【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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心が動く音がした_2

中央本部チーム2の配属場所は、コントロールルームよりずっと地下だった。

まず驚いたのはその広さ。全チームの拠点の中で一番広いらしい。部屋というよりはホールの広さだ。

既に集まっていたメンバーに自己紹介もするもやはりどこかよそよそしい。

メンバー全員の名前と形だけの〝よろしく〟を聞いた所で始業時間となり、それぞれが仕事を開始し、部屋から出ていく。

 

「……。」

「気にすることないですよ。ここのチームはこんな感じなので。」

 

ちょっと寂しく思ったのは態度に出ていたようで、ダニーさんが慰めてくれた。

いけないとわかっていても昨日のコントロールチームが恋しくなってしまった。暖かく出迎えてくれた彼らとの温度差を酷く思ってしまう。

 

「コントロールチームは比較的新入社員が多いですから、あんな感じなんですよ。このチームは古株が多いですからね。警戒心が強いというか……、まぁ、あんまりに気にしなくていいです。」

「新入社員と、ベテランとって、なにか差があるんですか?」

 

正直、これは人格と職場環境の問題だと思うのだけれど。

 

「経験の差ですね。ここの人はこの研究所のいろんな面を見ていますから、警戒心も強くなるんですよ。そのうち向こうも心を開いてきますよ。ユリさんが安心安全だってわかったら、ね。」

「えっ、そんな私危険扱いされてるんですか!?」

「危険というか……昨日のこともありますし、特別な力があるとは思われてるでしょう。」

「私普通の人間ですよ!?」

「はいはい普通普通。とにかく、仕事をしましょう。業務内容は初日の朝教えましたので、やり方を教えますね。」

 

なんだか話をそらされた気がする。と思いつつもダニーさんの言う通り、仕事はしなければいけない。始業時間はもう過ぎているのだから。

 

「我々エージェントの仕事はアブノーマリティの収容を維持することです。アブノーマリティはそれぞれ個性があり、好き嫌いもあります。人型アブノーマリティがいれば、物品型のアブノーマリティもいます。〝娯楽〟が好きなものもあれば〝暴力〟が好きなものもある、多種多彩です。」

「暴力……!?えっ、アブノーマリティを叩いたりするんですか?!」

「いえ、鞭で打つだけです。」

「鞭で打つ!?だけ!?」

「はい。ただエージェントは基本作業というのが各自決められていて、基本作業の中に暴力がある者のみがアブノーマリティへの暴力を担当します。ユリさんは餌を与える〝栄養〟、収容室を清潔に保つ〝清掃〟、アブノーマリティと言語的、感覚的なコミュニケーションを測る〝交信〟の三つが基本作業ですね。」

「暴力はないんですね。良かった……。」

「まぁ暴力とかユリさんにむいてなさそうですよね。」

「……ダニーさんの基本作業は何なんですか?」

「私ですか?私はアブノーマリティを楽しませる〝娯楽〟、ユリさんと同じ〝交信〟、あとは〝暴力〟……って、ユリさんなんでそんな納得してる顔してるんですか。」

 

ダニーさんは絶対暴力あると思った。とは言わないで心に留めた。

 

「……とにかく、まずこれをお渡しします。」

 

ダニーさんから渡されたのはダニーさんがつけているのと同じイヤホンタイプの通信機、インターカムと手のひらサイズの黒いタブレット、そして手頃サイズのウエストバックだった。

とりあえずインカムとボストンバッグを装着して、タブレットをいじってみる。

電源ボタンを押すともう見慣れてきたlobotomy corporationのロゴ。

そして吹き出しマークのアイコンと英字のアイコン、あとlobotomy corporationのロゴのアイコン。英字のマークには〝Encyclopedia〟と書かれている。

 

「そのインカムは管理人のXと直接の対話が可能です。その他のエージェントとの通信はタブレットでお願いします。基本作業指示もタブレットでタブレットの使い方は……やってみた方がわかりやすいですね。」

 

ちょっと待って下さい、と言ってダニーさんはインカムで会話を初めた。管理人、Xさんと話してるのだろう。

 

「はい……お願いします。……。お待たせしました、ユリさん。一時的にインカムが私とも繋がるようになってます。『聞こえますか?』」

「あ、はい。聞こえます。」

 

