【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
オルゴールの音がする。
収容室でレティシアは楽しそうに、何かのリズムに合わせて首を動かしていた。
その度に彼女の髪飾りの鈴がコロコロと音を立てる。その愉快な音はレティシアのお気に入りだった。
レティシアは小さな秘密を持っている。それはとっておきのイタズラで、素晴らしいサプライズで。
誰かを驚かせるのがレティシアは好きだった。だってそう、それは素敵なことだ。思いもよらない出来事は日常に色を付ける。
つまらない毎日は退屈で塗られていて、例えるなら白黒の絵本のようだった。
そんなのレティシアにとってたまったものではなかった。白と黒なんてつまらない。綺麗な色が好きだった。
レティシアは考える。先程ユリに渡したプレゼント。中身は秘密と口に指をたてた。
サプライズに、ユリはどんな表情をするだろう。レティシアは考える。大好きな人間の、ユリのことを。
あのプレゼントはユリの毎日にどんな色をつけてくれるだろう。特別な色がいい。そう例えば。
「赤がいいなぁ。」
レティシアの好きな、赤。
床に落ちた箱が恐くて、私は数歩後ずさる。
レティシアから貰ったプレゼント。確かにイェソドさんに渡した。
それなのに箱は私のポケットから出てきた。もしかしてレティシアがこっそり忍ばせたのか。
しかし、いくら箱が小さいとは言っても、子どもの両手くらいの大きさのそれがポケットに入れられて気が付かないものなのだろうか。
コトン
また、音がした。
そうして気が付く。音の正体はその箱だ。
動いている。
本格的に怖くなった私は、箱に背を向けて走り出す。逃げなければいけない。本能がそう告げている。
「イェソドさん!あの!箱が!箱が私のポケットに入っててっ……!」
全速力で走りながら、インカムでイェソドさんにプレゼントのことを伝える。
もうとっくに箱から離れているのはわかっているけれど、出来るだけ距離をとりたくて走り続けた。
インカムからイェソドさんの声が聞こえる。何か色々聞かれているようだけれど、それに答えている余裕はなく私はとにかく走り続けた。
こんな時に限って他のエージェントさんに会わない。ちょうど作業場所がすれ違っているのだろうか。
階を移動すればきっと誰かに会えるはずだ。少なくとも情報チームに向かえばイェソドさんはいるだろう。
長い廊下の先。エレベーターが見えた。
それに安心して、もう少しだと体に鞭を打つ。
「うっ、わっ……!」
速度を上げたのがいけなかったのだろうか。
私の足は何かにとられて思い切り転んでしまった。
咄嗟に受け身をとることも出来ず、真正面から倒れた身体は膝を打って、地面とキス。
「いったぁ……。 」
痛みを感じながらゆっくりと起き上がる。手を着いて身体を支えるも、手のひらも擦りむいたようでジンジンとした痛みが走る。
痛みで動くのも辛いが、とにかくこの階を移動したい。なんとか立ち上がって、歩き出す。
しかし何に躓いたのかと振り返った。
この時、振り返ったことを後悔する。
「なん、で……。」
床に、プレゼントの箱が落ちている。
私はプレゼントから、逃げた筈だ。床に置いたまま、走って逃げた。
なのになんで、ここにあるんだろう。
コトン
また、音がする。コトン、コトン、コトン。
それは徐々に感覚を狭めて。コトン、コトン、コトン、コトン。
まさか追いかけてきたのか。
そう考えて、そんなことがあるわけないと首を振る。
だってただの箱だ。足が生えている訳でも無い、ただの箱。
じゃあ、なんでここに。
例えばそう、
箱を開けて綺麗な赤い花が一面に飛び出てくれたらすてきじゃあない?
コトン、の次に、パンっと、破裂音がした。
爆風が私の身体を押し出す。反射的に目を閉じる。バランスを崩して尻もちをついた。
何が起こったのか。
スル、と私の頬を何かが撫でた。少しチクチクとしたそれの正体を求めて、目を開ける。
「ぁ……。」
それと目が合った。
なんだ、なんだこれは。
何かが目の前にいる。大きい。大きい、蜘蛛?
違う。蜘蛛なんかじゃない。
どっと、心臓が騒ぎ立てる。その癖に身体が動かない。
いくつもの目。球体の、大きな胴体にぎょろぎょろと不揃いの目がくっついている。その下でパクパクと動いているそれはまさか口か。ならその中の血のこびりつく白い石は歯か。
これは、本当に何。
私はちら、と横を見る。長い棒がある。虹色の、先のとがった棒。
この棒が私の頬を撫でた?なら、これは手?
