【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
※そして余計な部分というか、ロボトミーにあまり関係ない部分があります。
ロボトミー以外興味無いよくどいよ!という方は
最初の※※※の所まで飛ばしてくださって大丈夫です。
携帯の目覚ましで目が覚めた。重い身体を起こして、あたりを見渡すと見知らぬ部屋。一瞬状況が理解出来なくなるも、直ぐに海外に移住してきたことを思い出した。
まだ眠気の残る身体を無理やり動かして、キッチンへと向かう。昨日買っておいたパンを冷蔵庫から取り出し、口に運んだ。
硬いパンにハムとレタスとクリームチーズの挟まったバケットサンドは美味しいけれど、少しパサパサしている。ううん、コーヒーかお茶が恋しい。
インスタントコーヒーも買ってみたのだけれど、どうも口に合わなくて今朝はやめておくことにした。昨日買い物ついでに寄ったカフェのアメリカンコーヒーは美味しかったのに。あの薄いのに酸味の強い、独特な感じは日本ではなかなか飲めない。
パンを食べながら携帯で今日のニュースを情報アプリで確認。早くテレビ欲しいなぁと思う。
両親が用意してくれた家は、大きく、広いアパートだった。これでアメリカでは普通の広さだというのだから驚きである。日本のマンションという感じだ。
建物はレンガ造りで、まるで映画に出てきそうなレトロな雰囲気が凄く好きだ。近くにコンビニ(ただし24時間営業ではない)もあるので、かなり良い物件だと思う。
それに今日から出勤となるlobotomy corporationの研究所までそこまで距離がないことは非常に助かった。
研究所には電車に乗って、一駅。そこから少し歩くけれど、それは研究所の場所が人の少ない町外れにあるのだから仕方ない。
車でなければ行けない距離でないのは本当に良かった。最悪引っ越さなければとも考えていたから。
出勤は9時と言われたけれど、余裕を持って行きたいので少し急ぎめに支度をする。
日本から就活のために持ってきたスーツ。暫くはアルバイト生活になるだろうと予想してたので、こんなにも早く着ることになるとは思わなかった。
私服でいいと言われたけれど初日はきっちりした方がいいだろう。
初出勤はやはり緊張する。よく考えれば業務内容も、給与も業務時間も詳しく聞いていないので、聞き逃さないようしっかりしなければ。
気を引き締めて、いざ、出勤。
※※※
「――――は?」
思わず出てしまった声。慌てて手で口を抑える。
出勤して、まず通されたのは応接室であった。予想はしていたがやはり初めに昨日よりも細かく企業説明を受けることが、初めての私の仕事だった。
応接室にはダニーさんが書面を用意してくれていて、私はその内容を紙の文字を追いながら聞いていた。
ただ何故応接室なのか?とは思ったけれど、聞いてみたらアブノーマリティの収容エリアから一番離れていた空いている部屋だったらしい。
でも何故離れてないといけないのか?やはり危険だからだろうか。けどこれからその収容エリアが私の勤務場所になるのにそんな警戒態勢必要なのだろうか?
とか、色々考えたけれど聞きすぎても失礼だと思って言葉を飲んだ。
それはいい。それはいいのだけれど。私が驚いたのは企業説明の内容だ。
「業務時間が10:00からはじまって、終業時間未定ってどういう事ですか?」
そう。驚くことにこのlobotomy corporationは何時間勤務と規定がないのだ。どうしようこのただようブラック感。
「研究所の勤務時間は10時から業務開始。そこから終わるまでの時間は〝一日の必要量のエネルギーが貯まるまで〟です。なのでエネルギーが早く貯まれば早く貯まるほど、業務時間は短くなります。」
「エネルギーって、アブノーマリティから生成と抽出をしているってやつですよね。それが終わるまで帰れないって、ノルマってことですか?」
「まぁ、そういう事ですね。一番酷い時は深夜まではたらきましたよ。」
「え……遅くなったら、残業手当とか……。」
「ありませんね。」
どんなブラックだよ!!!真っ黒過ぎてむしろ清々しいわ!!!!
