【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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心が動く音がした_3

声の方に行かなければと思う。ぎぃぎぃと、それは呼んでいるのだから。

私は前に進もうと一歩踏み出した。何か騒がしいけれど、声しか、聞こえない。

 

今、そっちに。

 

「熱っ…!?」

 

足が丁度1歩分動いた時、首筋が急に熱くなった。

熱いタオルを付けられたような感覚は一瞬で無くなり、特に火傷独特の痛みもなかった。

何が起こったのだろうと首を傾げる。熱いものも、首に触れるようなものも周りには無いはずだけれど。

 

『ユリさん!ユリさん!聞こえたら応答してください!!』

「あっ!はい!どうしました!?」

 

突如インカムからダニーさんの大きな声がして、肩がはねた。

慌てて返事をすると向こうから安堵したように息を吐くのが聞こえた。

 

『よかった……。呼んでるのに返事がないから何かあったのかと思いました。』

「えっすいません。聞こえてなくて……。」

『聞こえてなかった……?声の大きさは変えてないが……。まぁ、とにかくその場から動かないでください。そちらに向かうので。』

「わ、わかりました。何かあったんですか?」

『何かって……警報があったでしょう?アブノーマリティが脱走したんですよ。』

「警報……!?あ!さっきの……!」

『気が付かなかったんですか……!?』

「す、すいません。なんかぼーっとしてて……。」

『……とりあえず、すぐに向かいますね。タブレットのGPS機能で場所の特定をするので、ちょっと待っててください。』

「わかりました。待ってます。ちなみに停電してるみたいなんですけど、他の所も停電してるんですか?」

『てい……でん……?』

 

動くなと言われたけれど、こう真っ暗ではまず動けない。

暫くすれば目は慣れるはずなのだけれど、何故かその感覚はなく目の前はひたすらの闇にしか見えなかった。

その時、タブレットから通知音。内容を確認すると作業指示のメッセージのようだった。

そこには〝鎮圧作業〟の四文字があった。

〝鎮圧作業〟。その言葉の意味はわかるけれど具体的なやり方がわからない。それに鎮圧って、アブノーマリティをということで間違いないだろうか。どのアブノーマリティの事だろう。

 

「あの、ダニーさん、」

『今すぐそこから離れてください!!!!』

 

鎮圧作業について聞こうとしたのだか、それは大きな声で遮られてしまった。

あまりにも大きな声なので、耳がキンと痛くなった。耳を落ち着かせようとインカムを少し離すが、弾丸のようにダニーさんは話し続けていて少し苛立った。

そこにいろと言われたり、離れろと言われたり。状況の説明をして欲しい。

 

「えっと、ダニーさん、離れろというのは……?」

『いいからその場から離れてください!!停電してるんですよね!?』

「してますけど……、だから動けないんですよ。暗くて……?」

 

少し先に小さな灯が見えた。それは揺れていて、赤い、丸い光であった。

灯は少しずつこちらに近づいてくる。あれはなんだろう。

また声がした。ぎぃぎぃ。そして私はようやく気がつく。

 

『いいですかユリさん、停電はアブノーマリティの仕業で、停電してるエリアのどこかにアブノーマリティはいます!だから今すぐそこから離れて、』

「多分そのアブノーマリティがすぐそばに居るんですけど。」

 

あの灯はアブノーマリティのものだ。

私の身体に緊張が走る。腰の警棒を強く握った。アブノーマリティからは敵意は感じない。だからこんなにも冷静でいられるのだけれど、万が一の為に警戒は解かない。

静かに深呼吸をする。息は震えていて、頼りない。

 

「ダニーさん、作業指示に鎮圧作業ってあるんですけどどうすればいいですか。」

『は……!?鎮圧作業!?まだ研修すら受けてないのに……?、!!あのクソAIか……!!その指示は無視して大丈夫ですから、とにかく今は逃げてーーー、』

「……?ダニーさん?ダニーさん?」

 

突然ダニーさんの声が聞こえなくなった。呼んでみるも返事はなく、一気に不安になる。

近づいてくる灯との距離が変わらないように、ゆっくりと退行する。急に走ったりしたら刺激になりそうだし、慎重に行動した方がいいだろう。

 

『ユリさん、聞こえますか?』

「えっ……アンジェラさん?」

 

ダニーさんの声の代わりに聞こえてきたのは、アンジェラさんの声だった。

後ろに下がりながら、アンジェラさんの声を聞く。

 

『通信機の調子が悪いようで、ここからは私がサポートします。ユリさん、近くにアブノーマリティは確認できますか?』

「停電していて暗くてよく見えないんですけど、多分すぐ近くにいると思います。」

『ユリさんにはそのアブノーマリティの鎮圧作業を行っていただきます。本来はお渡しした武器を使っての作業になりますが、今回は少し交信を試みてみましょう。』

「交信?」

『話し合いですね。アブノーマリティに話しかけて、収容室に戻せるか試してみてください。』

 

つまり、罰鳥と呼ばれているあの小鳥の時のようにしろと言う事か。

あの時は割と簡単に済んだけれど、今回も上手くいくだろうか。まだ姿すら見ていない事もあり、全く自信が無い。

 

『脱走したアブノーマリティの情報をお伝えします。アブノーマリティネーム〝大鳥〟。罰鳥と同じくエージェントに対して攻撃を行います。』

 

大鳥。名前だけ聞くと南国とかにいる色鮮やかな大きな鳥を思い浮かべるが、そんなものでもないのだろう。

大きいってどれくらい大きいのか。鳥という名前が付くにしては、鳴き声が特殊だったけれど。そんな風に考えていても形が定まらない。

 

