼られるなんて初めてで。

そんな会社が、酷いことをしているなんて思いたくなかった。

ケセドさんは言った。『信用しているのか?』しているわけないだろう。今の話を聞いて、それでも肯定できるような盲目さを私は持っていない。

でも。

 

「信用、出来たらいいなって、思います。」

 

信用させて欲しい。命を預けているのだ。信頼を築く努力を、貴方達にして欲しいと思う。

こんな私を、他のエージェントさん達は馬鹿だと言うだろうか。いや、言わない。だってみんなそうだ。会社を信じて、ここまでやってきている人達ばかり。

ケセドさんを見る。彼の目は揺れている。私はそれを見て、もしかしたら、と思う。

もしかしたら、声が届くかもしれない。

もしかしたら、わかってくれるかもしれない。

もしかしたら、味方になってくれるかもしれない。

 

「ケセドさん、ケセドさんにとって、私達はなんですか。」

「そ、れは……、」

「会社じゃなくて、ケセドさんにとって。教えて欲しいです。」

 

言い淀むケセドさんに、やっぱりこの人は、根は悪い人ではないような気がした。

だってこんな質問簡単に、いい単語を並べてくれればいい。〝大切な部下〟でも〝会社の財産〟でも。色んな企業が言う言葉だ。

でも彼は、私の言葉に迷っている。ちゃんと考えてくれている。

なんだか、笑ってしまった。私が笑うことを彼はより不思議そうに、変な顔をする。

 

「……ケセドさんは今までの上司の中で、一番優しい人に見えました。」

私の言葉にケセドさんは信じられないような顔をする。それがおかしくてもっと笑ってしまう。

張り付いた作り笑いより、その顔の方がずっと好き。

それは本心だ。初めてケセドさんに会った時、こんなにも距離近く接してくれる上司が出来るなんて思わなかった。

まぁ、今思えば社交辞令だったのかもしれない。もしくは表面上だけの取り繕いだったのかもしれない。

 

「嬉しかったです。〝大切な職員〟って言ってくれて。」

 

でも嬉しかった。そう、嬉しかったのだ。

 

優しい人達は、沢山いる。アネッサさんもリナリアさんもユージーンさんも。……ダニーさんもね。

でも彼らは私の先輩。勿論上司にも分類するかもしれないが、役職的な立場での上司はXさん達だ。

彼らの、私達への雑な態度よ。扱いよ。都合よく使われている感覚はあったし、諦めている部分もあった。

会社なんてそんなもんだ。どうしても人間関係の溝はどこかしらで生まれる。

 

「初めて会った時、こんな人が会社にいるんだなって。私凄く、安心したんですよ。」

 

……だからこそ、こんなことされて。絶望に叩き落とされた気分だけど。

 

握っていたケセドさんの手を離す。彼は迷子のような顔で、言葉に詰まっている。

この先の答えはすぐに貰えないだろう。

ずっと貰えないかもしれない。ケセドさんも結局、私達の事は道具にしか思ってくれないかもしれない。

それでも言いたいことは言えたから満足だ。

 

「作業、行ってきます。……できればもう、こういう事しないでください。」

 

振り返って、寝ている人達を見る。やはり死んでいるようにしか見えない。

 

「ケセドさんのせいで、すごい憂鬱です。……行くけど。」

「いく、のか。」

「行きますよ。仕事だし……。誰かが行かないと、いけないわけだし。」

 

行きたくなんてない。けど。

ここに眠っている人達も皆、出来れば行きたくなかっただろう。それでも彼らは立ち向かったのだ。

次は私の番というだけ。

怖くないわけが無い。でもきっと、他の人たちは私よりも怖かった筈だ。

入ってきたドアに向かう。廊下の電気はやはり強すぎるのかもしれない。眩しくて暗闇に慣れた目は一瞬外が見えなかった。

 

「ケセドさん。……私怒ってますから。だから少しは、反省して欲しいです。」

 

振り返らないで言う。そう、怒ってはいる。

他の人にも、私にも。もうこういった、不安を煽るようなことしないで欲しい。

 

「私、生きてるんですよ。」

 

何度でも言おう。私はまだ生きている。

そんな命を。勝手に諦められてたまるか。

 

前に進む。するとぐいっと腕を引っ張られた。

まだ何あるのかと私は振り返る。もしかしたらアブノーマリティの情報を教えてくれる気にでもなったのだろうか。

しかし、そんなことは無かった。そもそも私の腕を引っ張ったのは。

 

「……わ、たし……?」

 

目の前に、私が。黒井百合がいる。

私を睨んでいる。鏡のような人が。私が。私を。

なんだこれ。え、なんだこれ。本当に。

この人、一体誰だ。え?本当に何?なんで私が、

 

「許さない、」

「ぐっ……!?」

 

バチン、という音。電気が弾けたような音。

何か理解する前に、私の意識は飛んだ。その時誰かの叫び声も聞こえた、気がする。気がするだけだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────気が付くと、白い天井が目の前にあった。

 

