【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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Red Shoes_2

アンジェラはモニター越しにエージェント、ユリの監視を続けていた。

今回ユリに下した指示は女性キラーと呼ばれているアブノーマリティ、〝赤い靴〟への清掃。

通常なら赤い靴を見た途端、女性は強い魅了に掛けられ、靴を履こうとする。

ユリはどうなるのだろうと、人工知能でありながらアンジェラはわくわくしていた。

部屋に入ってきたユリは、赤い靴の魅了にかかったようだった。ここまではアンジェラの想定内。

アンジェラはじっとモニターを見つめる。アニメーションの姿に変換されたユリの瞳はキラキラと輝いていて、赤い靴に手を伸ばしていた。

 

「……?」

 

が、一瞬ユリの動きが止まったかと思うと、次の瞬間その魅了は解けていたようであった。

すかさず通信機を通してユリに状況の説明を願うが、応えは期待しているようなものではなかった。

一瞬に何があったか、アンジェラにはわからない。というのも監視モニターに使われている〝Cognition Filter〟のせいであった。

監視カメラを通して人を認識し、その姿をアニメーションに変換するそれは、エージェントのプライバシーを護るのと、監視者の精神状態の安定に大いに役立っている。

が、その変換された姿で行われる動作は大まかなものであって、細かい作業や仕草は省略されるのだ。

それゆえ、ユリの魅了が解けたヒントになるであろう仕草、動作が省略された可能性が高い。アンジェラは舌打ちをしたい気分になった。

 

「X、Cognition Filterの解除をお願いします。」

 

アンジェラはモニターに注目したままパートナーに指示を伝える。が、反応がない。

 

「X?……あぁ、いけない。」

アンジェラは今度こそ舌打ちをした。3D映像である彼女に、舌で音を出すことは出来ないけど。

Xと呼ばれている青年の身体は椅子の背もたれに寄りかかり、動かない。目は開いているのに表情の動かないそれはまるで死んでいるようだった。

 

「強制停止させたのを忘れてました……。そうだ、ユリさん以外のエージェントへの指示も私が送らなければ……。」

 

アンジェラはメインコンピューターと繋がっている自身の回路を通してエージェントに指示を送る。Xが動かない今、施設内全体を彼女は管理しなければいけないのであった。

しかし、彼女はCognition Filterを解除することは出来ない。何故ならそのフィルターはモニターと繋がっているだけのものであって、言うなれば付属品であり、モニター横のスイッチ一つで切ることが出来る。

けれどアンジェラには、スイッチを切る指がない。

 

「上手くいかないものですね。」

 

アンジェラは肩を竦めた。考えても仕方が無いので、切り替えて新たな指示をユリに送る。

赤い靴を〝着用〟し〝散策〟する指示を。

これで少なくともユリの魅了無効化が周りにも影響するのかがわかるだろう。

またアンジェラがモニターに視線を戻した時。

管理人室の扉が、開いた。

 

「……どうしてここにいるのです?エージェント、ダニー。」

「業務内容に対しての文句を言いに来ました。」

「まだ業務時間内ですよ?早く持ち場に戻りなさい。」

「新人へのパワハラがあるようなので、教育係としては見過ごせないでしょう。」

「随分後輩思いなのですね。ふふ、彼の性格が移りました?」

 

アンジェラは椅子のXを横目に見て、綺麗に笑った。ダニーはそれをきつく睨む。

けれどアンジェラは全く怯むことなく、またモニター画面に視線を戻した。

 

「パワハラなんて言いがかりです。これは明るい未来の為の検証なのですよ。……あぁ、ユリさんの無効化の力は、周りには影響しないようですね。残念です。」

「は……、!?」

 

アンジェラの視線の先を追って、ダニーもモニター画面を見る。

そこには信じられない光景が映っていて、彼は目を見開いた。

それをアンジェラは楽しそうに見つめる。

 

「追いかけられちゃってますね。」

「このクソが……!!ユリさんに何をした!?」

「Xが体調不良で倒れたので、私が代わりに指示を送っただけです。〝赤い靴〟への〝清掃〟そして〝着用しての散策〟を。心配せずとも死にそうになったら睡眠ガスで職員達の動きは止めますよ。まぁ、それも上手くいかなくても、多少の怪我は付き物ですし。」

 

