海外移住したら人外に好かれる件について   作:宮野花

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〝怖いけどやりがいはある仕事です。え、本心ですよダニーさん。洗脳??〟ーYuri
Plague Doctor


日本から移住してきて、早一カ月。徐々に気温が下がってきて、秋の爪先が見えてきた頃。私はと言うととりあえず仕事辞めたい病にかかっていた。

別に何があった訳では無い。強いて言うなら仕事量が増える一方で忙しさが増しているくらいだ。

何が嫌という訳では無い。けどとりあえずやる気が出ない。そういえば日本にはこんな言葉がある。〝五月病〟。

当たり前だが仕事をしないわけにはいかないので、足の重さを感じながら私は次の収容室に向かった。

研究所の廊下を移動しながらタブレットで次の作業指示を確認する。表示されているのは初めての名前だった。

 

〝対象:ペスト医師(O-01-45-z) 作業内容:清掃〟

 

ペスト医師。お医者さん?

ペストって、ペストマスクのことだろうか。それなら知ってる。確かなにかの映画で見た事があるのだ。

特殊な感染症があって、その患者の診断をする医者が感染を防ぐための仮面だったはず。

名前からして、それを付けたお医者さんみたいなアブノーマリティなのだろうか。

いやいや、そんな安直なと首を振る。名前に騙されてはいけない。私はとっくに〝無名の胎児〟でそれを学んでいる。

どんな化け物が、と構えておいた方が後々楽だ。精神的に。

仕事嫌だなぁ、しかも新しいアブノーマリティとか。

タブレットのエンサイクロペディアを起動して〝ペスト医師〟について調べてみる。

けれど見つからない。私は大きくため息をついた。

この現象は〝まだ対象アブノーマリティの確定した情報がない〟時に起こるとダニーさんから聞いた。

対象アブノーマリティへの行った作業が少なすぎて正しいとされている情報がないのだ。せっかくエンサイクロペディアが使えるようになったのに、情報ゼロなんて。以前と変わらない。

そうこう考えている内に収容室についてしまった。どの収容室も扉の大きさは統一されているはずなのに、初めてのアブノーマリティの扉はいつもやけに大きく感じる。

深呼吸を一つ。意を決して、扉を開けた、ら。

 

「おぉ……。」

 

すごい安直な姿をしたアブノーマリティがいて逆に驚いた。

ペスト医師。名前の通りペストマスクを被った人型のようだ。

人型、と言っても肌とかは見えない。身体は黒の長いコートで足まで包まれていて、しかも首はモコモコしたマフラーのようなもので覆われている。顔はペストマスクで見えないわけで。

纏っているものが人の姿を作っているだけで、本当はどうかわからない。

そして腕がない。代わりに人には絶対ない黒い羽が生えている。

鳥人間、と言ったらいいのだろうか。背が高いために、少し首に無理をしてもらって見あげなければ顔が見えない。

「初めまして、お嬢さん。」

「話せるんですか!?」

 

観察に夢中になっている私に声をかけたのは、間違いでなければ、あるいは誰かの悪戯でなければ目の前のペスト医師だ。

今まで頭の中に語りかけるアブノーマリティはいたが、こうしてはっきりとした声で話しかけられるのは初めてだった。

 

「はい。話せますよ。あまり会話は好きではありませんが……。」

「あ、そうなんですね……。まぁお掃除しに来ただけなので、安心してください。」

「掃除?」

「はい。掃除も嫌いですか?」

「いえ……清潔なのは、いいことです。」

「綺麗好きなんですね。」

「私は医者ですから。」

「何を治せるお医者さんなんですか?」

「なんでも。」

「なんでも?」

「はい。苦しむ誰かを救うために私はここに来ました。私は病気を治療するためにここにいます。その日が来たとき私を見つけてください。あなたを助けましょう。」

「へぇ……じゃあ、その時はお願いします。」

 

あれ、私何か今言ってはいけないことを言ったかもしれない。

このアブノーマリティの〝治療〟がどんなものかもわからないのにお願いするなんて危険行為だったろうか。

こみ上げてくる嫌な予感を感じながら、さっさと退室するために私は掃除用具を取り出した。

まずは折りたたみ式箒を組み立てて床の埃や塵を掃いていく。

目に見えるゴミを集めたらそれを袋にまとめて次は拭き掃除。

ちなみにこの掃除セット実は二組入っていて、場合によっては収容室だけじゃなくてアブノーマリティ本体の掃除をするらしい。本体にとか絶対やりたくない。

まだ使ったことのない羽根箒を見る。……今度、オーケストラさんに使ってみようかなぁ。

 