『大鳥はエージェントを攻撃しますが、それは敵意や嫌悪を持たないことが殆どです。』

「?どういう事ですか?攻撃はされるんですよね?」

『大鳥は攻撃を善意で行っています。〝他のアブノーマリティに傷つけられる前に楽にしてあげるため〟の攻撃なのです。』

「なんですかその屈折した善意は!?」

『ユリさんはアブノーマリティに好かれているので、敵意での攻撃は今のところ受けないで済んでいますが、今回は敵意のない攻撃になります。そこに気を付けて交信を行ってください。』

「そんなむずかしっ……!」

 

背中がぶつかる感覚がした。壁際まできてしまったようだ。

灯はやはり近付いてくる。私は後ろに下がれないので、距離は少しずつ縮まっていく。

パニックにならないよう、出来るだけ落ち着くことを意識しながらアンジェラさんの言葉を頭の中で整理する。

 

善意故の攻撃。敵意がない。どうすれば攻撃されないで済む?

アブノーマリティは私の為に、攻撃をしようとしてくるのだ。それを私が望んでいないことをどうにか伝えられれば。

……ちょっと待って。それってそんなに難しいことだろうか。

アンジェラさんは交信を試みるように言った。つまり少なくとも大鳥には言葉は通じるのだ。なら?

 

「大鳥さん、私を攻撃しないで。」

 

なら、素直に望みを言えばいいのかもしれない。

声を出した途端、灯の動きが止まった。一定の距離を保てたことに安堵する。

暗くてよくわからないけれど、灯との距離は数メートルはありそうだ。直ぐに警棒を出せるようにだけしておいて、あとは言葉を考える。次は、なんて言う?

 

「私は大丈夫だから、部屋に戻ってほしいの。」

 

遠まわしに言ってややこしくなるのを避けようときっぱり伝えた。が、なんの反応もない。

少し様子を伺うも、灯は微動だにせずそこにあるだけ。

 

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから。」

 

感謝の言葉も伝えてみる。今度は少しだけ灯が揺れた。

交信と言っても、大鳥の言葉はわからないため一方的に話しているだけになる。その筈なのに、何故か大鳥の感情が伝わってくるようであった。

このアブノーマリティは、なんだかとっても優しい気がする。

歪んでいるかもしれないけれど、善意の攻撃の善意は本物なのだろう。相手のことを心から思って行っているのだろう。

けれどその善意で攻撃されたら、溜まったものではない。

ならば、と思った。何故だかわからないけれど、私の言葉をこのアブノーマリティはよく聞いてくれている。ならば、せっかくならばこのチャンスに、望みを伝えてみよう。

 

「私達の心配をしてくれてありがとう。でもね、もう私達を攻撃するのはやめて欲しいの。」

 

灯が揺れる。

 

「私達にはしなくちゃいけない事が沢山あって、その為にここにいるの。苦しくても大変でも、私達はここで働く覚悟があるから、大丈夫なの。」

 

足が自然と、灯の方へ動く。

危険なことはわかっている。けれど私には理由のない確信があった。大丈夫だと。

 

「本当に、ありがとう。これからは見守ってくれてると、嬉しい。」

 

大丈夫。この鳥はもう、攻撃をしない。

灯のそばに行くと、その近くの身体を確認することが出来た。

全体を認識することが出来ない。大鳥の体は名の通りとても大きいようだった。

形は丸く、黒い。そしていくつもの黄色いガラス玉が身体に付いている、と思ったら驚くことにそれら全てが目のようだった。

大小様々な大きさの黄色の瞳が私の姿を映している。

硬いでっぱりがあると思いきや、鋭いクチバシのようだった。それは鋭利で、きっと今までの凶器なのだと察し、身体が震える。

やめた方がいいことを知りながら、気が付くと私の腕は大鳥の身体に伸びていた。

その毛皮に触れると、予想に反して柔らかくなく、ゴワゴワしていて、驚きからか背筋にゾワッと何かが走る。

そのまま撫でるように手を動かすと、硬い羽毛が手に当たる感覚。

撫で心地の最悪さに思わず笑うと、いくつもの目が私を不思議そうに見つめた。笑ってごめんね、と心中で謝る。だってここまで撫で心地悪いのも珍しかったものだから。

 

「帰ろう?」

 

そう言うと、灯が私の目の前にきた。

それはよく見ると黒いカンテラで、ガラス張りの中に赤い炎が灯っている。

大鳥は器用にそのカンテラを手で持っていたようで、それを私に差し出してきたのであった。

 

「……貸してくれるの?」

 

聞くと、応えるようにカンテラを前に差し出される。

お言葉に甘えて受け取ると、思ったよりもそれは軽く持ちやすい。

大鳥はクルリと私に背を向けて、歩き出した。が、私が立ち止まっているとその歩みを止める。

着いてこいということだろうか。

 

「わかった、送りますよ大鳥さん。」

 

収容室の場所がわからないので、その隣に並んで歩く。そうすると大鳥は満足したようにまた歩き出した。

ぎぃぎぃと、そのクチバシから不器用な声が聞こえる。喜んでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






やっと私が書きたかった感のあるアブノーマリティ回が書けました。
本来はこういうアブノーマリティと戯れるのをシリーズみたいに続ける予定だったのですが、ダラダラ説明回を書きすぎた…(白目)

今回は書くのめっちゃ楽しかったです。
やっばり人外っていいよね……




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