モニター画面には、アニメーションに変換されたユリが複数の女性エージェントに追いかけられている姿があった。

女性エージェント達は各自自身の武器を手に取り、警棒であったり、拳銃であったりをユリに向けている。つまり襲われているのだ。

ユリの足には赤い靴が着用されている。

赤い靴に魅了された者は研究所内を徘徊し、その魅了を女性限定で他のエージェントにも広げる。そうして履いた人間の身体を使い、他の女性を攻撃する。

が、今回はユリが魅了にかかっていないあたり、一方的に他のエージェントから襲われて逃げている状況なのだろう。

この場合、正気でない女性エージェント達への〝鎮圧作業〟が指示される筈だが、その指示は送られていない。

さらに言えば、赤い靴の魅了にかからない男性エージェント達が都合よく離れた収容室で作業を行っている。

それはアンジェラが意図的にそうしたのだろう。ユリの実験の為に。

それをダニーはわかっていて、彼の怒りは頂点に達した。

 

「ユリさんは戦闘能力が皆無に等しいにもかかわらず、うまく逃げてますね……。赤い靴がユリさんの身体能力を向上させてる……?精神面の影響はなくても身体面の影響はあるということでしょうか……?」

 

もはやダニーの存在を無視してアンジェラは自身の思考に集中する。

ブツブツと呟くその姿に、ダニーはゆっくりと近づく。

 

「……主導権握ってるのがお前だけだと思うなよ。」

「もう少し検証を……、何よりまだ魅了無効化の原因が……。」

「お前は超高性能人工知能。その為使用する電力量は馬鹿にならない。だからアブノーマリティから生成された電力をつかってるんだろ?」

 

ダニーの言葉に、アンジェラは流石に意識を向けた。

なぁ、とダニーは言葉を続けた。アンジェラは様子の変わったダニーに困惑する。

 

「アンジェラ、お前どれだけの電力を使った?」

「は?」

「通常なら視覚的管理はXに任せて、お前は情報管理をする。けどXが不能な今、それら全てをお前だけで行ってる。すごい電力の消費量だろうな?

使いすぎると、その分熱を持つ。回路がショートしないように、強制停止する。

お前みたいな有能なAIがメインコンピューター自体ではなく、メインコンピューターの付属になってるのはそういう事だ。」

「何を、言ってるのです。」

「情報管理なんてショートしやすい部分は、強制停止してもメインコンピューターに被害が被らないようにしてあるんだよ。だから。」

「あなたまさか!」

「安心して、強制停止しろ。クソAI。」

 

アンジェラという人工知能に、何らかの情報が一気に流れ込んできた。情報といってもそれは屑のような、ただ量だけはある無能なものだった。

それらを正確に処理しようとアンジェラの人工知能は一気に動き出す。即ち、電力の消費。回路が熱を持ち始める。

その処理は元よりプログラムされたことであり、アンジェラはある程度の工程を積まなければその処理を止めることが出来ない。

まずいと考えた時、アンジェラの思考はプツリと止まった。

アンジェラの3D映像も消え、ダニーはやっと安堵の息をつく。

そして椅子で動かなくなっているXのインカムを外し、装着する。管理モニターに向き合い、各エージェントに指示を送りながらインカムのスイッチを入れた。

 

『ユリさん、聞こえますか?』

 

 

 

※※※

 

 

 

 

何がどうなってるのか、わからない。わからないけど、わたしはただひたすら走っていた。

時折後ろから銃声が聞こえる。振り向くことは出来ないけれど恐らくそれは私に向けられたものだ。

 

「アンジェラさんっ……!アンジェラさんっ……、も、誰か!!」

 

何度呼んでもインカムから反応は返ってこない。もうどうすればいいかも状況もわからなくて、それなのに私は確かに他のエージェントさんたちに追いかけられてて、命まで危うくて。怖い。泣きそう。

もうとっくに身体は限界だった。それもそうだ。ここのエージェントさんは身体能力をあげる研修も行っていると聞いた。私はまだ受けていない。その差は歴然としている。

息は上がってるし、脇腹は痛いし、太ももが悲鳴をあげている。

それでも逃げ続けられているのはこの靴のおかげだろう。

 

―――追いかけられている理由も、恐らくこの靴だけれど!

 

後ろからたまに聞こえる「靴」「私の」「欲しい」「赤い靴」と途切れ途切れの声はもう答えだ。

ただこの靴が何をしたのか、どうすればこの状況を回避できるかはわからない。

脱いでしまいたいけれど、止まったら確実にただではすまない。というか、最悪死ぬ……!

