【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
あまりアブノーマリティとの絡みなし。
私の家族は皆優しい。父も母も姉も兄も。
私に力がなくても責めることなく、普通に、いやむしろかなり優しく接してくれた。
力のない私に気を使ってくれてたのだろう。
だから私は、家族が大好きだ。
―――大好き?
「……本当に、優しいの。」
年齢が上がるにつれて兄と姉の練習はハードなものになっていった。
私が中学に上がる頃、二人は高校生であったが既に陰陽師の仕事をしているようだった。詳しいことは教えてもらえなかったが、お客さんが度々兄と姉を訪ねてくることがあった。
兄も姉も学校だってあるのに、陰陽師の仕事と両立は大変だっただろう。しかも仕事内容が仕事内容だ。精神的にも負担が大きい。
特に姉は、精神的に弱い部分があった。
私にはよくわからないが、陰陽師ともなるとやはり〝悪いもの〟と関わることが多くなる。
それらは心を強く持たないと取りいられるらしく、元々優しく穏やかな姉は心に隙ができやすいようだった。
それを家族は心配していたし、私も心配していた。
姉の元気が無くなっていくのが目に見えてわかる。顔色は悪いし、笑顔にも覇気がない。
でも力のない私には何もできることがない。せいぜい話を聞くくらいだが、その話というのも陰陽師でない私は深く聞いていけないことも多かった。
『お姉ちゃん、大丈夫?』
『あぁ……大丈夫よ、百合。ごめんね心配かけちゃって。』
『ううん、……やっぱり仕事忙しいの?』
『うーん、ちょっと、ね。でも百合も部活忙しそうじゃない。』
『そんなことないよ。私は好きでやってるだけだし、楽しいよ。』
『百合は本当努力家ね。この前のテストもすごいいい点だったでしょ。』
『そんなことないって。あれはたまたま得意なとこが問題に出ただけだし。お姉ちゃんとお兄ちゃんの方が、よっぽど。』
そう、兄と姉の方がよっぽど努力している。
そして周りの期待に応えている。立派で、尊敬する。自慢の家族だ。
『そうだ、百合にこれあげる。』
『……お守り?』
姉に渡されたのは赤いお守りだった。コロンと丸い小さな巾着が、ストラップに繋がっている。
『そう、作ったの。それ絶対に持っていてね。』
『え?なんで?』
『なんでもいいから、約束ね。』
『……わかった。』
有無を言わさない姉の声に、私は大人しく首を縦に振る。
気のせいかわからないが、そのお守りは何か暖かった。ただの布で出来ているのだから熱なんて発しないはずだろう。
不思議な感覚に陥っていると、私の携帯がなった。確認すると友達からのメール。この後遊ぶ約束をしているのだった。
『あっ……、お姉ちゃん私出かけるね。』
時計を見ると待ち合わせの時間が迫っている。もらったお守りを無くさないように握り締めて、友達に返信のメールを打った。
『……お友達?』
『そう。ちょっと遊んでくる。』
『……百合は、友達も多いわね。』
『え?そんなことないよ、普通位。』
『……いいなぁ。』
姉の声に驚いて、私は携帯から顔を上げた。
姉は相変わらずだった。綺麗な顔で、大人びた表情で、優しく笑っているだけだった。
『私も、百合みたいになりたかったなぁ。』
でもその声は、子どものようだった。
「姉はね、優しかったの。本当に……。」
「そんな家族に恵まれて私は幸せで……、」
「でも、声が……声が……。」
くすくす。
くすくす。
あの子だよ。なんの力もない子。
可哀想。
兄と姉は違うのにね。
出来損ない。
可哀想。
そんなのは、もう、聞き慣れてしまった。
でも仕方ないのだ。だってその通りで。私だけ、なんの力もないから。
知らない親戚に言われるのは当たり前だった。
家族のお客さんに言われることもあった。
心の中の自分が自己嫌悪するのは、もう、毎日だった。
ある日留守番していた時、家の電話が鳴った。
もしもし、と私がとる。お姉さんはいますか。いいえ。では家族の方は。いいえ。
私でよければ、伝言を預かりますが。
『あー……妹さん、ですよね?なら、大丈夫です。かけ直します。』
ツー、ツー。
『……私だって。家族なのに。』
一人で留守番をするのが当たり前になったのは何時からだろう。
仕事で皆出かけてしまった。私は外に出る必要が無い。
適当にテレビを観ながら明日の学校の支度をする。
誰もいない家。私だけ。私だって家族なのに。
ふと、私は玄関に向かった。
玄関横の傘立てから一本傘をとる。傘の柄を上にして、軽く振ってみた。
『ちちんぷいぷい。』
なんて。馬鹿みたいに呪文なんて唱えて。
結局魔法は私には使えない。
こうしてる間にも、家族は魔法みたいな力で悪いものと戦ってる。そして誰かの役にたっているのだ。