「ただ、本当に早い時は早いですよ。」
「え、そういう日もあるんですか。」
「はい。確か……二時間半で帰ったこともありましたね。」
「はっや!映画1本分くらいしか働いてないですよねそれ?!」
10時から二時間半となると、12時半に帰ることになる。つまり半日休みということだ。すごくいい。
ただ深夜まで働く日とお昼に帰れる日と、なんてあまりにも業務時間に差がありすぎる。いいのか悪いのかわからない。
「業務時間については、理由があるんですよ。」
「理由?」
「ユリさん、アブノーマリティって、寝ると思いますか?」
「えっ。」
アブノーマリティが寝るか?想像してみる。昨日の小鳥は、籠の中で目をつぶっていたし、眠る姿の想像はつく。
けれど人形の方は?あの人形の表情筋が動いて、目をつぶってすやすや眠るなんて……。想像したら安っぽいCGみたいになった。
というより、そんな良く分からない存在に寝るという概念があるのだろうか?寝るとしたらいつなのだろう?どうやって寝るのだろう?
「アブノーマリティは、基本その活動を止めません。だから強制的に止めるしかないんです。」
「強制的に?」
「はい。その強制的に止める手段が、〝アブノーマリティの生成するエネルギーを使う〟というものなのです。」
「は?」
つまり、アブノーマリティの活動を止めるために、アブノーマリティからエネルギーを抽出をしている?
「せっかく抽出したエネルギーを、アブノーマリティに使っちゃうんですか?アブノーマリティに返してるようなものですよね?……それって、エネルギー生成しても無駄なんじゃ……。」
「全てをアブノーマリティに使う訳ではありません。そうですね、抽出したエネルギーを100としたら、アブノーマリティに使うエネルギーは80位でしょうか。」
「80%も?!20%しか残らないじゃないですか!!」
「正確に言えば19%です。1%は、この施設に利用されています。」
なんて非効率的なんだろう。一日危険をおかして働いて、それで使えるエネルギーは100分の19。別の方法の方がいいのではないだろうか。
「……信じられない、という顔をしてますね。まぁこう言えば非効率的で、馬鹿みたいな仕事に聞こえるでしょう。ではこう言えばどうですか?その100分の19のエネルギーで、都市全体が利用する電気の1週間分が補える。」
「え!」
「勿論、今現在は1週間分のエネルギーが残るように設定していますが、設定を高くすればその分補えるエネルギーは多くなります。更にいえばアブノーマリティの生成するエネルギーはあくまで電気の代用になるだけであり、電気そのものではありません。つまり、蓄積することが出来ます。」
「す、すごい……。」
膨大な量の電気(の代用品)を蓄積することが出来るのは、人類にとってとてつもない進歩だろう。
まさしく〝未来を作る〟仕事だと思った。なんだか規模が壮大で、少し頭がついていかないけど。
「っと、話がずれましたね。さすがの私達もあのアブノーマリティを二十四時間ずっと管理するなんて身体がいくつあっても足りません。だから強制的にでも活動を停止させなければいけないんですよ。管理外でアブノーマリティが好き勝手活動してるなんて、危険極まりありませんし。」
だから、とダニーさんは言葉を続ける。
「エネルギーが必要量貯まらないと、業務は終われないんです。終わらないのではなく、終わることが出来ないんですよ。」
※※※
会社の説明を受け終わり、大体理解したところでとりあえず実践した方が覚えるとダニーさんに制服を渡された。
制服はきっちりした黒のパンツスーツ。ただ特別素材らしくとても動きやすい。ジャージレベルに動きやすい。
それと一緒に渡されたのが警棒。当たり前だが初めて触った。ズシリと重いそれはかなりの打撃力がありそうだ。
使いこなせるか不安にそれを見つめていると、大丈夫ですよとダニーさんが私に言う。
「大丈夫ですよ。使いこなせるよう、定期的に講習がありますから。」
「でも上手く使えるか不安です……。」
「誰でも直ぐに上手くなれる講習なんです。直ぐに、ね。」
安心させるためにそう言ってくれてるのだと思うけれど、なんせこちらは銃刀法の厳しい国日本の一般家系(陰陽師の血筋は置いといて)で生まれ育ったのである。こういう武器には一切慣れていない。
と言い訳しても、これも仕事の一つなのだから無理にでも慣れるしかないだろう。
「そのうち拳銃の講習もありますよ。」
……それはちょっと、ハードルが高い。
「もう10時になるので、このままコントロールルーム、ユリさんの配属場所に向かいます。他のエージェントも集まってますので。まぁ、全員ではありませんが。」
