【改正前】海外移住したら人外に好かれる件について 作:宮野花
静かなオーケストラの手を抱えて、ユリは廊下を歩いていた。
本当はそのまま部屋に戻って欲しかったのだが、起きようとするユリを静かなオーケストラは許さなかった。
まだここにいた方がいいと。
その優しさに、ユリは困りながらも少し嬉しくも思った。
しかし業務中の事実は変わらない。しかもこの騒ぎだ。
ユリは自分の出来ることを考えなければいけなかった。
知らないアブノーマリティならまだしも、大鳥や憎しみの女王なら何とかなるかもしれない。
静かなオーケストラを何とか説得するも、彼は決していい返事をしなかったけれど。
最終的には根負けして、ユリに自身の同行を条件に起きることを許したのだった。
──が、一つ問題が。
静かなオーケストラの本体は大きかったのだ。
どうしようと難しい顔をして持ち上げようとするユリ。
抱き着くような形で人形にしがみつき、腕に力を入れるも全く動かない。
なんの素材で出来ているのかわからないそれは微動だにせず。
しかしやるしかないと。ユリはただ必死に、顔まで赤くして静かなオーケストラを持ち上げようとした。
ついに静かなオーケストラは笑う。
──腕だけ持っていってくださればいいですよ。
「それ早く言ってくれません!?」
──すいません。なんだか可愛らしくて。
完全にからかわれている。
楽しそうな静かなオーケストラをユリは恥ずかしさもあり睨んだ。
そのまま持つことも出来るが、人形の腕は繊細だ。クッションになるものを探して当たりを見渡す。
見つけたのは包帯だった。棚から一巻拝借する。
それを広げて、何回かに重ねて厚くした。
出来上がった柔らかな布に、静かなオーケストラの手を丁寧に包む。
ユリの行動に静かなオーケストラは驚いた。かつてこんなにも丁重に扱われた記憶が、彼にはなかったからだ。
しかし人形の顔は赤くなることも、感動で涙ぐむことも無い。
だからユリは静かなオーケストラが今どんな気持ちかなんてわからないのである。
「苦しくないですか?」
──……はい。大丈夫です。
その返事にユリは安心して、静かなオーケストラをそっと、潰さないよう気をつけながら胸に抱えた。
しかしマネキンの身体はそのままだ。
振り返って静かなオーケストラの本体を不安に思いながら見つめると、胸の中の手がパチンと指を鳴らす。
「わっ。」
すると静かなオーケストラの身体は綺麗に消えた。
──身体は戻したので、いきましょうか。
それはつまり、収容室に戻ったということ。
「……こんなに身体と離れちゃって、大丈夫なんですか……?」
──私の場合どこが本体とかはありませんからね。そこに魂さえあれば、大丈夫ですよ。
「へぇ……。」
そう言えばユリは家族から聞いたことがある。
髪の伸びる人形の供養を頼まれた時、本体を燃やすだけではいけないと家族は客に厳しく言っていた。
人形は器に過ぎない。魂が外部から入ってきただけだと。
仮に人形が本当に魂を生んだとして。出来てしまった魂は燃やすだけでは天に返せない。
きっとまた違う器を探して。その器を同じ見た目に直してでも戻ってくる。
燃やしても捨てても、同じ物が手元に残るのはそういう事だと。
……つまり、オーケストラさんの本体って、燃やしてもまた戻ってくるってこと……?
髪の伸びる人形と静かなオーケストラを一緒にすることはどちらにとってもだいぶ失礼だが、ユリはそれに気がついていなかった。
廊下を出ると、研究所は不自然に静かだった。
ユリが静かなオーケストラの手を抱えて歩いていても、何一つ音が聞こえない。
その静寂がぎゃくに恐怖を煽る。
誰も、いない。何も、いないのだ。
「……?」
ぎぃぎぃと、音がする。
床が軋むような音だ、ぎぃぃ、と木が悲鳴をあげる音。
「この音……。」
──なんでしょうか?