電話の伝言すら預けてもらえない私とは違う。
正直もう、限界だった。
気にするなとどんなに言われても、気になるものは気になる。
上から降ってくるその劣等感が重くて、私の居場所を窮屈にする。
なんで、なんでないんだろう。私にはなんで力がないんだろう。
私だって、力が欲しかった。家族と一緒に戦ってみたくて、誰かの役にたちたくて。
違う。
そんなのは綺麗事だ。本当は、私は。
「っ……?」
トントン、と玄関のドアが叩かれた。
うちの玄関はガラスの張られたスライドドアだ。なのでドアを叩く影が見える。
その影は、女性だった。けれどハッキリと誰かはわからない。少し不気味に思う。だって、インターホンだってあるのに、何故。
『だ……誰?』
『……わたし、わたしよ。』
『……お姉ちゃん……?』
『そうよ。ゆり。あけて。』
少し様子がおかしいが、声は確かに姉であった。
鍵を開ける。一応、ドアは開けないでおいた。万が一悪霊とか、悪いものであったらドアは開けられないはずだ。
けれどドアはガラガラとゆっくり開く。その先にいた姿はやはり姉で、私は安堵した。
『おかえりなさい、』
『いいなぁ。』
お姉ちゃん、と続くはずだった声は姉に遮られた。
『いいなぁ、ゆりはいいなぁ。』
『お、お姉ちゃん?』
『いつもいえにいられて、あんぜんで、いいなぁ。ともだちもいるし、あそべるし、わたしばっかり、なんでかなぁ。 』
『お姉ちゃん、どうしたの……?』
『ずるい、ずるいよゆり。いつもそう、わたしがきけんでもゆりはあんぜんで、しんぱいなんてなくて、なにもしなくてよくて。ずるいなぁ。ゆりばっかり。ずるいなぁ。』
『ずるいって……、』
『ずるいよ、ずるいよゆり。わたしもゆりみたいになりたかった。こんなちから、いらなかった。いらない。ゆり、ねぇゆりになりたいの。ゆり。ねぇ、かわって。かわってよゆり。』
『代わって……って、』
姉の言葉が、私の耳から入ってぐるぐると頭を回る。
ずるいって、代わってって、こんな力、いらなかったって?
……なに、それ。
『ぐっ……ぅ……!?』
『ねぇ、ゆり。』
かわって。そう言って姉は、私の首を絞めた。
遠慮ない力は確実に私の喉を潰していく。あとはただ苦しいだけで、もう、何も覚えていない。
―――何も覚えていない?
「……そう……いや、覚えてる。覚えている。」
「確かな、怒りを。」
あれから姉は、病院に入院することになっていた。
なっていた、というのはその過程を私は全く知らないからである。
気がつけば私は病院で入院していて、お見舞いにきた母と父から聞いたのは、姉が悪霊に取り憑かれてしまって、私を殺そうとしたことだった。
かなり危ないところだったのを救ってくれたのは、なんと姉がくれたお守りだった。
父と母が駆けつけた時には、私も姉も玄関で倒れていて、床には姉から貰ったお守りがぐちゃぐちゃに引きちぎられるようにして落ちていたらしい。
そのおかげで姉も私も生命は無事だったのだ。
けれど姉はもう、普通に生活出来るような状態ではなかった。
それから姉に会ったのは、数年後。それは結構最近のことだ。
海外移住することになった時、姉に会っておくことにした。日本に帰ることはもう無いかもしれなかったからだ。
最悪家族とは、家族がこちらに旅行にでも来てくれれば会える。けれど姉は無理だろう。もしかしたら本当に最後かもしれない。
私はまだ姉にお守りのお礼を言ってなかった。
花屋で姉の好きそうな花を選んで、束にしてもらった。綺麗に包んでもらって、リボンもかけた。
軽い足取りで教えて貰った病院に向かったのだった。
「やめておけばよかった。」
ナースステーションで受付をすませて、病室に向かった。
病室に入って、驚いたのは姉の白さだった。
元々肌が白くはあったけれど、ベットに横たわる彼女の白さは肌と言うよりは骨のようで、さらに痩せているものだから本当にがいこつのようだった。
私の知る姉との違いに戸惑いながら、ベットにゆっくり近づく。
姉は眠っていた。閉じられた目も唇も全てが作り物のようだった。これじゃあ人形だ。
そっとその頬に触れる。体温は微かにしか感じない。死んでいるようにも見えた。
あの日から、姉の時間は止まってしまったのかもしれない。もしくはもっと前に姉の時間は壊れかけていたのかもしれない。
私を羨ましいと笑ったあの日から、何かは確かに崩れかけていた。
『お姉ちゃん。』
話しかけても、姉から反応はない。
『私ね、日本を離れることになったの。』
それでも私の口は勝手に動いた。いや、姉の反応がなかったからだろう。止めることが出来なかったのは。
『ねぇ、お姉ちゃん。』
溢れ出す言葉を、止めることが出来なかった。
『ずるいのは、どっちよ。』
あぁ、ねぇ、本当にどうしてこんなことになった?