「全員じゃないんですか?」
「はい。いくつかチームがあります。基本的な仕事内容はアブノーマリティの直接対応なのですが、それとは別にそれぞれのチームに役割があります。
初めにユリさんにはコントロールチームに配属になります。コントロールチームは第二の監視者と言ったところでしょうか。モニターでアブノーマリティを監視し、アブノーマリティの対応計画を立てます。あくまで最終的絶対指示は管理人のXが行いますが、その監視をサポートします。
もし全員がアブノーマリティの直接対応で出払っている時は管理人Xのみの監視となりますので、作業効率は低下しますが、アブノーマリティが監視外になることはありません。
コントロールチームは比較的安全なアブノーマリティの担当が多いので、安心してください。
ユリさんにはまずモニターを通して、アブノーマリティに対し、どのような対応を行っているかを見ていただきます。」
その言葉を聞いて安心した。頑張ろうと決意したものの、やはり不安は多かった。
けれど指示をもらえるみたいだし、その通りの行動をすれば大きな失敗はないだろう。
それに最初に他のエージェントさんの動きが見れるのは有難い。しっかり参考にして、今後に生かさなければ。
「ここがコントロールルームです。」
辿りついたのは昨日の〝メインルーム〟よりも、地下入口に近い所であった。
中に入ってみると、話に聞いていた通りいくつものモニターが設置されていた。数人のエージェントさんが待機している。そのうちの一人の女性が私に笑いかけてきた。
「初めまして、貴女がユリさんね!貴女の教育係のアネッサです。よろしくね!」
そう言ってアネッサさんは私に手を差し出してきた。その手を掴んで、頭を下げながら握手する。
「初めまして!ユリ・クロイです。よろしくお願いします!」
「やだ、そんな固くならないで。一緒に働いていく仲間なんだから。」
ニコニコと笑うアネッサさんに、私の不安が溶かされる。
とても優しそうな人で、安心した。これなら頑張って働いていけそうだ。
アネッサさんは握手の手を離すと、部屋の中心にいるエージェントさん達に手のひらを向ける。その手に釣られるよう他のエージェントさんに目を向けると、彼らもまた笑いかけてくれた。
「紹介するわね、彼らがコントロールチームのメンバーよ。皆気さくで良い人達ばかりだから、あんまり緊張しないでね。」
今度は私から挨拶しようと、エージェントさん達に向き直る。
ここから、私の仕事がはじまるんだと思うと何だかワクワクしてくる。
「初めまして、ユリ・クロイです。これからlobotomy corporationで、一緒に働かせていただきます。精一杯務めますので、よろしくお願いします!」
そう、勢いよく頭を下げた瞬間だった。―――突然、大きな警報が部屋に鳴り響いたのは。
【警告】【警告】
「えっ!?」
【アブノーマリティが逃げだしました。】【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】
時計を見ると、ジャスト10時。業務はたった今開始されたばかりだ。
「な、なんで開始ほぼ同時に……!まだどのエージェントも直接対応に向かってないのに……!?と、とにかく脱走したアブノーマリティの特定をして!」
アネッサさんが慌てながら他のエージェントさんに指示を出す。
エージェントさん達も指示通りモニターを見た。が、途端に顔を青くしてその動きは止まる。
その様子にアネッサさんもモニターに目を向ける。すると大きく目を見開いて、呆然としていた。
「な、なによこれ……。」
「わかりません……ほぼ全てのアブノーマリティが、脱走しています……。」
エージェントさん達の表情が絶望に染まっている。
モニターを見てみると、いくつもの部屋が映し出されているがそれらの殆どが空っぽの状態だった。
アネッサさん達の様子と言葉からして、危険だと言われているアブノーマリティが何体も逃げ出してしまったのだろう。
高揚していた気分は一気に下がり、焦りと不安がこみ上げてきた。初日からなんだかとても大変な事が起きている。
「……ユリさんに、会いに来てるんだ。」
「えええっ?!」
ダニーさんの呟きを私は聞き逃さなかった。この人は何を私に責任をなすりつけようとしているのだろうか。
ダニーさんを睨むも彼は考え事をしているようで一切気が付かない。私一人のせいで、なんてあるわけないのに。何を考えているんだろう。
「施設内放送のスイッチを入れてください。ユリさん、施設内放送なら全体に一気に声を届けることができます。」