目の前のダニーさんの声が耳元で聞こえる。けれどどうしてインカムをつなぐ必要があるのだろう。単独行動するわけでもな……、え、まさか。

 

「インカムで指示は出しますので、実際アブノーマリティの直接的対応をしてみましょうか。」

「うっそぉおぉ!?初っ端から単独行動ですか!?」

「基本アブノーマリティの対応はエージェント一人と定められてるので。」

 

言い放たれた指示に開いた口が塞がらない。こんな危険が伴う職場で、初仕事で一人。これが普通なのだろうか。あまりにも当たり前のように言われたので混乱してくる。

ピピッと控えめな通知音。タブレットに目をやると指示のメッセージが通知されている。

 

「業務の指示は赤いフレームのメッセージ、他のエージェントからのメッセージは青いフレームのメッセージで通知されます。指示のメッセージはホーム画面にずっと表示されますので、見落としなどはないと思います。それではいってらっしゃい。」

「いってらっしゃいって……。」

「タブレットにマップのウィジェットが表示されてますよね?赤がユリさんの現在地です。矢印の方向に進めばアブノーマリティの収容室にたどり着きますので。」

 

確かにマップのウィジェットがあり、赤い点と矢印が表示されている。

ダニーさんを見るといい笑顔で手を振られた。有無を言わせないこの感じまさにダニーさんである。

渋々言われた通りマップの通りに廊下を歩く。大丈夫。きっと何かあればすぐ助けてくれる。そう言い聞かせて無理やり足を動かした。

指示は〝対象:罰鳥(O-02-56-T) 作業内容:栄養〟と簡潔に表示されている。まだ作業内容の詳しい説明もされていないけれど、インカムが繋がっているのでその都度聞けば良いということだろうか。

対象は罰鳥。どこかで聞いたことある名前はもしかしなくてもあの小鳥。ここに就職する事の発端となったアブノーマリティだ。

初対面、あの可愛い姿で人を襲っていた時のことを思い出して足取りがより重くなった。まぁ、なんにもわからないアブノーマリティよりはマシだろうけれど。

 

暫く歩いたところでタブレットからまた小さな通知音。どうやら収容室に着いたことを知らせてくれたらしい。

 

「ダニーさん、収容室に着きました。」

『了解しました。収容室扉横の電子パネルがわかりますか?』

「横にある光ってるやつですよね?数字の入力画面になってますけど……。」

『そこにメッセージのかっこ内の数字を入力してください。前後のアルファベットとハイフンは気にしないで大丈夫です。』

「この対象のアブノーマリティの名前の横のかっこですか?」

『そうです。』

 

メッセージには〝対象:罰鳥(O-02-56-T)〟とあるので、O-02-56-T、ハイフンとアルファベットをのぞいて〝0256〟であっているだろうか。

間違って入力しても爆発とかはないだろうから、ととりあえず入力する。これで爆発したら……もうダニーさん後で覚えておけよ。

そんなことを考えたが、数字入力はあっていたようでパネルには〝open〟の文字が表示された。

 

「入力しました。」

『〝open〟の文字が表示されたと思います。その画面をタップすると収容室の扉が開きます。その前に、作業の準備をしましょう。ウエストバッグを開けてください。』

 

指示の通りにウエストバッグのチャックを開く。そこには小さなスプレーボトルと布巾と羽根箒がまとめて入ったジップロックと、ドライタイプのドックフードのようなカリカリしたフレークが小分けにして入ったジップロックがあった。

 

『〝栄養〟はアブノーマリティに食事を与えることです。フレークの入ったジップロックがありますよね?今回はそれを使います。小分けになってますので、そのうちの一つを取って開封しておいて下さい。』

「アブノーマリティの食事ってこんなのなんですか?」

『はい。それを手のひらに出して直接与えてください。』

「……撒いたらだめですか?」

『ダメです。日本人ってやたら撒きたがりますよね。鬼退治するって豆撒いたり、枯れ木に花を咲かせるとかで灰を撒いたり。片付けるの誰だと思ってるんですか。』

「え?何か経験あるんですか?」

『……とにかく撒かないでくださいね。では収容室に入ってください。』

 