───死ぬ。
これは、死ぬ。
そう理解した途端、全身から汗が吹き出した。
逃げたいのに、腰が抜けて上手く動けない。それでも必死に腕を動かして這っていく。
それでも当たり前にそれの手が私を追う。そしてまた頬をずりずりと撫でる。
「ぁ……ぁ……。」
助けを、呼ばないといけない。
そうわかっているのに何をすればいいかわからない。頭が恐怖で、上手く働かない。私は、死にたくない。
その時、私の身体が影に包まれる。
ひゅっ、と息を呑む。まさか、と思って見上げてしまった。
「………あ、ぁぁ。」
口が、目の前にある。
目が、私を捉えている。
もう直ぐ上に、それはいた。私の体はそれに覆いかぶさられていて。
『エージェントユリ!!!くそっ、管理人!管理人!!早く、エージェントユリの救助をっ!!管理人!!早く!!取り返しのつかないことになる!!管理人!!!』
インカムからイェソドさんの叫ぶ声が聞こえた。
耳が痛くなる声に、私はようやく声を出すことを思い出した。
声を出そうと息を吸うも、震えてしまって上手くいかない。それでもと喉を震わせて出た音は、とても小さかった。
「た、たすけてっ……、だれ、か。」
こんなのでは誰にも届かない。
涙で視界が歪む。足が、虹色の棒に撫でられてるのを感じる。
あぁ私、こんなところで、本当に死んでしまうのだろうか。
「お願い……お願い……たすけてっ、たすけて…っ。」
オーケストラ、さん。
「愛を込めて!正義の名の元に!」
「アルカナビート!!くらえっ!!」
その時、光が私の頭上を通った。
それは光線であった。光の柱が私の上を通ったのである。
光線は私に覆いかぶさったそれにぶち当たり、思い切り吹き飛ばした。
死の恐怖は一瞬で驚きに変わり、何が起こったのかわからない私は唖然とするばかりであった。
「大丈夫?ユリ。」
光線が来た方に顔を向けると、彼女はいた。
相変わらず可愛らしい格好に、それが似合う美少女の彼女。
ニコリと綺麗に笑って、ハートの杖を振りかざしていた。
「ア……アイ?」
私が名前を呼ぶと、アイはより笑みを深める。
倒れ込む私に目線を合わせてしゃがみ、白く細い腕が私の頭を包んだ。
「もう大丈夫よ。」
その優しい声に、安心してしまって。
私は思いっきりアイに抱きついた。アイは驚いたようで、少し後ろによろけたがしっかりと受け止めてくれる。
「わたしっ、わたしっ、しんじゃうかとおもった、アイっ、アイっ……こわ、怖かった!怖かったよぉ……!! 」
「ユリ……。大丈夫。もう怪物はやっつけたから。貴方は死なない。死なせたりしない。あたしが守るから。」
情けなく泣き続ける私を、アイはただ抱き締めて慰めてくれる。
それがみっともないことだと思いながら涙を止めることが出来なかった。
先程までの目の前の死の恐怖が焼き付いて離れない。
「さっきのは……これに入ってたの?」
アイはすぐ側に落ちていた、茶色のはこの欠片を拾った。
それに応えることはできなかったが、身体がびくっと大きく反応してしまう。返事はそれで充分だった。
「この箱は、どこで?」
「えっと……貰って……。」
「誰に貰ったの?」
「……アイ、何をする気なの?」
アイは箱の欠片を怖い顔で睨む。その表情と質問に嫌な予感がして、私はアイに聞いた。
するとアイは欠片を手で握り潰して、こう言った。
「悪い子にはお仕置きしなきゃ、でしょ?」
その言葉が、怖い。
レティシアのことを言ってはいけないと思った。絶対に言ってはいけない。言ってしまったら何かとんでもなく、嫌なことが起こるような気がした。
「私は、大丈夫だから。」
「でも。」
「それより、どうして直ぐに助けに来てくれたの?」
話を逸らす。しかしそれも気になったことだった。
あんなに小さな声で、私はアイの名前すら呼んでいないのに。
どうして私が助けて欲しいと気がついてくれたのだろう。
そう言うとアイは笑って、私の頬を撫でた。そのまま白魚のような指が私の唇をなぞる。
「言ったでしょう?〝どこにいても、貴女の声だけは聞き逃さない。〟って。」
「え……。」
それは、どういう意味だろう。
【読まなくてもいい作者がただよろこんでるあとがき】
時折この小説の絵やキャラを制作してくださるみたいなコメントをいただくことがあったんですけど、そういうのすごいすごい本当に嬉しいです。テンションMAXになります。ありがとうございます!!
なんであとがきでこれ書いてるかというと心優しい方で書いてくれたりしないかなと邪な思いです。ごめん作者そういうの隠さないタイプの人間。汚くてごめん。
というかね、この前初めて検索して気がついたんだけどTwitterで読んだよ!ってツイートしてくださってる方いてまじで泣いた。え。こんないい事あっていいの?
実はホワイトデー誕生日で、その日の近くにそれ知ったから誕生日プレゼントだと思った。
学生の頃小説家になりたいって思って、それはやっぱり叶わなかったけど。
こうして自分の書いてるものを他の人に読んでもらえてる今がすごい幸せです。やっぱり小説書くの好きだなぁって思います。いつもありがとうございます。皆さん大好きです。