【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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Fairy Festival_2

収容室に入って視界に入ってきたのは、なんとも可愛らしい姿であった。

〝無名の胎児〟で名前に反したグロテスクな姿に、名前で見た目の決め付けをしてはいけないと学んだ。

なのでかなり覚悟を決めて入室したのだが。目の前にいるのは〝妖精の祭典〟の名に相応しい、まさしく〝妖精〟。

不透明な淡い水色の肌。大きさは丁度、私と同じくらいだろうか。尖った耳、肌よりももっと薄い色をした、長い髪の毛。腕は4本、足は2本。眩く光る大きな蝶のような羽根。長い尻尾。目はまん丸の白いガラス玉で、小さい口からは白い小さな歯が見えている。

まさにおとぎ話から出てきた姿のそれは、私を見て口元をにこりと動かした。

 

「あっ……えっと、作業しなきゃ……。」

 

暫し魅入っていた私は妖精の表情が動いたことで我に返った。

仕事を思い出す。つい声に出てしまったの無意識だ。仕方ない。

妖精は私の声に反応したのかパタパタと羽根を動かし、何か声を発した。

私の言葉がわかるのだろうか。私は全く妖精の言葉を理解できないのだけれど。

発せられた声は動物と同じ鳴き声にしか聞こえない。その声は美しいものではあるけれど、私の耳に意味となって届きはしなかった。

可愛い見た目に騙されてはいけない。こんな見た目でも実はとんでもなく凶暴な可能性も、―――と考えたところで妖精は羽を動かし私に近づいてきて、その四本の腕で抱き着いてきた。

耳元でキュウキュウと鈴のような鳴き声が聞こえる。しかも私の顔に頬擦りしてきた。

妖精の柔らかな頬を感じながら私は観念する。あぁ、だめだ。これはとんでもなく可愛い!!

綺麗な羽根にぶつけないよう手を伸ばして、その頭を撫でる。するとまた綺麗な声と共に今度は頬にキスをされた。なんというサービス精神。

 

「って、仕事だよね。」

 

こんなに可愛いアブノーマリティがいるなんて、と感動している場合ではない。仕事中だ。

ウエストバッグからフレークを取り出して妖精に差し出した。妖精は私の頬から顔を話すと、フレークをみて不思議そうに首を傾げる。いちいち可愛い。

 

「ご飯、美味しいよ。……多分。」

 

声をかけると妖精は小さな鼻をひくひくさせて、フレークの匂いを嗅いだ。キュ、キュ、と声を出す。

そうして私の身体に回している腕を二本だけ解いて、フレークを手に持った。それを小さな口に含むとぱっと笑顔を咲かせる。また声が。キュ、キュ。

アブノーマリティ達にはフレークから匂いがするのだろうか。私達には全くの無臭なのだけれど。

妖精はフレークが気に入ったのか食べるのに夢中になっている。結構食いしん坊なのかもしれない。

気に入ってくれたのは嬉しいが、四本の腕のうち二本は私の身体をホールドしてて身動きがとれない状況だ。

食べ終わったら離してくれるといいのだけど。前の〝無名の胎児〟のように一日このままは勘弁して欲しい。

 

「うわっ……!?」

 

そんな事を考えていると、私の横を小さな何かが通り過ぎた。しかもその何かはいくつもあるようだった。

妖精の腕が私から完全に離れる。自由になった身体で部屋を見渡すと、〝何か〟の姿をとらえることができた。

妖精だ。小さい妖精。目の前にいるのがそのまま小さくなった姿が三匹ほどいた。

同じ顔でキラキラ浮いているその子達に大きな妖精はフレークを指さした。キュ、キュとまた何か言っている。

小さな妖精はその声に応えるようにフレークを手に掴んだ。そして小さな口で咀嚼する。

可愛い姿をした妖精達が自分の手から食事する姿はとても可愛い。

 

「この子達はお友達なの?」

 

大きな妖精に聞くとキュウキュウと鳴いた。返答だろう。やはり私の言葉の意味が分かるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なんでよ!」

 

廊下に彼女、ケーシーの叫びが響き渡った。

近くにいた職員が驚いてケーシーに注目する。それに気が付いた彼女は今度は大きく舌打ちをした。気に入らない、と。

彼女の心をざわつかせたのは、アブノーマリティの存在であった。

彼女が担当をした可愛らしい姿のアブノーマリティ〝妖精の祭典〟。

更には小さな妖精は収容室の外までケーシーに付いてきて、キラキラと光を放ちながらその周りを舞っていた。

先程までは。

その妖精達が急にいなくなったのだ。つい今まで付きっきりだったはずの妖精が急にケーシーから離れて、飛んでいってしまった。

ケーシーは追いかけようとしたが、結構な速さで飛んでいくそれに追いつくことは叶わなかった。

なんの光も見えなくなった廊下で、ケーシーは叫んだ。悲しみと怒りと動揺から出た悲鳴であった。

美しい妖精はケーシーを気に入ったはずだった。自分は特別だとケーシーは思っていた。

だから何かの間違いだと彼女は考える。こんな飽きたように妖精が離れていくなんて有り得ないと。

 

「きっと妖精に何かあったのよ……。」

 

零れた言葉はケーシーの胸にストンと落ちてきた。それはとても納得のいく、そうに違いないと願いに似た言葉であった。

ケーシーは廊下を歩き出した。耳のインカムから管理人の声が聞こえる。『収容室の方向が間違っている、指示に従って対象の収容室に向かうように』と。

その声をケーシーは無視をした。間違っていないとケーシーはわかっていた。この方向であっているのだ。この先に〝妖精の祭典〟の収容室はあるのだから。

 

「私が、妖精を助けなきゃ。」

 

例え彼女への指示が今別にあったとしても、ケーシーが優先するべきは〝妖精の祭典〟であった。それが正しい。

少なくとも、彼女の中では。

 

 

 

 

 

ユリのインカムに管理人の声が届いたのは、丁度妖精がフレークを食べ終わった時であった。

内容は〝別のアブノーマリティへの作業〟。普段ならタブレットで指示が送られるのだが、今回は直ぐに向かってほしいとのことでインカムで直接指示をしたらしい。

なんでもある職員が作業実行をしないようで、その穴埋めをして欲しいとのことだった。

 

「じゃあ私行くね。バイバイ。」

 

別れを言うと、妖精達がじっと私を見つめる。

硝子玉の目に見つめられて苦笑い。そんな可愛い顔で見られても、行かないわけには行かないのだ。

すると大きな妖精が私の顔に唇を近づけ、額にキスをされた。

驚いて妖精を見るとニッコリと笑って手を振られた。なんて可愛い!!

まだここに居たいと思うけれど、仕事は仕事。また会えることを願って収容室を出た。

そう。出たはずなのだ。

何故か私の周りにキラキラと光が。しかも先程見ていたものと全く同じ。

 

「付いてきちゃったの……!?」

 

私の周りには小さな妖精が三匹。楽しそうに舞っていた。キラキラ、キラキラ。

 

 

 

 

 

 

 

 


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