海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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Nameless Fetus_3

無名の胎児の収容室に向かおうとした時だった。

 

『黒井さん!』

「うっ……!」

 

インカムから大きな声が聞こえた。

いや、大きい声という訳ではなく、インカムのヘッド部分の上から耳を抑えていたために普通の声が大きく聞こえたのだ。

驚いて返事を忘れていると私を呼びかける声がまた聞こえる。慌てて応えると、インカムの向こうで安心するのがわかった。

 

『よかった、聞こえてるみたいだね。』

「えっと……Xさん?」

 

声質からして男性だが、ダニーさんの声ではない。ダニーさんは私を苗字でよばないし。

マイク越しだと判別が曖昧だが、インカムは管理人と繋がってると説明を受けているので、恐らくXさんだろう。

その予想はあっていた様で、返事が返ってきた。

 

『そう、Xだよ。黒井さん、作業指示のメッセージは見てもらえた?』

「はい。緊急ってやつですよね。」

『そう。今の状況を説明するから収容室に向かいながら聞いてもらえるかな?』

「いや……うるさくて耳塞いでないと前に進めなくて。」

 

インカムで声を聞きながらこの泣き声の中進むのは不可能だ。

さっきよりはましと言っても、ここでだって煩いのだ。耳も塞がずにこの道を戻るのは困難だろう。

 

『……っ!、黒井さんごめん。後で説明するから、とりあえず急いで収容室に向かってもらえる?』

「わ、わかりました。」

 

インカム越しに息を呑むのがわかって、私は慌てて耳を塞いで元来た道を戻った。緊急って書いてあったし、何かあったのかもしれない。

なんとか収容室前に戻って来ることが出来た。泣き声は音量マックスで、頭がガンガンする。

気を失うほどではないのが救いだ。しかし中に入ろうと思ったところで、はっと気がついた。

どうやってロックを解除しよう。

耳を塞いだ状態でタッチパネルを操作することは出来ない。けれど手を使ったら耳が塞げない。耳を塞いでなんとか頭痛がする程度なのに、直接聞いたらどうなる事か。

 

「あれ……。」

 

と、困っていたのだが。あることに気がついた。

収容室のロックが解除されているのだ。パスワード入力画面はなく、〝open〟の文字が表示されている。

収容室は中に人がいないときは自動ロックされるはずなのに。もしかしてXさんが解除しておいてくれたのだろうか。

流石管理人、配慮に感心しながらタッチパネルの〝open〟の表示をなんとか肘でタッチする。行儀が悪いけれど、耳を塞ぎながらだとこの方法しかない。

自動ドアが開いて、中に入った。

 

「えっ?」

 

すると中に、何故か他の男性エージェントが立っていた。

予想しなかった姿に思わず声をあげると、そのエージェントが振り返る。

この人知ってる。違う部署の人だけれど、廊下で見たことがある。

アブノーマリティへの作業は鎮圧以外基本一人で行うはずだ。どうしてこの人が中にいるのだろう。

男性がこちらを向いた。その表情に目を見開いた。

何故、泣いているのだろう。

男性は酷く辛そうに顔を歪めていて、目からは涙が、鼻からは鼻水が、おまけによだれも垂れていてぐちゃぐちゃだ。

目に見えて異常な男性に声をかけようとした。けれどそれは叶わなかった。

男性の身体が何かに掴まれて、奥にひっぱられたからである。

 

「っ、!?」

 

そしてその何かは、無名の胎児の舌であり。男性が引っ張られた先には大きく開く口が。

 

「ひっ!?」

 

その光景に悲鳴をあげてしまった。慌てて口を抑えるももう遅い。

男性を捕まえた舌の動きが止まる。奥の胎児が私に気がついて、じっと見てくる。

恐怖に呼吸を忘れる。動けないでいると、男性が床に降ろされた。彼の無事は嬉しいけれど、喜んでいる場合ではない。

止まった思考が動き出して、本能的に足が逃げようと動き出した。しかし離れる前にすぐ何かが巻きつく感覚。動けなくなる。

そして後方に動く感覚。後ろの開いた口を思い出して目を強くつぶった。

食べられる。

けれどいつまでたっても痛みはこない。不思議に思って目を開けて、息を飲んだ。

目の前に、無名の胎児。上手く舌を曲げられて、後ろ向きだったのが正面になってる、

心臓がバクバクいってる。それに合わせて呼吸も荒くなって。

けれどその状態から何の反応もなく動かない。

少し落ち着いてくると、恐怖と一緒に疑問が湧いていくる。このアブノーマリティは一体何をしたいのだろう。

 

『黒井さん、聞こえる?』

「あっ、Xさん!」

『よかった。黒井さんのおかげで無名の胎児、泣き止んだよ。ありがとう。』

 

言われてそういえば、と気が付いた。

恐ろしい光景に気を取られて忘れていたけれど、確かに目が合った途端、無名の胎児は泣き止んだようだった。

 

『さっきは急いでて話せなかったから、そのアブノーマリティの説明をするね。』

「ちょっと待ってください!今無名の胎児に捕まえられてて動けなくて……。助けてもらえませんか?」

『ごめん無理。』

「ええええええ。」

『〝無名の胎児〟は気分が悪くなると大きな声で泣き始めるんだ。』

 

私の言葉を無視して話し続けるのやめて欲しい。この人モニターで私のこと見ているはずなのに。

 

 

『その泣き声は周囲の他のアブノーマリティに悪い影響を与える。周りのアブノーマリティの気分を低下させるんだ。その結果他アブノーマリティの脱走が起こる。それだけでも厄介なんだけど……。』