「手慣れてますね。」

「え?あー、昔からやってたからですかね。私の家畳だったので、掃き掃除と拭き掃除基本だったんですよ。」

「たたみ?」

「はい。畳ってわかりますかね?日本の和室には主流だったんですけど……。」

「日本?和室?」

「あ、日本もわからないか……。日本は場所の名前。ここから海を越えた、遠いところにありますよ。私はそこから来たんです。」

「日本……そこは、どんな場所なんですか?」

「どんなって……うーん、そうだなぁ。」

 

日本ってどんな所かあえて聞かれるとなんて答えていいかわからない。

風流とか、わびさびとか、おもてなしとか色々言われるけどそれを説明するのって難しい。しかも英語で説明するとなるとよけいに。

 

「日本は、春、夏、秋、冬の季節がもっとはっきりしてます。夏もここよりずっと暑いんですよ。暑くて暑くて嫌になるくらい。湿気も多いし。」

 

こちらに来て驚いたのは、夏がずっと過ごしやすかったこと。

日本より北にあるから当たり前だけれど、いつもあの焼けるような熱気に押されている私としては驚きだった。

 

「でも、私は日本の夏も今思えば好きだったなぁ……。」

「嫌になるくらいなのにですか?」

「そう。嫌になるくらいなのに、おかしいよね。日本の夏はね、外を歩くと日に当たったアスファルトが熱気を放って、風もぬるくて、そのくせ湿気が多いから蒸されたように暑いんです。でもその中で食べたソフトクリームはすごく美味しくて。あと夜の花火も好きだったなぁ。行けない年も多かったけど。」

「ソフトクリーム?花火?」

「ソフトクリームは冷たいお菓子。花火は……説明難しいな……うーん、火薬を使って空に花の模様を映し出すって感じかなぁ。キラキラして綺麗ですよ。」

「キラキラ……。いつか、見てみたいものですね。」

 

会話好きじゃないという割によく話すアブノーマリティである。

お医者さんというだけあって、知識欲が高いのだろうか。

話しているうちに掃除が終わって、部屋を出る準備をする。清掃というより交信の作業をしたように思える。

でもペスト医師は不機嫌にもなっていないし、むしろ向こうから私に話しかけてきたわけだしいいだろう。

 

「貴女の話は面白いですね。」

「あはは……すいません、お話あまり好きじゃないって言ってたのに。今後気をつけますね。」

「いえ……出来れば、また話して頂けませんか?」

「え……あ、じゃあまた機会があれば。その時。」

「ありがとうございます。……貴女は、最後にしましょう。私はまだ貴女と話したい。」

「最後?なんの最後ですか?」

「ふふ、今はまだ、秘密にしておきましょうか。」

 

静かに笑うペスト医師だが、そういう意味深なこと言うのやめてほしい。

私の苦笑いに応えることなく、ペスト医師は私に別れの言葉を告げる。

 

「それではまた、お嬢さん。」

 

随分紳士的なアブノーマリティだ。ひとつお辞儀をして、私は収容室から出た。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにその後オーケストラさんへの清掃作業の指示があったので、羽根箒を使ってみたのだが。

本体となっているマネキンを優しく撫でるように羽根箒を使っていく。

 

「どうですかオーケストラさん。綺麗になって気持ちいいですか?」

 

という質問に対して。

 

―――こしょばゆいです。く、くすぐったい……。

 

という返答がかえってきた。

以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ペスト医師
参考:https://lobotomy-corporation.fandom.com/ja/wiki/Plague_Doctor
※今回の参考資料にしたページは当作品の今後の展開の大きなネタバレを含みます。
それが嫌な方はこの章が終わってから参考のURLを見ることをオススメします。




【ユリちゃんのアブノーマリティメモ】
お医者さん。知識欲が高そう。なんか結構よく喋る。


【ダニーさんのひと言】
最近来た。今のところ無害。
作業したやつの話聞くとすげぇ良い奴らしい。もはや神様とか言ってた。
罪善と同じタイプか?











アンケートご協力ありがとうございました!新章はペストさんスタートです。
新章ですが前の章よりはアブノーマリティときゃっきゃうふふしてもらう予定。

ちなみにゆりちゃんの言っている〝こっちの気候〟はアメリカの中心都市を参考にしてます。が、あくまで物語上での気候なのであまり意識しないでいただければ。

今後ともよろしくお願い致します。

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