いっそ走ってる勢いですっぽ抜けてくれないかと願う。けれどさっきから階段を上り下り繰り返していながら正気のエージェントさんと出会えない私にそんな運はないようだ。

 

『……ユリさん、聞こえますか?』

「!ダニーさん!!!たっ、助け……!」

『絶対助けます。まず、そのまままっすぐ進んだ所のエレベーターに入ってください。開けて止めておくので。』

「わかりました!」

 

ダニーさんの声を聞いて、天の助けだと思った。

つきあたりにあるエレベーターの扉が開いている。言われた通りその中に入った。

ボタンを押す前に扉が自然と閉じる。恐らくこれもダニーさんがしてくれたのだろう。

追いかけてくるエージェントさん達を向こう側に、完全に扉が閉じた時、私はようやく身体中の力を抜くことが出来た。

その場に座り込んでしまう。

 

「た、すかった……?」

『今追いかけていたエージェントは睡眠ガスで眠らせましたから、もう大丈夫です。』

 

その言葉を聞いて安心した。

エレベーターを何らかの方法で向こう側から開けられたら終わりだ。けれどその心配もないということだろう。

 

『ユリさん、この状況はユリさんが履いてるその靴が影響しています。脱げますか?』

 

そう言われて赤い靴を脱ごうとするが、上手くいかない。

何故かわからないけれど、靴底と靴がベッタリくっついているように離れないのだ。

 

「ぬ、脱げません……。」

『やはりか……。その靴は女性にのみその力を発揮するんです。恐らく男性なら脱がすことが出来るでしょう。他のエージェントに指示を送るので、少し待っててください。』

「わかりました。」

 

良かった。このまま一生脱げないとかだったらどうしようかと思った。

止まったことにより一気に襲いかかる疲労。エレベーターの壁にもたれかかって、乱れた呼吸を整える。

自分の足が少し震えていることに気がついたところで、ぽろ、と目から涙がこぼれ落ちた。

 

「あ、あれ……。」

 

ポロポロと涙が止まらない。安心したせいで、涙腺が壊れたようだった。

慌てて涙を拭う。ダニーさんの言っていたエージェントさんが到着する前に止めなければ。

その時、エレベーターが動いた。

 

『ユリさん!!靴を、隠してください!!』

「え!?」

 

インカムからダニーさんの焦る声が聞こえて、再び私の心臓が騒ぎだす。

隠すものなんて持っていない。靴は脱げないし。どうしようと焦っている時に思いついたのは、制服のジャケットを隠し布がわりにする事だった。

ジャケットを脱ごうと、ボタンを外す。丁度ひとつ外した時だったと思う。エレベーターの扉が開いたのは。

 

「ユリさん?」

「あ……あねっさ、さん。」

 

開いた扉の先にいたのは、アネッサさんだった。恐らくアブノーマリティへの作業を終え、コントロールルームに戻るところだったのだろう。

アネッサさんの目が大きく見開かれる。が、直ぐに虚ろな瞳になり、エレベーター内に入ってきた。

その目に映ってるのは、私の履いてる赤い靴。せまってくるアネッサさんに身体が震える。

 

「……あかい、くつ。ほしい。きれい。ほしい。」

「や……やだ……いや、こないで……。」

 

後ずさりするも、後ろは壁。

アネッサさんが、腰から警棒を引き抜く。心臓が一気に冷えた。

 

「うっ……!」

 

警棒を持っていない方の手で、首を壁に押さえつけられる。その力の強さに喉から変な声が出た。

息苦しさを感じながらも見上げると、もう片方の手が、警棒を大きく振り上げている。

逃げられない。これは、もう。

反射的に目をつぶった。ぽろりと、目から涙が落ちたことだけはわかった。

 

「えっ、!?」

「ぐあっ!?」

 

その時、右足が強く引っ張られた。

足は勢いよく、真っ直ぐと前に持ち上がり、がつっと鈍い音をたてて何かにぶつかる。

その何かは、アネッサさんの顎だった。

アネッサさんは低い声で呻き、その場に倒れる。私の足が、アネッサさんを蹴ったのだ。

けれど足が勝手に動いた訳では無い。動いたのは、靴だ。靴が動いたから私の足が持ち上げられ、結果蹴ることになったのだ。

その証拠に勢いよく振り上げられた靴はスポーンと私の足からぬけて、宙を舞い、足元に落ちた。

床に転がる靴と倒れているアネッサさんを見て、私は呆然とする。

なにがどうしてこうなったのかわからない。

ただ脱げていない左の赤い靴がきらりと光ってるのが見えた。

なんだろうと見てみると水滴のようで、もしかしたら私の涙が付いてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 




次で赤い靴回終わりです。
ダニー超でしゃばってすいません……。

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