ゆっくりと体を起こす。私は眠っていた?気を失っていた?どちらだろう。

……頭が痛い。

当たりを見渡す。天井から察していたがここは医務室だ。どうしてこんな所にいるのだろう。

記憶を辿るもぼんやりとしか思い出せない。確か何か、指示を貰っていた筈だ。

そのあとの記憶はまったくない。どうして。もしかしてアブノーマリティが関与しているのだろうか。

タブレットを探す。最後の指示さえ分かれば、なにか思い出せるかもしれない。

 

「……?」

 

その時鼻を掠めた、珈琲の匂い。

 

「……起きたかい?」

「えっ、ケセドさん!?」

 

香りと共にやってきたのは、なんと上司のケセドさんだった。

慌てて姿勢を正してお辞儀する。いや待て、横になっていること自体失礼だと気がついて立ち上がろうとした。けれど。

 

「っ、」

「危ないっ、……無理に起き上がらない方がいい。ユリさんは倒れたんだ。」

「たっ、倒れた?」

 

起き上がろうとしたら目の前が回る感覚。頭痛も相まって、気持ち悪い。

倒れそうになったのを支えてくれたのはケセドさんで。彼は険しい顔をして私に注意する。本当に心配してくれているようだった。

 

「そう、……急にね。俺が君を呼び出したんだけど。その途中の廊下で倒れたんだよ。」

「それじゃあ、運んでくれたのって。」

 

それ以上先を言わなくても、ケセドさんの表情で分かった。

さぁっと血の気が引く。私、なんの理由なく倒れただけでなく、その後上司に運んでもらったのか!!

 

「す、す、すみませんでした!!」

「どうして謝るんだ?むしろ……謝るのは俺の方だ。無理をさせて申し訳なかった。」

「いやいや!!私の体調管理がなってなかったからです!!ご迷惑かけてすみません!!」

 

勢いよく頭を下げる。ダラダラと垂れてくる冷や汗。

どうして急に倒れたりしたんだろう。朝は別に何ともなかったのに。強いて言うならネットで日本のアニメ一気見して、寝不足だったくらい。

……いや!!それだよ多分!!原因それだよ!!

 

「本当に、すみません。」

 

いい大人が何やっているんだろう。最悪だ。私が倒れていた分の仕事はきっと他の人がやってくれている。色んな人に迷惑をかけた。

 

「……頼む、謝らないでくれ。」

「ぇ……。」

 

苦しそうな声が聞こえて、顔を上げる。

ケセドさんは私を見ている。なんでそんな顔。なんでそんな、苦しそうなんだ。

 

「……珈琲を、いれたんだ。飲めるか?」

「あ、は、はいっ、珈琲好きです。」

 

ケセドさんに勧められて、お言葉に甘えて珈琲の入ったカップを受け取る。

ロボトミーコーポレーションのマークのついた白いマグカップ。こんなのどこで売っているんだろう。自社製品だろうか。

湯気のたつそれをフーフーと冷ましてから口につける。広がる酸味と苦味。少し苦味の方が強くて、でもあっさりとした口あたり。

 

「美味しい!すごい美味しいです!」

「なら良かった。珈琲は挽いて淹れるに限るからね。」

「これケセドさんが豆からひいたんですか!?」

「ドリップはマシン任せだけど、豆は俺が挽いたよ。」

 

すごい!それでこんな美味しいのか!!

豆の挽き方って、たしか色々あったはずだ。粗い挽き方とか、粉くらい挽いたりとか。豆によってオススメが違うとお店の人に教えてもらったことがある。

教えて貰ってもよく分からなくて、私は結局いつもお店で挽いて貰う派だ。さらに言えばインスタントで済ませることも多い。

こんなに美味しくいれられるのは、知識だけじゃなくて慣れも必要だと思う。

思い返せばケセドさんはいつも珈琲の匂いがしていた。余程の珈琲通なのかもしれない。

 

「美味しい。本当に美味しいです。ありがとうございます。」

「……君は、かわいいな。本当に。」

 

珈琲を吹き出しそうになる。

 

「へぁっ!?な、何を急に、」

「昔を思い出す。……彼らと、そっくりだ。」

「……?、ケセドさん?」

 

急な褒め言葉に顔に熱が集まった。何を言うんだ急に。それイケメンしか許されないやつですよ。

……しかし続く言葉はどこか悲しげで。その褒め言葉は、ただの褒め言葉ではないことを察する。

 

「ユリさん、今から言うことを忘れないで欲しい。」

「は、はい。」

「……会社を、信じるな。」

「……え?」

 

その言葉は。いつかダニーさんから聞いたものと同じ。

 

「俺は立場上、どうしても上に意見できない時がある。でも知っているんだ。何が正しいか、間違っているかなんて。」

「あの、何の話……。」

「忘れないで欲しい。君が思っている以上にこの会社は残酷だ。……でも、良い奴もいる。それこそ福祉チームの皆は本当に、優秀でいい仲間ばかりなんだ。」

「……。」

 

ケセドさんの声は震えている。けれど私から目を逸らさない。

 