「だ、だから何なんですか……?」
「アブノーマリティは貴女に会いに脱走したのでしょう。アブノーマリティに伝えてください。〝大人しく待っていてください〟と。」
「いや!そんなので収まるわけないですよね!?」
「施設内放送利用可能状態にしました!」
「ええっ!?」
モニター前までの道を開けられる。どうやら本当にやらなければいけないらしい。
エージェントさん達に見つめられて、仕方なく私はモニター前に進む。様々なよくわからない機械が設置されている中にわかりやすいマイクが一つ。
助けを求めるつもりでアネッサさんを見ると、神妙な顔で頷かれた。助けるつもりは無いらしい。
マイクの前で、小さく深呼吸。覚悟を決めて、口を開いた。
「えっと、ユリ・クロイです。アブノーマリティさん達、ええっと、元の部屋に戻ってもらえませんか?また私から直接、部屋に挨拶に行くので。部屋で待ってて欲しいなー……なんて。」
こんな感じでいいのだろうか。全く自信がないけれど、とりあえずマイクから口を離す。モニターに目を向けるも、画面の映像は全く変わっていない。
やっぱりとため息をつくと、背後に、音を感じた。
振り返る。来た入口とは別の扉。恐らくは収容室の廊下に繋がっている扉だ。
音はそこからしている。ぎぃ、きぃ、ぎぎぃ。何か軋むような音。
声だ。と思った。これは、声だ。
いる。この扉一枚の向こうに。直ぐそこにもういる。
入ってくることを予想して、息を飲んだ。扉から目を離せないでいる。この向こうに何がいるのだろう。
けれど、その扉は一向に開かない。不思議に思って、扉の方へ一歩踏み出した時だった。
「ありがとうございます、ユリさん。」
「え……?」
「アブノーマリティを止めることに成功しました。」
ダニーさんが私の肩を叩いた。その言葉にモニターを見ると、先程まで空っぽだった部屋全てに何らかの姿、影が見える。
信じられない。私の言葉で、本当に部屋に戻ってくれるなんて。
「私が言ったから、戻ってくれたんですか……?一体どうして……。」
「いえ、アブノーマリティが自ら戻った訳ではありません。けれど結果的にユリさんのおかげには変わりありませんね。」
「?どういう事ですか?」
言っている意味がわからなくて首を傾げると、ダニーさんは自身の腕時計を私に見せる。
腕時計はlobotomy corporationのマークがあって、その上に時計の電子盤が浮かび上がってるデジタル時計であった。
時間を示す数字の下に、文字が浮かび上がっている。〝Achievement〟。即ち。
「達成……?」
「ユリさんの声にアブノーマリティが好反応を示し、今までに無いほどのエネルギー量の抽出がされたのだと予想されます。いくつかのアブノーマリティは脱走継続状態でしたが、大半は収容室にもどりましたし。」
「えっと、つまり……?」
「エネルギー量目安抽出達成。業務終了、最短記録6分です。おめでとうございます。」
腕時計の数字は確かに〝10:06〟を示しているけれど。
それでいいのだろうか、とか本当に私のおかげなのか、とか疑問で頭がいっぱいになって混乱していると、呆然としていたアネッサさん達がぱちぱちと拍手をしてくれた。なんだかもう、よくわからない。
もう一度モニターを見る。やはり全部の部屋にちゃんと戻ってくれている。
これは恐らく先程説明を受けた〝アブノーマリティの行動を強制的に停止させる〟ということだ。本当に6分で業務が終了するなんて、まだ状況を飲み込めない。
「……?」
一つのモニターに注目する。
そのモニターには黒い丸の塊が静かに佇んでいた。
塊には不揃いな大きさのまん丸の模様がいくつもの浮き上がっている。その丸はつやつやしていて、黄色に黒い円が何重かに描かれている。綺麗なガラス玉のよう。
なんだかそのモニターから視線を感じて見てみたのだが、どこに目があるのかわからない。そもそも目があるかもわからない。
もう少し良く見てみようとしたところで、モニターの映像がプツッと切れる。
エージェントさん達が興奮気味に私に駆け寄ってくる。「凄いね!」「こんなに早く帰れるなんて初めてだ!」その言葉に私は苦笑いしながら、後ろ髪を引かれる思いで、暗いモニターを横目に見た。
超絶嬉し事があって調子乗ったらめっちゃ長くなりました。
でもようやくアブノーマリティだします!!!!
ようやく本番だよ!!!!
そして今見てくださってる方ありがとうございます。前回の洗脳回で割と読者をふるいにかける感じになってしまったので、しかたないけど( ´・ω・`)ってなりました。普通にちょっと悲しかったです。