「それだけじゃないんですか……?そして助けて欲しいんですけど……。」

『ごめん、無理なんだって。無名の胎児を泣き止ませる方法がとんでもないんだよ。無名の胎児を泣き止ますには、人の肉を食べさせる必要がある。事前に誰かは決まっていて、一定時間経過するとその人に無名の胎児の元へ行くように指示が自動で送られるんだ。』

「今まさに食べられそうになってるんですけど……!」

『いや、選ばれたのは黒井さんじゃなくて、そこにいるもう一人の彼だよ。彼に自動メッセージが行って、食べられそうになったから、黒井さんに急いで収容室に向かってもらったんだ。』

「えっ、どういうこと……?」

『無名の胎児はユリさんが収容室から離れたとたん泣き出した。でも黒井さんが来たら泣き止んだ。恐らく黒井さんと離れたくなかったんだろうね。だから黒井さんのことを食べるつもりはないと思うよ。』

 

離れたくなかったって。

無名の胎児を見る。全く動かないし確かに食べられることはなさそうだけど。

Xさんの言うことが本当なら、さっきまでの泣き声も他のアブノーマリティの脱走も全部私が無名の胎児から離れたせいということになる。

でもそれって、私もう離れられないんじゃ……。

 

『黒井さんが離れるとまた同じことの繰返しになるから、そのままで頑張ってもらえないかな。エネルギーが溜まったらアブノーマリティ達を強制停止させられるからさ。』

「うう……それしかないんですもんね。わかりました……。」

「インカムで朗読とか流しておくから、就業時間まで頑張って!」

 

インカムの向こうから声が聞こえてくる。

 

『日本妖怪昔話第八回〝子泣き爺〟』

 

ここで赤ちゃんネタとか完全に狙ったよねXさん!!

 

 

 

と、そこから数時間経過して、ようやく私は解放されることになった。

朗読はずっと流してくれていたけれど他の話がないのかずっと〝子泣き爺〟の話だった。五回目くらいで嫌がらせかなと思った。

終業時間になった時の感動といったら。強制停止で無名の胎児が舌から解放してくれた時には泣きそうになった。

ずっと舌に巻かれていたために服から外に出ていた手はふやけていた。服はよだれで湿っぽくなっていた。

早く帰りたいと思いながら収容室を出ると、教育係のダニーさんが迎えに来てくれていて、タオルを渡してくれた。

 

「管理人から状況は聞きました。服汚れたでしょう。使ってください。」

「ありがとうございます……。」

 

タオルで身体を拭く。あまり変わらないけれど何もしないよりはいい。

 

「無名の胎児のことですが、ユリさん下手すると明日も同じ目に合うことになります。」

「明日も!?」

「明日、というより何らかの対処をとらないと胎児はずっとユリさんを求めて泣くでしょうね。」

「ずっと!?」

 

それは本当に勘弁して欲しい。今日だけでも精神がこんなに削られたのに、それが毎日なんて。

顔から血の気が引くのを感じていると、ダニーさんが真剣な顔で言葉を続けた。

 

「大丈夫です。策はあります。」

「策……?」

「はい。管理人とも相談中ですが、なんとかなるでしょう。安心してください。」

 

その策とはなんだろうか?聞いてみたけれど、まだ確定でないと何も教えてくれなかった。

けれどダニーさんは赤い靴の時も助けてくれたし、信じていいんだろう。今はそれに頼るしかない。

明日を不安に思いながらも、私は早く着替えたい一心で更衣室に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の日。

 

「なんですかこれ。」

「抱き枕です。」

「いや本当になんですかこれ!?」

「だからユリさんの姿がプリントされた抱き枕です。」

 

翌日ダニーさんが私に見せてきたのは、大きな抱き枕だった。

白くてふわふわで抱き心地の良さそうな抱き枕。それはいいのだが。

その枕には私の全身の写真がプリントされている。等身大抱き枕である。

 

「なかなかいい出来でしょう。昨日特注で急いで作らせたんですよ。ちなみに押すとプーって音がなります。」

「とてもどうでもいい!」

「気に入りませんでした?」

「自分の等身大抱き枕を気に入る人の方が稀じゃないですかね!?」

 

アイドルとかならまだしも一般人である。クオリティが高いからこそすごく嫌だ。

 

「これを身代わりに無名の胎児の収容室に置いておきます。」

「えっ……そんなので成功するんですかね……?」

「成功しましたよ。もう離さないみたいです。」

「もう既にやってあるんですか!?じゃあこの抱き枕は……?」

「予備です。ちなみに現在全収容室に置くかも検討中です。他のアブノーマリティの反応がわからないので、保留ですが。これはとりあえず何かあった時のために各チームに予備として置いておくことになったので。」

「すごく嫌です!!!!」

 

その日から〝シックスさん〟の他に〝抱き枕の人〟というあだ名がついたのは言うまでもない。

泣きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Nameless Fetus_〝ねぇママそばにいて、離れないで。〟




無名の胎児
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Nameless_Fetus


【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
名前詐欺。
べちゃべちゃしててすごいグロい。声だけは可愛い。けどなくとうるさい。お腹に第二の口がある。グロい。名前詐欺。




【ダニーさんのひと言】
機嫌悪くなるとめっちゃくちゃでかい声で泣く。公害。
こいつ泣くと周りのアブノーマリティも「うわうるさっ」って機嫌悪くなるから本当に黙れ。肉食で人肉食わせると泣き止む。そこはミルクで泣き止んでくれよマジで……。
ちなみに泣き止ませるために犠牲になる職員は抽選で決めてるらしい。選ばれたら金めっちゃ貰えるらしいけど、命は金で買えねぇからなぁ。


※(2017/11/01 21:49:04)
1部修正。
コメントより〝胎児が食べるエージェントってロボトミー側が決めるのでは?〟と指摘をいただき急いで直しました。
完全に私の勘違いでした……。申し訳ありません。

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