「俺は、君を護りたい。」

 

それは、私に言っているのだろうけど。

もっともっと色んな人に向けられているような気がした。彼が言った〝かわいい彼ら〟達に。

なんて返したらいいのだろう。思い浮かぶ言葉はいくつもあるが、そのどれもが一番いい返しではない気がする。

感謝の言葉だけでは、喜びの言葉だけでは。不十分な気がした。

 

「……ありがとうございます。私、信じてますね。」

 

けれど結局、そんな言葉しか出てこなかった。

在り来りな言葉で申し訳なくなる。こんな優しい言葉をくれたのに、気の利いた返事も出来なくて。

それなのにケセドさんはこれ以上無いくらいにも目を見開いて、私の手を強く握ってきた。

マグカップを持つ私の手が、その反動で揺れる。ゆらゆら。

零れなかったことに私は安堵した。医務室のシーツは白いから、染みになったら大変だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうケセドはあまり信じないようにしなさい。」

 

アンジェラの言葉に、えっと思わず零れた声に彼女は慌てて口を手で抑えた。

アンジェラは自分の話の途中に声を出されるのが嫌いだ。それを彼女は知っているので、申し訳なさそうに眉を顰める。

その態度が気に入ったのか、アンジェラは彼女を咎めることはなく話を続ける。

 

「あれは前からそうでした。優秀でつかえるけれど、根本が脆いんです。そのくせ器用だから挫折になれていない。弱い。折れやすいんですよ。」

 

アンジェラの言葉を彼女は大人しく聞いているが、上手く理解ができない。話しているのはケセドのことであっているのだろうか。

まるで道具の話をするような口調だ。アンジェラの厳しさを彼女は知っていたが、こんな一面は知らない。

彼女はケセドの姿を思い出す。ケセドはアンジェラの言う通り仕事のできる優秀な人であった。

そして優しかった。ケセドはよく彼女の頭を撫でては褒めてくれる。

『妹みたいだ』。彼女は年下の子どものように扱われることが多い。その中でもケセドは彼女を家族のように可愛がってくれた。

「弱いくせに、理想を手放さないから。簡単に救われる馬鹿なんです。」

「ア、アンジェラ様……。」

 

それなのにアンジェラにそんな否定されて悲しかった。

だってつい先程まで、彼女、リリーはケセドと一緒にいたのである。

アンジェラの指示で、リリーは意識不明職員の安置室に居た。紛れ込むため同じようにベットに寝かされ、しかも外から鍵をかけられて不安だった。

けれどケセドが絶対にすぐ開けてくれると言ったから、リリーは安心できたのである。

 

だから、あの女がリリーは許せなかった。

 

ケセドに怒鳴り、怒り、終いにはよく分からない話でケセドを困らせたあの女、ユリを。リリーは絶対に許さないと思った。

気がつけば起き上がり、いざと言う時にと持たされたスタンガンを使っていた。

女は弱く簡単に意識を失って。けれどリリーの怒りは収まることを知らず、そのまま首から腰にかけて電気を流し、火傷させてやろうかと思った。

 

『やめろ!!』

 

けれどケセドは止めたのだ。

彼は……泣いていた。

どうして止められたのか分からないリリーは首を傾げる。

しかしケセドの言うことは聞きたくて、一度スタンガンの電気を止めた。

大人しくするリリーを、ケセドは強く抱き締めた。その体は冷たく固い。しかし落ちてくる水……彼の涙は熱かった。

 

『そんなこと、しちゃダメだ。』

『どうしてですか?』

 

ケセドの言うことも、リリーはわからなかった。

だって今まで教えてもらっていたことは〝会社に逆らうものは許してはいけない 〟ということだったから。

その言葉通りでいけば、この女は許してはいけないのだ。

疑問を持つリリーに、ケセドは悲しくて仕方がないと顔を顰める。彼女を抱きしめる力を強くする。

 

『リリー、優しい子になってくれ。彼女のように。……誰かの事を、思えるような。そんな女の子になってくれ。』

『ケセド様……?』

『俺達のようになっちゃ、ダメだ。』

 

「ケセドの言う事は忘れなさい。」

「……。」

「貴女は私達の言うことを聞けばいい。そして真似をすればいいのですよ。」

「真似……、」

「そう、黒井百合の真似をするんです。……わかりますね?リリー。」

 

その言葉にリリーは黙る。しかし受け入れるしかないことを彼女はわかっていた。

ケセドは言った。『彼女のように』。そしてアンジェラも言う。『黒井百合の真似をするんです。』

 

リリーは思う。……面白くない。

なんで、あの女ばっかり。私は私なのに。私の方が、会社の皆を思っているのに。

あんな女、死ねばいいのに。

 

 

 

 

 

 

 








ケセドさんってだいぶチョロそうだよなぁと調べながら思って書きながらも思っててこうなった。(失礼)
カルメンに色々言われながらそれが嬉しくて会社に入るあたり若干マゾ入ってると思うんだ俺。異論は大いに認めます。


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