私の質問はスルーして、インカムの向こうは静かになってしまった。

別に問い詰めるような事でもないので、私も特に気にせず言われた通り電子パネルをタップして中に入る。

そこには先日見た小鳥が大人しく木に止まっていた。

手のひらにフレークを出して、小鳥に近づける。すると小鳥は目をパチパチさせた後、フレークの乗った私の手首に止まった。そして手のひらに顔をうずめて食事をする。

やはり外見はとても愛らしい。手のひらに触れる羽毛はもふもふしてとても心地いいし、この姿で人を襲うなんて信じられない。

 

「……ほんと、かわいいのになー。」

 

指先で小さな頭を撫でると気持ちよさそうに小鳥は目を閉じた。あざといとも言えるその仕草に苦笑いする。

 

『ユリさん、作業終了です。戻ってきてください。』

「あ、はい。」

 

手のひらのフレークが無くなったところで、ダニーさんから指示が来た。随分あっさりと終わって、なんだか拍子抜けしてしまった。

腕に止まった小鳥を木に戻るように誘導する。誘導と言っても背中を押しただけだけど。

 

「うわっ。」

 

小鳥は一瞬ちゃんと木に戻ってくれたが、直ぐにその小さな羽を羽ばたかせてあろう事か私の肩に乗ってきた。

小さな身体の負担にならないよう軽く掴んで肩から離そうと持ち上げようとしたのだが、細い枝のような足のどこにそんな力があるのか、私のスーツにガッチリと止まって微動だにしない。

 

「ダニーさん、アブノーマリティが肩に乗って離れてくれないんですけど……。」

『罰鳥が……、そうですね、無理に離そうとしても脱走するのがオチでしょう。口で言って聞かせてください。貴方の指示なら聞いてくれるかもしれません。』

「……わかりました。えっと、小鳥さん。離れてくれないかな?」

 

聞いてみるも、鳥は動かない。

 

「うーん……、また、また指示があったら来るから。その時までここで待ってて欲しいの。お願い。」

 

そう言うと、鳥はつぶらな瞳で私をじっと見つめてきた。もう一押し、「お願い。」と伝えると、鳥は私の頬に頬ずりをして木に戻っていった。

 

「……またね。」

 

小さく手を振って、収容室を後にする。

小鳥が去った後も収容室の扉をずっと見つめているなんて、私は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

ダニーさんの指示に従って、私は最初の部屋に向かっていた。

すれ違うエージェントさん達はせかせかと動いていて、挨拶する暇さえない。その表情はどこか緊張しているようで、この仕事の大変さを物語っていた。

ダニーさんは、この会社に長く務めていると警戒心が強くなると言っていた。何となくわかるけれど、何となくしかわからない。

ここの人達は何を見てきたんだろう。

 

「……死んじゃったりとかするのかな……。」

 

自然と零れた言葉の物騒さに自分でも驚いた。

この仕事が危険なことは、アブノーマリティに襲われている人達を見たことで知った。けれどその先を私はまだ知らない。

自分で言ったくせに〝死〟という言葉はまだ遠く感じて、他人事のようでしかなかった。

Face the Fear, Build the Future.恐怖に立ち向かうことを私は選んだけれど。立ち向かった先に何があるのだろう。私はこれから、何を見ることになるのだろう。

そこまで考えて、私ははっとする。

 

〝誰が死ぬかわからないから1人に重い責任なんて持たせられないんだろ。〟

 

そう言ったダニーさんは、何を見てきたのだろう。

 

「……?」

 

音が聞こえた。

ぎぃ、ぎぃ、とぎこちない、軋む音が。

この音は聞いたことがある。初日と同じだ。そしてあの夢とも。

あの夢?……どんな夢だっけ?

 

「えっ……?」

 

急に電気が消えて、辺りが真っ暗になった。

 

【警告】【警告】

 

『ユリさん!聞こえますか!?』

 

【アブノーマリティが逃げだしました。】

【エージェントは管理人の指示に従い直ちに鎮圧作業を実行してください。】

 

真っ暗な中、大きな警報が響き渡る。

インカムの向こうからダニーさんの焦った声が聞こえる。

私はその音たちが右から左へ流れていくのを感じながら、一つ思い出したことがあった。

 

あぁ、あの軋む音は声なのだと。

 

 

 

 

 

 




遅くなりました。
更新ペース落ち落ちで申し訳ありません……。

次はがっつりアブノーマリティ回です。


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