「……ちょっと、行ってみる。」
音の大きさを頼りにユリは足を進める。
その音をユリは聞いたことがあった。いや、音ではないこれは。
「大鳥さん……?」
それは、声だ。鳥の鳴き声。
廊下の先が、闇に包まれている。
停電しただけのはずだ。しかしそれにしてはそこはやけに暗かった。
薄暗くなる通路に不安を抱えながら、ユリは急ぎ足で向かう。それはもはや走ってるのと同じ速度で。
──ユリさん、そんな無理をされては……。
「でも、なんかっ!嫌な予感がするんです!!」
闇の中、ユリは走った。
もしもこれが本当に大鳥の仕業なのなら、あかりが見えるはずだと。
その予想は当たっている。これは大鳥の仕業だ。
しかし当たっていない予想も勿論ある訳で。
「ぶっ!?」
残念ながら大鳥の存在を見つける前に、微妙に柔らかい壁に激突するのであった。
その感覚と言ったら、絶妙に触り心地の悪い素材でできていて。
それが顔いっぱいに広がり、なんとも言えない不快感を感じる。
「うう……。」
ぶつけた鼻を手で覆う。しかしはっと、直ぐに腕の中の静かなオーケストラの存在を思い出した。
「ご、ごめんなさいオーケストラさん、痛くない……?」
──はい。私は大丈夫です。
その返答にほっと息をつく。
それにしても、この壁はなんだろうと。
こんな所に壁なんてあっただろうか。いや、ない。
視界のない今、頼りになるのは手の感覚だけ。ぺたぺたと壁を触っていく。
「!?」
すると壁が動いた。
ずしん、ずしんと重たい音が廊下に響く。
その現象にユリは不安を覚え、腕の中の静かなオーケストラを強く握った。
それに応えて、オーケストラもユリの手を握り返す。
──大丈夫です。私がついてる。
なんて頼もしい指揮者だろうか。
ユリはその言葉を勇気に逃げることをしなかった。
壁が動くのと同時に、灯りが見えてくる。
それにユリは見覚えがあった。えっ、と。身構えていた体の力が抜ける。
「うっわ!?大鳥さん!?近っ!?」
そうその壁というのは、ユリが探していた大鳥だったのだ。
予想しなかったゼロ距離にユリははしたなく叫んだ。
驚いて反射的に後ろに下がろうとする。しかし大鳥は逃がさないと身体を押し付けてきた。
また心地の悪い感触がユリの顔を覆った。鼻も口も塞がって苦しいのに、お構いなく大鳥はすりすりと身体を寄せる。
「ぶふっ……。まっ、待って待って。」
手をパーにしてジェスチャーする。
大鳥はユリの拒絶に落ち込んだのか、手に持ったカンテラに照らされた表情はどこか寂しげだった。
その様子にユリは苦笑いして、改めて大鳥に自身から抱き着く。
片手はオーケストラで塞がっていて使えないので、もう片手を広げるだけだけれど。
大鳥は満足したようでスリスリと身体を揺らしてくる。
相変わらずの毛並み。お世辞にもふわふわとは言えないその羽毛。
「どうしたの、外に出ちゃって。お散歩?」
──ユ、ユリさん。
「大丈夫です。オーケストラさん。この子は、大丈夫。」
戸惑う静かなオーケストラの声に、ユリは笑った。
ユリは知っている。この大鳥は、本当は優しいアブノーマリティなのだと。
しかしユリは知らない。
オーケストラが戸惑っているのは、大鳥がユリに身体を押し付けることで、自身がユリの胸に埋まっている事なのであって。
それを喜んでいいのか、申し訳なく思うのが正解なのか悩んで、何も言えないでいることに。
ユリは、知らない。
大鳥の口内の闇に、ルックはひゅっと息を呑んだ。
あぁ死ぬ。
死ぬのだ。
死の文字がルックの頭を支配する。自然に涙は溢れるのに身体は動かない。
ルック、もし君の運がよければ?
少しでも運が良ければ。魅了が解けることなく、恐怖も味わうことなく死ねたかもしれないのに。
可哀想な、ルック。
「ぶっ!?」
どこからか声が聞こえた。可愛くない声。しかし声質だけで言うのなら、女性の声だ。
「……?」
その声がした時、大鳥の動きが止まった。
「うう……。ご、ごめんなさいオーケストラさん、痛くない……?」
大鳥はルックへの関心を失い、開けていた口を閉じる。
そうして、ゆっくりと、ずしん、ずしんと音をたてて後ろを振り返った。
消えた威圧感に、ルックの身体はその場にへたりこんでしまう。
下半身に、違和感。恐怖で失禁してしまったのだ。可哀想なルック。
「うっわ!?大鳥さん!?近っ!?」
しかしルックはより可哀想なことに、今の現状に感謝していた。
人の声。随分余裕のある声だ。
助かったのだと。ルックは自身の幸運にひたすら感謝して、生きている現状を噛み締めていた。
そうして大鳥の巨体に隠れているであろう、その先にいる人物に感謝をしている。
ありがとう、ありがとう。助けてくれてありがとう。
きっとルックの今日一番の不運は。
この状況の諸悪の根源ともいえるユリに、一世一代の大いなる感謝をしている事だろう。
ハロウィン終わってなくてすみません( ´・ω・`)
後編早く書きます。
あと感想返信できてなくてすみません〜(´;ω;`)
ちょっとバタバタと精神状態的に出来ませんでした。
時間かかっちゃうので、今できてない分よりも先に今回分の返信させて頂くことにします。
もしかしたら前回までの分返信できないかもです。でもちゃんと読んでます。せっかく貰ったのにすみません( ´・ω・`)
余談
Twitterでいいねの数だけ〇〇するってあるじゃないですか。
一瞬えっ、そんなんなら私だって「いいねの数だけアブノーマリティが病む」とかやりたいって思った。
集まる気がしないからやらないけどフォロワー多い方ぜひどう?このアイデア使っていいのよ?私はいいねするよ??
Twitter初めてやってるけどみんながつい見ちゃう気持ちわかってきました。