ずるいと言った姉の口の形がこびりついて離れない。
首を絞めた姉の手の白さを、刺さる憎悪を嫉妬を、そして胸の内側からこみ上げてくる憤怒を。全てが材料となって言葉になる。
だってずるいのは、どっち。そんな力を持って、頼られて、特別で。まるで私とは違って。
家族皆が好きだった。けれど同時にとても羨ましかった。
どうして私もそうなれないのかと、死にたくなるくらいには。
本当にどうして。
どうして私がこんな思いをしなければならないのだろう。
逃げなければならないのだろう。
そんなことを、考えてしまった。
どうしてと言いながら私はわかっている。理由なんて簡単だ。
私は〝特別〟ではないから。
両親とは、兄とは姉とは違うただの人だから。だから私はここにいてはいけない。遠くへ逃げて、一人で暮らしていかなければならない。
私だけ。そう、私だけ。
溢れた感情は深い悲しみであったが、それだけではなかった。
それは汚い黒く熱い感情。
力もない、誰からも必要とされない。それなのに、ここにいることすら許されない。
私に力があれば、自衛だって出来たはずだ。だから狙われるのだろうか。弱いから。好きで弱くなった訳じゃあないのに。
『私になりたいって、なに。嫌味?皮肉?それとも、本心だった?はは、そっちの方がタチ悪い。』
私の家族は〝特別〟だった。でも私は違った。
それがどんなに羨ましかったか、妬ましかったか。少し考えれば、わかる事じゃないのか。
この世界が、人生が何かの作品になるとしたら、私は主人公にはなれない。主人公の名前にふさわしいのは姉や兄で、私ではない。
それが、どれだけ、悲しくて、悔しくて、苦しいことか。
『ずっと嫌いだったの。お姉ちゃんなんて、大っ嫌いだよ。』
感情に任せてそんな言葉を吐いた。
そこまで言って、ようやく私の口は止まる。全て出し切ったのだろう。
今まで溜まっていたものがようやく外に出れたとやけにすっきりした気持ちになる。
少しずつ怒りは引いていって、冷めていく熱に少し目眩がした。
その時、気が付いた。
姉の、目が、開いていた。
光のないその瞳に確かに私が映っている。
血の気が引いた。一体、いつから。
私は焦って病室を出る。言ってしまったことを思い出して、吐き気がこみ上げてきた。
とんでもない言葉を言ったものだ。自分で自分が信じられない。
しかも聞かれてしまった。
そのまま私は家に帰った。逃げたのだ。
―――それから?
「……それだけ、だよ。」
―――それだけ?
