海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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One Sin and Hundreds of Good Deeds_3

部屋に入って、思わずひっ、と小さな悲鳴を上げてしまった。

目に飛び込んできたのはおっきな頭蓋骨。髑髏だ。それが何故か部屋のど真ん中に浮いている。

吊るされているようには見えない。ふわふわとそれは浮いているのだ。そして微かだが口が動いている。

生きている。この髑髏は生きているのだ。

赤い靴の時のように物に意思があるのではなく、この髑髏は髑髏として生きている。

恐いと思った。そして帰りたいとも思った。

 

―――懺悔を。

 

「え……、」

 

―――貴女の罪を。

 

動けなくなっている私の頭に言葉が流れ込んでくる。オーケストラの時と似ている感覚に、私は髑髏の目を見た。

深い闇の奥には何も見えない。何を思っているのかわからない。けれど言葉が流れ込んでくる。これはきっと、目の前の罪善の言葉なのだろう。

懺悔、と罪善は言った。そして、私の罪、とも。

言われたとおりに、私は過去を思い返して後悔や反省を探し出す。するとどうだろう。いつもは思い出すはずのないずっと昔の記憶も、すっかり忘れていたはずの出来事も全てが鮮明に蘇る。

その量に目眩がするほどだ。これが、罪善と呼ばれるアブノーマリティの力なのだろうか。

これら全てを話しているときっと何日もかかってしまう。ごちゃごちゃと散らかる記憶をなんとかかき分けて、私は自分の罪を探した。今の自分が一番反省し、後悔していること。

……それはやはり、妖精の祭典のことだろう。

 

「私の、罪は。」

 

忘れたかった光景が脳内で再生される。嫌な記憶。人が死んだ記憶。アブノーマリティの恐ろしさを知った記憶。

そして、なにより、自分の甘さを思い知らされた記憶。

 

「……彼女の怒りを、受け止めなかったこと。」

 

ケーシーという彼女は、私に怒っていた。

 

でも私だって、彼女の辛さを知っていた訳では無い。

彼女は私への怒りの消化も出来ずに死んでしまった。目の前でアブノーマリティに殺された彼女は身をもって私にアブノーマリティの恐ろしさを突きつけたようだった。

勿論そんなつもりはなかっただろうけど結果的にはそうなっている。

 

『あんたみたいに何にも努力もしないような女』

 

そんなことを言われる筋合いはない。けれど。

 

『ユリさんを、羨ましいって私も思ったわ。』

 

そう思われても仕方ないのだ。

 

「何もわかってなかった。皆と同じって思ってたけど、私なんかのこと羨ましがる人もいるんだね。考えたこともなかった。」

 

彼女と同じ怒りを持っている人が、まだいるかもしれない。

今度同じ事をされた時。ちゃんとそれを受け止めて、聞き流せるようにしようと思った。

一々傷ついてはいけない。だって、そう思われても仕方ないのだから。

そう思ってしまう人もいる、と受け止めて。酷い人だ、と怒らないように。

だってその人達にとって、私は〝ずるい〟のだから。

 

―――それが貴女の罪か。

 

「罪……かは、わからないけど。私の後悔と、反省。」

 

―――後悔と反省

 

「……うん。」

 

彼女の最期をきっと私は忘れることが出来ない。

この先何人もの死を見ることになるだろう。

ここはそういうところだと聞いた。アネッサさんから、ダニーさんから。

いつかはそれを見慣れてしまうのだろうか。順応していくのだろうか。

それでもきっと、目の前の初めての死を私は忘れられない。

これはもうトラウマで、傷だ。これから先、生きていく上で邪魔になる傷。

この傷は私を弱くするだろう。恐怖の象徴となり、何度もフラッシュバックする。その度に私は責め立てられる。私に怒鳴った彼女の口が白く固くなっていくのを思い出して、彼女から責められる。「生きてるなんて」「死なないなんて」「ずるい」と。

それはもう私の妄想でしかない。だって彼女は死んだ。死人は何も言わない。言いたくても言えないのだ。

ならこれはもう、呪いだ。

誰がかけたのかもわからない、呪い。

 

―――貴方に救いがありますよう。

 

「……え……。」

 

頭に言葉が流れると、突然身体が少し暖かくなった。

いつの間にか俯いていた首を上げると、柔らかな陽射しがどこからか降り注ぎ、私の身体を包んでいく。

ここは地下だ。太陽の光なんて届かない。

それにこれは太陽の光などではない。もっと神聖なもののように思えた。

優しい。暖かい。柔らかい。安心する。

 

「これ、貴方の力なの?」

 

罪善を見ると、相変わらずカタカタと動くだけ。でも返事はそれで十分だった。

 

「……ありがとう。優しいんだね。誰にも言えないから、話聞いてもらってよかった。」

 

―――誰もいない?

 

「うん。家族と離れて暮らしてるの。もう、会えないんだ。」

 

―――会えない?

 

「ちょっと事情があって。実家にもう戻れないの。……悲しいけど、仕方ないんだ。」

 

いつもは口に出さない弱音がボロボロと出てくる。これもこのアブノーマリティの力だろうか。

けれど嫌な感じはしない。それどころか、今まで溜まっていたものが流れていくようで心地がよかった。

家族のことなんて、ここに来てからは言わないようにしてたのに。

 

―――仕方ない?

 

「うん。……会いたいけど、仕方ないの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘つき。

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会いたくなんてないくせに。

 

 

 

 

 

 

 

「え……え……?」

 

声が、聞こえる。

この声は。

背後の声に私は勢いよく振り返る。けれど誰もいない。

けれど確かに聞こえた。心臓が鼓動を早くする。嫌だ嫌だと身体が反応しはじめる。

そんなはずないのだ。ここにその人はいるはずがない。何とか冷静になろうと言い聞かせるのに、頭は聞き入れない。

 

そうやって逃げるの?忘れるの?

 

今度は耳元で声が聞こえる。それは私を揺さぶって、より混乱に突き落とされる。

収容室内を見渡す。けれどやっぱり罪善がいるだけ。声はそれでも聞こえる。

 

覚えているでしょう、忘れられなかったでしょう。

 

私は耳を塞いだ。その声は確かに私を責める言葉であったから。私がやってしまったことに対しての怒りの言葉。悲しみの言葉。憎悪の言葉。

それは姉の声。

 

ねぇ、「どうしてあんなことをしたの?」

 

汚い黒く熱い感情の混ざるそれが恐くて仕方ない。

ごめんなさい。心の中で謝る。許してくれる人などここにはいない。誰もいない。そうここには誰もいないのだ。

私以外、誰も。

そこではっと気がついた。確かに聞こえた声。

全て自分の口からでたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





私情により遅くなりました……。申し訳ございません……。

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