「そう。……感動の仲直りなんてないし、家族みんなに軽蔑された、なんて悲劇のヒロインみたいなのもない。現実なんて、そんなもの。そんなものなんだよ。」
「ただ、私が最低で、酷かっただけの話。」
「それで、大切な家族を傷付けただけの話。」
「……お姉ちゃんは、私を守ってくれたのにね……。」
全て話し終わった私は、いつの間にか俯いていた首を上げた。
すると目の前に、いるはずのない姉の姿があった。
驚いたが、直ぐにわかった。それは姉ではない。姉の姿をした、罪善だ。
「お姉ちゃん。」
そうわかっていても、私は姉に対しての言葉を声に出した。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。ごめん、ごめんなさい。」
「嫌いなんて、嘘。私、お姉ちゃんのこと大好きだよ。」
そう。私は姉が好きだった。
けれど憎くて憎くて仕方なかった。私の持っていないものを持っているくせに、私になりたいだなんて言うその口を殴ってやりたいくらいには。憎くて、羨ましくて、嫌いで。
そして、私はそんな私が嫌いで仕方なかった。
役立たずのくせに。
なんの力も持ってないくせに。
そのくせに一人前に絶望なんかして。
特別になりたいなんて。
だって。
だって私だって。
誰かを救えるような、すごいねって言われるような。
そんな人に、なりたかった。
あれから姉には会っていない。
ここに旅立つ数日間に、会おうと思えば会えた。会うべきだったのだと思う。二度と会えないのかもしれないのだから、ちゃんと謝るべきだったのだ。
でも出来なかった。
意気地無しな私は、恐かったのだ。姉に会うのが。
今まで胸に溜まっていた汚い感情をさらけ出してしまった。ずっと一緒にいた家族に大嫌いなんて言われて姉はどんな気持ちだっただろう。しかもあんな弱った状態で。
思っていても言うべきではなかった。この妬みは内側にしまっておくべきだった。だって誰も悪くない。誰も責めるべきではない。
姉は私を怒っていい。それこそ嫌っていい。その方が私も楽だ。
でも、姉は優しいからそんなことしないのだろう。あの病室のベッドでだって、黙って私の声を聞いていたくらいだ。
……もしも。もしもあの優しい声で「ごめんね」なんて言われたら。
私はきっと、自己嫌悪で自分を殺してしまう。
目の前の姉は、姉の姿をした罪善は何も言わない。
ただ私の知る姉の顔で、姉の笑顔をするだけだった。
なんだかそれがたまらなく苦しくて、私は泣いてしまう。
それでも何か言われるよりも救われた。これで許しの言葉や、怒りの言葉を貰ってもそれは姉の言葉ではない。
私が求めただけの、自分勝手な空っぽの言葉。そんなものよりも、無言はよっぽど良いものだった。
それは私の罪の姿として、とてもしっくりくるものであった。
―――それが、貴女の罪か。
「……そうだね、私の罪。これが、私の罪。」
これから先、私はずっと後悔していくのだろう。
姉の姿を心のどこかに置いて。謝れなかったこと。ちゃんと話せなかったこと。そのせいで姉と私の関係がこんな拗れたことを、後悔する。
「……いつか、仲直りしたいなぁ……。」
そう言うと、キラキラしたものが私の視界に入った。
先程と同じだ。日差しが私を包み込む。暖かくて、柔らかな日差し。身体が暖かくなって、楽になる。
それがあまりにも優しくて、既に零していた涙が栓を抜いたようにどばっと溢れてきた。
年甲斐もなく、泣きじゃくる。だってこんなのされたら、我慢できない。
こんな、優しく、まるで大丈夫だよって、言われているような。
仲直りできるかな。
大丈夫かな。
許してもらえるかな。
もしそれが叶うなら。今度はちゃんと言おう。
『私もお姉ちゃんみたいになりたかったよ』って。
そして、ちゃんと喧嘩しよう。
あんな一方的に私が責めるんじゃなくて。お姉ちゃんも、あんな大人びた顔で笑うんじゃなくて。
思いっきり喧嘩して、怒って、泣いて。最後に、お互いにごめんねって謝って。
「仲直りしたら、二人で遊びに行こう?私だけが留守番するんじゃなくて。お姉ちゃんだけが、仕事に出かけるんじゃなくて。二人で、どこか楽しいところに行こうよ。」
姉の姿をした罪善にこんなことを言っても意味が無いのはわかってる。
仲直りだって、難しいだろう。姉は入院しているし、私は日本に帰れないし。
私が言ってるのなんて夢物語だ。都合のいいハッピーエンド。わかってる。わかってるけど。
仕方ないじゃない。この優しい光が私を救ってしまうのだから。希望を持たせてしまうのだから。
こんな夢物語を、真剣に、想像してしまうの。
One Sin and Hundreds of Good Deeds_主人公になりたかった誰かの話
たった一つの罪と何百もの善
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/One_Sin_and_Hundreds_of_Good_Deeds
【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
なんか懺悔してって神父さんみたいなアブノーマリティだった。
人のトラウマえぐってくるのは辛い。根本は優しそうだけど結構恐いアブノーマリティ。
やっぱオーケストラさんが一番優しいなぁ。
【ダニーさんのひと言】
(ユリちゃんのメモを見た)
何言ってんだこいつ。
今のところ一番安全なアブノーマリティ。脱走しないし、滅多なことで気分を害さないから安定したエネルギーの供給ができる。
ちなみにオーケストラとは比べ物にならない安全さ。
ちなみに懺悔の内容が重ければ重いほどエネルギーがたくさん得られる。
なぁ、アンジェラ。お前の罪を話してみたらどうだ?きっと莫大なエネルギーが得られるぞ?
更新停滞申し訳ございません。
ちょっと次回で一旦一章区切ろうかと考えてます。